◆ 誓いの言霊 紡ぐ契歌:13

 

 

「賈充殿に会ったのですか?」

 

「んー? まぁ、会ったかな?」

 

元姫の問いに、琳琅は頷きながら卓に料理を並べて行った

目の前に並べられた料理から、食欲をそそる様な何とも言えない香りが司馬昭の鼻を刺激する

 

司馬昭は、琳琅が席に付くのを待たずに手を合わせると 「いっただっきまーす」 と言って目の前の料理を頬張りだした

その様子を見て、元姫が何とも言えない溜息を洩らす

 

だが、琳琅はさほど気にした様子もなく、次々と運んで来た料理を並べて行った

 

「ほんと、はぐ・・・・琳琅は、料理は、はぐはぐ・・・上手いよなぁ~」

 

はぐはぐと食べながら言う司馬昭に、元姫がまた溜息を洩らす

 

「子上殿。 食べるか話すかどちらかにしたらどうなの」

 

元姫にそう注意を促されるが、司馬昭は気にした様子もなく

 

「しかたねーだろ。 腹減って・・・はぐ、たんだからよ」

 

そう言いながら、どんどん目の前の料理を平らげていく

だが、琳琅はやはり気にした様子もなく

 

「いいわよ、元姫。 残されても困るもの」

 

考え事をしていたせいか、大量に作り過ぎてしまった

司馬昭が食べてくれるなら、それはそれでありがたい

 

「ほら、元姫も食べて」

 

そう言って、琳琅が元姫に箸を差し出す

元姫は一瞬躊躇ったが、遠慮がちにその箸を受け取った

 

「では、お言葉にあまえまして・・・・・・」

 

そう言って、一口料理を口に運ぶ

 

「本当に、美味しいわ・・・・・・」

 

ほぅ・・・・と溜息を洩らしながらそう言う元姫に、琳琅がにっこりと微笑んだ

 

「そう? ありがとう」

 

そう言って、最後の蒸籠を並べると自分も椅子に座った

 

「しっかしよーあん時は参ったよなー」

 

司馬昭が、苦笑いを浮かべながら箸をくるくると回した

 

「あの時? 何の事かしら」

 

琳琅がすっとぼけた様にそう洩らす

だが、司馬昭は引き下がらなかった

 

「琳琅の奴、賈充に何て言ったと思う? “私は子元を殺しに来た刺客なの”だぜ? どう思うよ、元姫!」

 

「それは・・・・・・」

 

流石の元姫も返答に困ったのか、言葉を濁らせた

 

「せっかく、俺が穏便に済まそうとしたのによ。 琳琅、あっさりぶち壊すんだもんな」

 

俺の苦労台無しだ! と言わんばかりに、司馬昭がぶんぶんと箸を振り回した

だが、言われた当の本人はやはり気にした様子もなく、茶を飲んでいる

 

「ですが、賈充殿に隠し事は無理ではないかしら?」

 

元姫の言葉に、琳琅がすかさず頷く

 

「そうよね、やっぱり元姫もそう思うわよね。 あの手の男には下手に隠すと後が面倒になるものよ」

 

後で気付かれて問い詰められでもしたら面倒だし、不快だ

そんな思いをするぐらいなら、最初からばらしてしまった方がましである

 

事実、賈充の反応は普通だったし

そもそも、琳琅は司馬師を殺しに来た事を隠していない

 

あの場はしのいでも、直ぐに気付かれる筈だ

だったら、最初から言ってしまった方が楽である

 

「そういう問題じゃねぇよ・・・・・・」

 

司馬昭が、ぶつぶつそう呟きながら料理を口に頬張る

 

そういえば・・・・・・

近頃、司馬師は忙しいらしくずっと城に詰めていて会っていない

 

子元・・・・ちゃんと食事しているのかしら・・・・・・・・・・

 

以前、司馬昭の書簡を持っていた時も、朝から何も食べていないと言っていた

また、食事もせずに仕事に没頭しているのではないだろうか

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

琳琅が、ちらりと目の前の料理を見る

 

実の所、いつも司馬師がいつ帰って来てもいい様に、彼用のも作っている

が・・・・・・

 

実際、泊りや、夜遅く帰ってきたりすることが多いので、まともに出した試しはない

 

別に・・・・・子元に食べて欲しい訳じゃないもの・・・・・・・・・

 

琳琅はむっっと頬を膨らませながら、茶を煽る様に飲み干した

 

どうせ、司馬師にとって琳琅の料理は“食えなくはない” 食べ物の部類なのだから

何が悲しくて、そんな感想しか言えない相手に、手料理を振る舞わなくてはならないのか

 

それなら、まだ司馬昭や元姫に食べてもらった方がましである

 

そう思っていた時だった

 

「そういやぁ、最近兄上に会ったか? 琳琅」

 

いきなり考えていた事を追及され、琳琅がごっくんと茶を飲みこんだ

 

「え・・・・・・」

 

一瞬、心の中を読まれたのではないかと錯覚する

が、聞いてきた当の本人は何でもない事の様に

 

「だから、最近兄上城にずっと詰めてるだろ? 琳琅会えてなんじゃないかと思ってよ」

 

「・・・・・・別に、それで問題ないと思うけれど・・・」

 

会えないから何だというのだ

 

第一、 琳琅にとって司馬師は殺す相手だ

しかも、今は姜維の指示でそれすら叶わない

 

別に、恋人でもなんでもない

確かに、司馬師に“欲しい”と言われたが・・・・・・

 

言われた事に対して、別段行動した訳でもないし、進展している訳でもない

 

そうだ、司馬師とは何の関係でもない

なのに、会いたいなどと・・・・・・思う筈が無い

 

だが、司馬昭はうんうん、と頷きながら

 

「きっと、兄上に会いたくて会いたいくて、しかなたないんじゃないかと思ってよー」

 

「・・・・・・誰が?」

 

「会えないくて、寂しい思いしてるんじゃないかと思うんだ」

 

「・・・・・・だから、誰が?」

 

そこまで言って、司馬昭はきょとんとした後、さも当然の様に

 

「決まってんだろ、琳琅だよ」

 

「・・・・・・・・・・・・っ、ごほ、ごほっ!」

 

余りにも、予想外過ぎて思わずむせた

 

「琳琅殿、大丈夫ですか!?」

 

元姫が慌てて、琳琅の背中を摩る

琳琅はこくこくと頷きながら、司馬昭をキッと睨み付けた

 

「昭! 何馬鹿な事を――——――」

 

「やっぱりなぁ~琳琅は、兄上に会えなくて寂しがってると思ったんだよ」

 

琳琅の反応にうんうんと司馬昭が頷く

 

「だから、私は会いたくなど――――!」

 

立ち上がり、必死になって弁明するが―――最早、後の祭りだ

これでは、肯定しているのと一緒だ

 

琳琅はむすっとしたまま、ぽすんっと椅子に座り込んだ

 

別に、会いたいなどと・・・・・・

 

司馬師は、殺す相手だ

 

別の感情など、持つ筈が無い

そうだ、きっとこの寂しさも、気のせいなのだ

 

心に穴が空いた様な、虚無感

琳琅が欲しいと言っておきながら、何もしてこない

 

どうかしているのは、向こうの方だ

 

別に、何かして欲しい訳でもないが・・・・・・

逆に、あそこまで言われているのに、その後何もしてこないというのが不気味すぎる

 

気のせい? 気の迷い?

あれは、私の思い違いだった?

 

司馬師が自分を欲しがっていると思ったのは、勘違いだったのだろうか

そんな考えさえ浮かんでくる

 

ぎゅっと、腕を掴む手に力が篭る

 

別に、だからといって困る事はない

むしろ、その方が助かる

 

どう足掻いても、私は伯約の物だもの・・・・・・

 

他に誰かのものになるなどあり得ない

あってはならない

 

他の“何か” に心奪われるなど―――——――あってはならないのだ

 

がたんと、琳琅が立ち上がった

そして、すたすたとそのまま室を出ようとする

 

「ちょっ・・・・・・! 待った待った!!」

 

それを見た司馬昭が、慌てて琳琅の腕を掴んだ

 

「なんだよ、琳琅。 怒る事ないだろ?」

 

「別に、怒ってないわ」

 

振り向かずにそう答える琳琅に、司馬昭が小さく息を吐いた

 

「どこがだよ、めっちゃ怒ってるじゃん。 そんなに兄上に会いたかったのか?」

 

「―――――っ! 会いたくないわ!!」

 

キッと睨みつける様に、琳琅は司馬昭を見た

その美しい瑠璃色の瞳には薄っすらと涙すら浮かんで見える

 

それを見た、司馬昭はにんまりと笑みを浮かべて

 

「俺は会いたいかなー兄上にお話ししたい事もあるし。 琳琅付いて来てくれよ」

 

「・・・・・・なんで、私が・・・・」

 

琳琅が断りの返事をしようとした時だった

司馬昭はすかさず、蒸籠をぽんぽんと叩いた

 

「折角、兄上に料理作ってんだろ? 食べてもらわなきゃ勿体ないじゃないか!」

 

「・・・・・・・・・・・・っ!?」

 

何故、知っているのだこの男は!?

司馬師に作っている事は、誰にも言ってなかったのに

 

「ここの料理もさ、ちょっと多かったし、一緒に兄上の所に持っていこうぜ? きっと、兄上の事だからまた朝から何も食べてないだろうし」

 

「・・・・・・それは・・・」

 

否定できない

前もそうだった

 

だから、帰って来てから食べられる様に作り置きしているのだが・・・・・・・・・

それも、食べてくれているかは、定かではない

 

「どーせなら、温かい料理の方がいいじゃねぇか! あるんだろ? 蒸してない肉まん」

 

「・・・・・・ある、けど・・・」

 

何処までこの男は知っているのか・・・・・・

まさか、厨房に間者でも放っているのだろうか・・・・・・?

 

それを聴いた司馬昭がにんまりと微笑む

 

「だったら、決まり!だろ」

 

そう言って、琳琅の肩をぽんっと叩くのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      ※               ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司馬師様、そろそろお休みください」

 

次官の李潤が、竹簡を抱えたままそう言う

だが、司馬師は「ああ・・・・・」 と生半端な返事を返すのみで、一向に休もうとしない

 

はぁ・・・・・・と、李潤は溜息を付いた

 

仕事をしてくれるのはいい

政務を殆どしない司馬昭の様になってもらっては困る

だが、ここまで没頭されるのも問題だった

 

まったく、この方は・・・・・・

 

ここで、強く言えないのは李潤の直したい所であった

司馬師を良く見てくれる方などが現れて、びしっと休憩を取る様に言って欲しいものだ

 

いっその事、琳琅様にお頼みするべきか・・・・・・

 

これはあくまでも勘だが、司馬師は彼女の言葉なら聞いてくれるような気がした

ただ、彼女は仕事の邪魔をしない約束をしているらしく、あれ以降姿を見せない

あの日は、本当に特例だったのだろう

 

彼女ならもしや・・・・・・

と思ったのだが、李潤の勘違いだったのだろうか・・・・・・・・・・?

 

李潤は少し考えた後、持っていた竹簡を司馬師から少し離れた所に置いた

 

「司馬師様、そのお仕事が終わりましたらお昼に致しましょう」

 

そう言って、さっさと竹簡を書棚に戻してしまう

だが、司馬師は一向に返事をしなかった

それでも、李潤はさくさくと中央の卓の上を片付けながら、なにやらいそいそと準備をしだす

 

「李潤」

 

「はい?」

 

不意に、司馬師に呼ばれ李潤が振り返った

そこには、李潤を訝しげに見る司馬師の姿があった

だが、司馬師は何も言わず書棚の奥を指さした

 

「蓄財と、土木の資料を取ってくれ」

 

「畏まりました」

 

李潤は一礼すると、迷うことなくその書簡を取って司馬師に差し出した

 

「司馬師様、そろそろ昼餉の時間を過ぎております、その仕事が終わりましたら、お食事を運ばせますので、召し上がってください」

 

「・・・・・・そんな時間は無い」

 

事実、溜まった仕事を片付けるので、精一杯で食事をとる時間が勿体なかった

別段、仕事を溜めていた訳ではない

年末近くなると、どうしても忙しくなるのだ

毎年の事である

 

だが、李潤はめげなかった

にっこり極上の笑みを浮かべると

 

「今日の昼餉は、きっと司馬師様も気に入りますよ」

 

そう言って、にこにこ微笑みながらまた卓の上を片付けだす

 

司馬師は首を傾げた

李潤の言いた事が分からない

気に入る? 何の事だ・・・・・・??

 

司馬師が、不審に思い首を傾げている時だった

不意に、執務室の扉を叩く音が聴こえた

 

「誰だ?」

 

司馬師が訝しげに顔を顰める

の時間、政務に集中する為緊急事項以外は引き継がない様にしている筈である

が、李潤はぱぁっと嬉しそうに笑みを浮かべると、いそいそと扉へ向かった

 

「おい・・・・・・」

 

李潤の、尋常ではない喜びように嫌な予感を感じ、司馬師は李潤を止めようと口を開いた

が、一歩遅かった

 

「お待ちしておりました」

 

李潤はそう言うと、その来客者を招き入れてしまった

が、それを見た瞬間、司馬師の顔が固まる

 

「よ! 兄上!」

 

そこには、弟の司馬昭がいたのだ

いや、司馬昭だけでない 目付け役の元姫までいる

 

何だこれは・・・・・・?

 

司馬師があからさまに怪訝そうに顔を顰めた

 

「昭、こんな所に来る暇があるなら仕事を――——――」

 

そう言い掛けたが、司馬昭が慌てて口を挟む

 

「まぁまぁ、兄上。 そろそろお腹空いてるんじゃないですか? 差し入れ持って来たんですよ。 ほら、入れって」

 

そう言って、扉の外にいる誰かに声を掛ける

だが、その人物は入るのを嫌がっているのか、入ってくる気配がない

 

「おい・・・・・・」

 

「あー気にしないで下さい、照れてるだけなんですよ」

 

そう言って、司馬昭が一度扉の外へ出る

するとその矛先は元姫に向けられた

 

「元姫、一体これはどういう事だ?」

 

「あ・・・・・それは、その」

 

元姫にしては歯切れが悪い

ますます、怪しさが募り司馬師が口を開こうとした時だった

 

「ほら、入れって」

 

「だから、私はいいって――――」

 

瞬間、ぴくりと司馬師の動きが止まった

この声は・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

不意に、司馬師は扉の外に向かってすたすたと歩き出した

 

「あ、子元殿―――っ」

 

元姫の制止も聞かず、司馬師はそのまま声のする方へと向かう

そして、司馬昭と言い争いをしている人物を見た瞬間、大きくその瞳を見開いた

 

「あ・・・・・・子元・・・」

 

透き通る様な声

美しい黒髪に、一層目を惹く瑠璃色の瞳―――

 

そこには、一週間振りになる彼女(・・)の――――――

 

 

 

    琳琅の姿があった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そろそろ話を進展させますよー

兄上の好物の肉まんで攻めていきますww

 

しかし、うちの昭は本当に仕事してないなww

 

 

 

新:2022.02.05

旧:2013.09.09