華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 11

 

 

 

――――― 本丸・鍛刀の間

 

ギギギギ・・・・・と、鶴丸を抱えている長谷部が鍛刀部屋の戸を開ける

日が暮れているせいか、中は真っ暗で、何も見えなかった

 

「こんのすけ、明かりを――――」

 

長谷部がそう言い掛けた時だった

鶴丸がぐっと、長谷部の背を押した

 

「鶴丸?」

 

「いいから、そのまま進め」

 

「・・・・・・? あ、ああ・・・」

 

鶴丸の言わんとする事はよくわからないが、長谷部は言われるがままに鶴丸を抱えて部屋の中に一歩足を踏み入れた

 

―――――瞬間

 

ぼぅ!!! と、まるで鬼火の様な真っ赤な炎が入り口の両脇に設置されている行燈に灯った

 

ぎょっとして長谷部が思わず、鶴丸を落としそうになる

 

「お、おいおい・・・勘弁してくれ・・・・・・」

 

一応、重症に近いのだから、もう少し優しく扱って欲しい

 

「す、すまん・・・・・」

 

長谷部が申し訳なさそうに、鶴丸に謝る

だが、鶴丸はさほど気にした様子もなく、長谷部の方を見ると

 

「悪いが長谷部、そのまま進んでくれ。 明かりなら“灯される”」

 

「・・・・・・“灯される”??」

 

鶴丸の言わんとすることがよくわからず、長谷部が首を傾げる

普通に考えたら、“鍛刀部屋こっち”ではなく、‟手入部屋”ではないのだろうか?

そんな疑問が浮かぶが・・・・・・

鶴丸ははっきりと、“鍛刀部屋”と言った

 

この部屋は、沙紀以外の者はほとんど立ち入らない

つまり、沙紀がいないのに、ここで出来ることなどない筈なのだ

なのに、鶴丸は一体何をしようというのか・・・・・・?

 

「長谷部・・・・急いでくれ、時間が惜しい」

 

「あ、ああ・・・・」

 

よくは変わらないが、とりあえず言われるがまま真っ直ぐと足を進めた

すると――――

 

長谷部が歩を進めるごとに、壁際の行燈が音を立てて灯されていく

気が付くと、長谷部は部屋の中央と思しき、神台の前まで来ていた

そこには、いくつもの鏡と鈴、そして――――――

 

その真ん中にはまっすぐで美しい刀身が一振あった

 

まだ、神の宿っていない刀だ

 

鶴丸は、長谷部から離れると、おぼつかないお足取りでその刀身の前にいった

 

一体、鶴丸は何をしようというのだろうか?

 

長谷部が首を傾げていると、鶴丸はその刀身にそっと手を伸ばした

 

「悪い、な・・・・・・」

 

ひと言だけ、そう謝ると「こんのすけ!!」と叫んだ

 

すると、こんのすけがくりくりっと首にかけている鈴に触れた

瞬間、りいん・・・・・と、音が部屋中に響いた

 

まるで、その音に反応する様に、目の前の神台の鈴も“りいん・・・・・・”と鳴り始める

最初は一つだけ

だが、それに続く様に周りの鈴たちも音を鳴らし始めた

 

刹那、鶴丸と刀身を中心に足もとに、青い光と共に神紋が浮かび上がる

そして、それが部屋中に伸びていった

 

「な、なんだ!?」

 

床だけではない

柱や壁、全てに神紋が現出する

 

驚く長谷部を余所に、鶴丸は、苦笑いを浮かべ

 

「は、はは・・・・やっぱりな、ここのシステムでも反応すると思ったんだ・・・・・・」

 

そうぼやきながら、こんのすけに指示を送る

 

「形代を――――そうだな、7枚用意してくれ」

 

「7枚ですか?!」

 

形代の多さに、こんのすけが驚く

しかし、鶴丸はさも当然の様に

 

「7人の負荷を負ったんだ・・・・・・7枚ないと、下手したら“本人”に移っちまう」

 

「あ、なるほど! わかりました、直ぐ持ってきます!!」

 

「間違えるなよ・・・・・・“依り代”じゃなくて、“形代”だからな」

 

「大丈夫です!!」

 

そう言って、こんのすけが てててて・・・・ と、走り去っていく

 

長谷部には何が今から始まるのかさっぱりだった

すると、数分もしないうちに こんのすけが戻ってきた

 

鶴丸は、こんのすけから‟形代それ“を受け取ると、目の前のまっさらな刀身の上に並べた

そして、自身の本体である“鶴丸国永”の刀を置く

 

「―――――祓詞」

 

鶴丸が、そう呟いた時だった

それまで、静かだった部屋中を照らす行燈が一斉に ぼぅ!! という音と共に、赤から蒼に変わっていく――――

 

「な――――!!?」

 

驚いたのは、長谷部だ

だが、鶴丸はそんな長谷部に、気にも止めず続けて

 

「――――大祓詞」

 

そう呟いた

 

刹那

それは起きた

 

鶴丸の周りに長谷部の目にもはっきりと分かる“霊気”が出現したのだ

その、“霊気”は鶴丸と、本体の“鶴丸国永”を包む様に動いた後、目の前に置かれた新しい刀身の上の“形代”に吸い込まれていった

 

7体全ての“形代”に吸い込まれた瞬間―――――

 

カタカタカタ・・・・・・と、刀身が揺れたかと思うと――――

 

 

 

 

ビシ・・・・・・

 

   ビシビシ・・・・・・

 

 

 

      パキ―――――ン……

 

 

 

 

 

 

‟形代“の下の刀身が粉々に崩れたのだ

それと同時に、ぼうっとそこにあった‟形代“が蒼い炎に包まれて――――消えた

 

ぱらぱらぱら・・・・・・と、燃えカスすら残さず

まるで、そこには何も無かったかのように   消えたのだった

 

長谷部は何が起きたのかさっぱりわからなかった

が、鶴丸はというと、ゆっくりと立ち上がり「ん―――――」と声を上げながら背伸びした

そして、目の前に置いていた“鶴丸国永”を持つと、スラっ・・・・・と刀を抜き

ひゅん!! と、ひと振り

 

「ま、こんなものか」

 

鶴丸はそう呟くと、刀を鞘に仕舞った

そして、くるっと振り返り

 

「んじゃ、無事祓えた事だし・・・・・沙紀の所に――――」

 

 

 

 

「ちょっと待てえええええ!!!」

 

 

 

 

と、今にも沙紀を追いかけそうな鶴丸を長谷部が止めた

鶴丸が 「ん?」 と、不思議そうに首を傾げる

 

すると、長谷部がつかつかと鶴丸の傍まで来て

 

「お前!! 何ともないのか!?」

 

「ん? ああ、時間移動の‟負荷“を全て“全員の形代”に移したからな。 この通り、ぴんぴんしてるぜ?」

 

そういって、ニッと笑って見せる

 

確かに、一人で立つこともままならなかった筈なのに

あの謎の儀式の後の鶴丸は、いつもの鶴丸だった

 

「まぁ・・・・・・」

 

そう言って、粉々に砕けた刀身を見て

 

「あいつには、悪い事しちまったがな・・・・・・もしかしたら、新たな“神”が宿るかもしれなかったのに―――――」

 

だが、仕方ない

鶴丸には、回復を待つほどの時間を無駄にする事は出来なかったのだから―――

 

「鶴丸!!!」

 

不意に、長谷部が叫んだ

突然叫ばれて、鶴丸が驚いたようにその金の瞳を瞬かせる

 

「な、なんだよ」

 

「―――――わかるように、説明しろ!! 一体、何をどうしたんだ!? 立つことも出来なかったくせに、なんで今そんなに普通になってるんだ!!?」

 

「あ、あ―――それは・・・・だな・・・・・・」

 

鶴丸が言いにくそうにというか、面倒くさそうに言葉を濁らす

 

「鶴丸」

 

ずずいと、長谷部が顔を寄せてきた

 

「おいおい・・・・長谷部、近すぎ―――――「説明するまで行かせんからな!!!」

 

それを言われると、流石の鶴丸も「あ~」と声を洩らしながら

 

「簡単に言いうとだな、神道式に言えば 時間移動の“負荷”は“穢れ”みたいなものなんだ」

 

「なんだ、その“神道式”とかいうのは!!?」

 

「お、おちつけ、長谷部。 ほら、“審神者”自体 ‟神道“からきてるだろう? 刀剣の顕現も、場所も儀式も神道様式だしな。 もともと、そっち寄りの考えなんだよ」

 

「それで?」

 

・・・・・・長谷部からの威圧感が怖い

 

「えっと、つまりだな・・・・・・ざっくり言うとその“穢れ”を払ったんだ。 “形代”に移して。 で、その母体となったあの刀身は、負荷に耐えられずに粉々――――“形代”は跡形もなく消えた――――そういうことだ」

 

「全然わからん。 むしろ、なんでそんな事をお前が出来るんだ??」

 

「あ~それは、だな・・・・・・」

 

「さきほど、鶴丸殿が行った“厄祓い”の儀式は、政府に身を置いていた為に、身についたものです。 普通は、主さまが“手入れ”で祓ってくださるのですが――――」

 

そこまで言って、こんのすけがしょぼんと尻尾と耳を垂れた

 

「今、主さまは、行方も定かではなく――――」

 

そこまで言いかけた、こんのすけの頭を鶴丸が撫でた

 

「鶴丸殿・・・・・・」

 

こんのすけが、じわりとその大きな目に涙を浮かべる

 

「主さまは、ご無事でしょうか・・・・・・?」

 

涙ぐんでそう尋ねるこんのすけに、鶴丸は

 

「ああ、きっと見つけてやる」

 

そう言って、笑いながら こんのすけの頭を撫でた

こんのすけは、ぐっとこらえる様に「はい・・・・・・っ」と答えた

 

そんなこんのすけを見て言えたら、これ以上追及できなくなってしまい・・・・・・

長谷部は、はぁ・・・・と、ため息を洩らした

 

「とりあえず、鶴丸。 一応、まだ安静にしておけ。 出陣は明朝にしろ」

 

その言葉に反発たのは勿論、鶴丸だった

 

「俺はもう平気だぜ? ――――それよりも、一刻も早く沙紀を――――・・・・・・」

 

 

 

「鶴丸!!!」

 

 

 

「探しに」と言いおうとした鶴丸の言葉を遮るかのように、長谷部が声を張り上げた

 

「気持ちはわかる。 分かる――が、もしお前に何かあったら俺は主に顔向けが出来ない。 頼むから、朝までは安静にしていてくれ――――。 お前は他の部隊と違って一人で行くのだからな」

 

「長谷部・・・・・・」

 

「わかったら、ほら、部屋に戻った戻った!!」

 

ばんっと背中を叩かれて、鶴丸が苦笑いを浮かべる

 

「なんだ?」

 

「いーや? 長谷部は優しいなぁ~って思っただけさ」

 

そう言って、笑いながらこんのすけを連れて“鍛刀部屋”を出ていく

残された長谷部か、顔を真っ赤にさせて

 

「へ、変な事をいうな!! 鶴丸―――――!!!!」

 

と、叫んでいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――天正7年7月・丹波 山姥切国広部隊

 

 

山姥切国広達は、丹波の町に降りて聞き込みをしていた

とりあえず、山姥切国広と薬研、髭切と膝丸に分かれて町の中を調査した

そして、後で町の外で合流することになっていた

 

そこで耳にするのは、昨年 明智の娘が主君の命で細川に嫁いだという噂話ばっかりだった

後は・・・・・近々、この地は、明智に攻め落とされるだろう―――という事だった

 

確か、この時期 明智光秀は織田信長に命じられ、四年がかりの丹波攻めの最終段階に入っていた筈だった

既に、丹波東南部にある内藤氏の亀山城・八木城を攻め落とし、亀山城を丹波攻めの足掛かりとして調整した

そして、五月には包囲を続けていた丹波八上城支城の氷河城を落としていて

六月には、丹波八木城の裏切り者の波多野秀治兄弟を降伏させている

 

残るのは、“丹波の赤鬼”と称される黒井城城主・赤井直正を抑える事だった

それを経て、初めて丹波平定となる

 

だが、集められた情報はそればかりで、沙紀達の行方は全く掴めなかった

三日月らが向かった京にいるならそれでも良い

ただ、それすらもわからずじまいだった

 

「どうする? 山姥切の旦那」

 

薬研にそう尋ねられて、山姥切国広はどう判断すべきか迷っていた

なんとなくだが、ここには沙紀の気配が感じられない

ということは、この地に沙紀達は来ていないことになる

が―――――・・・・・・

 

「もともと、俺達が政府から課せられた任務は、この地への時間遡行軍の干渉だ。 ・・・・・・まだ、油断はできない」

 

沙紀の事も心配だ

しかし、任務を疎かにするわけにもいかない

 

「まずは、時間遡行軍の動きを――――――」

 

そこまで言いかけた時だった

 

 

 

 

 

     きゃ――――――――

 

 

 

 

 

 

突然、日が暮れかかっている町中に悲鳴があった

はっとして、慌ててそちらを見ると――――

 

「あれは――――――・・・・・・」

 

そこにいたのは、“人ならざるもの”―――――

 

 

 

 

「時間遡行軍!!!?」

 

 

 

 

「おいおい、まじかよ・・・・・・」

 

薬研もさっと短刀を構える

 

 

間違いない

 

そこにいたのは、あの時―――――石上神宮で見た

 

 

 

        ギラギラした赤い目のバケモノだった―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、ついに?やっと?

時間遡行軍きましたよ~~~~笑

しかも、あれれ?

どうやら、まんばのいるところのガラシャは既に嫁いでいるようですな・・・・・・( ̄ー ̄)ニヤ…

 

2020.11.14