◆ 誓いの言霊 紡ぐ契歌:8

 

 

寒いのが苦手?

 

そう、司馬昭は言っていた が

 

違うだろう と、司馬師は思った

 

寒いの“も” 苦手の間違いだろう

 

あの女は先程何と言っていた?

「朝は苦手」とか言っていなかっただろうか?

 

正確には、朝“も”、寒いの“も”苦手 なのだろう

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

司馬師は、呆れにも似た溜息を洩らした

 

何だそれは・・・・・・

朝も寒いのも駄目だと・・・・・・?

 

どこまで、低堕落な女なのだ

 

自分勝手で、自己中心的で、気まぐれで、最後には低堕落ときた

 

最悪ではないか

 

救いがないな・・・・・・

 

それで、よく今までやってこれたものだと関心する

 

それとも、蜀ではそうではなかったのだろうか・・・・・・

蜀には、そうさせない“何か”があったのだろうか・・・・・・?

 

「・・・・・・くだらぬ」

 

司馬師は、興味なさげに溜息を付いた

 

どうでもいい

私には、関係ない

 

そう思い、自室の扉を開けた時だった

 

「あ、お帰りなさい」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

中から、琳琅の間抜けな声が聞こえ、司馬師は思わずその手を止めた と同時に閉めた

一瞬、部屋を間違えたかと、辺りを見回す

 

いや、どう見ても自分の部屋だ

 

司馬師は、もう一度扉を開けると中を見た

 

「お帰りなさい。 ・・・・・・って、何やってるの? 子元」

 

やはり返ってきたのは、琳琅の声だった

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

司馬師は、あからさまに顔を顰めると、確認作業でもしているのか、二度程目を瞬きさせた

 

「・・・・・・何をやっているか、だと? ・・・・・・それは、私の台詞だと思うが?」

 

司馬師の問いに、琳琅はもそもそと髪を触りながら

 

「んー? や、起きたら子元が居なかったから・・・・・・待ってたんですけど」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

何故、待つ

 

待たれる理由がさっぱり分からない

 

司馬師が、あからさまに顔を顰めていると、琳琅は気にした様子もなく髪を結いながら

 

「子元? なんか、挙動不審で・・・・・・怪しいよ? 凄く」

 

お前が言うな! と、言いたいのをぐっと堪える

 

だが、琳琅はそう言いながらも、視線をこちらには向けず、自分の髪を結っていた・・・・・・が、ぱらりとほどける

 

「あーまた、失敗・・・・・・。 意外と難しいわね・・・・・・。 あ! 子元、その扉閉めてくれる? 開けっぱなしだと寒いから」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

何故、指図を受けなければならないのか

 

司馬師は、はーとあからさまに溜息を付くと、バタンと扉を閉めた

 

「ん・・・・ありがとう」

 

口ではそう言うも、彼女の視線は相変わらず自身の髪に向けられている

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

また、司馬師の口から溜息が出た

 

そんな司馬師を知ってか知らずか、琳琅は(本人的には)一生懸命、髪を結おうとしているのか・・・・・・

だが、無残にもぱらぱらっと彼女の手から髪が零れ落ちていく

 

「・・・・・・何をしている」

 

耐えに耐えかねて、思わず聞いてしまった

すると、琳琅は一度だけ司馬師に顔を向けると、また髪に視線を動かし

 

「んー髪を結おうと思って・・・・・・」

 

「・・・・・・お前は、髪すら満足に結えないのか?」

 

「いや・・・・・いつも通りなら可能なんだけれど・・・・・・。 子元を待っている間、暇だったし・・・・・・時間もあったから、違う髪型にしてみようかな~? って思ったんだけれど・・・・・・」

 

どうやら、苦戦しているらしい

また、彼女の手から髪がぱらぱらと零れ落ちた

 

それを、また琳琅が挑戦しようとするが・・・・・やはり手から落ちていく

 

正直・・・・・・見ていて、凄く苛々した

いや、苛々どころか、本気で目の前から消去したい気分になる

 

止めればいいものを・・・・・・半分自棄になっているのか、琳琅は止めようとしない

それどころか、出来上がるまでここから動きそうにない

 

司馬師が、はーとあからさまに溜息を付いた

 

「・・・・・・貸せ」

 

そして、無理矢理 彼女の手から結い紐を奪うと、そのまま自分に向けて座り直させた

 

「え・・・・・・? ちょっ・・・・」

 

いきなり、方向を変えられ、後ろを向かせられると流石に動揺を隠せないのか、琳琅が振り返ろうと首を動かし掛ける

が、司馬師ががっちりと頭を掴み振り向かせなかった

 

「動くな」

 

「ええ? 何・・・・・・? って、もしかして、やってくれるの・・・・・・??」

 

司馬師のまさかの行動に、琳琅が驚きの声を上げる

だが、司馬師は何でもない事の様に琳琅の髪に触れた

そのまま、器用な手先で結っていく

 

「お前にやらせていたら、日が暮れる。 時間の無駄だ」

 

「あ、酷い。 そこまで言わなくても―――」

 

抗議しようと振り返り掛けた琳琅の頭を、やはり司馬師ががっちり固める

 

「動くな。 じっとしていろ。 手元が狂っても知らんぞ」

 

「え・・・・・・? いや、ちょっと物騒な事言わないでよ」

 

琳琅が慌てて振り返ろうとするが、司馬師がそれを許さなかった

 

「“動くな”と言っているであろうが。 お前は、言語理解が出来ぬのか?」

 

「失礼な事言わないでよ。 それぐらい理解出来ます!」

 

琳琅がむっとしてそう言うと、司馬師が微かに笑った

 

「そうか、なら“動くな”」

 

「う~~~」

 

悔しそうに唸る琳琅が、その時は不思議と悪くないと思えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおー」

 

琳琅が、自身の髪型を鏡で見て歓喜の声を上げている

それから、振り返るとぱっと嬉しそうに顔を綻ばせた

 

「凄い! 凄い! 子元。 ありがとう、嬉しい!」

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

余りにもその顔が無邪気だった為、一瞬動揺しそうになるが、平静を装う

それから、それを隠す様に視線を逸らした

 

「・・・・・・礼を言っても何も出ぬぞ」

 

その答えに、一瞬目を瞬きさせた琳琅だが、次の瞬間、くすくすと笑い出した

 

「いいよ、別に。 私がそう思っただけだから」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

調子が狂う

 

司馬師を殺すと言ってきたと思ったら、寒いと大騒ぎし、挙句の果てに冗談を言う

かと思ったら、そうやって無邪気に笑う

 

何なのだ、この女は・・・・・・

 

意味が分からない

理解に苦しむ

 

そんな司馬師を知ってか知らずか、琳琅はくすくすと笑ったまま

 

「でも、器用だねー子元。 こんなのぱぱっと結べちゃうなんて、ある意味才能だと思う」

 

凄い凄いと感心した様に言う彼女に、司馬師は小さく息を吐いた

 

「そんなもの、知識の範囲内に過ぎぬ。 というより、自分で慣れた結びしか出来ぬのなら、他をやろうとするな。 時間の無駄だ」

 

「えーでも、たまには違うのもやってみたいじゃない?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

呆れた

呆れてものが言えぬ

 

「・・・・・・そういう台詞は、少しでも出来る人間が言う台詞だ。 お前のは、単なる自己満足に過ぎぬ。 それから、そういう無駄は自分の部屋でやれ。 ここでやるな」

 

「・・・・・・子元って、女心分かってないのねー?」

 

琳琅の言葉に、司馬師はくっと喉の奥で笑った

 

「女心だと? そんなもの理解する必要性を感じない。 第一、お前にその様な殊勝な心がけがあったとは、意外だ」

 

「あ! 失礼ね。 これでも、一応女なんですけど? 私」

 

「ほぉ・・・・・・? “一応”と付けなければならぬという事は、理解している訳だ?」

 

それは感心だ という風に、司馬師が笑みを零す

それにむっとしたのか、琳琅が頬を膨らませた

 

「子元の馬鹿! 嫌い!! そういう性格だから、周りに敵ばかり作るのよ!」

 

「ふん、嫌いで結構。 安心しろ、私もお前など嫌いだ。 分かったら、さっさとここから出て行け」

 

「いーや!」

 

そう言って、ぷんっと琳琅が顔を背けた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

多分、ここでその瑠璃色の瞳に涙を浮かべて叫びながら出て行っていたら、心がぐらついたかもしれない

柄にもなく、罪悪感などというものでも感じていたかもしれない

 

が、現実は違った

琳琅は泣き叫ぶところか、いつもの我儘っぷりを発揮し、挙句の果てに出て行くのは嫌だと言い出した

 

可愛くない・・・・・・っ

 

何と、可愛げの無い女なのだ

ここまで可愛げのない女が今までにいただろうか? いや、いない

 

罪悪感どころか、怒りを覚えそうだ

 

司馬師は、引き攣りそうになる顔を、何とか平静に保つ

 

「お前は、私を嫌いなのだと言っていなかったか? なのに、ここの居るだと・・・・・・? 意味が分からぬ」

 

まったくもって理解出来ない

普通、“嫌い”は“顔も見たくない”と同意語ではないのだろうか・・・・・・?

 

だが、彼女の行動は真逆だ

ちぐはぐ過ぎる

 

司馬師が呆れた様な顔で見ていると、琳琅がちらりと振り返った

が、目が合うと、またぷいっと顔を背ける

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

思わず、本気で苛付きそうになるのを、何とか堪える

 

「おい、女」

 

「琳琅」

 

「・・・・・・名など、どうでもいい。 さっさと出て行け」

 

司馬師が顎をしゃくると、琳琅が一度だけ扉の方を見て、それからふいっと顔を背けた

 

「お断りします」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

ビキッと何かが走った

司馬師の顔が引き攣る

それから、はぁーと盛大な溜息を付くと

 

「・・・・・・もういい、分かった。 お前が出て行かぬなら、私が出て行く」

 

そう言って踵を返すと、司馬師はバンッと机を叩いた後、大股で扉へ向かった

 

「あ・・・・・・っ」

 

琳琅が、ハッとした様に振りかえると、慌てて立ち上がったと同時に

 

「駄目――――っ!!!!」

 

いきなり叫ぶなり、司馬師の袖をがしっと掴んだ

 

「なっ・・・・・・」

 

流石の司馬師もぎょっとして、慌てて顔を向けた

見ると、琳琅がぎゅ~と司馬師の腕を掴んでいる

 

「・・・・・・・・・・・っ、放せ・・・・っ」

 

「嫌っ! 放したら子元、行っちゃうでしょ!? 子元も出たら駄目なの!!」

 

「はぁ!? 意味が分からんぞ!?」

 

この時の、司馬師はきっと今までにないぐらい声が大きかったに違いない

だが、そんな事を気にする余裕すらないのか、琳琅は司馬師の腕にしがみ付いたまま、首を振った

 

「だって・・・・・・っ! 子元が出て行ったら、人口密度が低くなるじゃない!! これ以上、寒いのは嫌よ!」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

人口密度が低くなる=室内温度が下がる=寒くなる

 

「・・・・・・お、まえ・・・・まさか、とは、思うが―――・・・・・・」

 

ふるふると司馬師の声が震えている

 

「寒いから、一人の部屋に戻りたくない・・・・・とか言うのではあるまいな・・・・・・・・・・っ」

 

「うん」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

恐らく、この時の司馬師の顔は凄絶なまでに怒りの形相だったに違いない

だが、それを捨てる様に、司馬師は大きく溜息を付くと、頭に手をやり

 

「・・・・・・それなら問題は無い。 先程、お前の部屋に火鉢を用意させた。 分かったら、さっさと―――」

 

「離れる」と言おうとして、言葉が詰まった

琳琅が、今までにない位キラキラした眼差しでこちらを見ていたからだ

 

「本当?」

 

琳琅が嬉々とした声で尋ねてくる

司馬師は、小さく息を吐くと

 

「・・・・・・ああ、本当だ」

 

「だから、離れろ」 と言おうとした瞬間、それは飛び込んできた琳琅によって遮られた

 

「――――っ! ありがとう!! 子元!! いい人ね!」

 

「なっ―――」

 

いきなり、琳琅が抱きついて来たのだ

しかも、思いっきり

 

流石に、これは司馬師も予想だにしていなかったのか

余りにも突然の抱擁に動揺を隠しきれない

 

「・・・・・・・・・・・・っ、おい、離れ・・・・・・っ」

 

何とか、諸悪の根源を断ち切ろうと、琳琅を剥がそうとするが、逆に更にぎゅっと抱きしめられた

 

「嫌いって、訂正。 私、結構貴方の事、好きよ?」

 

琳琅がにこっと微笑みながらそう言うと、するりと司馬師の首に回していた手を緩めた

 

やっと解放される―――と、思った矢先にそれは起きた

 

何かが、司馬師の頬を掠めたのだ

 

「・・・・・・・・・・・・っ!?」

 

司馬師が慌てて、琳琅を見ると

目の前で琳琅がしてやったりという風に、にこっと微笑む

 

「じゃ、私、帰るわね」

 

そう言って、手をひらひらと振ると、そのまま室を出て行ってしまった

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

一瞬、唖然としてしまっていたが

次の瞬間、何をされたのか理解し、司馬師の表情がさっと変わった

 

「・・・・・・・・・な、ん・・・」

 

あろう事か、琳琅は置き土産の様に、司馬師の頬をその唇で掠めていったのだ

司馬師が、まさかの攻撃に絶句したのは言うまでもない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無駄に器用な男・司馬師です

女の髪などお手のものですw

むしろ、突然のスキンシップには弱いですww

何故って、彼は基本攻める側に立ちたい人だからww←攻められるのは想定外

つか、完全に反応見て遊ばれて・・・・・・いやいや、そんな事ないよねー?

 

 

 

新:2022.02.03

旧:2011.04.25