◆ 誓いの言霊 紡ぐ契歌:14

 

 

司馬師は大きく目を見開いた

そこには、約一週間ぶりとなる琳琅の姿があったから

 

琳琅は蒸籠を抱えたまま、むすっとそこに立っていた

 

「お前・・・・・・」

 

「わ、私は別にいいって言ったのよ・・・・・・っ!? でも、昭が・・・・・・」

 

もごもごと言い訳がましく琳琅は司馬師が口を開くよりも早く口走った

むぅっと頬を膨らませ、そっぽを向く

 

その仕草が、酷く愛らしく感じ司馬師はその口元に微かに笑みを零した

思わずすっと手が伸びかかった時だった

 

「もー兄上も琳琅もそこで何やってんだよ! 早く入れって!!」

 

司馬昭が痺れを切らした様に、室の中からやって来るとぐいぐいっと琳琅の背を押した

 

「ちょ・・・・・っ、ちょっと昭!!」

 

琳琅が抵抗する様に抗議するが、司馬昭は気にしな様子もなく「いいから、いいから」と言いつつ琳琅をそのまま司馬師の執務室の中に押し込んだ

 

「ほら、兄上も早く!」

 

司馬昭がそう言って、司馬師を促す

司馬師が小さく溜息を洩らし執務室の中に戻ると、奥の部屋の机の上に美味しそうな料理がところせましと並べられていた

 

「これはどういう事だ?」

 

司馬師が訝しげにそう尋ねると、司馬昭がにかっと笑って

 

「琳琅が疲れてる兄上の為に一生懸命作ったんだよ、な!」

 

そう言って、琳琅の背をぽんっと叩く

すると、琳琅は慌てて抗議する様に

 

「ちょっと、昭! 何勝手な事を――――」

 

「なんだよー、本当の事だろう?」

 

そう言って、琳琅と司馬師に椅子に座る様に促した

 

「ほらほら、座った座った」

 

司馬昭が二人の背中をぐいぐいと押す

そのまま半強制的に司馬師の隣に座らせられると、琳琅は観念したかのように持っていた蒸籠を机に置いた

 

そして蓋を開けると、中からほこほこと蒸したての肉まんが姿を現した

 

「ほぅ・・・・・・肉まんか」

 

司馬師がそれを見て声を洩らすと、琳琅は慌てて口走る様に

 

「い、言っておくけれど、別に子元の為に作った訳じゃないから! た、単にお昼の余り物を持って来ただけなんだからね・・・・・・っ。 昭が、持って行けって煩かったし・・・・・・っ」

 

そう琳琅が言うが、目の前の料理も肉まんも、どう見ても余り物とはかけ離れたものだった

明らかに、司馬師用に用意されたのは明白だった

だが、それを認めたくはないのか・・・・・・琳琅はやはりむすっとしたまま、座っていた

 

すると、司馬昭が気を利かせたように

 

「ほらほら、冷めないうちに食べようぜー!」

 

そう言って、「いっただきまーす」 と言うと、料理に箸を伸ばした

それを見た元姫は呆れた様に

 

「子上殿、先程も食べていたのにまだ食べる気?」

 

「ほあ? むぐむぐ・・・・・ん、当然だろ! まだ、全然食べたりねぇよ」

 

そう言って、目の前の料理を次から次へと平らげていく

そして、司馬師を見ながら

 

「ほら、兄上も琳琅も食べた食べた!」

 

そう言って、琳琅に司馬師に料理を取る様に促した

琳琅は、はぁ・・・・・と溜息を洩らすと箸を持って皿に料理を取り分けていった

 

「はい」

 

淡泊にそれだけ言うと、そのままその皿を司馬師に差し出す

 

「どうせ、子元の事だから朝から何も食べていないのでしょう? 少しは口にしないと仕事もはかどらないわよ」

 

見越した様にそう言うと、その取り分けた皿を司馬師に渡した

そして、元姫の分も取り分けるとそのまま彼女に差し出す

 

「はい、元姫」

 

「あ、ありがとうございます」

 

元姫がそれを受け取ると、一口 料理を口にした

 

「やはり、琳琅殿の料理は美味しいですね」

 

「そう? ありがとう」

 

そう言って自然に笑う琳琅を見て、司馬師は驚いた様に目を見開いた

自分に対する態度と随分違っていたからだ

 

司馬師に対する時は、もっと偽装した姿なのに対し、司馬昭や元姫に対しては自然体で接していた

 

どうやら、これが本当の彼女の姿に違いないらしい

また、新たな彼女の一面が知れたのだと思うと、自然と口元に笑みが浮かんだ

 

それを見た琳琅がまたむっとして

 

「何? 食べないの?」

 

「いや・・・・・・何でもない。 頂こう」

 

そう言って、蒸籠の中の肉まんに手を伸ばした

一口食すと、口の中にじゅわっと肉まんの旨味が広がって行った

 

「ほぅ・・・・・・」

 

感心した様にそう声を洩らすと、琳琅がまたむすっとしたまま

 

「はいはい、どうせ“食えなくはない”って言いたんでしょ。 分かってます」

 

と先に口走ったが、司馬師はくすっと口元に笑みを零し

 

「いや、美味いな・・・・・・。 これは、お前が作ったのか?」

 

そう言って、琳琅を見る

琳琅は予想外の司馬師の返答に、かぁ・・・・と瞬間的に頬を赤く染めると、それを悟られまいとそっぽを向いた

 

「な、何よ・・・・・・いけない?」

 

その様子が余りにも愛らしくて、司馬師はふっと笑みを零すと

 

「いや? 料理が出来たとは意外だと思ってな」

 

などど、口走っているが司馬師は知っていた

 

毎夜、屋敷に戻ると部屋に暖かい料理が運んであった

今まではてっきり屋敷の料理人が作っていたのかと思っていたが・・・・・・

 

この味は間違いなく、その料理と同じ味付けだった

あれは、琳琅が作っていたのだ

 

そう思うと、自然と笑みが零れた

 

それを見た琳琅は、顔を真っ赤にしたままやはりむっとして

 

「何よ、文句があるなら別に食べなくてもいいんだからね!」

 

そう憎まれ口を零すが、その姿すら愛らしく見える

司馬師は一度だけその瞳を瞬かせると、すっと琳琅の方に手を伸ばした

そして、髪をひとすくいするとそのまま優しく頭を撫でた

 

「いや、折角だからありがたく頂こう」

 

そう言って、料理を口にする

突然頭を撫でられた琳琅は、益々顔を真っ赤にするととうとう俯いてしまった

 

それを見ていた、司馬昭はにんまりと笑みを浮かべて

 

「肉まんは、兄上の好物だもんな~。 な! 兄上」

 

司馬昭がそう言うが、司馬師は無言で食べていた

 

「え・・・・・・?」

 

だが、それを聞いた琳琅はその瑠璃色の瞳を瞬かせた

 

どうりで、司馬昭が肉まんをすすめていた訳だ

だが、好物ともなると味にうるさいのではないのだろうか

 

そう思うと、不安が押し寄せてきた

 

私、味付け大丈夫かしら・・・・・・

 

いつもの作り方をしてしまったので、司馬師好みの味付けではないかもしれない

だが、横の司馬師を見ると無言で食している

 

食べられなくはない・・・・・とういう事だろうか

 

「あの・・・・・・」

 

思わずそう声を洩らすと、司馬師と目が合った

一瞬どきっとして、思わず目を逸らす

 

「なんだ?」

 

司馬師がそう問うてくるが、琳琅はそれ以上司馬師を見ている事が出来ず、やはりそっぽを向いてしまった

 

「あ、あの、さ、別に無理して食べなくてもいいから・・・・・・」

 

そう言うのが精一杯だった

だが、司馬師から返って来たのは異なる返答だった

 

「別に無理はしていない」

 

そう言って、また料理を口に運ぶ

どうやら、本当に無理をしている訳では無さそうだ

それを見た琳琅は、ほっと胸を撫で下ろした

 

ほっとした瞬間、なんだか自分のお腹が空いて来た

屋敷では配膳ばかりしていて、琳琅自身はまだ料理を口にしていなかったからだ

 

私も食べようかな・・・・・・

 

そう思うも、なんだかここでは食べ辛く、箸を伸ばす事が躊躇われた

一度だけ箸を持ったが、そのまま机の上に置いてしまう

 

それを見た司馬昭が、きょとんとして

 

「なんだよ、琳琅。 食わないのか?」

 

「え…あ、うん。 なんか、見ているだけでお腹いっぱいだし・・・・・・」

 

と言い掛けた時だった

ぎゅるるるるると、盛大にお腹の虫が鳴った

 

琳琅がぎょっとして慌ててお腹を押さえる

 

「あ、こ、これは―――――っ」

 

弁明しようとするが、もう遅い

司馬昭が目の前で爆笑し、元姫がそれを見て「子上殿!」と叫んでいる

恐る恐る隣の司馬師を見ると、司馬師は少し驚いた様な顔をした後くすりと笑みを零した

 

「腹が減っているならば、お前も食すが良い」

 

「いや、だから、これは、違・・・・・・っ」

 

そう言い募るが、最早後の祭りだ

とうとう、琳琅は顔を真っ赤にして俯いてしまった

 

それを見た司馬師は、小さく息を洩らすと司馬昭に

 

「昭、隣の部屋から福寿山を取って来こい」

 

「へ?」

 

突然話を振られた司馬昭は、きょとんと目を瞬かせた

すると、傍に控えていた李潤が控えめに口を開いた

 

「司馬師様、それでしたら私が―――――」

 

「いや、昭。 お前が取ってこい」

 

そう言って、もう一度促した

それで全てを察したのか、司馬昭は小さく溜息を洩らすと

 

「はいはい、分かりましたよ兄上。 行こうぜ、元姫」

 

「え? ええ」

 

そう言って、元姫と一緒に隣の部屋に消えて行った

それを確認してから、司馬師が琳琅にそっと触れた

 

「何を腹が鳴ったぐらいで俯いている」

 

「・・・・・・・・・・・・っ 普通、女の子がお腹なったら恥ずかしいものなの!」

 

「・・・・・・そういうものか?」

 

と、あまり興味なさ気にそう答えると肉まんを一切れ千切った

 

「し、子元にはそういうの分からないでしょうけれど・・・・・・! 私は―――― 「こちらを向け」

 

「え・・・・・・」

 

不意に、そう言われたかと思うとぐいっと無理矢理顔を上げさせられた

と、思った瞬間口の中に何かを放り込まれた

 

「むぐ・・・・・・っ」

 

じゅわっと、口の中に肉汁が染みわたっていく

肉まんだ

 

「腹が空いているならば、食せばいい」

 

そう言って、自身も残りの肉まんを口に含んだ

 

「む・・・・・・」

 

無理矢理食べさせられて、琳琅が頬を膨らませると

司馬師は、一度だけその瞳を瞬かせた後

 

「なんだ? 不味かったのか?」

 

「・・・・・・美味しいわよ・・・」

 

琳琅が自分の好みで味付けして作っているのだ

気に入らない訳がない

 

「そうか、なら問題ないな」

 

そう言って、司馬師はまた料理を口に運んだ

それを見ていた琳琅は、もごもごと口を動かしながら両の手で頬を押さえた

 

酷く、頬が熱い

無理矢理食べさせられただけなのに、どうしてここまで頬が熱くなるのか

 

その理由を考えただけで、今までの自分が否定されそうな気がして考えるのが躊躇われた

こんな風に優しくされたら・・・・・・心が許してしまう

 

駄目なのに

本当の自分を晒す訳にはいかないのに・・・・・・

 

いつか、全てを暴かれてしまいそうな気がして、琳琅は両の手をぐっと握り締めた

 

駄目だ

まだ、晒す訳にはいかない

晒せば、いつかきっと後悔する日が来る

 

そう思うも、これ以上演技し続けるのも限界に近かった

 

自分でも気付いている

演技が出来ていない己が、現れ始めている事に―――――

 

それでは駄目なのだ

“任務”をこなすに当たって、本当の自分を晒すのは首を絞める事に他ならない

“任務”に“自我”は要らないのだ

 

だから、“任務中”は本当の自分は隠す

そう決めて今までこなしてきた

 

嫌われる様に

嫌な女を演じ、対象から嫌われる様に仕向けてきた

下手に情が移ってしまう前に、“任務”を遂行する為の手段だった

 

でも―――――・・・・・・

 

それが、がらがらと音を立てて崩れかかっているのを

 

 

 

   琳琅は気付かずにはいられなかった――――・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 続

 

 

そろそろ、本来の姿に戻りつつありますよー

嫌な我儘娘、脱出の時は近し!

 

あー早く、崩したいわー

本性晒してからが、本番でっす!

 

 

 

新:2022.02.05

旧:2014.07.15