◆ 誓いの言霊 紡ぐ契歌:7

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

司馬昭は、目の前に仁王立ちする司馬師を見て、ごくりと息を飲んだ

心なしか、背後にただならぬものが見える

 

「え、えっと・・・・・・兄上? 如何されました・・・・・・・・・?」

 

当たり障りのない言葉を選ぶと、司馬師の鋭い目が動いた

 

「昭・・・・・・」

 

「な、何ですか?」

 

「・・・・・・あれ・・は一体なんだ」

 

「は・・・・・・・・・?」

 

一瞬、何を言われたのか理解出来ず、司馬昭が目を点にする

 

あれ・・・・・・?

あれって、何だ・・・・・・?

 

司馬昭が首を傾げていると、司馬師が更に睨み付けてきた

 

「昨夜のあれだ」

 

「昨夜・・・・・・?」

 

昨夜??

昨夜・・・昨夜・・・・・・・・・

 

「ああ!」

 

そこまで考えて何かに気付いたのか、司馬昭がぽんと手を叩いた

 

「あーあーあー! 琳琅の事ですか!」

 

やっと納得いったと、司馬昭が頷く

微かに司馬師が顔を引き攣らせた様だが、気付かない振りをする

 

「・・・・・・それだ。 どうやら、あの女はお前の差し金の様だが・・・・・・? 如何様に弁明する」

 

その言葉に、司馬昭が「えー」とぼやきながら頭をかく

 

「あーもしかして、俺の案だって琳琅言っちゃったんですか?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

ピシッと何かが切れる音がした

 

「ほぉ・・・・・・? 昭、やはりお前の差し金だったのか・・・・・・」

 

司馬師の背後で何かが膨れ上がるのが見えた

 

その時、司馬昭は自分の失言に気付いた

「あ」と声を洩らし、慌てて口を押える

 

「・・・・・・兄上・・・。 かま掛けましたね・・・・・・?」

 

「人聞きの悪い事を言わないでもらおう」

 

司馬師に、そうきっぱりと言い切られ、司馬昭は「はー」と溜息を付いた

 

「・・・・・・それで、兄上。 琳琅は今何処に?」

 

「ああ・・・・・あの女なら、今頃私の寝台で寝こけているのではないか?」

 

「え”!?」

 

“私の寝台”という言葉に、司馬昭が驚きの声を上げる

 

「ま・・・ままままさか・・・・・・っ! あ、あああ兄上・・・・・・っ!!」

 

今の時間に司馬師の私室に居るという事は・・・・・・?

 

まさか・・・・・・っ! そうなんですか―――!? 兄上!?

本当に、手を出し・・・・・・っ

 

「・・・・・・お前が何を想像しているのか知らぬが。 あれが勝手に寝こけているだけだ」

 

司馬師が、心なしか顔を顰めながらそうぼやいた

 

そこで、司馬昭は はたっと我に返る

 

「え・・・・・・? でも、手は出しちゃったんですよね? 兄上?? そうですよねー琳琅、可愛いですもんねー。 あんな可愛い子に迫られちゃ、いくら兄上といえどもついつい・・・・・・」

 

「・・・・・・何の話だ?」

 

「何の話って・・・・・いやだなぁ~兄上。 とぼけなくても分かってますって! まぁ、兄上のお気持ちも分かりますよ? つい手がでちゃうも頷けます。 琳琅、可愛いですからね。 でもね、兄上。 いくらなんでも、朝起きれないほど…ってのは、どうかとー」

 

司馬昭が何を言っているのか分かったのか、司馬師が更に顔を顰める

 

「・・・・・・昭、お前と一緒にするな」

 

「ええ!? 俺ですか!? いやー俺なんて、兄上に比べたら全然」

 

そう言いながら、あははははと笑ってみせる

それが癪に障ったのか、ゆらりと司馬師の腕が動いた

腰にはいていた、剣に手を掛ける

 

「・・・・・・昭、お前は死にたいらしいな・・・」

 

そのまま、ゆらりと剣を鞘から抜きかけた

それを見た司馬昭が、慌てて手を振る

 

「や、やだなぁ~兄上。 冗談ですよー冗談」

 

誤魔化し笑いを浮かべながらそう弁明する司馬昭に、司馬師は更に顔を引き攣らせた

その口元には、微かな笑みすら浮かんでいる

 

「ほぉ・・・・・・? 奇遇だな。 私は、今日付けで“冗談”が嫌いになったのだ」

 

司馬昭が「何故!?」と問う前に、司馬師がすらっと剣を抜いた

 

「わー待って! 本当に待って!!」

 

司馬昭が慌てて、今にも斬り掛かってきそうな司馬師を止める

半涙目で訴えてくる司馬昭に、司馬師は小さく息を吐きながら剣を持つ手を放した

 

「では、お前の弁明とやらを聞いてやろうではないか」

 

その言葉にほっとしたのか、司馬昭が安堵の息を洩らす

 

「えっと・・・その・・・・・・弁明つーか・・・・・・・・」

 

う~んと唸りながら、司馬昭が頭をかく

その姿に苛立を覚えたのか、司馬師が腕を組んで司馬昭を睨み付ける

 

「昭。 私は、はっきりしない者も嫌いだ」

 

「あー言います、言いますって!」

 

司馬昭が慌てて首を振る

それから、頭をかきながら

 

「や~なんつーか・・・・苦手らしいんですよねー寒いの」

 

「誰が?」

 

「琳琅が、です」

 

寒いのが苦手?

それが、何の関係があるという風に、司馬師が顔を顰めた

 

「あーですから、寒いのが苦手。 つまり、火鉢が欲しいって訳です」

 

「火鉢?」

 

また話が飛んだ と、司馬師が首を傾げた

 

「ここ最近、ず~~~とそれが理由で俺の部屋に入り浸ってたんですけど・・・・・・。 だから、俺は“兄上に火鉢を貰えば?”って言ったんです。 そしたら、琳琅が“貰えなかった!”って言い出して・・・・・・また、入り浸りそうだったので、ここは一計を設けようと――――・・・・・・」

 

「待て」

 

永遠と続きそうな言い訳を、司馬師が遮った

 

「火鉢だと・・・・・・? そんな話聞いた覚えはないが?」

 

司馬師のその言葉に、司馬昭がうんうんと頷く

 

「そうですよねー。 聞いてませんよね。 琳琅も言ってないって言ってましたし・・・・・・」

 

「・・・・・・言っていないのであれば、知る筈が無かろう」

 

最もな意見だ と、司馬昭は思った

「うう~ん」と司馬昭は唸りながら

 

「や・・・・まぁ、そうなんですけど・・・・・・。 琳琅的には“寒い”とは言ったので、それで、汲み取って欲しい・・・・・・と」

 

「・・・・・・何だそれは。 子供の言い訳か」

 

司馬師が、半ば呆れた様な声を出す

 

「まぁ・・・・・・確かに、無茶苦茶な言い分なんですけど・・・・・・。 直接頼みづらい・・・・って、琳琅の言い分も分からなくはないかなぁ~と」

 

司馬昭のその言葉に、司馬師が盛大な溜息を付く

 

「くだらぬ。 所詮、殺す相手に頼みづらいとか、その程度の理由だろう。 ならば、もっと行動を自重すべきであろうが」

 

司馬師の的を得た様な台詞に、司馬昭が苦笑いを浮かべる

 

「・・・・・・流石は兄上。 何でもお見通しですね」

 

ふと、何かに気付いた様に、司馬師が「ああ・・・・・・」と声を洩らした

 

「・・・・・・すると、昨夜のあれは、私を誘惑でもし、籠絡させた上で私から言わせよう・・・・・・という算段か」

 

司馬昭が、あはははーと乾いた笑みを浮かべる

瞬間、司馬師に睨まれてしゅーんとなった

 

「・・・・・・まぁ、ぶっちゃけ、そうです」

 

司馬昭の言葉に、司馬師が小さく息を吐いた

 

「くだらぬ。 昭、私がその様なつまらぬ策に嵌るとでも・・・・・・?」

 

司馬師の鋭い視線に、司馬昭は「はー」と息を吐いた

 

「いや、思ってませんよ。 兄上なら、そうなっても上手くかわすだろうと思ってましたし・・・・・・。 というか、そもそも、そう言えば琳琅も諦めるかと思って言った事ですし・・・・・・」

 

所が、彼女は諦めるどころか、本当に実行してしまったのだ

流石の、司馬昭もそれは読めなかったらしい

 

司馬師が、呆れた様に小さく息を吐く

 

「昭。 お前は、まだ分かっていない様だな。 あの自分勝手女が、その程度の事で引くと思うか?」

 

「う・・・・・・まぁ、そうなんですけど・・・・・・・・」

 

司馬昭が、ううう・・・・と口ごもる

 

「むしろ、意気揚々とやってくるに決まっている」

 

「あーそれは、否定しません・・・・・・」

 

そこまで琳琅を分かっておきながら、どうして火鉢に事に気付かないのだ・・・・・・?

と、内心思ったが、火に油なのであえてそれは黙っておく

 

だが、ふとした疑問が司馬昭の脳裏に浮かんだ

 

「あの・・・・・・兄上?」

 

「なんだ」

 

「えっと・・・・・・兄上は、琳琅には本当に何もしていないんですよね・・・・・・?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

一瞬の、沈黙

 

えぇ!? この沈黙は何!?

まさかまさか・・・・・兄上は、何かを・・・・・・・・・っ!?

 

司馬昭の頭の中で、よからぬ事がぐるぐると回る

 

「あ、あの・・・兄上・・・・・・?? 本当の本当に・・・・・何かしたんですか!?

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「もう、この際だから、ぶっちゃけて下さい! さぁ! さぁ!!」

 

くわっと押し寄せてくる司馬昭に嫌気がさしたのか、司馬師が不愉快そうに司馬昭の顔を手で遮った

司馬師は、小さく息を吐くと

 

「・・・・・・何もしておらぬ」

 

「本当ですか!? 本当の事を言って下さい!!」

 

「・・・・・・昭」

 

「いやいや、兄上! 状況が状況ですし、理性の箍がぐらっといっちゃってもおかしくないと思うんですよ!! 誰も、そこは責めたりしません!」

 

「昭」

 

「そ、そりゃぁ、兄上の事は信じてますよ? 信じてますけどーもしも! という事が・・・・・・っ!!」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「あああ~~! はっ・・・・・! と、と言う事は、これからは琳琅の事を義姉上と・・・・・・!?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

びしっと亀裂の様なものが入る音が聞こえた

と、同時に司馬師の手からバキャッという生々しい音が繰り出された

 

「・・・・・・落ち着いたか?」

 

しゅうしゅう・・・・・と、頭から湯気を発しながら倒れている弟に、司馬師の冷淡な声が聞こえてくる

 

「・・・・・・は、はい・・・ずみばせん・・・取り乱しました・・・・・・・・・・」

 

司馬昭が、兄に殴られたであろう頭を摩りながら起き上がる

 

「あ、あの・・・・・でも、何もしていないのなら、どうして琳琅が兄上の室で寝ているんですか・・・・・・?」

 

そこが、疑問だった

何もないなら、こんな時間に司馬師の室で寝ている筈がない

 

だが、当の本人はくだらないといった感じに、溜息を付いた

 

「・・・・・・私が、聞きたいぐらいだ。 あの女は、勝手に私の隣で寝ていたのだ。 それも、夜が明けてもずっとだ。 挙句の果てに、一度は起きたにも関わらず、また寝おったのでな。 転がしてきた」

 

「転がして・・・・・・?? ええっと・・・・それは、放置してきた・・・・・・と?」

 

「そうだ」

 

さも、当然の様に司馬師は言い切った

 

「兄上・・・・・・」

 

司馬昭の表情が、哀愁に似た感じになる

 

「それは―――—流石に、酷いのでは・・・・・・?」

 

仮にも琳琅は女だ

それを、“転がしてきた”というのはどうなのだろうか……?

 

だが、司馬昭のその言葉に、司馬師はくっと喉の奥で笑った

 

「“酷い”か・・・・・・、あの女もそのような事を言っていたな」

 

司馬師が、面白い物を見つけたかの様に、口元に笑みを浮かべる

 

「え・・・・・・? 兄上・・・・? 琳琅に“酷い”と言われる様な事でもしたのですか・・・・・・?」

 

司馬昭の言葉に、司馬師がぴたりと口元の笑みを消す

それから、少しだけ思案する様に考えるそぶりを見せた後「いや・・・・・・?」と答えた

 

「別に、何かをしてそう言われた訳ではない。 ・・・・・・ああ、足腰立たなくはしてやったがな」

 

「はぁ・・・・足腰立たなく・・・・・・・・って! ええええ!? なっ・・・・・何したんですか!?」

 

司馬昭が驚愕の声を上げるが、司馬師は気にした様子も、答える様子もなく、その口元に笑みだけを浮かべていた

そして、踵を返すと、そのまま室を出て行こうとする

 

それに司馬昭は、はっと気付いて、慌てて兄の袖を掴んだ

 

「ちょっ・・・・・・! 兄上!? 待って下さい!!」

 

「・・・・・・なんだ?」

 

司馬師が煩わしいものでも見る様に、司馬昭を見た

司馬昭は、負けるものか! と、司馬師に食って掛かった

 

「琳琅に、火鉢の件。 お願いしますよ!?」

 

「火鉢・・・・・・?」

 

ああ、そういえばそんな話をしていたな・・・・・・と、思い出す

 

「ああー! 今、忘れてたでしょう!?」

 

司馬昭がそう叫ぶと、司馬師は鬱陶しそうに目を背けた

 

「ちょっ・・・・・・! 本当に、頼みますよ!! じゃないと、また、俺の部屋に入り浸られるじゃないですかー!!」

 

「・・・・・・嫌なのか?」

 

まんざらでもなさそうだったが? という風に、司馬師が司馬昭を一瞥する

その視線に、司馬昭が「う・・・・」と声を詰まらせるが、直ぐに、首を振る

 

「そ・・・・そりゃぁ、別に嫌って訳じゃ・・・・・・じゃなくて! いやいや、本当に困るんですよ!! これ以上は、無理ですって!! ・・・・・・つか、次に見つかったら元姫に何をされるか・・・・・・」

 

何やら後半ぶつぶつ言っているが、聞かなかった事にしておく

だが、弟をこれ以上いびっても仕方ないので、折れてやる事にする

 

「・・・・・・分かった。 手配しておいてやる」

 

その台詞を聞くと、司馬昭がぱぁぁと嬉しそうに顔を輝かせた

 

「ありがとうございます!!」

 

何故、お前が礼を言うのだ? と思ったが、司馬師はそのまま室を後にした

 

「あーこれで、元姫にどやされずに済むー」

 

などど、司馬昭が清々しい顔で言っていた事は、知る由もない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

分断話、その1

実はここ、10000文字超えてました( ;・∀・)

流石に、ちょっとおおおおおお!!!!

ってぐらい、多かったので分離させましたwwww

 

この先、こんなん ばっか続いてたので・・・・・・

小分けにしておりまする

 

 

 

新:2022.02.01

旧:2011.03.15