桜散る頃-紅櫻花- 

 

 月と桜の理 8

 

 

 

「え?」

 

佳葉は不思議そうに聞き返した

紗羅は少し照れたように俯いたまま小声でもう一度言う

 

「それは良い考えですね!」

 

佳葉は紗羅の話を聞いてぱっと明るく声を上げた

 

「そう……かな…」

 

自信無さそうに紗羅が訊ねる

 

「きっと趙雲様も喜びますよ」

そう言いながら、佳葉はにっこりと笑った

こぽこぽ…っと心地の良い音を立てながらお茶を入れる

お茶の良い香りが部屋中に漂った

 

佳葉はそのお茶を入れた茶杯をすっと紗羅に渡した

紗羅は茶杯を受け取り、ゆっくりとそれを口に運ぶ

 

暖かいお茶は紗羅の心を潤した

 

「でも、そうですねぇ………」

 

佳葉はう~んと考えながら腕を組んだ

 

「紗羅様が動ければ一番良いのですが、それは無理ですし…そうなると限られますね」

 

「あ…それには考えがあって――――」

 

紗羅は自分の考えを佳葉に説明した

 

佳葉は耳を傾け、ふんふんと頷ずく

そして2人で顔を見合わせて笑った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!」

 

ガキィィンッ

 

キン………

 

 

趙雲が体重を掛けて打ち込んでくる

 

「……っと」

 

馬超はすかさず力の方向を変えようと槍を横に流した

だが、それは読まれていたのか、趙雲の槍がその隙を突いて馬超の槍を打ち上げる

 

馬超も抵抗しようとするが、流れに逆らえない

そのまま打ち上げられ、槍が手を離れる

 

ガンッ

 

凄まじい音がして、槍が打ち上げられる

くるくると宙を回転し、馬超の槍が趙雲の目の前に突き刺さった

 

「……………」

 

馬超は唖然とその様子を眺めていた

趙雲は何事も無かった様に馬超の槍を抜いて、肩にとんとんと当てふぅ…とため息を付く

 

「鈍ってるんじゃないのか?」

 

趙雲の声が鍛錬場に響く

超ははぁ-とため息を付き、ちょいちょいと手で合図しながら

 

「お前が絶好調なだけだ」

 

合図を見て、趙雲が馬超に槍を投げて返す

馬超は片手で軽くそれを受け取り、槍を肩にとんっと当てた

 

「そんな事は無いと思うのだが…」などと呟きながら趙雲が近づいてくる

 

明らかに以前とは違う趙雲の調子に馬超はうなだれる様にはぁ~と盛大にため息を付いた

こいつは自分で気付いてないのか?

 

以前、紗羅に嫌われているのか?と心配していた時や、彼女が目覚めなかった頃に比べたら、その様子はえらい違いだった

今は、あの頃と比べて生き生きしているというか、幸せオーラが漂っている

 

馬超はじ-と趙雲を眺めた

 

「な…なんだ?」

 

趙雲が馬超の視線に耐えかねて訊ねる

馬超は、はぁ~と何度目か分からない盛大なため息を付き、ぽむっと趙雲の肩を叩いた

 

「お前、本当に分かりやすいな」

 

やれやれと言わんばかりに首を振り、馬超は趙雲の肩をさらに叩いた

当の趙雲は訳が分からず、首を傾げる

馬超は片肘を趙雲の肩に置き

 

「…で?何があったか吐いて貰おうか?」

 

ずずいっと趙雲に迫る

趙雲は思わず少し後ずさり

 

「……何って…別に何もないぞ?」

 

「嘘つけ!」

 

いきなり、馬超にがしっと頭を掴まれる

 

「馬超!」

 

趙雲の抗議の声が鍛錬場に響き渡るが、馬超には聞こえていない

さらにわしづかみにし、掴まえている手に力がこもる

 

「言~~え~~~~~~」

 

頭をぐりぐりとされ、趙雲の髪が乱れまくる

 

「馬超!やめっ……!」

 

頭を押し込まれて声が詰まる

だが、馬超は更に押し込もうとした

思わず、趙雲ががしっと馬超の手を掴み押し返そうとする

 

「お?反抗するのか?」

 

嬉しそうに、馬超がにやりと笑う

明らかに遊んでいた 趙雲で

趙雲は観念した様にはぁ~とため息を付き

 

「ただ………」

 

「ただ?」

 

わくわくっといった感じで馬超が顔を輝かせる

一瞬馬超を見て、趙雲はふぅっとため息を付き

 

「書物を贈っただけだ」

 

ぴたりと馬超の動きが止まる

じーと馬超が趙雲を見る

 

「何だ?」

 

自分を見る馬超を不思議そうに見る

 

「他は?」

 

「他?……それだけだが…」

 

その瞬間、がく-っと馬超がうな垂れる

 

「馬超?」

 

変にうな垂れる馬超を見て、不思議そうに趙雲は訊ねた

 

「趙雲………お前……」

 

馬超が震えている

がしっと肩を掴んだかと思うと……

 

 

 

 

 

「馬鹿か――――――――――――っ!!」

 

 

 

 

 

「なっ……!」

 

いきなりの罵声に声も出ない

馬超が趙雲の両肩をがしっと掴む 掴む手に力がこもる

 

「本当の本当にそれだけなのか!?花とか髪飾りとかもっと他にあるだろう!?」

 

「…………彼女は喜んでいたぞ?」

 

馬超が、首を横に振り、はぁ~~とこの世の終わりかと言わんばかりに盛大なため息を付く

そりゃぁなぁ…

趙雲の事を言って頬を赤く染めた彼女の姿を思い出す

 

惚れた相手に貰った物ならなんでも嬉しいだろうよ

でもな…お前………

はぁ~~~~~~

 

言ってやりたい

言ってやりたくて仕様がなかった

だが、彼女との約束だ

 

彼女の趙雲への気持ちは言わないと約束した限り言う訳にはいかなかった が………

 

馬超は哀れみの目で趙雲を見た

こんな鈍感男……彼女には勿体無いとすら思った

普通、女への贈り物で”書物”を選ぶか!?

花とか髪飾りとかそれこ衣や他にも色々あるだろう!?

なのに…書物………

 

可哀相過ぎる…彼女が

 

「趙雲…お前……………」

 

「な、なんだ?」

 

「一回勉強し直してこい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…何か馬超殿が叫んでます」

 

「…また下らない事で趙雲殿で遊んでいるんでしょう」

 

諸葛亮はふぅ…とため息を付きならが、竹簡に目を通していた

姜維も竹簡をいっぱい持って馬超の声のした方を見やる

 

「姜維、放っておきなさい」

 

「はい。丞相」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

「出来た」

 

紗羅は出来上がった物をぱっと佳葉に見せた

佳葉もその声に反応して、作業していた手を止める

 

「まぁ、綺麗ですね。紗羅様お上手ですわ」

 

佳葉に褒められたのが嬉しくなって顔がほころぶ

紗羅も出来上がった物をじーと眺め

 

「喜んで下さるかな…?」

 

「勿論ですよ」

 

趙雲の代わりに佳葉が答える

紗羅は笑みを浮かべ

 

「だと……いいな………」

 

そう言って、それをぎゅっと握り締めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今晩は。今日は如何お過ごしでしたか?」

 

その晩、いつもの様に趙雲が紗羅の元を訊ねてきた

紗羅も趙雲が来るのが分かっているので、気兼ねなく招き入れる

この時間は佳葉も家人も遠慮して誰も紗羅の部屋には寄ってこない

事実上の2人きりだ

 

だが、趙雲も紗羅もこのゆったりとした時間が嫌いでは無かった

昼の佳葉との時間も楽しいが、むしろ紗羅にとっては待ち遠しい時間だった

 

魏に居た頃では考えられない事だ

あの時は、ただ夏侯惇から聞かされる趙雲の武勇を聞くのが唯一の楽しみだった

 

その趙雲が目に前にいて自分と話しているのだ

今でもこれは夢ではないかと…いつか覚めてしまうのではないかと思う程だ

 

だが、嬉しい反面、どうしても自分の全てをさらけ出す事が出来なかった

今まで自分がしてきた事…月夜叉として、蒼子としてしてきた事…そしてあの男の事が脳裏を過ぎる

これはそんな紗羅の精一杯のお返しだった

 

「今日は、佳葉と一緒に刺繍をしたんです」

 

そう言って、少し照れながらすっと一枚の薄水色の布を差し出す

そこには見事な桜の刺繍がしてあった

 

「これは…桜ですね」

 

趙雲は物珍しそうにそれを眺めた

武術の鍛錬や兵法の勉強などを普段している趙雲だ

刺繍は珍しいのだろう

 

その様子が可笑しくて、紗羅は趙雲に気付かれない様に ふふっと笑った

 

「それを月にかざして見て下さい」

 

「?」

 

言われて、趙雲は不思議そうに首を傾けたが 言われた通り月にかざしてみる

 

「あ………」

 

それは幻想的な風景だった

 

薄水色の湖に桜の花びらが舞い、そこに月が映し出される

 

「これは…見事な……」

 

思わず言葉がこぼれる

これが本物なら、ため息ものの風景だ

 

「それは趙雲様に差し上げます」

 

「え!?」

 

余りにも予想していなかった言葉に素っ頓狂な声を上げてしまう

 

「し…しかし……こんな見事な物……」

 

刺繍など産まれて此の方一度も貰った事無い趙雲は、如何してよいのか分からず戸惑いを見せる

紗羅はすっと 以前、趙雲から貰った書物を見せた

 

「趙雲様に贈ろうと思って針を刺したんです。私からのお礼です。受け取って下さいませんか?」

 

「あ…………」

 

趙雲が一瞬かぁと赤くなる

 

「あ……ありがとうございます」

 

そして、深々と頭を下げた

その姿が可笑しく、笑ってはいけないと思いつつ、くすりと笑ってしまう

 

「趙雲様。私のお礼の気持ちなんですから、そんなに頭を下げないで下さい」

 

「は…はい」

 

と、返事をするも一向に頭を上げる気配が無い

良く見れば耳まで真っ赤だ

 

上げるに上げられないのだ

その姿が余りにも可笑しくてくすくすと笑ってしまう

 

だが、自分の事でいっぱいいっぱいな趙雲には聞こえていなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に1人になり紗羅はぼぅ…と趙雲から貰った書物を眺めていた

まさか、あんな反応されるとは思わなかったな……

 

先ほどの趙雲の態度が可笑しくて思い出し笑いをしてしまう

趙雲程の人物だ 性格も顔も悪くない 蜀の五虎大将で…劉備様の主騎となるお方だ

 

きっと蜀内の人気も高いだろう

もっと女人からの贈り物など貰い慣れているものだと思っていた

 

それが…まさか、あんなに照れられるとは…

ある意味大きく予想を裏切ってくれる反応だった

 

『このような物、初めて頂きました。大切に使わせて頂きます』

 

そう言ってくれたのが嬉しく無い訳じゃない

むしろ、あの様な物であそこまで喜んでくれた事が嬉しかった

 

正直、渡す時、すごく緊張した

受け取って貰えなかったらどうしようとか、捨てられたらどうしようとか色々考えあぐねたぐらいだ

でも――――

それは、杞憂に終わった事で今はほっとしていた

 

趙雲様………

 

趙雲から貰った書物を眺める

何度も何度も読み返した物語だ

 

書物をぎゅっと抱き締める

 

私にはこれで充分――――

これ以上は望んではいけない…………

 

そう自分に言い聞かせるように紗羅は書物を抱く腕に力を込めた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外灯の下、趙雲は庭の桜の樹を眺めながら1人酒を飲んでいた

すぅ…と桜の花びらが杯の中に入ってくる

 

「桜…かぁ……」

 

紗羅が来た頃から咲き始めた庭の桜は満開に近かった

庭の池に桜の花びらが舞い、月が姿を現す

 

趙雲はそっと先ほど紗羅から貰った刺繍を手に取った

それは何度見ても見事な物だった

角に誂えられた桜の樹から花びらが舞っているその刺繍は庭の桜、そのものだった

 

「紗羅殿……」

 

つぶやく

 

 

  『一緒には行けません。………有難う』

 

 

あの時、涙を流しそう呟いた彼女…

何故、あの時無理矢理にでも連れて行かなかったのか

今でも、悔やまれる

 

もし、あの時彼女を自分の元に連れて来ていたら――――?

それは、今考えても詮無き事だった

 

過去は変えられない――――――――

 

 

「紗羅殿」

 

趙雲はぎゅっと刺繍を握り締めた

そっと口付ける

 

 

今度こそ――――その手を放しはしない――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一応、<月と桜の理>は終了です

趙雲大分壊れているけど良いんだろうか…

 

うちの趙雲にはこれが精一杯です~~~

2008/05/16