◆ 誓いの言霊 紡ぐ契歌:12

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

琳琅はぼんやりと窓の外を見ながら、小さく溜息を付いた

窓の外は十一月だというのに、雪が降っている

 

相変わらず、北の地といのは不便だ

 

特に、“寒い”のが苦手な琳琅にとっては、迷惑以外の何者でもなかった

 

それでも、窓を開け放ったまま夜の中に薄っすらと白く浮かぶ雪を見つめる

 

「寒いのは、嫌い・・・・・・」

 

小さくそう呟くと、袂から小さくて細長い“何か”を取り出した

そして、それを唇にあて空気を吹き込む

 

やはり、音―――は、しなかった

 

いつも、“これ”を吹いた後 少しもしない内に白い梟が現れる

だが、今日は現れなかった

 

もう一度、息を吹き込む

 

音はしない

 

だが、“彼ら”には聴こえている筈だ

その筈なのに――——――やはり、姿を現さなかった

 

「・・・・・・まだ、なんだ・・・」

 

それはつまり、“聴こえる範囲に居ない”と言う事を表す

要は、“姜維からの伝達は来てない”と言う事に他ならない

 

「はぁ・・・・・・・・」

 

琳琅は、また小さく溜息を付くと 寝台の側の机の上に置いていた青色の結い紐を手に取った

今日、司馬師から貰った品だ

白地に金の模様の入った蜻蛉玉が先に付いている とても美しい青色の結い紐

 

琳琅はぶらりとその蜻蛉玉を目の前にぶらつかせるとゆらゆらとゆらした

それを追う様に、彼女の瑠璃色の瞳が動く

 

綺麗な玉だった

 

司馬師は、「たまたま手に入った」と言っていたが、とても「たまたま」の産物には見えなかった

 

細工もしっかりしているし、なによりも職人の魂が宿っている品にしかみえない

おそらく、この紐の部分も一本一本丹念に結われた物だ

そして、この先の蜻蛉玉

使われている素材も、技法も、すべて他ではお目見え出来ない品だ

 

これが「たまたま」の品なのか

 

普段、こういう物を一切受け取らない琳琅でも分かる

これはどうみても、腕の良い職人に作らせた一級品だ

 

わざわざ・・・・・・? 私の為に・・・・・・?

 

あり得無い話だった

何故なら、“嫌われる様に”仕向けているのに

それなのに、自分の為に結い紐を作らせる?

 

そんな筈・・・・・・

 

そこまで考えて、ふとあの出来事を思い出した

無意識に伸びた手が、唇に触れた

 

挑発でも、救命でもない

本当の“口付け”

 

何度も触れられた唇が、彼の感触を覚えている

冷たくて熱い

でも、心の中の何かを呼び起こされる様な感覚

 

何故、あの男はその様な事を自分にしたのだろうか・・・・・・

そして、何故自分はそれを拒めなかったのだろうか・・・・・・

 

今までなら、拒んでいた

 

過去、そういう状態に陥った事が無かったわけではない

むしろ、何度もあった

 

その度に、断り、拒み、拒絶してきた

誰にも許した事は無かった

 

だから、“仕事”の時は“嫌われる様”に仕向けてきた

もう“面倒事”に巻き込まれるのはうんざりだったからだ

 

それなのに―――——――・・・・・・

 

気が付いたら、琳琅の中に司馬師がいた

今まで、姜維以外は誰も居なかった

そして、それが当たり前だと思っていた

 

それなのに―――――・・・・・・

 

『したいから、した』

 

そう言った、彼の顔が 声が忘れられない

 

彼は言った

 

“欲しいものがある”と

それは 極上の“美しい青い宝石”だと言った

 

かなりの過剰評価が入っているとしても、それが何を意味するのかと言う事ぐらい、流石に分かる

 

事もあろう事に、あの男は “琳琅が欲しい” と言って来たのだ

それも、本人に直接

 

どうかしている

 

こんな事、今まで一度だってなかった

 

少なくとも、“こちら” にしてからは無かった

それを回避する為に、“こちら” にしているというのに……

これでは、わざわざ“こちら” にしている意味がない

 

だが、どうかしているのは琳琅も同じだ

 

「欲しい」と言われて、即座に拒絶の言葉が出てこなかった

いつもならば、即刻 拒否している筈だ

 

なのに、何故かその言葉は出てこなかった

むしろ、言われた瞬間、心の蔵が酷く高鳴った

思わず、息を飲んだ

 

心のどこかで、何か感じた事のない“感情”が芽吹こうとした

 

こんなの 知らない

こんな感情 知らない 感じた事も無い

 

結い紐を持つ手に力が篭る

 

こんな感情 知りたくもない

 

そのまま、顔を隠す様に手で覆い隠した

 

知りたくない 考えたくもない

 

「伯約・・・・・・」

 

どうして、連絡をくれないの・・・・・・?

どうして、あの男を殺してはいけないの・・・・・・・・?

 

このままでは、“私”が“私”で無くなってしまう

 

 

 

「早く・・・・・・・・・」

 

 

 

“私”が“私”である内に、早くここから帰して

あの男の側から、離れさせて

 

 

 

   お願い、伯約――――・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      ※               ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「子上」

 

不意に呼ばれ、司馬昭は顔を上げた

振り返った先には、友人・・・・・と呼べるであろう賈充がこちらに向かって歩いて来ていた

 

賈充 字を公閭と言い

曹操の代には、丞相主簿

曹丕の代には、丞相主簿祭酒にまで上り詰めた價梁道(賈逵)を父に持つ

 

元々は曹爽に仕えていたが、曹爽失脚後に一時免職となるが、復職後は司馬氏の腹心として活動していた

特に司馬昭とは仲が良く幼馴染でもあった

 

賈充の顔を見た瞬間、司馬昭は苦虫を潰した様な顔をした後、そそくさと逃げる様に

 

「あ~と、俺これから用事が―――――「子上」

 

「あるんだよなぁ~」という言葉は、賈充の冷え切った声で打ち切られてしまった

瞬間、「う・・・・」 と司馬昭が唸りながら、観念した様にはぁ~~~と溜息を付いた

 

「あーもう、分かってるよ! 仕事しろって言いたいんだろ? 行くよ、行きます」

 

賈充の言わんとする事を察した等に、はいはいと手を上げながら賈充の横を通り過ぎようとした時だった

 

「あの女はなんだ」

 

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

一瞬、何を言われたのか分からず、司馬昭が目を瞬きさせた

 

おんな・・・・・・???

はて、誰の事だろうか・・・・・・・・・?

 

元姫・・・・の事ではないのは明白だった

 

むしろ、賈充は元姫と一緒に司馬昭の尻を叩いている立場だ

その元姫の事を「あの女」呼ばわりするとは思えなかった

 

じゃ、誰だ・・・・・・?

 

と、思った瞬間、一人の少女の姿が脳裏を過ぎった

瑠璃色の瞳をした美しい少女

 

「あー」

 

可能性として一番高い彼女の事を思いだし、司馬昭が声を洩らした

それを見た賈充が、小さく息を吐いた

 

「誤魔化すな。 司馬師殿やお前の周りを、最近うろうろしている女の事だ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

もう、これはもう絶対琳琅の事だった

よくよく考えたら、賈充には琳琅の事を説明していなかった

 

というか、まさか司馬師の命を狙いに来た刺客だとはとても言えなかった

もし、そんな事を言えばきっと血を見る事となる

 

「あ~と、それは――・・・・だな」

 

何と言うべきか・・・・・・・・・

やはり、ここは適当に新しい侍女とでも言って誤魔化すべきか――――

 

と、考えあぐねいている時だった

運命とは、時として残酷である

 

「昭?」

 

今、一番聴きたくない かつ、来てほしくない人物の声が聴こえた

その声を聴いた瞬間、ぎくりと司馬昭の顔が引き攣った

 

彼をこの世で「昭」と呼ぶのは亡き父と、そして兄・司馬師

後はただ一人、彼女―――琳琅だけだ

 

「“昭” だと?」

 

だが、賈充がその呼び名にいち早く反応した

 

司馬昭の“昭”は諱であり、本来であれば親(一部、兄弟)や主君などのみに許され

それ以外の人間が諱で呼びかけることは極めて無礼なのである

その代り字というものが存在し、親しい者などはその字を呼ぶ事はある

 

普通に考えたら、親族でも主君でもない物が諱を呼ぶなどあり得ないのだ

 

なのに、賈充に耳に入った声の主は司馬昭の事を諱で呼んだのだ

しかも、見ればここ最近うろうろしている見知らぬ女ではないか

 

瞬間、賈充の表情が険しくなる

それを見た瞬間、司馬昭が慌てて琳琅と賈充の間に割って入った

 

「あー!! 待った待った!!」

 

今にも得物を抜かんとする賈充を止める様に、司馬昭は琳琅を背に庇った

 

「子上、その女はなんだ」

 

一等低くなった声に、司馬昭がごくりと息を飲む

 

「あ~ええっと・・・・・・彼女は、琳琅って言って・・・・・・、その~兄上の――客人?」

 

なんとも苦しい言い訳だ

 

「司馬師殿の客人だと?」

 

訝しげに賈充が眉を寄せた

それから、じっと琳琅を見た後に小さく息を吐いた

 

と、その時だった

今まで黙っていた琳琅がすっと司馬昭の横を通り抜けて前に躍り出た

 

「お、おい! 琳琅!!」

 

司馬昭の制止も聞かずに、琳琅は賈充の前に出るとにっこりと極上の笑みを浮かべた

 

「ああ・・・・・・貴方が、賈公閭なのね。 噂は大体聞き及んでいるわ」

 

一瞬、ぴくりと賈充の眉が反応する

 

すると、琳琅はさらににっこりと笑みを深くする

 

「初めまして。 私は琉 琳琅。 子元の命を狙いに来た刺客なのよ」

 

 

 

 

 

「ぎゃ――――――――!!!!!」

 

 

 

 

 

瞬間、司馬昭が真っ青になって叫んだ

 

「ばっ・・・・・・! 琳琅!! 何言って―――――・・・・・・っ!!!」

 

慌てて琳琅の口を塞ごうと手を伸ばすが、あっさりと彼女に手によって遮られた

 

「昭、隠すだけ無駄よ。 遅かれ早かれいつかは知れる事よ。 だったら、最初から宣言しておいた方がいいでしょ」

 

そう言って、琳琅は一度だけその瑠璃色の瞳を瞬かせた後、一歩前に出た

そのまま、ゆっくりと賈充の横を通り過ぎる

 

そして――――

 

「公聞? せいぜい守りたければ守ればいいわ―――——―私の手からね」

 

それだけ言い残すと、そのまま去っていった

その去る姿をじっと、賈充は無言のまま見つめていた

 

その時間があまりにも不自然で、司馬昭がおそるおそる賈充を覗き込む

 

「お、おい、賈充・・・・・・?」

 

瞬間、賈充がくっと喉の奥で笑った

 

「くくく・・・・・・司馬師殿のお命を狙う輩か・・・・。 それを堂々と宣言するとは、・・・・・・面白い女だ」

 

そう言うと、声を上げて笑い出した

司馬昭は、何故賈充が笑い出したのか理解出来ず、ただ首を傾げるばかりだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      ※               ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司馬師は小さく息を吐くと、ことん・・・・と持っていた筆を置いた

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

流石に何時間も書簡をまとめていたせいだろうか、瞳に疲労を感じる

ぐっと、目を押さえるとそのまま息を吐いた

 

ふと、外を見るともうすっかり暗くなっていた

 

司馬師はゆっくりと立ち上がると、そのまま窓辺に近づいた

そして、そのまま窓を開け放つ

 

びゅう・・・・! という音と共に、一気に風と雪が室の中に入って来た

 

「また、今夜も降っていたのか・・・・・・」

 

ここ最近は、いつも降っている気がする

だが、積もる程ではない

はらはらと、粉雪が降り続けているだけだ

 

そういえば―――——―

彼女と初めて出会った夜も雪が降っていた

 

「・・・・・・・琳琅・・・・か」

 

名を、琳琅と言っていた

偽名か本名かは知らない

だが、真っ白な雪の中、窓辺に寄り掛かる様にいるその姿は 美しい死神だと思った

 

今でも鮮明に思い出す

 

雪の中にいて、はっきりと分かる目鼻のくっきりとした整った顔

長く艶のある漆黒の髪

それを飾る、碧色の結い紐

 

そして、何よりも目を惹くのはその瑠璃色の瞳

美しい少女の姿をした“それ”は、真っ白な雪の中に佇む美しい“死神”そのものだった

 

今思えば、あの瞬間 自分の心は刈り取られていたのかもしれない

 

だが、それを認めたくは無かった

何故なら、相手は自分の命を狙いに来た敵国の刺客なのだ

そして、あの自己中心的な我儘っぷり

 

到底、今まで司馬師の傍にいた女共とはまったく異なる未知なる存在だった

 

はっきり言って、苛付いたし、腹も立った

が、同時に興味も惹かれた

 

だが、いつからだろう

それは、彼女の偽りの姿だと気付いたのは

 

何度も感じる違和感

不自然さ

 

時折みせる、真実の姿があまりにも自然で

 

 

 

――――――気付いた

 

 

 

ああ・・・・・・これは、こういう風に見せる様に演じている(・・・・・)のだ・・・・と

恐らく、防衛も兼ねてだろう

 

それはそうだ、敵国に侵入するのに本当の自分をさらけ出してくる者などほとんどいない

皆、自身を偽って侵入する

 

彼女も“それ”なのだ

 

だから、妙な違和感を感じていたのだ

 

恐らく、彼女の真実の姿はもっと繊細で素直だ

だが、姜維への忠誠心は恐らく本物だろう

 

姜維とどういう関係かは知らない

彼女は、自分の全ては姜維の物だと言った

命も、身体も、心も――——――全て

 

それが、何を意味するのか

 

だが、分かっている事が一つ

姜維は、彼女には手を出してはいない――——――という事だ

 

「ふ・・・・・・・・・」

 

司馬師は、微かに口元に笑みを浮かべた

 

だが、そう言っていられるのも今の内だけだ

 

私は、欲しいものはすべてこの手で手に入れてきた

そして、これからもそうする

 

手に入れたならば――――

 

 

 

 

 

   「―――――――――二度と、奴の元へは帰さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて・・・・・・元は10話目の内容です

ま、こっからはなんか文字数ふつーに戻っていたのでwww

1話(旧)⇒1話(Rewrite)で 大体いけそうwww

 

中編なんでね、さくさく進まないとwwww

展開はwww

 

 

 

 

 

新:2022.02.05

旧:2011.04.18