◆ 誓いの言霊 紡ぐ契歌:6

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

司馬師は、超絶不機嫌だった

不愉快そうに顔を顰めたまま、何度目か分からない溜息を洩らす

 

窓をみれば、明らかに日が昇っているであろう、日差しが射しこんでいる

 

今は、何時だ・・・・・・

 

こんな時間に、こんな所に居る筈のない司馬師にとって、これはあり得ない事だった

 

いつもなら、もう既に城に出仕して仕事をしている最中だろう

が、何故か今日の司馬師は、未だに邸の自室にいた

 

いや、正確には居たくて居るのではなく

居たくもないのに、居らざるをえないというか・・・・・・

はっきり言って、動けない

 

が、正しいかもしれない

 

司馬師は、寝台に座ったまま また溜息を洩らした

ちらりと、彼の寝台ですやすやと眠る少女―――琉 琳琅を見る

 

何もかも、原因は“これ” だ

 

大体、何故琳琅がここで寝ているのか

それだけならまだしも・・・・・・

 

あろう事か、司馬師の衣を掴んで離さないときた

引っ張っても、うんともすんとも言わない

がっちり掴まれたそれは、離れる気配がまるでなかった

 

「はぁ・・・・・・・・」

 

司馬師は、また溜息を付いた

 

大体、この女は一体いつまで寝ているのだ

 

もう、日も登り切って、普通なら活動する時間ではないのか

それなのに、琳琅は起きる気配すらない

 

どうせ、直ぐ起きるだろうと思っていたが・・・・・・

それは、見事に打ち砕かれた

半刻経とうとも、一刻経とうとも、まったく起きる兆しすらない

 

正直、人としてこれはどうなのかと思う

 

「何故、私が待たされなければならぬのだ」

 

まったくもって、理解に苦しむ

 

しかも、大切な使者などならまだしも・・・・・・

こんな、寝坊すけ女に

 

大体、それ以前に、男の室で無防備に寝るというのもどうかと思った

 

はっきり言って、女として自覚がないのではないかと、疑いたくなる

 

それとも、男として認識されていないのか・・・・・・

 

そういえば、昨夜、寝台に押し倒す体制に仮にもなったというのに、琳琅は平然としていた

それどころか、笑ってすらいた

 

普通は、もっと慌てたり、困惑したりするものではないのだろうか

 

あの余裕は一体、どこから来るというのだ

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

行き着く結論としては、“慣れ” が妥当だと思った

おそらく、ああいう状況になっても、動じないのだ

 

それは、つまり―――

 

琳琅の言葉が、脳裏を過ぎる

 

『私は、伯約のモノなの。 この命も、身体も、心も―――全て』

 

彼女は、そう言った

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

つまりは、“そういう事”なのだろう

 

この女は、姜維と――――——

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

何故かは分からないが、とても不愉快だった

 

別に琳琅が誰とどうなろうと、司馬師の知った事ではない

 

そう、頭では“理解”している

だが・・・・・・

 

気に入らない

苛々する

 

そうだという“事実” も

それを知ってか知らずか、人の寝台でぐっすり眠る琳琅も

 

見ているだけで、苛々した

 

ふと、横目で琳琅を見る

視界に入るのは、彼女の髪を結っている碧色の結い紐

 

普通、琳琅ほどの年頃の女なら、もっと着飾りたいと思うものではないだろうか

少なくとも、司馬師にすり寄ってくる様な女どもは、皆、少しでも自分を良く見せようと煌びやかに着飾っていた

 

それを好ましいとも、美しいとも思った事はないが

それが、“当たり前”なのだという認識はあった

 

だが、彼女はどうだ

 

その身を飾る物は、何一つ身に付けていない

唯一あるのは、彼女の美しい髪を結っている一本の結い紐のみ

それも、華美ではなく、至って普通の物だった

 

司馬師は、おもむろに手を伸ばすと、その結い紐の先を引っ張った

 

しゅる…っと音がして、それがほどける

さらさらと、彼女の絹の様な柔らかな髪が、司馬師の手を掠めた

ひと房、髪をすくうと、指の間から何本か零れ落ちていく

 

艶のある、極上の絹糸の様な美しい髪

 

その髪が、司馬師の指をくすぐる様に落ちていく

 

違うだろう

 

と、司馬師は思った

 

唯一、彼女の髪を彩っていた“碧色” の結い紐

 

何故、この色なのだ

 

彼女の瞳の色は、美しい蒼い宝玉―――“瑠璃色”

 

この女に、似合う色はもっと別の――――——・・・・・・

 

「ん・・・・・・・・・」

 

不意に、琳琅が声を洩らした

 

司馬師は、はっとして直ぐに手を放した

そして、何事も無かったかの様に平静を装う

 

幾分もしない内に、琳琅が目を擦りながらもそもそと起き上がった

 

「ん―――・・・・・・あふ・・・・」

 

琳琅が小さく欠伸をしかけて、はたっと司馬師の存在に気付き、口元を手で押さえる

それから、今あったことは無かったかの様に、にこっと微笑み

 

「おはよう・・・・・・子元」

 

その声は、微かに寝ぼけ気味に聞こえた

 

司馬師は小さく息を吐くと、思いっきり顔を顰めた

 

「もう、“おはよう”の時間ではないと思うが?」

 

嫌味たっぷりに、そう言い放つ

だが、琳琅は特に気にした様子もなく「んんー」と背伸びをして、また小さく欠伸をした

 

「ん―――・・・・・・そう? まぁ、一応“挨拶”だから」

 

そこまで言い掛けて何かに気付いたのか、琳琅が二度程瞬きした

そして、不思議そうに小首を傾げる

 

「あれ・・・・・・? どうして、子元がここに居るの・・・・・・??」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

司馬師の額にぴきっと亀裂が入った

あからさまに、顔が引き攣っている

 

「・・・・・・それは、私の台詞だと思うが?」

 

節々に怒りの念を感じるが、あえて冷静さを装う

 

だが、当の琳琅は「なんで?」という風に、首を傾げる

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

思わず、言葉を失いそうになった

 

この女、本気でとぼける気か

 

司馬師は、込み上げてくる怒りを抑える様に、額に手をやりながら

 

「・・・・・・お前が、昨夜。 “夜這い”だと言いながら、私の寝台に断りもなく勝手に潜り込んだと思ったのは、私の記憶違いか?」

 

そこまで言われて、琳琅が「ああ」と、納得した様に手を叩く

それから、にこっと微笑み

 

「そうそう! 折角の“夜這い”だったのに、子元てば結局私を抱かなかったのよね。 何? 不感症なの?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

司馬師の顔がぴきりと引き攣る

 

思わず、この女縊り殺してやろうかとすら思うほどの殺意を覚えた

だが、それを感じさせない様に、口元に笑みを浮かべる

 

「ほぉ・・・・・・」

 

そう洩らすと、琳琅の手を掴んだ

もう一方の手を彼女の細い腰にやると、乱暴に引き寄せる

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

流石にそれには驚いたのか、微かに琳琅が瑠璃色の目を見開いた

 

彼女の顔が――直ぐ傍に迫る

 

司馬師は、くっと喉の奥で笑い

 

「ならば――今直ぐ、お前を抱いてやろうか? 自分の身体で確かめるがいい」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

司馬師のその言葉に、琳琅が微かに眉を寄せた

 

「・・・・・・朝から? 疲れるのはごめんなのだけれど。 それに、冗談でしょう? いちいち本気にしないでよ」

 

「冗談だと? ・・・・・・ふ、お前の言葉は信用性に欠けるな」

 

この女の言葉は、どこからどこまでが本気なのか、そうでないのか判断できない

 

最初からそうだ

こちらを惑わす様な発言ばかりする

 

まるで、自らが手のひらで操っている―――とでも言う様に

 

だが―――

 

操っても、操られてやる気は毛頭ない

操るのは―――こちらだ

 

不意に、司馬師は彼女の顎を乱暴に上に持ち上げた

 

「・・・・・・・・・!?」

 

それで何かを察したのか、琳琅が司馬師の腕の中で身体を強張らせるのが分かった

 

その反応に気分を良くしたのか、司馬師の口元に笑みが浮かぶ

 

「ちょっ・・・・・」

 

琳琅が反論の言葉を発するのを遮る様に、そのまま顎を引き寄せると無理矢理その唇を奪った

 

「・・・・・・っ、あ・・・・ん・・・っ」

 

余りの急展開に付いていけないのか、琳琅が困惑の色を示す

彼女が逃れようと身をよじるが、司馬師はそれを許さなかった

 

それ所か、更に彼女の腰を力強く引き寄せる

顎にある手に力を籠め、更に深く口付けた

 

「ん・・・・・・っ、ぁ・・・・はっ・・・」

 

彼女の洩らす吐息が、静かな室内に響く

 

「どうした・・・・・・? 口付けの方法も知らぬのか?」

 

司馬師が、面白いものを見る様にその口元に笑みを浮かべた

 

「身体の力を抜け。 私に身をゆだねよ」

 

その言葉に拒絶する様に、琳琅が小さく首を振った

 

「・・・・・・そうか―――なら」

 

また、微かに司馬師の口元に笑みが浮かぶ

 

その瞬間、琳琅の腰を支えていた手が動いた

 

するりと隙間から中に入ると、その長い指が彼女の柔肌に触れた

そのまま、つぅーと線をなぞる様に動く

 

「・・・・・・・・・・っ、あぁ・・・・んぁ・・・・・・や・・・っ」

 

琳琅が、ぴくんと身体を震わせた

 

その反応に、司馬師がくすりと笑う

 

「どうだ? 力が抜けていくであろう・・・・・・?」

 

身体に力が入らないのか

琳琅が、その身を司馬師の肩に預ける

 

それでも、やっと強引な口付けから解放された――と、琳琅がほっと息ついた瞬間だった

不意に、伸びてきた司馬師の指が、彼女を捉える

 

「え・・・・・・?」

 

「どうした? まだ終わりではない。 こちらを向け。 口を開けろ」

 

「・・・・・・・・・・っ!? ちょっ・・・・・・まっ・・・」

 

「待って」と言おうとしたが、その言葉は虚しく、空を切った

そのまま上を向かせられると、無理矢理口を開けさせられる

 

「・・・・・・・・・っ」

 

そして、再び唇が合わせられる

 

「んっ・・・・・・は、あ・・・・」

 

琳琅の意思など無視した様に、その行為は加速していく

角度を変え、何度も何度も深く貪る様に口付られる

 

「あっ・・・・・・し、げ・・・・っ、まっ・・・て・・・・・・」

 

身体が言う事を効かない

抵抗したいのに、上手く動かない

 

頭が回らない

息が苦しい

 

でも、心のどこかで「どうしてこんな事をされているのか」と、冷静に問う己が居る

 

それを見透かしているのか

琳琅にまだ余裕があるのを見越した様に、司馬師が囁く

 

「待たぬ。 お前には、まだ考える余裕がある様だからな。 ならば―――――――」

 

そう言うと同時に、司馬師が抱いていた琳琅の腰を更に引き寄せた

 

「何も考えられなくさせてやろう―――――・・・・・・」

 

その瞬間、それは起きた

 

“何か”が琳琅の口の中に侵入してきたのだ

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

突然の“それ”に、琳琅がビクッと肩を震わす

 

「んっ・・・・・・んぁ・・・・・あっ・・・・」

 

琳琅は、“それ”に困惑する様に声を上げた

ドンッと司馬師の肩を叩こうとするが、それは司馬師に遮られた

 

司馬師が、にやりと笑みを浮かべる

 

「どうした・・・・・・? ん・・・・応えて、みせよ」

 

そのまま、更に彼女の口を攻めた

 

ああ、これは“初めて”だな

と、司馬師は思った

 

先程は“慣れている”のではないかと思ったが・・・・・・違う

この反応をみれば分かる

 

彼女は、司馬師からの行為にあからさまに困惑している

まともに、応える事すらままなっていない

 

これが“初めて”でなくて、なんなのだろう

 

恐らく、肌を合わせる所か、口付すらしたことないであろう事は、容易に想像ついた

つまり、姜維は“まだ、手を出していなかった”という事だ

 

何故、手を出していないのか

彼女の意思か

それとも、姜維の意思か

 

もしかしたら、姜維は彼女を大事に思うあまり手を出さなかったのかもしれない

 

残念だが、彼女は――——―琳琅は美しかった

その艶やかな髪も、白い滑らかな肌も、宝石の様な瑠璃色の瞳も

 

男ならば、欲するのではないだろうか

それが、近くに居る者なら、尚更だ

 

その手に閉じ込め、我が物にしようとしても、なんらおかしくない

 

だが、姜維はそれをしなかった

いや、していなかった

 

それは、何故か

 

そして、今、それを司馬師が壊した

彼女の唇を無理矢理奪い、汚した

 

姜維が、ずっと守り続けてきたものを―――“奪った”のだ

 

そう思うと、思わず口元に笑みが浮かぶ

 

少なくとも、今、この瞬間

彼女の中にあるのは、姜維ではなく、司馬師だ

彼女を支配するのも、揺さぶるのも 司馬師だ

 

姜維ではない

 

他の男では、ないのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どの位、そうしていたのか

 

気が付けば、琳琅は司馬師の腕の中でぐったりしていた

その様子を見て、司馬師は彼女に回した手で彼女の髪をもてあそびながら

 

「ふ・・・・・・たかがあの程度の口付け如きで、そのざまか。 呆れてものが言えんな」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

琳琅が、むっとして司馬師を見る

 

「あの程度って・・・・・・人が立てなくなるほどやっておいて・・・・よく言えるわね・・・」

 

どうやら、彼女は自主的にこの態勢になっている訳ではなく

身体に力が入らない為、やむなくこの形に収まっているだけだと言う

 

「大体、初めからあんな・・・・・・舌まで入れるなんて、おかしいんじゃないの」

 

あり得ない! という感じに、琳琅が口元を押さえた

 

すると、司馬師はくっと喉の奥で笑い、琳琅の髪をもてあそんでいた手をするりと滑らせた

そのまま、彼女の顎に触れる

 

「なんだ、物足りぬとみえる。 望みとあらば、先をやってやってもいいが・・・・・・?」

 

「結構よ。 全力でお断りするわ」

 

司馬師の囁きに、琳琅が完全拒否の体制を取る

ふいっと顔を背けると、そのまま司馬師の肩に顔を埋めた

 

それを見て、また司馬師はくっと笑った

 

「その体制で言われても、説得力がないがな」

 

「・・・・・・誰のせいよ、誰の。 これは、私の意思じゃないわ」

 

琳琅が、ぶつぶつと文句を言っている

が、司馬師は気にしていないのか、また彼女の髪で遊び始めた

 

「・・・・・・というか、子元・・・・」

 

そこまで言い掛けて、琳琅の言葉が止まった

司馬師は、一度だけ彼女を見た後、小さく溜息を付いた

 

「何だ。 言いたい事があるなら、言ったらどうだ」

 

その言葉にむっとしたのか、琳琅がじっと司馬師を見る

 

「なら言わせてもらうけれど・・・・・・、どうしていきなり・・・その・・・あんな事・・・・・・」

 

恥ずかしいのか、どうやら直接的には口にしたくないらしい

語尾の方は、殆ど音になっていなかった

 

司馬師は、微かに口元に笑みを浮かべ

 

「“あんな”とは、何の事だ?」

 

「――――——っ、だから・・・・・・っ!」

 

そこまで叫びかけた琳琅だったが、口をパクパクさせたまま、また俯く

 

「・・・・・・だって、子元は別に私の事、“好き”な訳じゃないじゃない。 なのに、何で・・・・・・」

 

彼女にしては、気弱な問いだった

いや、正確には“問い”では無かった

断定された言葉

 

彼女は言い切った“好きな訳ない”と

 

だが、司馬師にはどうでもいい言葉だった

“好き”だとか、“好きじゃない”とか、どうでもいい

 

くだらない感情だ

 

「なんだ。 愛でも囁いて欲しかったのか・・・・・・? 言葉だけならいくらでも言ってやろう」

 

「要らない」

 

琳琅が、きっぱりと言い放った

 

「・・・・・・心の籠ってない言葉に何の意味があるの? そんな言葉欲しくないわ。 言い連ねられても気持ち悪いだけよ」

 

似た様な言葉を、昨夜も聞いた様な気がした

 

どうやら、彼女にとって“それ”は重要な事らしい

 

だが、司馬師はつまらないものを見る様に、小さく息を吐いた

 

「くだらぬな。 その様な不可視なものなど・・・・・・当てにはならぬ」

 

心は変わる そして汚い うつろう

貪欲で、薄汚れた“それ”を、今まで何度も見てきた

 

少なくとも、司馬師に寄ってくる者は皆そうだ

欲と金と地位に目がくらんだ輩ばかり

 

 

 

   遠に変わらぬものなどない―――――

 

 

 

 

 

「あるわよ」

 

 

 

 

 

知ってか知らずか

琳琅が、そう呟いた

 

ゆっくりと顔を上げて、司馬師の瞳をじっと見つめる

 

「―――—変わらないものもあるわ。 少なくとも、私はそう信じてる」

 

真っ直ぐな瞳で、そう告げる

 

―――変わらないもの

 

そんなものが、この世に存在するのだろうか・・・・・・?

 

そう思える、“存在”が居る―――と?

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

幻想だ

と、司馬師は思った

 

そんなもの、この世に存在しない

そんな綺麗事を言えるのは、現実を知らないからだ

 

薄汚い“現実”を知れば、そんな考え直ぐに変わる――——――

 

 

 

 

永遠など――――――ないのだ

 

 

 

 

呆れた様に溜息を付く司馬師を見て、琳琅がむっと頬を膨らませた

 

「あ! 何、そのあからさまな溜息。 ・・・・・・信じていないのね」

 

「・・・・・・自分を殺しに来た女を信じろと・・・? どこまでおめでたい頭なのだ」

 

その言葉に、琳琅が「ああ」と納得した様に声を上げる

 

「言われてみれば、そうかもね。 ・・・・・・でも、そんな女に手を出したのは、子元。 貴方よ?」

 

琳琅が、抗議する様な目で見る

司馬師は、一度だけ琳琅を見ると、はぁーとあからさまに溜息を付いた

 

「・・・・・・謝罪の言葉が欲しければ、他を当たれ。 そもそも、お前が挑発したのが原因であろう」

 

「挑発って・・・・・・、ちょっとした冗談でしょう? あの程度の冗談でいちいち襲われていたんじゃ、身がもたないわ」

 

司馬師は、思わず頭を抱えた

 

襲われた?

違うだろう

 

「・・・・・・最初に襲ってきたのは、お前の方だと思うが?」

 

「・・・あれも、別にちょっとした冗談でしょう? ちょ~とだけ、忍び込んだだけじゃない」

 

琳琅が可愛らしく言うが、司馬師は明らかに顔を引き攣らせていた

 

「冗談? ほぉ・・・・あれが“冗談”だと・・・・・・? 近頃の女は、いつから“冗談”で、夜中に男の寝所に潜り込む様になったのだろうな・・・・・・」

 

ちょっとで、朝まで居座られたのではたまったものではない

 

「なぁに? そんなに怒らなくてもいいじゃない。 大体、あれ、私の案じゃないし・・・・・・」

 

そうぶつぶつ言いながら、琳琅がむっとする

 

そういえば、昨夜も司馬昭がどうとか言っていたのを思い出す

 

・・・・・・昭を、締めるか

 

その時だった

琳琅が、何かに気付いた様に声を上げた

 

「まさかとは思うけど・・・・・・っ! 他の大勢の女の人達にも同じことしていないでしょうね!?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

一瞬、何の事だ? と、首を傾げる

すると、琳琅が食って掛かる様に司馬師の襟を掴んだ

 

「・・・・・・だからっ! さっきみたいな事!! はっ・・・まさか・・・・・・っ、来る者拒まずなの・・・・・・っ!?」

 

衝撃の事実を知ったという風に、わなわなと琳琅が震える

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

何の話だ・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・どうりで・・・・・っ、どうりで手慣れてるなって思ったのよっ!! 子元の馬鹿! 獣だったのね――――——っ!!」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

ここまできて、ようやく話の全貌が見えてきた

と、同時に頭を抱えた

 

何を突然言い出すのだ、この女は・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・勝手な解釈で、人を獣呼ばわりしないでもらおうか」

 

要は、言い寄ってくる女に対して、手を出しているのか、そうでないのか

そういう事だろう

 

「・・・・・・・・・・来る者拒まずなんでしょう?」

 

「・・・・・・いつ、誰が、そう決めた」

 

冗談ではない

あんな薄汚い欲にまみれた女共に手出しする程、飢えてはいない

 

司馬師に言い寄ってくる女は皆、そうだ

己を少しでも美しく見せようと着飾り、香を焚き染め、猫なで声で寄ってくる

司馬師の持つ、金と権力に寄ってくる、貪欲な汚い女達

 

彼女達を「醜い」とは思うが、「美しい」とは思った事は一度もない

 

しかも、少しでも相手をすれば、直ぐに付け上がる 欲を出す

駆け引きも出来ない、馬鹿な女ばかりだ

 

相手にする価値もない

 

「でも、言い寄ってくる女の人は沢山いるのよね?」

 

「・・・・・・いるな」

 

その答えに、琳琅が「やっぱり・・・・」と洩らした

 

「んーまぁ、それは分かるかなぁ・・・・・・。 財力も地位もあって、その顔・・・・・だし?」

 

「・・・・・・何が言いたい」

 

司馬師が訝しげにそう問うと、琳琅は小さく首を振った

 

「ううん、別に。 で? その言い寄ってくる綺麗なお姉さん方に、おめがねに叶う人は居なかったの? 選り取り見取りなのでしょう?」

 

「生憎と、そんな女は居ないな」

 

「そうなの? 勿体ない。 選びたい放題なのに」

 

「・・・・・・選ぶ価値も無い」

 

その言葉に、琳琅が目を瞬きさせる

それから、くすりと口元に笑みを浮かべた

 

「酷いわね。 そんな事言っていたら、言い寄ってくる女の人が誰も居なくなっちゃうわよ?」

 

「問題ないな。 むしろ、好都合だ。 面倒が一つ減る。 それに、自分の女は自分で選ぶからな。 取り巻きなどに興味はない」

 

「ふぅん?」

 

そうとだけ洩らすと、琳琅は小さく欠伸をした

 

「沢山の女の人が泣くのが、目に浮かぶわー可哀想」

 

「ふん、勝手に泣けばいい」

 

「・・・・・・本当に、酷いわね。 子元って」

 

半ば呆れた様な声を出す琳琅に、司馬師はくっと喉の奥を鳴らせた

 

「この程度で“酷い”か? 言われた事ないな」

 

「・・・・・・そりぁあ、大将軍サマに公然と文句言う人なんて、滅多に居ないでしょうよ」

 

くすりと、琳琅が笑う

司馬師は、琳琅を見下ろした後、小さく息を吐いた

 

「・・・・・・私が知る限り一人だな。 そいつは、自分勝手で、気まぐれで、人の都合などお構いなしに勝手に振る舞い、迷惑な奴だ」

 

琳琅が、少しだけ瑠璃色の瞳を見開いた後、ゆっくりと細めた

 

「・・・・・・そんな人が居るんだ?」

 

「・・・ああ、居るな。 ここ最近は、そいつのせいで気が休まる暇すら無い。 そいつに関わったお陰で、忙しくて叶わぬ」

 

琳琅が、少しだけ首を傾けて笑った

 

「子元は、その人の事、“嫌い”なのね?」

 

琳琅のその言葉に、司馬師が一度だけ彼女を見た後、視線を戻す

 

「ああ、“嫌い”だな。 目の前に居ようが居まいが、苛々させられるからな」

 

はっきりとそう言った司馬師の言葉に、琳琅がくすくすと笑い出した

ゆっくりと、身体を司馬師の肩に預ける

 

「嫌いなのに、関わってあげてるの・・・・・・?」

 

「“仕方なく”だ」

 

「―――そう。 “仕方なく”・・・・・・ね」

 

そう言って、ゆっくりと瞳を閉じる

 

肩に重心が掛かるのを感じ、司馬師は琳琅の髪をもてあそんでいた手を止めた

 

「おい」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

琳琅から、反応がない

 

「お前・・・・・・まさか、また寝る気ではあるまいな?」

 

「・・・・・・・・・・私、朝苦手なの・・・」

 

「んんー」と、唸りながら、琳琅がもそもそと動く

思わず、しばき倒したくなるのを、何とか堪える

 

「もう朝ではない。 起きろ」

 

「・・・・・・・・・・無理、疲れた」

 

「・・・・・・話しかしておらぬだろうが。 どうでもいいが、この体制で寝ないでもらおう。 私が動けぬ」

 

司馬師の腕に抱かれた状態で、肩に寄り掛かりながら、琳琅は小さく欠伸をした

 

「・・・・・・何言ってるのよ。 そもそもこういう状態にしたのは子元でしょう? 責任取って」

 

そう言って、琳琅がこつんと頭を預けた

 

「・・・・・・責任だと? これ以上何を取れというのだ」

 

今、現に支えてやっているだけでも、ありがたいと思ってもらいたいものだ

 

だが、それに対する琳琅の答えは返ってこなかった

その代り、規則正しい寝息が聞こえてくる

 

「・・・・・・・・・・・・っ。 本気で寝たのか」

 

信じられないものを見る様に、司馬師があからさまに顔を顰めた

琳琅を見ると、安心しきった様な表情で寝ている

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

長い睫毛が目に掛かり、影を落としている

透き通るような白い肌に、形の良い薄紅色の唇

艶やかな漆黒の髪が、微かに顔に掛かり揺れている

 

司馬師は視線だけ動かすと、小さく息を吐いた

 

「・・・・・・嫌いだと、言ったであろうが」

 

 

 

―――――――そう、嫌いだ

 

 

 

こんな女など――――――嫌いなのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すみません、今回長いです( ;´・ω・)

今、文字数見て「ヒィ・・・・・∑((((((゚д゚;ノ)ノ」ってなったwww

一応、これ以降? かな?

ずっと、こんな感じで文字数食いまくってたんで~

分断したり、くっつけたりしてて

合計話数(現在、既に執筆済の)が変わりますwww

 

多分、一時期やったら文字数食って書いてた時期あったからな~

その頃に書いたんだと思われるwwww

 

 

新:2022.02.03

旧:2011.04.25