桜散る頃-紅櫻花- 

 

 月下の舞姫と誓いの宴 3

 

 

 

「ううう・・・・・・」

 

紗羅は呻きながら朝の廊下を歩いていた

 

 

 

 『嫌です。このまま・・・離したくありません・・・』

 

 

昨晩、そう言って、抱きしめてくれた趙雲の熱い腕が、未だに身体に残っていた

 

どうしよう・・・

どうしたら・・・私・・・・・

 

平然としようと必死に繕うが、顔の、身体のほてりが止まらない

 

「紗羅様?」

 

「きゃぁっ!」

 

不意に呼ばれ、ビクッとする

恐る恐る振り返ると、不思議そうな顔をした佳葉が立っていた

その手には、朝餉の用意だろう お皿を持っている

 

「か・・・佳葉・・・?」

 

「はい?」

 

首を傾げながら佳葉が返事をする

 

「紗羅様。お顔が赤いようですけど・・・熱でもおありなのでは?」

 

「え!?」

 

紗羅は言われて、バッと顔を両の手で押さえた

そして、ぷるぷると首を振る

 

「だ、大丈夫よ。ちょっと暑い・・・かなぁ?」

 

「・・・本当ですか?」

 

「ええ。大丈夫。心配ないわ」

 

佳葉に心配かけまいとにっこりと微笑み返す

それを見て、納得したのか、佳葉は「では、早くいらして下さいね」と言い残し、部屋の奥へ去っていった

 

「はぁ・・・・・・」

 

紗羅はほっと安堵の息を漏らす

 

やっぱり顔が赤いのだろうか・・・

今から趙雲と顔を合わすのに・・・どんな顔をして会えば良いのだ

 

 

 『紗羅殿・・・・・』

 

 

耳元で囁く趙雲の声が聞こえる

紗羅はぷるぷると顔を振った

バンッと両手で頬を叩き、気合を入れる

 

 

「よし!行くわよ」

 

グッと拳に力を入れ、己を鼓舞する

そして、皆が居るであろう部屋に向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

「お早う御座います」

 

「おう!お早う姫さん」

 

「あ、お早う御座います~」

 

部屋に入ると、昨日泊ったのであろう馬超と姜維が挨拶を返してきた

姜維がにこにこしながら手を振っている

紗羅はにこっと微笑み返し、自分の席に座った

 

すると、馬超と姜維の2人がじーと紗羅を見る

 

「?」

 

何かおかしいのだろうか?

紗羅は首を傾げた

 

自分の衣をじっと見る

今日は、薄桃色の衣に、白の刺繍の入った透明な打掛だ

衣を合わせる時、春らしさを出したのだと、佳葉が言っていた

髪は薄桃色の結い紐で結い上げ、横に垂らしている

装飾は紅玉の簪に、同じく紅玉の耳飾を付けていた

 

馬超がにやにやしながら

 

「姫さん。今日の衣も似合ってるな~昨日の薄紫も良かったけど、今日の薄桃に白も良いな」

 

「ですね~よくお似合いですよ」

 

姜維もそれに賛同する

 

「そ・・・そうですか?有難う御座います」

 

少し、気恥ずかしいのか、紗羅は俯きながら頬を赤く染めそう呟いた

 

馬超は、にやにやしたままじーと紗羅を見ていた

姜維もなんだか、笑っている

 

「あの・・・何か・・・?」

 

紗羅は何だか不安になり、恐る恐る訊ねた

馬超と姜維は顔を見合わせ

 

「・・・だよな」

 

「・・・ですよね~」

 

などと言っている

 

「・・・・・・・・・?」

 

益々もって意味が分からない

紗羅は首を傾げた

シャランと簪が鳴る

 

馬超はくくくっと笑いながら

 

「いやな、”趣味”だなぁ~って思ってよ」

 

「趣味?」

 

「そうそう、”趣味”ですよね~」

 

姜維も馬超の言わんとする事が分かっているのか、そうだと言い張る

 

趣味・・・?

何の趣味だろうか・・・?

 

馬超はにやりと笑い

 

「それ、趙雲が選んだんだろう?」

 

「え・・・?」

 

それそれと、馬超が紗羅の衣を指差す

 

衣・・・・・・?

 

組み合わせなどを選んだのは、自分や佳葉達だが・・・反物自体を買ってきたのは趙雲だから、趙雲が選んだ事になるのだろうか?

 

紗羅が反応に困っていると、馬超がお茶を飲みながら

 

「それ、好きなんだよなー趙雲。そーいう淡い色の組み合わせ」

 

「え?」

 

「ですよねー原色系より淡い色を好みますよね、趙雲殿」

 

そ・・・そうなんだ・・・

 

言われて見れば、買ってもらった反物はどれも、淡い色だった

佳葉も恐らく、趙雲の好みを知っていたのだろう

 

魏に居た頃は、あの男の趣味か紫紺か蒼系統の色しか着た事が無かった

 

「ま、俺様は原色系の方が好きだけどな」

 

ぐいっとお茶を飲み干し、馬超は茶杯をぶらぶらさせながら言った

 

「んー僕は、中間色かなぁ・・・?」

 

「何だよ?中間色って」

 

「濃くも無く、薄くも無く」

 

「なんだ、そりゃ」

 

かかかと笑いながら、馬超は姜維の頭をぐりぐりと撫でた

 

「ちょ……っ!止めて下さいよ!馬超殿」

 

姜維が、馬超の攻撃に反抗する

その様子が、おかしくて紗羅はくすくすと笑ってしまった

 

「何だ?楽しそうだな」

 

そこへ、趙雲がやって来た

 

ドクン・・・!

紗羅の心臓が跳ねる

 

「おう!趙雲。遅いお出ましだな」

 

「待ってたんですよ~?趙雲殿が来ないと朝餉が食べれないじゃないですか」

 

ぶーぶーと姜維が文句をたれる

 

「はは、すまん。すまん」

 

趙雲は笑いながら、手を上げて謝罪した

はたっと趙雲の動きが止まる

 

「・・・・・・紗羅殿」

 

「あ、あの・・・・・」

 

紗羅はがたんっと立ち上がり、ぺこっと頭を下げた

 

「お・・・お早う御座います。趙雲様」

 

「あ・・・はい。お早う・・・御座います」

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

う・・・顔が上げられない・・・

 

趙雲の声を聞くだけで、昨晩の事を思い出してしまう

 

回された腕 囁かれた声

全てが、紗羅の思考を麻痺させた

 

 

「紗羅殿・・・その・・・昨晩は・・・」

 

「は、はい!」

 

紗羅ががばっと顔を上げる

その瞬間、趙雲と目が合った

 

「・・・・・・・・・・・!」

 

「・・・・・・・・・・・っ」

 

 

かぁ――――・・・

 

 

2人して赤くなり、俯いてしまう

 

「「・・・・・・・・・・・」」

 

じーとその様子を馬超と姜維は眺めていた

 

「お前等・・・朝から青春してんじゃねぇよ」

 

馬超が箸をがしがしと銜えながら言う

 

「はぁー見てられませんね・・・」

 

「だよなー俺ら邪魔?」

 

「「そ・・・そんな事・・・・・・っ!!」」

 

発した声が趙雲と揃う

思わず、お互いを見て、また赤くなってしまった

 

「ちょー仲良いな」

 

「声揃ってますよ~」

 

紗羅は、益々赤くなってしまって、余計に顔が上げられなくなってしまった

 

うう・・・・・どうしよう・・・

 

そう思っていると、馬超がふと呟いた

 

「なぁ、趙雲。これこれ、見て何か言う事は?」

 

ちょちょいと紗羅を指差して馬超が言う

 

「え・・・・・?」

 

趙雲は意味が分からず、首を傾げた

 

「だー鈍い!姫さん見て言う事は!?」

 

「きゃ・・・っ」

 

ぐいっと馬超が紗羅の肩を抱き寄せる

 

む・・・・・・

 

「馬超。離れろ」

 

そう言うが早いか

 

紗羅は、今度はぐいっと趙雲に引き寄せられ、すっぽりとその腕に収められる

 

「ち・が・う!そーいう所ばっかり育ってんじゃねーよ!」

 

「煩い。触るな。子供が出来たらどうするんだ」

 

え・・・・・?

子供・・・・・・???

 

「お前はーどーいう目で俺様を見てるんだ!?ああ!?」

 

「馬超殿・・・すごいテクですね・・・」

 

姜維が、はぁーと感心した様に目をぱちくりさせる

 

「出来るか!ぼけ!」

 

わしっと姜維の頭を掴んだ

 

「いたた・・・痛いですよ~馬超殿」

 

「そーじゃなくて、姫さん見て言う事は!?」

 

「・・・・・・・・・」

 

じーと趙雲が腕の中の紗羅を見る

 

見られてる・・・・・・

かぁぁ・・・と頬が熱くなるのを感じた

 

「・・・・・・いつもと変わら・・・・・ないと思うが」

 

がくーと馬超がうな垂れる

 

駄目だ・・・この男には”褒める”という機能は付いてないらしい

よろよろとしながら2人を見ると、趙雲が紗羅に着席を進めている

 

全く、その気無し

鈍い!鈍すぎる!!

 

「で、紗羅殿が何だというんだ?」

 

「いや・・・もう、いい。お前に期待した俺様が馬鹿だった・・・」

 

「?」

 

趙雲は意味が分からず首を傾げた

紗羅は何だか苦笑いしている

 

この2人は・・・・・・

はぁーと馬超は盛大なため息を付いた

 

「ごほん」

 

不意にわざとらしい咳払いが聴こえて来る

振り返ると、佳葉が後に給仕の者を控えて立っていた

 

「そろそろ、朝餉を召し上がって下さらないと。お時間の方が迫ってますよ?」

 

言われて時計を見ると、かなり時間が経っていた

 

「げ!朝飯抜きは勘弁だぜ!」

 

「頂きます」

 

はぐはぐと馬超と姜維が慌てて食べだす

趙雲と紗羅は顔を見合わせ、くすりと笑った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、行って来る」

 

「はい。行ってらっしゃいませ」

 

戸口に紗羅と佳葉達家人が立ち、趙雲と、馬超、姜維の3人を見送る

 

「あ、そうだ、紗羅殿」

 

趙雲が何かを思い出した様に

 

「今日はお暇ですか?」

 

「え・・・あ、はい」

 

「よかった」

 

趙雲がにっこりと微笑む

 

「?」

 

紗羅は意味が分からず首を傾げた

 

「今日、街で市が開かれるんですよ。良かったら佳葉と一緒に見てくると良いですよ」

 

「市ですか?」

 

「ええ。珍しい物もありますし、それに――――」

 

「?」

 

「・・・いえ、なんでもありません」

 

趙雲がぱっと顔を赤らめる

 

「・・・・・・?」

 

「おーい趙雲!早くしろ!」

 

門の向こうで馬超が叫んでいる

 

「直ぐ行く」

 

趙雲は馬超に手で合図した

そして、紗羅の方に向き直り

 

「じゃぁ、行って来ます」

 

「はい。いってらっしゃいませ」

 

にっこりと笑って送り出す

趙雲もそれに安堵したのか、ふっと笑って出て行った

 

 

3人が出仕したのを見送って、紗羅と家人達は家の中に入っていった

 

「紗羅様」

 

佳葉が話しかけてくる

 

「午後からなら、私も時間がありますし、行ってみますか?」

 

「え?」

 

「市です。興味がおありの様だったので」

 

確かに、市など一度も行った事が無い

興味津々だった

 

「いいの?」

 

「はい。では、昼餉の後にでも・・・」

 

「ありがとう」

 

紗羅は満面の笑みでそう答えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ・・・すごい・・・」

 

昼下がりの午後

紗羅と佳葉は街の市を見に来ていた

 

晩春といっても、もう日が強い

2人は頭から衣を被っていた

軟派防止とも言う

 

紗羅は興味深々という感じで、市に並ぶ露店の品物を目を輝かせて見ていた

 

この国以外の物

反物や簪や櫛などの装飾品、家具や小物類等色々な露店が並んでいた

それに比例する様に、人の多さも半端ではなかった

 

こんなに人の多い所には来た事が無いのではないだろうか というぐらいだ

 

「佳葉!あっちにも行ってみましょう!」

 

「くすくす・・・分かりました」

 

紗羅のはしゃぎ様は半端では無かった

よっぽど嬉しいのか、先ほどからくるくると表情を変える

 

佳葉はそれを見てくすくすと笑いながら歩いていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1刻ぐらい観て回った2人は、出店でお茶をする事にした

 

「あれ、可愛かったー」

 

「もう一度、行って見ます?」

 

「いいの?」

 

「はい」

 

紗羅が言っているのは、仔犬の露店だった

小さな犬がいっぱい居たのだ

 

紗羅は犬を初めて見たらしく、先ほどからずっとその事ばかりだ

よっぽど気に入ったのだろう

 

「お茶が美味しい~佳葉が入れてくれるお茶も良いけど、こうして外で飲むお茶も良いわね」

 

「くすくす そうですね。何の茶葉を使ってるのか気になる所です」

 

「やっぱり、佳葉はそっちが気になるのね」

 

「勿論ですよ!こういう時しか買えない、茶葉もありますしね」

 

女2人で買い物も楽しいものだった

こうして、誰かと買い物を一緒にする事など、今まで無かったから・・・

今まで、一度だって・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・」

 

「紗羅様?」

 

紗羅の異変に気が付いたのか、佳葉が心配そうに覗き込む

紗羅ははっとして、慌てて笑顔を作った

 

「ううん。何でもないの」

 

「そう・・・ですか?疲れたのなら――――」

 

「大丈夫!今、こうして休憩もしてるし。もう少ししたら、また見て回りたいわ。佳葉の茶葉も買わないと!ね?」

 

くすっと佳葉が笑う

 

「そうですね」

 

その時だった

 

「よぉ、姉ちゃんら、俺達も混ぜてくれねぇか?」

 

「ひゅー2人とも上玉じゃん」

 

「俺らってもしかして、すっげー運いい?」

 

突然、荒くれ者の3人に声を掛けられた

 

「・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・」

 

楽しい気分が台無しだ

 

「な、何ですか!貴方たち!下がりなさい!無礼者ども!」

 

佳葉が立ち上がり、紗羅を庇う

 

「ああ?姉ちゃん、威勢が良いのはいいが・・・相手を見た方がいいぜ?」

 

「ほら、行こうぜ」

 

1人がぐいっと紗羅の手を掴む

 

「・・・・・・・・・っ!」

 

振り払おうとした瞬間、佳葉が買った反物でばしっと男の腕を叩いた

 

「痛っ・・・・・・!何すんだよ!」

 

「紗羅様に触らないで!!」

 

キッと佳葉は男3人を睨み付けた

 

「佳葉・・・」

 

紗羅はギュッと拳を握り締めて、辺りを見渡した

ここで、この男共を伸す事など紗羅にとって造作も無い事だった

だが・・・

 

回りに人が集まりだしていた

 

ここで暴れれば騒ぎになる

下手したら、趙雲に迷惑を掛ける事になるかもしれない

 

「離して!」

 

紗羅ははっとした

佳葉が連れて行かれそうになっていた

 

がしっともう1人の男が紗羅に手を伸ばす

 

「さぁ、姉ちゃんも行こうや」

 

「――――っ!」

 

もう、周りを構ってる余裕は無かった

こうなったら こいつら全員――――

 

 

 

 

「そこまでにしてもらおうか」

 

 

 

 

 

不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた

ここには居る筈の無い人の声だ

 

 

紗羅は声のした方を見た
そこにいたのは————………

 

 

 

  ちょ・・・趙雲様!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軟派されました(笑)

お約束ですねぇ・・

 

さ~趙雲は助けられるかな?

 

2009/01/13