◆ 誓いの言霊 紡ぐ契歌:5

 

 

「で?」

 

司馬昭が頭を抱えている

視線の先には、数分前にいきなり室に飛び込んできた琳琅がいた

 

琳琅は、怒った様に飛び込んで来た時とは打って変わって上機嫌だった

幸せそうに、司馬昭の室の火鉢に手をかざし、暖を取っている

 

「はぁ~温かいって幸せ~」

 

などと言いながらうっとりしている

 

「え、ええっと~琳琅さん?」

 

司馬昭が苦笑いを浮かべながら琳琅に声を掛けると、琳琅は二度ほど瞬きして「何?」と言った

が、視線は常に火鉢だ

 

「兄上と・・・・・・何だって?」

 

“兄上”という言葉に、琳琅がむっとする

 

「だから、子元は融通が利かないのねって話」

 

「それと、琳琅が俺の部屋に来るのとなんの関係が?」

 

「だって、昭の部屋には火鉢があるもの」

 

司馬昭に用があるのではなく、火鉢に用があるのだ

と、琳琅は言った

 

「って、昼に来た時も言ってなかったか?」

 

「言ったかもね」

 

「それで、兄上に火鉢を貰えばいいって言ったら、“分かった” て言って、兄上の元に行ったんだよな?」

 

「・・・・・・うん」

 

「・・・・それが、何で俺の部屋に・・・・・・・・・・?」

 

「だって・・・・・・っ!」

 

琳琅が初めて振り返った

 

「子元、くれないのだもの!!」

 

琳琅が思いっきり怒鳴った

 

「私は、寒いってちゃんと言ったのに・・・・・・っ! ぜんっぜん、くれる気配無いの!! どうして、あんなに融通が利かないの!?」

 

ええっと・・・・・・

 

「・・・・・・ちゃんと、“火鉢下さい” って言ったのか?」

 

「言ってない」

 

「いやいや、それじゃ駄目だろう。 言えばいいじゃないか」

 

難しい事ではない

素直に言えばいいのだ が

 

琳琅の出した答えは・・・・・・

 

「嫌」

 

「なんで!?」

 

「・・・・・・・・・・だって、負けたみたいで悔しいじゃない」

 

「は?」

 

勝ち負けが何の関係があると・・・・・・?

 

だが、琳琅はそこにはこだわりがある様で、むぅ・・・・と頬を膨らませた

 

「・・・・・・仮にも、“貴方の命をもらいに来た” って言っている私が、その相手に頼みごとなんて・・・・・・どう考えてもおかしいでしょう!? 大体、子元は頭がいいのだから“寒い” の一言で汲み取ってくれてもいいじゃない! こういう時に、どうしてそれが回らないの!?」

 

絶対おかしい!

と、琳琅は言い切った

 

「だからってなぁ・・・・・・」

 

はぁ・・・・・と、司馬昭が溜息を付く

 

「もしかしなくても、火鉢が貰えるまで、ず~~~~~とここに入り浸る気か?」

 

「駄目なの?」

 

琳琅が、可愛くちょこんと首を傾げる

 

「う・・・・・・っ」

 

その可愛らしい姿に、司馬昭が思わず言葉を詰まらす

が、慌てて首を振った

 

「いやいや、可愛いとか思ってる場合じゃないって、俺! と、とにかく、俺にだって都合が―――」

 

と、言い繕おうとするが・・・・・・

 

「何言っているのよ、昭の事だからどうせ仕事は次官任せで、昼寝してるんでしょう?」

 

「うぐっ・・・・・・」

 

事実なだけに、否定出来ない

 

「そ、そんな事は~」

 

「ううん、今日の昼 見ていてよく分かったから。 間違いないわ」

 

言い訳しようにも、すっぱりと言い切られた

 

司馬昭は、あははははと誤魔化す様に笑いながら、心の中でどうしようと、叫んでいた

 

「でも、何とかしねーと元姫が・・・・・・」

 

ぶつぶつと言っていた時だった

 

「あ、元姫!」

 

「え!?」

 

琳琅の声に、ビクッとして振り返ると・・・・・・

 

そこには、にっこり微笑んだ王元姫の姿―――

の後ろに、仁王像が見える

 

「子上殿・・・・・・。 琳琅殿をこんな夜更けに連れ込んで・・・・・・ 一体どういう事なのかしら?」

 

言い方は丁寧だが、節々に怒りが見える

 

司馬昭は、だらだらと冷や汗をかきながら

 

「あ~いや・・・・その・・・・・・これには、事情が・・・・・・・・」

 

「事情・・・・・・?」

 

「そうそう! ふかいふか~~~い事情!!」

 

「・・・・・・・・・へぇ」

 

ピシャーと、背後で稲妻が走った

 

「げ、元姫・・・・・・?」

 

司馬昭がしどろもどろになりながら、恐る恐る名を呼ぶと・・・・・・

元姫は、にっこり微笑むと

 

「子上殿」

 

「お・・・あ・・・・・・ぎゃ――――――――――!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ・・・・そういう理由でしたか・・・・・・・・・・」

 

琳琅から仔細を聞いた元姫が、頷いた

 

「そうなの、だから昭は許してあげて?」

 

そう言いながら、ちらりとあちらの方で屍と化している司馬昭を見る

 

元姫は小さく溜息を付いて

 

「・・・・・・そう言う事なら、早く言えばいいのに・・・・」

 

そう呟く、元姫に屍の司馬昭が

 

「・・・・・・・・・・・い、言う前に・・・・お前が・・・・」

 

「不満でも?」

 

絶対零度の威圧感に、司馬昭が「・・・・・・何でもありません」 と縮こまる

 

「でも、それでは不便じゃありませんか?」

 

元姫の問いに、琳琅は「んー」と唸った

 

「それは、そうかもしれないけれど・・・・・・でも、言いたくないの」

 

どうやら、それは譲れないらしい

 

「困りましね・・・・・・・・・・」

 

二人して「うーん」と唸る

 

そこへ、屍と化していた司馬昭が震える手を挙げた

 

「はい、昭」

 

琳琅が指名する

 

「こんなのはどうかな―――?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      ※               ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

琳琅が寒い寒いと大騒ぎしてから、五日が過ぎていた

その後、最初の内はひょこひょこ現れていた琳琅だが、次第に司馬師の所へ来る事はなくなり、至って平穏な日々が続いている

 

勿論、情勢は不安定であり、一概に“平穏”という訳ではない

琳琅の関してのみ“平穏”というだけである・・・・・・が

 

調子が狂う・・・・・・・・・

 

手元で管理すれば、それも直るかと思いきや

同じ邸内にいるにも関わらず、相変わらずの神出鬼没だった

 

唯一の救いは、執務中に現れない事と

窓からではなく、戸から来る・・・・・・という点だけだった

 

まぁ、正直な話

戸を開けたら、居ました状態な訳で・・・・・・

一概に、救いだと言えるか謎な感じではあるのだが・・・・・・・・

 

だが、ここ数日また見かけない

 

居たら居たで、苛々するが

居ないなら居ないで、やはり苛々する

その上、調子も狂う

 

居るのか、居ないのかはっきりして欲しい所だった

 

毎日、戸を開ける度に、今日は居るとか、今日は居ないとか

はっきり言って、迷惑以外の何者でもない

 

だが、まったく見ない

という訳でもなく、食事時には見かけるし、廊下を歩いているのも見かける

その程度だった

 

弟の司馬昭などには会っている様ではあるが・・・・・・

 

何なのだ、一体・・・・・・

 

と、そう思いながら自室の扉を開ける

が、中はやはり しん・・・・・としており、猫の子一匹すら居ない

 

司馬師は、小さく息を吐くと、そのまま室に入った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠りに入ってどの位経っただろうか・・・・・・・・・

 

不意に何かの気配を感じ、おもむろに目を開けた

 

誰だ・・・・・・?

 

ごそりと、動く気配

だが、殺意は無い

 

変に思い、起き上がろうとした時だった

 

「きゃん」

 

きゃん?

 

下から、小さな悲鳴が聞こえた

 

不審に思い、声のした方に手を伸ばし―――捕まえた

 

「何者だ」

 

そのまま腕を拘束し、寝台に押し付ける

 

「ちょっ・・・・・・手荒な事しないでよっ」

 

その声には聞き覚えがあった

 

司馬師は、慣れてきた目を凝らして、その影を捉えた

 

そこに居たのは―――

 

ここ数日、まともに顔を合わせていない少女―――琉 琳琅

 

琳琅は掴まれた腕が痛いのか、少しだけ顔を引き攣らせていた

 

「・・・・・・・・・・お前・・・・何をしている」

 

「何って・・・・・・夜這い?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

は・・・・・・・・・・? 夜這い、だと・・・・・・?

 

一瞬、司馬師の顔が理解出来ないという感じに、顰められた

が、次の瞬間、口元に笑みを浮かべる

 

「ほぉ・・・・・・? この私に、夜這いか。 寝首を掻きに来たの間違いじゃないのか?」

 

この女は、司馬師を殺そうとしているのだ

その方が、納得いく

 

「・・・・・・違うわよ。 今はそれよりも、もっと重大な案件があるの。 ・・・・・・とにかく、腕痛い。 放して」

 

「信用出来ぬな」

 

即答されたのに、琳琅はどうでもいいといった感じに、小さく溜息を付いた

 

「別に、信用しなくていいわよ。 それより、手、放して」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

彼女からは、殺意は一切感じない

だからといって、油断は出来ないが―――

 

「もぉ、早く! 私、寒いの!!」

 

琳琅が業を煮やした様に叫んだ

が、その内容が・・・・・・・・・・

 

「寒い?」

 

何をどうしたら“寒い” なのか

 

「せっかく、人肌で暖かくなっているのに、冷えちゃうじゃない!!」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

何の話だ

 

司馬師が、訝しげに顔を顰めていると・・・・・・

琳琅がいきなり

 

「放さないと叫ぶわよ? 子元が襲ってきた―――って、邸中に聞こえるぐらいの声で」

 

何故、そうなる

襲ってきた(?)のはそちらだろう

 

琳琅がすぅ・・・・・・と息を吸い込み

 

「だ―――――むがっ!」

 

思わず、慌てて琳琅の口を手で塞いだ

 

「むー!」

 

琳琅が、嫌がる様に暴れだす

 

「・・・・・・・・・・・・っ、大人していろ」

 

司馬師がそう言うも効果は無い

琳琅が抗議する様な目で、キッと司馬師を睨んだ

瞬間―――

 

がぶっ

 

「―――――——っ」

 

手に思いっきり噛み付かれた

 

思わず、手を放す

 

「こっの――――っ」

 

そちらに気を取られ、腕を掴んでいた手が緩む

琳琅はその瞬間を逃さなかった

 

さっと、腕を引くと、そのまま飛び起きた

 

「―――――――っ、待て」

 

司馬師は、ハッとし そのまま逃げそうになる琳琅の腕を咄嗟に掴んだ

と、同時に引き寄せると、そのまま寝台の上に勢いよく押し倒した

 

一瞬、琳琅の瑠璃色の瞳が驚いた様に見開かれるが、直ぐに元に戻った

今では、その口元に微かな笑みすら浮かべている

 

男に寝台に押し倒されているというのに、彼女に動じた気配はない

 

何故かは分からないが、それはそれで不愉快だった

 

「・・・・・・お前、何のつもりだ」

 

何をしに来たのか―――

 

それを問い詰めてやろうと思った

だが、彼女は一度だけその瑠璃色の瞳を瞬かせた後、あっけらかんと

 

「だから、言ったじゃない。 夜這いだって」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

それは、冗談ではなかったのだろうか・・・・・・

 

だが―――・・・・・・

 

司馬師は、にやりと口元に笑みを浮かべた

 

面白い―――乗ってやろう

 

「ほぅ・・・・・・? この私に抱かれに来た・・・・という訳か」

 

その言葉に、警戒するかと思いきや・・・・・・彼女は笑ってみせた

 

「子元に私が抱けるの?」

 

そう言って、微笑んでみせる

 

「言ったわよね? 私は、すべて伯約のものだって・・・・・・。 だから、貴方が私を抱いても、私は貴方のものにはならないの。 それでもいいの?」

 

「ふ・・・・・・そんなもの、抱いてしまえば同じだろう」

 

たとえ口では姜維の物と言っても、抱いてしまえばそれは司馬師の物だ

どうとでもなる

 

だが、その言葉を聞いて、琳琅は口元から笑みを消した

瑠璃色の美しい瞳が、哀しげに揺れる

 

「哀しい事言うのね。 私は、そういう気持ちで子元に抱かれたくないわ」

 

そう呟いて、小さく息を吐いた

 

「もぅ・・・・・昭の言う事なんて聞くんじゃなかった・・・・・・・・・・・」

 

「昭?」

 

今、確かに彼女の口から司馬昭の名が・・・・・・

 

口走った本人は、司馬師の声で初めてその事に気付いたらしく「あ・・・・・・」と慌てて口を閉じた

 

どうやら、これは司馬昭の差し金らしい

 

そこまで冷静に分析すると、興ざめしてきた

 

司馬師は、はぁ・・・・・・と溜息を付くと、琳琅を拘束していた手を放す

そして、そのままごろんと背を向けて横になった

 

「くだらん。 私は、寝る」

 

「子元?」

 

琳琅が起き上がり、背を向けた司馬師を見る

だが、司馬師が振り返る事はなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

司馬師は、起き掛けの頭で思考を張り巡らした

 

朝、いつも通り起きると・・・・・・そこには――――

 

何だ、これは・・・・・・・・・

 

すやすやと司馬師の横で眠る琳琅

 

一瞬、昨夜何があったかと、考えあぐねる

 

ああ・・・・そういえば・・・・・・・・・

この女が来て・・・・・・

 

それはいい、それはいい―――が

何をどうしたら、彼女が隣で寝ている という事態になるのだ

 

抱く、抱かないの話で、結局何もしてない――筈である

 

それとも、何かしたか・・・・・・?

 

と、一瞬思うが

いや、何もしていないと確信する

 

司馬師は、隣で安らかに眠る琳琅を見て、溜息を付いた

 

「おい」

 

起こそうと、琳琅に声を掛けるが……

まったく反応がない

 

「おい、起きろ」

 

試しに、揺さぶってみる

が、やはり反応がない

 

司馬師は小さく息を吐くと、そのまま琳琅を放置して起きようとした―――が

ぐんっと、何かに引っ張られた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

何かと思って、引っ張られた方を見ると……

彼女の手が、がっちり司馬師の衣を掴んでいる

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

司馬師があからさまに顔を顰めた

 

「おい、放せ」

 

し――――――ん

 

「おい、女。 いい加減に・・・・・・っ」

 

「ん~~・・・・・・琳琅・・・だって、ば・・・・・・・・」

 

むにゃむにゃと寝言の様に、琳琅が呟いた

 

何故、そこだけに反応するのか・・・・・・

 

試しに、引っ張ってもみたが

がっちり掴まれており、離れる気配がまるでない

 

「はぁ・・・・・・・・・」

 

司馬師は、諦めにも似た溜息を付いた

 

琳琅を見る

その寝顔は安らかで、とても自分を殺しに来た者とは思えない

 

ふと、昨夜の彼女の言葉が思い出された

 

『哀しい事言うのね。 私は、そういう気持ちで子元に抱かれたくないわ』

 

それは、どういう意味だろうか・・・・・・・・・・

そういう気持ち以外・・・・・・・・・があるという事か

 

「哀しい・・・・・・か」

 

その声は、静かに

ただ、静かに響いていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりま、本日はここまで~~~

この話、既に12話まではあるんですよねえええええ

あ~~修正というか、ビルダー作成⇒WordPress作成にするのが

めんどくさいいいいいいいい

 

 

新:2022.02.01

旧:2011.04.07