華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 9

 

 

 

「―――――沙紀!!」

 

声だけが、反響する

 

「何処だ!!? 沙紀!!」

 

暗闇の中、彼女の名を呼ぶ鶴丸の声だけが、響いた

だが、沙紀の姿はなかった

 

 

――――——―護ると

護ると誓ったのに―――――――――

 

沙紀がいないだけで、こんなにも不安になる

一人は慣れたはずだった

だったのに――――

 

 

 

『りんさん』

 

 

 

彼女にそう呼ばれるのが嬉しくて

自分の名を呼び、微笑んでくれるのが、心地よくて

 

忘れそうになる――――

――――己は、刀の付喪神に過ぎない事を

 

 

それ、でも

たとえそうだとしても……おれ、は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

視界に入るのは、見慣れた天井だった

鶴丸は、ゆっくりと身体を起こそうとする

が――――・・・・・・

 

「――――――――・・・・・・っ」

 

身体中が軋むような痛みに襲われて、そのままどさっとその場に崩れ落ちる

 

く・・・・・・っ

後遺症か・・・・・・・・・・

 

無理もない話だ

審神者でもない、付喪神の自分が転移装置の負荷をすべて賄ったのだ


まいったな・・・・・・

 

これでは、身体が思う様に動かない・・・・・・

だが、ここで、時間を無駄にするわけにはいかなかった

 

早く、沙紀を探さないと・・・・・・

 

そう思い、おぼつかない脚で立とうとするが、

上手く立つことすらままならなかった

 

その時だった

 

「鶴丸!!! そんな身体で何処へ行く気だ!!?」

 

不意に、長谷部が水差しを持って現れた

厄介なのに見つかったなぁ・・・・・・

などと、内心思いつつ、声のした方を見る

 

すると、そこには仁王立ちする長谷部と、こんのすけがいた

 

こんのすけが、てててて・・・・・・と、歩いてきて、鶴丸の側にくる

 

「今、動かれては駄目ですよ、鶴丸殿。 下手したら本体(刀)と魂が分離してしまいます」

 

「こんのすけ・・・・・・」

 

そんな事、言われなくともわかっている

初めのころ、小野瀬に口を酸っぱくして言われ続けた

 

分離すれば、刀から神が宿らなくなる――――つまりは、存在がなくなるということだ

このことは、他の奴らには話してない

のに・・・・・・こんのすけが、「これ」を言うという事は・・・・・・

 

「・・・・・・長谷部に話したな。 こんのすけ」

 

原因は火を見るより明らかだった

 

「まったく!!」

 

長谷部がだんっと水差しを置いて、横に座る

 

「こんのすけが、呼びに来たんだ。 ・・・・・・肝が冷えたぞ」

 

はぁ・・・・・と、重い溜息を洩らす

それはそうだろう、出陣全員したのかと思いきや・・・・・・

こんのすけに呼ばれて転送装置に行ってみたら、鶴丸が倒れていたのだ

 

事情を聴けば、鶴丸が審神者の代わりをしたという

本来、”審神者”―――つまり、沙紀が転送した場合、その負荷は”審神者”をとおして、他に流れるようにシステムが組まれている

その為、沙紀が転送を行ったとしても、大して被害はない

が、それ以外・・・・が行った場合は、話が別だ

 

あくまでも、本丸のシステムは審神者を中心に組み込みしてある

それなのに、外部から干渉した場合、流れる筈の“負荷”が全てその者にかかる仕組みになっているのだ

 

勿論、鶴丸はその事は知っていた

知っていたが、このことを知っているのはこの本丸では、鶴丸とこんのすけぐらいだ

他の者には話していない

 

もし、あそこで話していたら皆、鶴丸を止めただろう

だが、それでは困るのだ

 

何を犠牲にしても、沙紀のいる可能性ある時代へ飛んでもらわねばならなかったのだから

 

長谷部は、また大きな溜息を洩らすと

 

「・・・・・・政府に掛け合って、どうにかしてもらうのじゃダメだったのか?」

 

と、そこまで聴いて鶴丸はかぶりを振った

 

「政府は駄目だ。 今回の件に関しては当てにならない」

 

「・・・・・・? どういうことだ?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

ここまで言ったら、話さないわけにはいかない

鶴丸国永は小さく息を吐くと

 

「今回の”任務“に関しては三老が関わっている」

 

「三老?」

 

「政府のトップにいる、ごうつくばりのじじいどものことさ。 あのじじいどもの決定には誰も逆らえない」

 

鶴丸は観念し長谷部にすべてを話した

 

今回の“任務”は“微弱な干渉”ではなく、特Aレベルの任務である事

本体ならば特Aクラス以上の審神者が担当するという事

本来、初任務前に行われるはずの”華号“の授与式が行われていない事

“華号”がないと“審神者”としての力は基本行使することは出来ない事

 

なにもかも、めちゃくちゃだった

話を聞いていた長谷部の表情がどんどん険しくなる

 

「つまり、本来 主に渡されるはずの”華号“とやらも授与せず、その上で見合ってない任務をあてがったというのか!!?」

 

長谷部に怒りももっともだった

鶴丸ですら、小野瀬を問い詰めたぐらいだ

 

「すべては、三老の命令だ、―――それは間違いない」

 

不意に、長谷部が何処からともなく刀を取り出し

 

「斬ってくる」と、刀を抜いたものだから、「まてまてまて!!」と、鶴丸が止めたのは言うまでもない

 

「斬れるんなら、とうの昔に俺が斬ってるさ。 だが、あのくそじじいどもだけは斬れないんだよ……何故かはわからないがそうプログラムされてるんだ」

 

そう言って、鶴丸は小さくため息を付いた

 

「今回の出陣命令の思惑は…沙紀の・・・・・・というか、“神凪”の力を見定めようとしてるんだろう。 だから、“華号”すら許可しない」

 

鶴丸はゆっくりと身体を起こすと

 

「だから……早く、行ってやらねぇと……何が起こるかわからないんだ…」

 

そう言って、立ち上がろうとするが、うまく立てずよろけてしまう

慌てて長谷部が手を出した

 

「だからって、今すぐは無理だ!! せめて、まともに立てる様になってから言え!!」

 

「そうです、鶴丸殿!! 今、無理は禁物です!!」

 

こんのすけもぴんっと尻尾を立てて叫んだ

 

「時間移動の負荷の後遺症なら少し休めは良くなります!! ・・・・・・そりゃぁ、一番は手入部屋で主さまに治していただくのが一番早いですが……」

 

その肝心の”審神者“が、今いないのだ

 

とどのつまり、自然治癒を待つしかない

他に方法はないのか・・・・・・?

 

そう思った時だった

 

「あ」

 

ふと、何かを思い出したかのように鶴丸が声を上げた

 

以前も似たようなことがあった

そう――――政府に厄介になった初期のころ

あの時、確か―――・・・・・・

 

「長谷部」

 

ふいに、部屋を出ていこうとしては長谷部を呼び止める

長谷部が訝し気に「なんだ?」と振り返った

そうだ、一つだけ方法がある

鶴丸は苦笑いを浮かべて「俺を鍛刀部屋まで連れて行ってくれ」と言ったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――天正7年7月・丹波 山姥切国広部隊

 

山姥切国広の部隊は森の中にいた

 

辺りの木々を入念に見ていく

森の奥に入ると、何かと戦った後の様なものがちらほら見えた

それに、この気配の残りかすは――――……

 

「山姥切」

 

不意に、奥の方を見に行っていた薬研藤四郎が戻って来た

 

「どうだった?」

 

山姥切国広がそう尋ねると、「ああ・・・・・・」と、薬研が答えた

 

「少し前ぐらいに、ここで何ら一体何かと争った形跡があるの。 ―――ただ、それ大将たちかまでかはわからないが・・・・・」

 

「そうか・・・・・・」

 

だが・・・・この気配・・・・・・・・・・

 

「ただいま~」

 

不意に、髭切と膝丸が戻ってきた

 

「そっちはどうだった?」

 

薬研がそう尋ねると、髭切は「うん」と答え

 

「そうだね~~こっちの方にも、何か争った形跡はあったけど……」

 

「けど?」

 

すると、髭切はあっけらかんっと

 

「ここって、座標?が間違ってなければ 戦国時代真っただ中だよね? 単なる戦の跡とも取れるよね~って思って」

 

そうなのだ

そこが厄介なのだ

 

鶴丸の渡してきた簡易転送装置にも“TS1579.07.07”と記されているだけだ

正直、何意味しているのか、皆目見当もつかない

 

山姥切国広が悩んでいると膝丸が

 

「とりあえず、あそこに見える町に行ってみないか?」 

 

そう言って、山間に見える町を指さした

 

「そうだな・・・・・・」

 

何をするにでも、情報が少なすぎる

町へ降りて、情報収集するのが無難か・・・・・・

 

出来る限り、現地の人間と関わり合いになることは避けたいが

これでは、沙紀達を探すどころではない

まずは、自分たちが本当に天正七年の七月の丹波に飛ばされているのか確認しなければ―――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――天正7年7月・京 三日月宗近部隊

 

 

「ふむ・・・・・・」

 

気が付けば、森の中に一人

周りには燭台切の気配も、大倶利伽羅の気配もない

 

鶴丸に渡された転送装置をみる

記されている文字は―――――“TS1579.07.07”

 

「ふむ…位置・・間違ってはない・・・・・・・ようだな・・・・・・」

 

それだけ言うと、三日月は懐から何かを取り出した

 

「・・・・・・機械系統は苦手だが、仕方あるまい」

 

そう言って、取り出したそれを軽く触る

瞬間、ぱぱぱぱっと辺り一面に大小様々なパネルが映し出される

そこには、色々な文字や記号などが記されていた

 

「さて・・・・・・・・・」

 

ついっと、慣れた手つきでパネルを動かしていく

そこから、少し大きめの日本地図を手繰り寄せる

点滅している先は―――――

 

「ふむ・・・・・京で間違いなさそうだな」

 

そこを軽く押すと“天正七年七月”という文字が出た

 

どうやら鶴丸の送った先は間違っていないようだったが・・・・・・

あの状況下で、合計七人も送ったのだ

鶴丸とて無事では済まないだろう

 

当面は動けない可能性が高い

となると―――――・・・・・・

 

まずは、主の所在の確認と

後は・・・・・・

 

「あ―――――! いた!! 三日月さん!!」

 

不意に、森の奥から声が聴こえて、三日月がさっとパネルと閉じる

振り返ると、森の奥の方から燭台切が走ってきた

その後ろで、大倶利伽羅が歩いてく

 

三日月は気づかれない様に、そっと手に持っていた“それ”を仕舞うと

 

「おお、燭台切に大倶利伽羅。 探したぞ」

 

そう言ってにっこり微笑むが

燭台切は、はぁ・・・と、ため息を洩らし

 

「探したのは、こっちだよ…三日月さん。 気が付いたらいないんだから」

 

と、言うものだから 三日月は一度だけ大きくその三日月色の瞳を瞬かせ

 

「おお、それは、すまんな」

 

と、ころころと笑いながら答えた

 

すると、大倶利伽羅が

 

「で? ここは何処なんだ?」

 

そう尋ねてくる

だが、燭台切にはわからないのか

 

「さぁ・・・・・僕もさっぱりだよ。 三日月さんわかる?」

 

そう三日月に尋ねると、三日月はあたかもさっき聞いたかのように

 

「ここは、京に続く道だそうだぞ? ほれ、あそこに見えるのが京の都だそうだ」

 

そういって、山間から見える町を指さした

碁盤の目の様な形をした大きな町―――――都だった

 

「あれが―――京の都・・・・・・」

 

燭台切がごくりと息を飲んだ

すると、何も言わず大倶利伽羅がそちらに向かって歩き始めた

 

「ちょっ、伽羅ちゃん! どこ行くのさ!!」

 

言われて大倶利伽羅が振り返る

 

「・・・・・・行くんだろう? あそこ」

 

と、都の方を指さした

 

確かにここにいても仕方ない

沙紀を探すにしても情報が少なすぎる

 

「三日月さんも、それでいい?」

 

燭台切がそう尋ねると、三日月が「構わぬ」と答えたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――同時刻・丹波 亀山城

 

何故か、沙紀達は亀山城に招かれていた

先ほど助けた子供たちが是非にと言ってきたのだ

日も暮れかかり始めていたし、何よりも寝る場所の確保も食事に何も考えていなかったので、ありがたく、お言葉に甘えさせていただいただが・・・・・・

 

一期一振が少し難しい顔をして

 

「先ほどの子は明智の子と申しておりましたが・・・・・・、明智とはあの明智光秀の事でしょうか?」

 

「それ以外誰がいる?」

 

大包平がそう答える

沙紀も、少し難しそうな顔をして

 

「そう、ですよね・・・・こんな風に直接干渉していいのでしょうか?」

 

そこが、不安だった

歴史上の人物との接触は極力避けたい

 

だが、大包平は違っていた

 

「お前ら、もっと重大な事があるだろうが! そっちの方が問題じゃないのか!?」

 

「重大な事・・・・・・? ですか?」

 

沙紀が不思議そうに尋ねる

 

すると、大包平は大きな溜息を洩らし

 

「あのガキは何と言ったか覚えているか?」

 

言われて彼の言葉を思い出す

 

「確か・・・・・・明智光秀の一子で、名は兄の方が十五郎、妹の方が玉子と――――・・・・・・」

 

「そこだ!!!」

 

「「?????」」

 

大包平の言わんとすることがわからず、二人が首を傾げる

それを見た大包平が「本当に気づいていないのか?」と尋ねてきた

 

「・・・・・・玉子様は、あの、ガラシャのことですよね?」

 

恐る恐る沙紀が尋ねると、大包平が「そうだ」と答えた

 

「十五郎は――――あ!!」

 

そこまで言いかけて一期一振が声を荒げた

 

「やっと、気づいたのか、馬鹿が。 そうだ――光秀の子の十五郎と言ったら光秀の長男・明智光慶の事だ」

 

「本来であれば、光慶が生まれたのは永禄十二年、そして三女のガラシャが生まれたのは――――・・・・・・」

 

ごくり・・・・・・と一期一振が息を飲み

 

「永禄六年・・・・・・」

 

「あ・・・・・・」

 

流石の沙紀もそこで気づいた

 

「では、本来ならば、十五郎様の妹ではなく・・・・・・姉・・・・・・?」

 

「そういうことだ」

 

「まさか・・・・・・」

 

沙紀がはっとする

大包平が小さく頷く

 

「そうだ、この時代は既に歴史が変わっている―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怒涛のまさかの展開www

いや、勘の良い方は既にお気づきでしょうけど

ガラシャは妹ではなく、姉の筈ですね~(ΦωΦ)フフフ…

 

 

2020.09.04