朱の刻印-紅櫻緋衣- 

 

 輝き 瞬きの中に 3

 

 

 

綾が尾張に偵察に行って10日が過ぎた―――

 

その間、甲斐は特に何もなく

幸村は、ただ綾が無事に戻ってくる事を願っていた

 

そして、11日目―――

 

バタバタバタ

 

躑躅ヶ崎館の廊下に足音が響く

 

「お館様!」

 

広間に入ってきた幸村の声が響いた

 

「幸村殿、静かに入ってまいれ」

 

中に居た、山県や高坂などが注意を促すが、幸村は真っ直ぐ上座に座る信玄に歩み寄った

 

「綾殿が帰られたと……っあ…」

 

ふと、信玄の斜め前に座る巫女装束の少女が目に入る

 

綾は、訝しげに眉を寄せた

少し呆れ顔とも言うだろう

 

「綾殿……」

 

「……………」

 

綾は、はぁーと溜息を付いて幸村から視線を逸らした

 

「おお!幸村」

 

信玄が笑いながら幸村を手招きした

幸村はなんだか恥かしくなり、顔を少し赤らめ、改めて信玄に頭を下げた

 

「ご、ご無礼お許し下さい」

 

「構わんよ」

 

信玄はにこにこしながら、幸村に座る様に促した

幸村は、もう一度小さく頭を下げてその場に座った

 

「さて、皆が揃った所で話がある」

 

「話…ですか?」

 

幸村が、不思議そうに首を傾げた

 

高坂がゴホンと咳払いをして、バッと何か書状の様な物を幸村の目の前に開いた

 

「これは?」

 

「将軍、足利義昭の信長討伐令の呼びかけだ」

 

「え!?」

 

足利義昭は、室町幕府の第15代将軍である

その将軍直々の討伐令―――御内書である

 

「将軍様は、信長の所業に胸を痛めておられる。これは、その御内書である」

 

「では…ついに!」

 

上洛の”理由”が出来た―――という事だろう

 

信玄がパンッと膝を叩いた

 

「うむ、これは綾が今回持ち帰ったものじゃ。綾、見事将軍の心を動かした!」

 

綾が深く頭を下げる

 

「すべては、お館様のご采配のお陰です」

 

綾が、深く頭を下げたままそう言うと、信玄は声を上げて笑った

 

「………? お館様は、信長になにかされたのですか?」

 

意味が分からず、幸村が首を傾げると、信玄が笑いながら

 

「いや、なに、ちょ~と信長に書状を送ったんじゃ」

 

「書状…ですか?」

 

それがどういう事だろうか

 

「信長が将軍様に、17条の意見状を送付したのだ。この意見書で信長は将軍様が勝手な行動をしていることを批判し、さらに将軍様が民衆に「悪御所」と呼ばれていると記した」

 

「「悪御所」とは暗殺された足利義教公と同じ…という事ですか?」

 

「ああ。将軍様はそれまでの信長とは水面下では対立なさっていたが、表面化はなさっていなかった。しかし、ここに来てこの信長の書状だ」

 

つまり、義昭はついに信長と対立する道を選んだ…という事だろう

 

「それで、将軍様はお館様に信長を討てと御内書をお送りになったのだ」

 

高坂が、幸村の前に広げた書状を指差して言った

 

「そこで、お館様は信長の真意を確かめる為に、ある書状を送った」

 

「それは……?」

 

「延暦寺の焼打を非難する書状です」

 

それまで黙っていた綾が口を開いた

 

延暦寺の焼打とは織田信長が、浅井・朝倉氏と結んで敵対していた延暦寺を全山焼き払った事件である

根本中堂ほか三百の堂宇が焼かれ、僧俗男女三、四千人が虐殺された

 

「それに対して、信長からの書簡が届いのじゃ」

 

信玄が面白い物を思い出す様に、くつくつと笑った

 

「ふふふ…何と書いてあったと思う?奴め、自身を第六天魔王と称しおった!」

 

「だ、第六天魔王…?」

 

「そうだ。奴は悪魔に魂を売ったのじゃよ」

 

「……………」

 

あまりの展開に付いていけない…

信玄は、面白そうに笑みを浮かべた

 

「どうじゃ?面白かろう…?」

 

「は、はぁ…」

 

幸村は曖昧に相槌を打った

高坂や山県が少し呆れながら

 

「仏教界・神道界・天皇家・将軍家、いや、この世の中のありとあらゆる権威や秩序や道徳や倫理に対する挑戦ですね」

 

「背徳というか、冒涜だな」

 

「自身を”魔王”と称するのだから、それなりに自信がおありなのでしょう」

 

綾も少し呆れた様に声を漏らした

 

「お館様は、その”信長”を討つ…と?」

 

「うむ」

 

信玄は自信ありげに、頷いた

そんな信玄を見ていると、本当に討てそうな気がしてくる

いや、信玄ならきっと討つだろう

 

幸村は、自信有り気に微笑む信玄を見て、微かに微笑んだ

 

「お館様なら、きっと討てましょう。この幸村、何処までもお館様に付いて行きます!」

 

そう言って、深く頭を下げた

 

「幸村だけではありません。この高坂めも!」

 

「私も同じ気持ちです」

 

高坂と山県がそれぞれ口にして深く頭を下げた

 

「私も、お館様の御心のままに」

 

綾もそれに習う様に、深く頭を下げる

 

信玄は、そんな家臣を見て満足そうに頷くのであった

 

「昌景!昌信は直ぐに戦の準備を!」

 

「「はっ!」」

 

山県と高坂が直ぐに、返事をする

 

「綾にはやってもらうことがる」

 

「はい」

 

「それでは」と、山県と高坂が退出していく

 

「さて」

 

信玄は、軽く頬杖を付きながら綾を見た

 

「綾には、三河、遠江を見てきてもらいたい」

 

「2箇所で宜しいのでしょうか?」

 

「うむ?」

 

「……美濃も攻略に入ってると思いましたが?」

 

その台詞を聞いて、信玄がにやりと笑った

 

「流石は綾、目の付け所が違うのぅ。じゃが―――」

 

そこで一旦、切って綾を見た

 

「その3箇所を1ヵ月で探れるかのぅ?」

 

「1ヶ月……」

 

流石に、離れた場所を3箇所も回るのに1ヶ月は短すぎる

 

「短いですね…」

 

「北条氏政と同盟を結び直し、伊勢で水軍を編制して伊勢湾は封鎖」

 

「では、美濃には元美濃守護家・土岐頼次を美濃へ送り込み、挙兵を画策させるのが宜しいかと。そこから情報を引き出すと宜しいでしょう」

 

「うむ、中々良い考えじゃ」

 

信玄は少し考え

 

「動かせるか?」

 

「動かします」

 

綾は、言い切ると毅然とした態度で信玄を見据えた

 

「任せよう」

 

「はい」

 

そこで、ふと幸村はある事に気付いた

 

信長討伐…と言ってはいるが、これではまるで―――

 

「あの、お館様…、お館様はまずは徳川を攻めるおつもりですか?」

 

美濃は織田領だが、三河は徳川領だ

ちなみに、遠江領の伊井氏は徳川家康に加担している

そして、徳川は織田とは同盟関係にある

 

「そうじゃよ」

 

信玄は、脇息に肘を付きそう答えた

 

「まずは、三河、遠江、美濃3方から攻める」

 

「い、一気にですか!?」

 

「うむ、今回の西上作戦は3方から攻め、一気に徳川を追い詰める作戦じゃ

 

ごくっと喉が鳴った気がした

 

「それが、”上洛”の第一歩なんですね?」

 

信玄が幸村の導き出した答えに満足そうに頷いた

今、まさに”甲斐の虎”が動き出そうとしていた

 

「それでじゃ、綾には明後日には出立して欲しい。時間が惜しいからの」

 

「………? 明日で構いませんが?」

 

「綾」

 

信玄の低い声が響いた

ピクッと綾が反応する

 

「わしが知らんと思うてか?」

 

「……………」

 

「無理は禁物…じゃろう?」

 

「……………」

 

少しして、綾が観念した様に息を吐いた

 

「分かりました」

 

「それから、幸村」

 

「はっ」

 

「おことには綾に付いて行ってもらいたい」

 

え……?

信玄の余りのも予想外の発言に、幸村が思わず目を瞬きさせる

 

「は……っ?」

 

声を発したのは綾だった

綾があから様に、顔を顰める

 

「お言葉ですが、お館様!私、1人で大丈夫です!!」

 

綾がそう言いきるが、信玄は首を縦には振らなかった

信玄がじっと綾を見る

 

「綾。此度、おことに起こった事。軽視したはおらぬか?」

 

「あれは・・・…っ!油断したまでの事!普段なら、引けを取りませぬ!」

 

綾が食って掛かる様に信玄に向かって叫んだ

だが、信玄はやはり首を縦には振らなかった

 

「油断は命取りじゃと、教えておいたであろう?」

 

「そ、それは……っ!」

 

綾が綾らしからぬ様に口ごもる

 

パンと信玄が膝を叩いた

 

「兎に角、これは変えられぬ!命令じゃ!幸村は綾の護衛として一緒に三河、遠江に向かえ!」

 

「………分かりました」

 

それだけ言うと、綾はスッと立ち上がった

一度、一礼し退出しようとする

幸村と目が合うと、綾はあから様に顔を顰めた

そして、軽く頭を下げるとそのまま広間を出て行った

 

「あの……」

 

幸村が少し躊躇ったが口を開いた

 

「何故、今回に限り護衛を……?」

 

綾は優秀なノノウと聞いている

今までだって、1人で諜報活動をしてきたのだ

当然、護身術も身に付けているだろう

 

「うむ……」

 

幸村の言葉に信玄は顔を

 

「実はのぅ…本当は、黙っておけと綾に言われておったのだが、今回尾張に向った時、刺客にあったのじゃ」

 

「え!?」

 

サッと幸村が表情を変えた

 

「恐らく、織田の手の者じゃ。綾の持つ書状を奪わんが為じゃろうて」

 

信玄はそこまで言って、更に顔を顰めた

 

「その時、綾は怪我をしたそうじゃ」

 

「怪我を!?」

 

「うむ」

 

さっきまで広間に居た綾にその気配は無かった

恐らく、無理をしていたのだろう

 

「そ、それで怪我の具合は…っ!?」

 

「命に関わる様な怪我ではない。しかし、今回の事がある。此度も油断はならぬ。いつ、織田の刺客が掛かるとも分からん」

 

信玄は難しそうな顔をして、幸村を見つめた

 

「綾の事、頼めるか?」

 

ごくっと幸村は息を飲んだ

そして、真っ直ぐ信玄を見据え

 

「はい。必ず、お守りします」

 

その返事を聞くと、信玄はにかっと笑った

 

「ま、そういう事じゃ。綾を頼むのぅ。こんな事を頼めるのはおことだけじゃ」

 

信玄の期待が一身に掛かる

 

幸村は身を引き締める様に背筋を伸ばして「はい」と答えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あら?どうやら、三河と遠江の偵察に同行するみたいですよ?

っていうか…話が真面目過ぎる・・・

これは夢なのにー(>_<)!?

 

いやいや、次回こそ絡ませます!

というか、幸村が阿保の子の様だわ・・・(-_-;)

 

2010/05/08