◆ 誓いの言霊 紡ぐ契歌:3

 

 

今日は珍しく、司馬師は兵舎に向かって歩いていた

普段なら、次官に任せるのだが・・・・・・

あいにく、どの次官も手一杯で空いている者がいなかったのだ

 

だからと言って、司馬師自ら出向く義理は無いのだが

 

何だか、今日は少し外を歩いてみたい気分になった

 

原因など、どうでもいい

 

ただ、あの女―――琳琅が、ここ数日姿を見せなかったのだ

 

ただ、それだけだ

 

別段、困ることではない

が―――

 

調子が狂う

 

何故、私が苛々せねばならぬ

 

まったくもって、理解し難い

 

試しに、こうして一人になってはみる―――が、彼女が現れる気配は一向にない

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

だから、何だというのだ

 

弟の司馬昭には 「兄上、顔が怖いですよ?」 とまで言われた

 

不愉快だ

 

これでは、彼女が現れるのを待っている様ではないか

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

そこまで考えて、司馬師は はっと息を吐いた

 

「馬鹿な・・・・・・」

 

そんな事ある訳がない

むしろ、現れなくて清々するぐらいだ

 

不意に、ふわっと何かが舞った

 

ハッとして振り返る―――が

そこには誰もいなかった

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

これでは、本当に待っている様だ

 

「馬鹿馬鹿しい」

 

司馬師は向き向きなおすと、そのまま兵舎の方へ歩いて行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      ※               ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄上? 兵舎の兵が嘆いていましたよ?」

 

夕餉を取っていると、弟の司馬昭がそんな話を切り出した

 

「何の話だ」

 

「何でも、珍しく兵舎に来られたと思ったら、いきなりこってりしごかれた~って、兵が言ってました」

 

それは、昼の話だ

 

兵舎に別件で行けば・・・・・・

怠慢をしている兵が視界に入り、思わず口が出た

 

丁度、苛々していた事もあり、そのまましごき上げたのだ

 

「・・・・・・・・・奴らが怠慢なのが問題ではないのか?」

 

「いや、まぁ、そうなんですけど・・・・・・」

 

一応、泣きつかれた側の司馬昭としては、弁解してあげたい気持ちがあるのだろうが・・・・・・

司馬師は、まったく聞く耳を持たない と言った感じだった

 

というか、司馬昭が司馬師を説得するなど、到底 無理な話だ

 

司馬師は小さく息を吐くと、席を立った

 

「兄上? もう、宜しいんですか?」

 

夕餉はまだ残っている

だが、食する気にならなかった

 

「欲しければやろう」

 

それだけ言うと、司馬師は室を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やはり、調子が狂う

 

いつもの司馬師なら兵をしごきなどしなかっただろう

だが、苛々が募って気が付いたら口と手が出ていた

 

「ふん、私らしくない・・・・・・」

 

そう呟いて、自室の扉を開けた時だった

 

「こんばんは、司馬子元」

 

ふわりと、風が舞い込んできて―――彼女が いた

 

数日ぶりに見る 彼女だ

 

彼女―――琳琅は、いつぞやと同じ様に窓辺に寄り掛かり、手をひらひらと振っていた

 

「お前・・・・・・」

 

今度来たら、言ってやろうと思っていた罵詈雑言があったのに

琳琅の姿を見たら、それが吹き飛んだ

 

司馬師は、はーと重い溜息を付くと、扉を閉め寝台に座った

 

琳琅は、小首をちょこんと傾げ

 

「何? どうかしたのかしら?」

 

「・・・・・・何でもない」

 

呆れる―――

 

あれだけ調子を狂わされているのに・・・・・・・・

心のどこかで、ほっとしている己が居る

 

「・・・・・・おい、女」

 

「琳琅」

 

「・・・・・・・お前は、誰の差し金だ? 曹芳の手の者か? それとも他の臣下か?」

 

司馬師をよく思わない臣は沢山いる

そういう者の指示であってもおかしくない

 

琳琅は、一度だけその瑠璃色の瞳を瞬かせ

 

「曹芳って、今の魏帝でしょう? ああ・・・・・・狙われる理由あるんだっけ?」

 

くすくすと笑いながら琳琅が言った

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

その言葉で、直ぐに分かった

 

どうやら、彼女は国内の手の者では無さそうだ

だとすると―――蜀か呉か

 

ふと、ある事を思い出した

 

あの時、彼女は何と言った

 

「お前の雇い主は、蜀の姜維だな?」

 

琳琅が、驚いた様に目を瞬きさせ―――次の瞬間、にっこりと微笑んだ

 

「どうして?」

 

「どうして―――だと?」

 

答えは簡単だった

 

「お前は初めて会った日、伯約を退けた・・・・・・と言った。 伯約とは姜維の事だろう。 姜維をそんな名で呼ぶ者など、蜀の者に決まっている」

 

そう―――確か、姜維の字は”伯約”

そんな事、調べれば直ぐに分かる事だ

 

琳琅は、にこりと微笑むとぱちぱちと手を叩いた

 

「ご名答。 やっぱり頭もいいのね司馬子元は。 でも―――」

 

ふわりと琳琅が、司馬師の前に降りてくる

 

「少しハズレ。 私は伯約に雇われている訳ではないわ」

 

琳琅は、可愛らしく人差し指をそっと唇に当て

 

「私は、伯約のモノなの。 この命も、身体も、心も―――全て、ね?」

 

だから、“雇われた訳ではない” と彼女は言った

 

「ご理解頂けて? 司馬子元」

 

そう言って、にこりと微笑む彼女の姿は―――この上なく、不愉快だった

 

「・・・・・・つまり、貴様は姜維の女・・・・か」

 

その言葉に、琳琅がその瑠璃色の瞳を二度程瞬かせた

瞬間、ぷっと吹き出した

 

「ふふ、違うわよ。 私と伯約は、そんな安っぽい関係じゃないもの」

 

くすくすと笑う琳琅は、心底面白そうだった

が、やはりその瞳の奥は笑っていない

 

「直ぐに、“女” と縛り付けるのは、短絡思考ではなくて? 司馬子元」

 

やはり、不愉快だった

 

姜維は“伯約” で、自分は“司馬子元”

 

何故かは分からないが、苛々した

 

司馬師は、ハッと息を吐くと

 

「その呼び方は止めろ」

 

琳琅が、きょとんとした

 

「呼び方? 司馬子元?」

 

「それを止めろと言っている」

 

そう言われて、琳琅はんーと少し考えた

そして、にっこりと笑い

 

「じゃぁ、司馬子元は何と呼ばれるのをお好み?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

そう言われると、思わずどう答えていいのか分からず押し黙る

別段、呼んで欲しい名があった訳ではない

ただ、姓と字を合わせて呼ばれる事に苛立っただけだ

 

司馬師は、大きく溜息を付くと

 

「好きに呼べばいい」

 

「じゃぁ、司馬子元」

 

「それは、却下だ」

 

「ええー」という風に、琳琅がむくれる

 

「我がままなのね」

 

琳琅が、少し考え

 

「それじゃぁ、子元でどう?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

開いた口が塞がらないとはこの事だ

 

いきなり、しかも暗殺者の分際で、馴れ馴れしく字呼び

 

どこまで図々しい女なのだ

 

それを知ってか知らずか、琳琅は小首を傾げ

 

「気に入らない? じゃぁ、子元サマ?」

 

「・・・・・・気持ち悪い」

 

心底そう思ったので、思わず口から出た

 

その反応に、琳琅がくすくすと笑い出した

 

「じゃぁ、やっぱり子元」

 

はぁーと司馬師の口から溜息が洩れた

 

呆れた

呆れて、ものが言えない

 

「・・・・・・好きにするがいい」

 

正直、もうどうでもよかった

 

琳琅が、辟易している司馬師に向かって顔を覗き込む様に首を傾げた

 

「どうかしたの? 子元。 疲れているみたいだけれど?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

うんざりしたその顔を見て察せないのか この女は

鈍いのか、鋭いのか まったく分からない

 

「私の事は、琳琅って呼んでね?」

 

などと、言い出す始末だ

 

司馬師は、本日何度目か分からぬ溜息を付いた

 

「呼ばぬ」

 

ふいっと顔を背け、そう言い放つ

 

その反応に、琳琅がまたくすくすと笑い出した

 

「頑固なのね」

 

苛々する

 

この女がいなくとも苛々したが

いたらいたで苛々する

 

心の休まる暇がない

 

「おい、女」

 

「琳琅」

 

「・・・・・・お前、ここ数日何をしていた?」

 

「数日?」

 

琳琅が、不思議そうに小首を傾げた

それから、何かに思い当たったのか「ああ・・・・」と、声を洩らす

 

「ん・・・・・・ちょっと用事。 なぁに? 待っていてくれたの?」

 

琳琅が嬉しそうにそう尋ねた

 

正直、むっとした

したが、あえて冷静を装う

ふと、視線を逸らし

 

「そんな訳がなかろう」

 

「そうなの? 残念」

 

そう言うが、その声音はまったく残念そうでは無かった

 

ああ、苛々する

この女と話と、苛々してしかたない

 

いないといないで苛々する

いても苛々する

 

何という、はた迷惑な女なのだ

 

もう、この際だから全部言ってやろうと思った

 

「それから、出てくるときは時間と場所を考えろ。 はっきり言って、お前の神出鬼没は迷惑以外の何者でもない」

 

「・・・・・・それこそ、作戦だと思わないの?」

 

ああ言えば、こう言う

 

やはり、苛々する

 

この苛々を収めるにはどうしたら良いものか―――

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

答えは簡単だった

 

「おい、お前に部屋をやる」

 

手元で管理してしまえばいいのだ

 

「は?」

 

流石に、それには驚いたのか・・・・・・

琳琅が、瑠璃色の瞳を大きく見開いた

 

「私に部屋を? 子元の言う意味が分からないのだけれど?」

 

自分でもどうかしていると思う

こんな得体の知れない女を手元に置くなど―――

 

だが、いや、恐らくこの方法が一番安全だ

 

「何度も言わせるな。 我が邸にお前の部屋を用意してやると言っているのだ。 ただし、二度と窓から出入りするな。 戸から来い。 それから、執務の邪魔もするな」

 

何処までも高圧的に―――見下した様に言う

 

琳琅は、二・三度目を瞬きした後、にっこりと微笑んだ

 

「つまり、その条件を飲めば、堂々と暗殺に来てもいい―――と?」

 

「・・・・・・こそこそ突拍子もなく現れるよりは、一層清々しい」

 

琳琅は、「んー」と少し考えた後、「ま、いっか」と呟いた

 

「いいわよ、その条件飲んでも。 こっちとしても拠点が欲しかった所だし」

 

そう言って、にこりと微笑んだ

瞬間、彼女の瞳がスゥッと細められる

 

「でも、覚悟して? 寝首を掻かれてもしらないから」

 

挑発的な誘いに、司馬師は くっと喉の奥を鳴らした

 

「面白い。 出来るものならやってみるがいい」

 

司馬師は立ち上がると、扉の外にいる衛兵を捕まえて

 

「昭を呼んで来い」

 

言われた、衛兵は頭を下げると、バタバタと呼びに走った

 

「昭?」

 

「弟だ」

 

琳琅が、少し考え込む

 

「ああ――確か・・・・司馬子上、だったかしら?」

 

そう言って、くすりと笑った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、元姫」

 

「何かしら? 子上殿」

 

司馬昭は、兄に呼びつけられる理由が分からず首を傾げていた

 

「俺、何かしたっけ?」

 

元姫も、思いつかないのか 「さぁ?」 と首を傾げた

 

「また、ろくでもない事しなんじゃないの?」

 

「おいおい、別にいつもやってる訳じゃないだろ~」

 

うう~んと、頭をかきながら司馬昭は唸った

 

そうこうしている内に、司馬師の私室の前にたどり着いた

司馬昭はごくっと息を飲むと、よし!と気合を入れて室の戸を叩いた

 

「兄上、お呼びと聞きましたが・・・・・・」

 

「昭か、入れ」

 

中から司馬師の声が聞こえてきた

 

司馬昭は、元姫と顔を見合わせてゆっくりと扉を開けた

 

「兄上―― 一体何の―――」

 

そこまで言い掛けて言葉が止まった

 

司馬師一人かと思った部屋の中に、もう一人

腕を組み、机に寄り掛かった少女がいた

 

少女が、司馬師の影からひょっこり顔を出す

 

美しい少女だった

 

くっきりした目鼻立ちに、整った顔

艶やかな長い漆黒の髪

凛とした眼差し

 

そして、目を惹くのが大きな瑠璃色の瞳―――

 

だが、その雰囲気が一般の女人の者と違う

もっと、別の“何か” だった

 

誰だ・・・・・・?

 

兄に特定の女がいる話など聞いたことない

 

司馬昭が、頭に疑問符を浮かべながら首を傾げていると

少女が司馬昭を見てにっこりと微笑んだ

 

う・・・・・・っ

 

不覚にも、可愛いと思ってしまった

瞬間、ギュッと横腹を元姫につねられた

 

「いって!」

 

思わず、声が出る

 

「何すんだよー元姫」

 

「子上殿。 鼻の下伸び過ぎよ」

 

「え”・・・・・・、あ、い、いやぁ・・・・・・」

 

はははと苦笑いを浮かべると、元姫にギロッと睨まれた

 

それを知ってか知らずか、司馬師は平然とした顔で

 

「昭。 この女に・・・・・・」

 

「琳琅」

 

「・・・・・・・・・こやつに、部屋を案内してやれ」

 

いきなり、意味不明の兄の言葉に司馬昭は首を傾げた

 

「は? 部屋・・・・・・ですか?」

 

部屋・・・・・・? 何で・・・・・・?

 

すると、少女が司馬昭に向かって歩いてきた

目が合うと、にっこりと微笑む

 

「琳琅よ。 宜しくね・・・・・・? 昭?」

 

そう言って、ぽんっと通り過ぎ間際に肩を叩かれた

 

そのまま琳琅と名乗った少女は歩いて行ってしまう

 

「え、えっと・・・・・・、兄上? あのやたらへらへらしてた女は・・・・・・?」

 

その言葉に、司馬師が訝しげに眉を寄せた

 

「へらへら? どこがだ。 まったく笑ってはおらぬではないか」

 

「へ?」

 

そうかぁ・・・・・・?

 

司馬昭には、笑っていた彼女しか印象になかった

それとも、司馬師にだけ違う様に見えるのだろうか・・・・・・?

 

「くくく・・・・・・・・・」

 

不意に、司馬師が笑い出した

 

「あ、兄上・・・・・・?」

 

「昭、あの女はな、私を殺しに来たそうだ」

 

「はぁ・・・・殺しに・・・・・・・・・・・って! ええ!? 殺しに!?」

 

驚いた司馬昭とは反対に、司馬師は面白いものを見つけた様に笑みを浮かべた

 

「ああ・・・・・・調教しがいがあるだろう・・・・・・・・・・?」

 

そう言った、司馬師の表情は残酷なまでに楽しそうだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、RewriteしてないRewrite版でーす笑

口調を少し変えてるところはあるけどね?

とりま、基本流れは変わっていませんwwww

結局かよwwww 的なwww

 

まぁ、私の書く夢主ではちょ~~~~~と、変わってる子ですけどwwww

果たして、続き書くときこのノリで書けるのかな・・・・・・(遠い目)

 

 

新:2022.02.01

旧:2011.03.25