華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 10

 

 

――――――――丹波 亀山城

 

 

この時代は既に歴史が変わっている―――――

 

 

まさかの事実に、沙紀がその躑躅色の瞳を大きく見開いた

 

「まさか、そんな――――・・・・・・」

 

それでは、この時代は既に時間遡行軍の攻撃が成功している―――という事になる

こんのすけは、言っていた

「微弱な反応」だと

 

既に歴史に変化が訪れているのに「微弱」というだろうか・・・・・・

 

最初にスクリーンで見せてもらった時に感じた違和感の正体はこれなのだろうか・・・・・・?

沙紀が考え込む様に、押し黙る

 

なにか・・・・・・

歴史を正常にする方法は――――・・・・・・

 

「あの、もしこのまま“ここの歴史”が変わった状態が続くとどうなりますか?」

 

一期一振が、思い余ったように大包平に尋ねた

すると、大包平は少し言い辛そうに

 

「このままガラシャが細川に嫁に行けばそこまで変わったとは判断されず、そのまま様子を見るようになる、 だが―――本来ガラシャが細川 忠興に嫁ぐのは、天正六年の八月・・・・・・そして“ここ”は天正七年の七月―――。 本来ならガラシャは既に嫁いでいるはずだ」

 

「ですが、“ここの”玉子様は、まだ十歳ぐらいですよね? 今から嫁ぐにはあと数年はかかるかと・・・・・・」

 

沙紀がそう尋ねると、大包平は小さく頷いた

 

「それだけじゃない。 ガラシャが忠興に嫁ぐ経緯は織田信長からの命によるものだ。 しかし、明智光秀は天正十年の六月に本能寺の変を起こして信長を討っている。 光秀の中で今から不信感が募っていく事象が起こる可能性は高いというのに・・・・・・いくら主君命とはいえ、娘を政治の道具として嫁がせるか?」

 

「・・・・・・それは・・・」

 

思わず沙紀が黙りこくってしまう

普通に考えて、光秀がそれを受け入れるか――――

とても、そうは思わなかった

 

そうなると“細川ガラシャ”という、歴史上の名前は姿を消す

 

それに何の意味があるのか――――・・・・・・

何故、歴史修正主義者は、その部分を変えた?

何のために・・・・・・?

 

「これは、あくまでも推測だが・・・・・・」

 

大包平が、懐から端末を取り出す

そして、慣れた手つきでぱぱっとパネルを表示させていく

 

「細川ガラシャの最期は知っているか?」

 

大包平のその言葉に、一期一振が

 

「確か・・・秀吉亡き後、徳川と豊臣で戦力が割れるはずですよね? そして―――細川忠興は徳川側にいた筈―――」

 

「そうだ、忠興が上杉討伐に向かった折に、石田三成 率いる豊臣勢に細川屋敷を囲まれる。 ガラシャを人質にする為にな。 だが、ガラシャはその身を人質にすることはせず、諸説あるが―――死んでいる。 そして、それを知った三成がその後、諸大名の妻子を人質に取る戦略をやめさせている」

 

「それは――――」

 

「あの時代、親や子・妻を人質に取るのはかなり有効な作戦とされていた。 同盟などにも使われるほどだ。 それを一切禁じたのだ。 もし、細川屋敷を取り囲んだ時、それがガラシャでなければ―――」

 

「三成がその後、諸大名の妻子を人質に取る戦略をやめさせることはなかった・・・・・・?」

 

「あくまでも可能性の一つだ。 だが、もしそうだとしたら西軍はもっと有利に事を運べたのではないのか?」

 

大包平の話す仮説は、限りなく真実味を帯びていた

 

「では、此度の出陣は――――」

 

「最終的にはわからぬが・・・・・・関ヶ原で東軍と西軍の勝敗を逆転させる―――」

 

「まさか…!」

 

そんな今この時代よりも二十年以上も先の話しだ

いくらなんでも、飛躍しすぎではないだろうか・・・・・・

 

「考えすぎ―――そう思うか?」

 

大包平の問いに、沙紀は答えられなかった

だが、他に理由が見つからない

 

歴史を変えようとすれば、「抑止力」が働くはずである

だが、もしそれすらも潰されてしまったら・・・・・・?

 

事態は、悪化の一歩を辿るのではないだろうか・・・・・・?

 

「もし、関ヶ原で西軍が勝ったら? もし、山崎で光秀が秀吉に勝っていたら? もし、本能寺で織田信長が死ななかったら・・・・・・?」

 

「それは・・・・・・」

 

「全て、可能性の話だ。 だがそれが奴らのやり方だ。 そしてそれらをことごとく潰していくのが―――俺たち、刀剣男士の役目であり、審神者であるお前に課せられた使命だ」

 

 

 

――――――歴史を守る

 

 

 

それが、審神者であり、自分のやるべきこと――――

ぎゅっと、沙紀が手を握りしめた

 

「どう――すれば、よいの、で、すか・・・・・・?」

 

沙紀が、声を震わせてそう大包平に尋ねる

すると、大包平はさも当然の様に

 

「まずは、本丸のやつらとの連絡だな。 ここは、来る予定だった任務の地なのか?」

 

「予定では、天正七年の七月の丹波に出陣する予定でした」

 

一期一振がそう答えると、大包平が「そうか」と頷いた

 

「なら、一応・・ 座標は合っているようだな・・・・・まぁ、あの本丸の転送措置がここにロックが掛かっていたのが謎だが・・・・・・」

 

「誰かが意図的に・・・・・・? という事でしょうか?」

 

「それは、わからん。 が、少し気になることがある」

 

そう言って、大包平は腕を組んだ

 

「普通、歴史の変わってしまった・・・・・・つまり、歴史修正主義者の攻撃を阻止出来なかった“歴史”は、“封鎖”されるんだ。 その空間ごとな。 言い方を変えるなら、それ以上被害が広がらない様に―――とか言っているが、要は隠蔽するって事だ。 この事は政府機関内でも上層部しか知らない」

 

「え!?」

 

まさかの大包平からの回答に、沙紀の顔が凍り付く

以前、小野瀬が言っていた

 

歴史修正主義者は「パラレルワールド」を作ろうとしているのだと・・・・・・

つまり、ここは・・・・・・

 

「“パラレルワールド”・・・・・・」

 

ぽつりと呟いたその言葉に、大包平が反応する

 

「ほぅ・・・・、その話を知っているのか? お前は」

 

大包平からの問いに、沙紀は静かに頷いた

 

「以前、小野瀬様が仰っていました。 “歴史修正主義者はパラレルワールドを作ろうとしている”のだと・・・・・・」

 

「そこまで知っているなら話は早い。 そうだ、ここは“細川ガラシャが存在しない予定のパラレルワールド”だ。 おそらく、間違いない」

 

「そんなっ!! では、我々は・・・・・・」

 

一期一振が珍しく、声を荒げた時だった

大包平が、しっと口元に人差し指を立てた

 

「・・・・・・・・・・・・!」

 

瞬間、一期一振も何か感じた様に、“そちら”の方を見る

そして、すっと沙紀を護るように自身の位置をずらす

 

それを見てから、大包平がすくっと立ち上がると、ばんっと思いっきり障子戸を開け放った

左右を確認して、庭の方も確認する

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

大包平が、神経を研ぎ澄ませて辺りを見渡している時だった

 

 

 

  り―――――・・・・ん

 

 

 

「あ・・・・・・」

 

不意に、沙紀の耳に鈴の音が聴こえた“気がした”

 

「どうした?」

 

「あ、いえ・・・・・・今、鈴の音が・・・・・・」

 

「鈴?」

 

大包平が首を傾げる

耳を澄ますが、そんな音は聴こえない

聴こえるのは、虫の音だけだ

 

「・・・・・・・・・逃げられたか」

 

「ちっ」と、舌打ちをしながら、大包平が開け放った障子戸を閉める

 

「あの・・・・」

 

沙紀が二人の意図が読めず、そう声を洩らした時だった

 

「大包平殿・・・・・・今のは―――・・・・」

 

「ああ・・・・間違いない。 誰かが“覗いて”いたな」

 

「え? ですが・・・・・・」

 

人の気配はなかった

聴こえたのは鈴の音だけだ

 

「“視ていた”のは“この空間”のやつじゃない。 ・・・・・・おそらく、三老かそのあたりの連中だろう」

 

予想は容易についた

というか、こんなこと出来るのは、あのじじどもしかいない

 

「三老・・・・・・?」

 

初めて聞くその言葉に、沙紀が首を傾げる

一期一振も、沙紀と大包平を見て

 

「三老とはどなたでしょうか?」

 

「ああ? ああ・・・・・お前らはまだ知らんのか。 政府のトップにいるくそじじいどもだ」

 

「“くそじじい”とは、また穏やかではありませんね・・・・・・」

 

一期一振が冗談めかしてそう言うと、大包平を見てにっこりと微笑んだ

 

「その三老の方々は、沙紀殿に危害を加えたりはしないのですか?」

 

「・・・・・・・・・・・どうだろうな。 こんな空間に無理やり押し込む奴らだ・・・。 直接手は下さずとも、やり様なんて幾らでもあるからな」

 

そう言って、大包平が苦い顔をする

 

「それはそれは・・・・・・」

 

一期一振の笑顔が怖い

 

「とにかく!! まずは、ガラシャの件もだが“この空間”から出ることを最優先に考えろ!! でないと、外から“閉じられたら”もう、二度と“ここ”から出られなくなるぞ!!」

 

「え・・・・・・」

 

「最悪の場合の話だ。 ・・・・・・まぁ、一応こちらには“審神者お前”がいるからな、空間をこじ開けることも出来なくはない―――が・・・・あ~“華号”の授与はまだだったな・・・・・そういえば」

 

「華号?」

 

また聞きなれない言葉が、出てきた

 

「・・・・・・それも知らんのか。 “華号”は、いわゆる“本丸の紋”みたいなものだ。 本来ならば、“審神者”就任と共に授与される代物だ。 “華号の授与式”を受けて、初めて“審神者”は力を使うことが出来る」

 

「え・・・・ですが・・・・・・」

 

沙紀はそんなもの受けていない

それ以前に、そもそも、そんな話も聞いていない

 

困惑した様な沙紀に、大包平は「はぁ・・・・・・」と、ため息を洩らし

 

「まぁ、お前は よく知らんが、色々規格外らしいがな。 小野瀬の話が本当ならば」

 

「・・・・・・小野瀬様をご存じなのですか?」

 

「知ってるも何も、俺はその小野瀬にあの本丸に送られたんだ。 助っ人がどうとかよく分らんことを言っていたが・・・・聞いてた話と違うようだしな」

 

「・・・・・・・・・・・・?」

 

沙紀が、不思議そうに首を傾げる

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

大包平が沙紀を見る

 

どこからどう見ても、見た目は普通の美しい少女に見えた

まぁ、若干「箱入り」の様な気もしなくはないが・・・・・・

 

だが、先ほど使った術式といい、彼女の持つ計り知れない霊力といい、その雰囲気もだが・・・・・・それは、同年代の“少女”が持つものとは明らかに違っていた

 

“人”よりも“こちら側”―――つまり、“神”に近い人間に感じる――――・・・・・・

 

彼女は、何者だ・・・・・・?

何故、三老は彼女に“華号”も与えずに、特Aランクの任務を与えた?

 

もし、彼女が―――沙紀が“鶴丸が言っていた”少女だとしたら――――・・・・・・

 

 

肝心の鶴丸が何処にもいないじゃないか!!!

 

話が違う!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、夢主サイドだけで終わったぜww

大包平がいてくれて助かった!!!

説明役www

この後、鶴サイドでちょとややこし事するので・・・・・・

まぁ、特命である「放置されるはずの世界」って認識でおk

 

2020.10.03