桜散る頃-紅櫻花- 

 

 月下の舞姫と誓いの宴 2

 

 

 

「は――――・・・・・・」

 

趙雲は大きなため息を付いた

庭の東屋に腰掛け、頭を抱える

 

一体、何をやっているんだ・・・私は・・・・・・

 

先ほどの事を思い出す

 

触れそうになった唇と唇

驚いた紗羅の瞳

靡く髪に飾られた紫水晶の簪が揺れていた

 

紗羅殿・・・驚いた顔をしていたな・・・・・・

 

趙雲は頭をかしかしとかき、はぁーと大きくため息を付いた

 

抑え切れなかった・・・・・・

彼女を見ると、抱きしめたい衝動に駆られて・・・そうしたら、彼女の全てが欲しくなって――――

 

趙雲は はぁーと何度目か分からないため息を付いた

 

あれは酒のせいだと、自分に言い聞かせるが、思い出すだけで心臓が早鐘の様にどきどきと脈打っていた

 

ああ・・・一体、どんな顔をして紗羅殿に会ったら良いんだ・・・

 

 

 

   『紗羅殿は”魏”の者です。それをお忘れ無き様、趙雲殿』

 

 

 

諸葛亮の言葉が脳裏を過ぎる

 

分かっている・・・彼女は・・・・・・

 

月夜の晩、涙を流す彼女を見た――――

 

戦場の中、1人佇む蒼黒の衣を纏った彼女は美しく、漆黒の髪が揺れていた

頬を伝う彼女の涙は宝石の様で、光輝いていた

 

 

誰かに気取られる事無く、ただ1人――――1人で立ち尽くす彼女は――――

 

 

 

 『心を許してはいけません。彼女は――――』

 

 

 

しかし、私は――――

 

 

滴り落ちる鮮やかな ”赤”

 

白銀の刃を露にした真っ直ぐな2本の双剣の ”白”

 

指に絡まるように靡く、”黒”

 

その漆黒の髪に飾られた ”蒼”

 

 

 

——————— それは——— ”月夜叉”

 

 

 

 

冷酷非道な魏の将

 

多くの兵が、民が犠牲になった魏の国の者――――

 

 

私は・・・・・・・・・

 

 

『趙雲様』

 

にっこりと微笑む紗羅の顔

シャランと髪を飾る簪がその音を鳴らした

 

 

わたし・・・は――――

 

 

「はぁ・・・・・・・・・」

 

趙雲は大きくため息を付き、頭を抱えた

 

その時だった

背後に気配を感じるや否や、すぱ―――ん!!と景気の良い音が響き渡った

 

「・・・・・・・・・・馬超」

 

ギロリと趙雲は己の頭を叩いた主を睨み付けた

そこには、仁王立ちする馬超の姿があった

 

「趙雲!お前、何百面相してやがる!このヘタレがっ!!」

 

「ヘタ・・・・・・!?」

 

「あそこまでやっておいて途中で止める奴があるか!!お前はどれだけ腑抜けなんだ!?」

 

「・・・・・・そこまで言うか」

 

「言うわ!殿に”一身これ胆なり”と言われた趙子龍は何処行った!?」

 

「・・・・・・放っておいてくれ」

 

趙雲はむっとして、ぷいっとそっぽを向いた

馬超は、はぁーとため息を付き、頭をぼりぼりとかきながら

 

「あのな、趙雲。姫さんの気持ちも考えてやれよ・・・姫さんはな、お前の事を――――っ!?」

 

そこまで言いかけて、馬超は口を押さえた

思わず目を見開く

 

「馬超?」

 

趙雲は首を傾げ、押し黙った馬超を見てやった

馬超は、一点を見たまま微動だにしなかった

 

「馬超?」

 

不思議がり、もう一度馬超の名を呼ぶ

だが、馬超は動かなかった

 

ふと、馬超の視線に気付き、そちらの方を見る

 

どき・・・

 

心臓が高鳴った

 

そこには、心配そうな顔をした紗羅が立っていた

紗羅は少し躊躇いを見せたが、意を決したかの様に2人に近づいて来た

 

「あの・・・大丈夫ですか? 白湯をお持ちしましたけど・・・・・・」

 

そう言って、紗羅はことんと持ってきた白湯を机に置いた

 

紗羅殿・・・

 

趙雲は気恥ずかしさから、少し俯いてしまった

 

先程の事を聞かれたら、どう言い訳すればいいのか・・・答えが浮かばない

 

「姫さん、大丈夫だから心配するな、な?」

 

そう言いながら、馬超はばんっと趙雲の背を叩いた

 

「あ、ああ・・・」

 

ごほごほっと咳き込みながら、何とか答える

 

「そう――――ですか・・・・・・」

 

紗羅は少し寂しそうに目を細め、趙雲を見た

趙雲は下を向いたまま一向に顔を上げようとはしなかった

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

沈黙が重く圧し掛かる

長い間そうしていた様に感じたが、実際はほんの数秒だったのかもしれない

でも、趙雲にはその数秒が長く感じた

 

馬超と、紗羅の視線が趙雲に集まる

その視線を感じ、趙雲はますます俯いてしまった

 

「その・・・・・・」

 

躊躇いがちに口を開いたのは紗羅だった

 

紗羅はぎゅっとお盆を握り締め

 

にっこりと微笑む

 

その微笑みが明らかに無理して笑ってるのが分かり、馬超はギロリっと趙雲を睨み付けた

 

「私は、失礼します・・・ね。お邪魔みたいですし・・・」

 

あ・・・・・・っ!

 

趙雲ははっとして顔を上げた

だが、紗羅の顔は見れなかった

紗羅はぺこりと頭を下げると、さっと踵を返し走り去ろうとした

 

「待っ・・・・・・!「待て!姫さん!!」

 

呼び止めようとした趙雲の声が馬超の声でかき消される

 

馬超!?

 

紗羅よりも趙雲の方が驚いていた

 

折角の勇気が台無しだ

 

紗羅はぴたりと止まり、振り返りはせず、少し後を見る仕草をした

シャランと簪が鳴る

 

「・・・・・・・・・・?」

 

「ちょっと待て。待て待て」

 

ずかずかと馬超が紗羅に向かって歩いていく

 

お前が待て!!と言いたくなるぐらい、馬超はずんずんと紗羅に近づいて行った

そして、ぽんっと肩に手を置いた

 

「・・・・・・・・・・・?」

 

紗羅が不思議がって首を傾けているのが見え

何か話している様だが、趙雲の所まで聞こえない

 

馬超は何かを言い残すと、じゃ!という感じに手を上げ、屋敷の中に入って行ってしまった

 

馬超ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?

 

2人取り残され、趙雲は心の中で叫んだ

まさかあの状態からいきなりこの状態にされて、しかも放置!?されるとは思わなかった

 

紗羅がゆっくりとこちらを見る

趙雲はごくりと息を飲んだ

 

紗羅はその場で黙ったまま、下を向いたり、横を向いたり

少し躊躇っている様にも見えた

 

その姿がまた可愛らしい などと思ってしまう自分はどうかしていると趙雲は思った

 

紗羅は少し、躊躇いがちに趙雲の方を見ると、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきた

俄かに頬がピンク色に染まっている

 

紗羅は、手を口に当て、少し上目使いで趙雲を見た

ごくりっと音がするかと思うくらい、趙雲は息を飲んだ

 

「あの・・・・・・」

 

紗羅が躊躇いがちに口を開く

 

「・・・その・・・馬超様に、傍に居てやれ・・・って・・・言われて」

 

「え”っ!?」

 

 

馬超ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!

 

 

 

趙雲は再度 心の中で叫んだ

 

何故だ!?何故今、2人きりにする!?

 

馬超の意図が掴めず、趙雲は混乱していた

私に恥を掛けというのか!?そうなのか!?馬超!!

 

だらだらと嫌な汗が流れる

 

「えっと・・・・あっ・・・その・・・」

 

趙雲はしどろもどろになりながら言葉を捜した

だが、頭が混乱して見つからない

 

ちらっと紗羅の方を見る

紗羅は少し俯き、趙雲からの言葉を待っている様だった

 

待たれている・・・っ!!

 

趙雲は、気が動転していたのか、思わずバッと傍にあった白湯の入った杯を持つと、それをぐいっと一気飲みした

 

「ぐっ・・・ごほ ごほっ!!」

 

「趙雲様!?」

 

一気飲みがいけなかったのか、白湯が気管に入り咳き込む

紗羅が慌てて趙雲の傍に駆け寄った

 

「ごほ・・・・・・すみません・・ごほっ」

 

「大丈夫ですか?」

 

紗羅が優しく背を撫でる

 

「ごほ・・・・・・大丈・・・夫・・・です」

 

徐々に収まり、趙雲は咳き込みながら息を整えた

 

「・・・ごほっ・・・・・・・・・はは、貴女には情けない姿ばかり見せているな・・・」

 

「そんな事――――」

 

「いえ、本当に情けない。馬超にも言われました」

 

ゆっくりと、自分の背を撫でてくれる彼女の体温が趙雲を落ち着かせていった

すーと息を吐く

 

「治まりました?」

 

紗羅が心配そうに覗き込んでくる

趙雲は苦笑いを浮かべながら、大丈夫ですと手で合図した

 

それを見て、紗羅はほっとしたのかにっこりと微笑み

 

「良かった」

 

と、安堵の息を漏らす

が、次の瞬間お互いの顔が近い事にはたっと気付き

2人は慌ててバッと離れた

 

「す・・・すみません!」

 

「いえ・・・こちらこそ」

 

お互い背を向け、無言になる

先程の事を思い出して頬が熱くなるのが分かった

 

 

趙雲は火照りを何とか押さえようと、深呼吸する

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

う・・・気まずい・・・

 

趙雲はちらっと、紗羅の方を見た

紗羅はまだ背を向けたまま俯いていた

 

彼女も思い出して赤くなっているのだろうか・・・?

 

自分を意識してくれているのだろうか?と思ってしまう

 

「あのっ!」

 

口を開いたのは紗羅だった

紗羅は趙雲に背を向けたまま

 

「あの・・・私・・・・・・その、失礼します!」

 

「え・・・っ!?」

 

そのまま、言い逃げしようと紗羅は背を向けたまま走り出した

 

行ってしまう・・・っ!!

 

そう思った瞬間、身体が自然と動いた

バッと立ち上がり、紗羅を追いかける

 

「紗羅殿!!」

 

「あっ・・・」

 

そして、彼女をその腕の中に閉じ込めた

突然の出来事に戸惑いながら、紗羅は首を横に振った

シャランと簪がその音を鳴らす

 

「あの・・・離して・・・下さい」

 

「嫌です。離せば貴女は行ってしまう」

 

「――――っ!!」

 

頬が熱くなる――――

 

熱を帯び、ピンク色に染まる彼女の姿から目が離せなかった

 

「嫌です」

 

趙雲ははっきりと言った

 

「嫌です。このまま・・・離したくありません・・・」

 

「・・・・・・・・・っ!」

 

腕から伝う彼女の熱が、柔らかな髪の感触が、洸に香る彼女の香が趙雲の意識を混乱させていく

離したくない――――

このまま、この腕に閉じ込めておきたい――――と

 

「趙雲様・・・お願い・・・・・・」

 

このままでは、おかしくなってしまいそう・・・

 

紗羅は必死に懇願した

だが、趙雲は手を緩める所か、更にぎゅっと力を込めた

 

「紗羅殿・・・・・・」

 

趙雲の熱い吐息が耳に掛かる

 

「――――っ!!」

 

紗羅は思わず出そうになる声を、手で押さえた

そして、ぎゅっと目を瞑る

 

「紗羅殿・・・」

 

麻薬の様に趙雲の声が脳に響く

 

ああ・・・・・・

紗羅は天を仰いだ

 

この人が・・・こんなにも自分を求めていてくれる事が嬉しい――――

ずっと、こんな日はこないと思っていたのに

ずっと、あの後宮の奥底で私は終わると思っていたのに

今、私は あの人の・・・趙雲様の腕の中に居る――――

その事が、無性に嬉しい なんて

 

 

涙が零れた

 

話すだけで良いと思った

会ってくれるだけで良いと思った

 

でも、近づけば近づく程どんどん貪欲になっていく

自分はこんなにも貪欲だったのかと、思い知らされる

 

 

傍に居て欲しい、私を見て欲しい

 

 

愛して欲しい――――と

 

 

でも、それは許されない”想い”

思ってはいけない”想い”

思っては――――いけない

 

 

どんなに恋焦がれ様とも、この想いは成就しない

しては いけない――――

 

 

紗羅は顔を手で覆った

 

趙雲様・・・・・・

 

 

この人が、好きだと 思い知らされる――――

 

でも――――駄目なの・・・

 

自分に言い聞かせる

でも、関を切った思いは止まらなかった

 

 

「趙雲様・・・」

 

 

「紗羅殿・・・」

 

 

この腕の中に居たいと 願ってしまう

 

そっと、紗羅は趙雲の腕に手を重ねた

手と手が重なり合う

 

ぎゅっと趙雲が握り返してくれた

 

もう――――いい

 

紗羅は思った

 

もう十分ではないか と

もうこれ以上何を求めようか

 

自分には十分過ぎる――――

 

この人に、愛されたいなどと おこがましい

 

これで、十分だ――――と

 

紗羅はぎゅっと趙雲の手を握り返した

すると、趙雲の腕が更にきつく抱きしめられる

 

 

 

 

今、この瞬間が止まれば良いと 思った――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

趙雲大暴走(-_-;)

収集に困りました・・・

ついに、作中でもヘタレ宣言(馬超強し)

 

とりあえず、曖昧に今回は終わらせちゃったヾ(≧∇≦*)ゝテヘ

次回、どうすんだよ・・・私!!

 

2008/11/15