◆ 誓いの言霊 紡ぐ契歌:2

 

 

司馬師は、あえて扉を閉めるとじっと、その音のする方を見据えた

 

キィ・・・・・・ キィ・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

しん・・・・と、静まり返った室の中に、その音だけが響く

 

 

 

 

雪が―――ふわりと 降っていた

 

 

 

 

 

 “それ” は、そこに居た

 

 

 

 

 

 

「ふ・・・・・・、“死神”か・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

司馬師がそう呟くと、“それ” はくすりと笑った

 

 

 

「こんばんは―――司馬子元」

 

 

 

それは窓辺に寄り掛かる様にそこに居た

 

雪の中にいて、はっきりと分かる目鼻のくっきりとした整った顔

長く艶のある漆黒の髪

それを飾る、碧色の結い紐

 

そして、何よりも目を惹くのはその瑠璃色の瞳

 

“それ” は美しい少女の姿をしていた

 

真っ白な雪の中に佇むその姿は、美しい“死神” そのものだった

 

「呉の大軍を合肥で退け、そして伯約の軍も南安で退けた・・・・・・後は、国内の掌握・・・・と言った所かしら? 流石は大将軍サマ・・・・ね?」

 

少女が、ふわりと降りる

 

まるで、羽であるかの様に音がしない

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

司馬師は、動じる事もなくただじっと少女を見据えていた

その瞳には、恐れなどない

相手を見定め様とする見下した目だ

 

少女は、ゆっくりと司馬師に近づく

 

雪が――― 一緒に入ってきた

 

直ぐ間近に少女が迫った

 

だが、司馬師は動かなかった

 

彼女の、顔が直ぐそこにある

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

見下した様に視線を送ると、少女はにこりと笑った

 

いや、笑っていない

 

顔は笑っているが、その瑠璃色の瞳は笑っていなかった

 

それは―――まるで、獲物を狩る鷹だ

 

不意に、少女の瞳が鋭くなると腕を横に凪った

瞬間、袖から短刀が飛び出し、その矛先を司馬師に向けた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

だが、司馬師は微動だにしなかった

じっと、少女を見下ろしたまま動こうとしない

 

その対応が気に入ったのか、少女がくすりと笑った

 

「動じないのね?」

 

少女がゆっくりと手を動かす

 

 

 

 

「分かっていると思うけれど―――

 

 

 

 

 

 

      私は、貴方の命をもらいに来たの―――」

 

 

 

 

 

 

 

雪が―――降っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      ※               ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、元姫」

 

自室に戻ろうとした所を司馬昭に呼び止められて、王元姫は振り返った

 

「まだ、何か用でも?」

 

元姫のあまりにも冷たい対応に、司馬昭がおどけた様に笑う

 

「いや、ほら! “おやすみ” の挨拶でも―――」

 

「“おやすみなさい”」

 

「うっわっ。 超、事務的だな!」

 

元姫の超絶棒読みの挨拶に、心なしか衝撃があったのか・・・・・・

司馬昭が、固まった様にその動きを止めた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

元姫は、はぁ・・・・・と、溜息を洩らすと司馬昭に向き直った

 

「で? 何かしら、子上殿」

 

元姫に問われて、司馬昭がう~んと唸った

 

「いや~、なんつーか・・・・・・」

 

はっきりしない司馬昭に痺れを切らした様に、元姫が眉を寄せた

 

「だから、何かしら?」

 

腕を腰にやり、仁王立ちになる

 

司馬昭は言おうか言わまいか悩んでいたのか

んん~と、唸りながら頭をかいた

 

「子上殿?」

 

元姫が訝しげに司馬昭を見る

 

「いや・・・・・・兄上、なんだけど、さ・・・・・・・・・」

 

「子元殿が何か?」

 

少し予想外の答えに、元姫は首を傾げながらそう問うた

 

「何つーか、・・・・・・ちょっと様子おかしくなかったか?」

 

「様子・・・・・・?」

 

先程の、戦勝の事後処理のやり取りを思い出す

 

別段 いつも通りだった

 

「そうかしら?」

 

「いや、俺の気のせいならいいんだけどよ。 ほら、兄上をよく思わない奴らもいるし」

 

それは、恐らく魏にあくまでも忠義を示す勢力の事だろう

今や、朝廷は魏にあくまでも忠義を示す勢力と、司馬師の支配を受け入れる新しい勢力に二分されつつある

 

「だから、子上殿は子元殿が気になる・・・・・・と?」

 

「ん、まぁ・・・・・・」

 

元姫は、小さく溜息を付いた

 

「そうならそうと、早く言えばいいのに・・・・・・」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「何でもありません。ほら、行くんでしょう?」

 

元姫は、そう促すと、すたすたと室を出て行った

 

「ちょっ・・・・・・! 待ってって、元姫!」

 

置いて行かれた司馬昭は、慌てて元姫の後を追い掛けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪が―――降っていた

 

司馬師は、微動だにせず少女を見据えていた

少女もまた、司馬師をじっと見たまま動かなかった

 

彼女の手にある短刀が、雪に触れてきらりと光る

 

最初に動いたのは司馬師だった

 

司馬師は、呆れた様に溜息を洩らすと

 

「私を殺しに来たのではなかったのか?」

 

その目は、鋭いまま

 

「殺せるのならば、殺してみるがいい。 ・・・・・・お前如きに殺せるのならば・・・・な」

 

見下す様に

 

少女は一度だけその瑠璃色の瞳を瞬かせると、口元にくすりと笑みを浮かべた

 

「この状況下でそれが言えるのはたいしたものね? 感服するわ」

 

だが、その瞳は笑っていない

 

「今の貴方なんて、私が少し手を動かしただけで・・・・・・ぶすり、・・・・・・・・・なのだけれど?」

 

そう言いながら、少しだけ短刀をも持つ手に力が籠る

じわりと、首に当てられた短刀が少しだけ刺さる

 

だが、司馬師は動かなかった

少しだけ、口元に笑みを浮かべる

 

「ふ・・・・・・この程度で死ぬなら、所詮、私もそれまでの男だったと言う事だ」

 

その答えが気に入ったのか、少女がくすくすと笑い出した

 

「成程・・・・・・そういう考えなのね。 ―――貴方、面白い男ね。 司馬子元?」

 

 

 

「でも―――」

 

 

 

ふと、少女の表情が変わる

 

その瑠璃色の瞳が、獲物を捕らえた様に恍惚に

 

 

 

 

 

 

「そういうの―――気に入らないわ」

 

 

 

 

 

 

その時だった後ろの扉がドンドンと叩かれた

 

「兄上? ご無事ですか!? 兄上!」

 

司馬昭の声だ

 

すると、その声に反応したのか

少女が、さっと司馬師から飛び退いた

 

出てきた時の同じ様に、窓際に寄り掛かり、可愛らしく小首を少しだけ傾けた

 

「―――残念。 邪魔が入ったみたい」

 

くすりと笑みを浮かべると、持っていた短刀を仕舞う

そして、空いた手でひらひらと手を振って見せた

 

「じゃ、また・・・・・・ね? 司馬子元」

 

それだけ言うと、ふわりと雪の中に掻き消える様に姿を消すのと、

司馬昭が扉を開けるのは同時だった

 

「兄上!」

 

バンッと扉が開き、司馬昭が慌てて入ってくる

 

「兄上! ご無事ですか!?」

 

血相を変えて入ってくる司馬昭を見て、司馬師は小さく溜息を付いた

 

「昭・・・・・・」

 

「兄上? 今、誰かがここに―――」

 

「・・・・・・・・・猫だ」

 

「ああ、猫・・・・・・は? 猫?」

 

余りにも予想外の答えに、司馬昭は目を瞬きさせた

 

だが、司馬師は面白い物を見つけたかの様に、その口元に笑みを浮かべた

 

「ああ・・・・・・瑠璃色の瞳をした“猫” だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      ※               ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝議を終え、執務室に戻ると・・・・・・また、“それ” が居た

 

そう―――あの晩現れた美しい少女が居たのだ

 

少女は、室に入ってきた司馬師に気付くと、ひらひらと手を振って見せた

 

「こんにちは、司馬子元」

 

そこまで言い掛けて、「あ・・・・・」と言葉を洩らす

 

「違った。 “おはよう”?」

 

くすくすと笑みを浮かべながら、そう言い変える

 

司馬師は、はーとあからさまに溜息を付いてみせた

 

また・・お前か・・・・・・」

 

そう・・・・・・、また・・なのだ

 

あの晩、司馬師の元に現れてから―――

彼女は、何度もその姿を現した

 

昼夜問わず

 

普通に考えれば、暗殺は夜ではないのか? と、思うが・・・・・・

彼女は、それを覆す様に朝だろうが、昼だろうが 司馬師が一人の時に現れる

それが、毎日なら予測が付く

 

が・・・・・・

連日・・・酷い時は、数時間後に現れたと思ったら

ぱったり現れなくなる

諦めたのか? と思っていると、また突如として現れだす

 

お土産と称して、菓子折りを持参された時は、投げつけてやろうかと思ったぐらいだ

はっきり言って、神出鬼没過ぎて、迷惑極まりない

 

今も、彼女は執務をする司馬師の机の上に座り、脚をぶらぶらしている

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

あえて無視する

相手にしない事が、一番の対処法だ

 

「暇なのだけれど・・・・・・」

 

少女が、暇だと言わんばかりに脚をぶらぶらしながらぼやいた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

無視だ

 

「暇なのですけど―?」

 

ちょこんと、可愛らしく小首を傾げて言う

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「聞いてます?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「司馬子元―――?」

 

「・・・・・・・・・バキィ

 

思わず、持っていた筆をへし折ってしまった

 

「折れたわよ?」

 

少女がくすくすと、面白い物を見たという様に笑い出す

 

司馬師は、はぁーを盛大な溜息を付いて、頭を押さえた

 

「煩い。 暇なら去れ」

 

まったくもってその通りだった

 

この女は、一体何をしに来ているのだ

自分を、殺すのではなかったのか

 

そう問いたくなる

 

いつもいつも、来てする事と言えば、邪魔ばかり

あの晩以降、殺す気配が全くない

 

正直、相手にするのも馬鹿らしい

 

そんな司馬師を知ってか知らずか、少女はくすくすと笑いながらポンポンと司馬師の肩を叩いた

 

「そんなに沸点が高いと、長生き出来ないわよ?」

 

そんなの自分でも驚きだ

 

いつもなら、冷静にバッサリ斬り捨てて終いにする所だ

 

どうも、この女は調子を狂わせる・・・・・・

 

「ふん、私を殺しに来た奴の台詞とは思えんが・・・・・・?」

 

「ああ・・・・・・」 と、少女が納得した様に頷いた

 

「それもそうね」

 

そう言って、にこりと微笑む

 

「じゃぁ・・・・・・」

 

するりと、少女がそのしなやかな白い手を伸ばした

横から、司馬師の顎に触れると、すぅ・・・・となぞった

 

「司馬子元は、どんな殺され方がお望み・・・・・・?」

 

流石に、その行動に苛立ちを覚えた

 

「私に触るな。 女」

 

ビュッと手を振り上げる

少女はひらりとそれをかわすと、くるりと一回転して、司馬師の前にとん・・・・・と降りた

 

「女・・・・・・じゃないでしょう? “琉 琳琅”」

 

机に肘を付くと、その上に顎を乗せ 琳琅と名乗った少女はにっこりと微笑んだ

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

司馬師は、呆れて物が言えないという風に、眉間にしわを寄せた

 

事ある毎に、彼女は琳琅と呼べと司馬師に強要してきていた

この会話も、何度目になるか・・・・・・

 

理解できん

 

本気でそう思った

 

暗殺者なら、暗殺者らしくすればいいものを

彼女には、まったくその気配が無かった

 

第一、標的に名を明かすなど論外だ

 

司馬師は、小さく息を吐き

 

「そんな、大層な名前。 お前には不釣り合いだ。 却下だ」

 

それを聞くと、少女―――琳琅は、くすくすと笑い出した

 

「あら、司馬子元の機嫌を損ねてしまったかしら?」

 

そう言うと、くるっと一回転してふわりとお辞儀をした

 

「じゃぁ、本日は退散しますね?」

 

それだけ言い残すと、いつもと同様に窓からふわりと掻き消える様に消えてしまった

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

司馬師は、琳琅の立ち去った窓を見て、本日何度目か分からない溜息を付いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      ※               ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄上、何だかお疲れではありませんか?」

 

邸に戻るなり、司馬昭に言われたのはそんな言葉だった

 

確かに、疲れているのかもしれない

あの琳琅とかいう女に、ここの所振り回されっぱなしだ

 

「でも」

 

司馬昭が笑いながら

 

「何だか、楽しそうですね」

 

バンッと司馬師は思いっきり、自室の扉を閉めた

 

楽しそう? この私が?

 

不愉快極まりなかった

 

思わず出た言葉は

 

「昭・・・・・・お前の目は、節穴か?」

 

だった

 

一体、どこをどう見たら“楽しそう” になるのか

 

まったく、理解し難い

 

ふと、窓を見た

 

しん・・・・と静まり返り、音もしない

 

「・・・・・・・・・今日は、来ぬか」

 

いつもなら、部屋に戻るとひょっこりいる彼女が、今日に限っていなかった

 

気まぐれで、自由気ままな少女―――琉 琳琅

 

いつの間にか、彼女が「おかえりなさい」と言って待っているのを期待していたのか―――

 

「・・・・・・馬鹿らしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、書き下ろしRewrite版にしようかと思っていたのですが・・・・・・

いざ、蓋を開けてみたら・・・・・・

「あ、ほぼ、このままでよくね?」という気になりまして

微調整のみになりましたwwww

 

最初、書いていた時は「この夢主、一貫性ないなぁ~」とか思っていたので

変えるかな~って、思ってたんですが・・・・・・

読み返すと、そうでもなかったというwwww

 

 

新:2022.02.01

旧:2011.03.25