◆ 弐ノ章 出陣 8
――――本丸・沙紀が消えて二時間後
「準備はいいか?」
鶴丸の言葉に、皆がうなずく
その手には、簡易転送装置があった
「“こいつ”の使い方はさっき説明したとおりだ。 転送先になるポイントをまず、選ぶ。 そして、霊力を送る――――それだけだ」
確かに、簡単そうに聞こえる
が……燭台切や山姥切国広の顔には不安があった
「本当に、そんな単純なものなのか?」
山姥切国広がそう尋ねると、鶴丸は
「基本は簡単だ、だが、何を使うにしても“慣れ”ってのが必要なんだ。 初めて使う奴がすんなり目的ポイントに到達するとは限らない」
「おい……っ!」
それでは話が違う
山姥切国広が抗議しようとすると、鶴丸はさも当然の様に
「じゃぁ、聞くが…国広はひとがたになって、初めて食事で箸をにぎったときどうだった?」
「そ、それは―――……」
確かに、まともに使えるようになるまで時間がかかった
押し黙った山姥切国広に、鶴丸が「ほらな」と、声を洩らした
「上手く使えなかった筈だ。 俺もそうだったしな」
そう言って、片手をあげる
「ひとがたってのは、便利だが慣れないと不便な面も多かったはずだ」
そう言って、皆を一人一人見ていく
「皆、身に覚えがあるだろう? 食事、睡眠、鍛錬、そして――――言葉」
そうだ
最初は戸惑った
今まで“刀”として、使われる“道具”として生きてきたのだ
それが、突然ひとの姿をして、戸惑わないわけがない
「じゃぁ、どうしろと――――……」
山姥切国広がそう口にすると、鶴丸はくるっとそちらを向き
「政府管轄区では、補助装置があった。 だから、よほどのことがない限り、変なポイントに飛ぶことはなかった。 ――――だが、ここは違う。 沙紀が―――“審神者”が管轄する区域には“審神者”が支柱となるようにプログラムが組み込まれている。 つまりは、政府にあった補助装置の役割を“審神者”が担う様になっているわけだ。 それも、政府管轄区にあった、補助装置よりも、より正確なやつがな」
「だけど、今 沙紀君はいない――――」
燭台切がそう呟く
そう―――
沙紀が―――“審神者”がいない
「ん?」
ふと、膝丸が呟いた
「でも、主がいなくても転送装置使えるんだよな? お前は、さっき政府に行ってきたんじゃないか? 鶴丸」
「確かに……鶴丸国永は、政府に行って いも…なんとかって人からこの装置借りてきたんだろう?」
「は? いも…?」
髭切の言葉に、一瞬 鶴丸が首を傾げる
が、次の瞬間、お腹を抱えて笑い出した
「いも……ああ! 小野瀬の事か!!! こりゃぁ、驚きだぜ!」
なにをどうしたら、「小野瀬」から「いも」になるのか…
考えただけで、お腹がよじれそうだった
だが、それを言った当の本人は「あれ? なんかそんな人いなかったかな??」
などと言っていた
すると、それまで傍観していた三日月が「ああ…」と、声を洩らし
「うむ…確か、はるか昔にいたようだな…確か名は――――」
「……それってまさか、俺っちらより遥か昔の時代にいたとか言う―――小野妹子の事かい?」
薬研が呆れてそう言うよ、三日月が「おお!」と声を洩らし
「薬研は賢いな」
そう言って、薬研の頭を撫で
「わっ! ちょっ、ちょっと待て、三日月……っ!!」と、薬研が抗議するのを余所に
半ば呆れたように、山姥切国広が
「あの男のことなど、どうでもいい!!」
吐き捨てるように、そう言い放った
その様子がいつもの、山姥切国広と違ってみえて、三日月が首を傾げる
「どうした? 山姥切。 なにか、気に障ったか? ん?」
と、覗き込んできたものだから、山姥切国広は布を深く被り
「………何でもない」
そう言うが―――三日月は尚も覗き込み
「んんー? 何やら、そのいも殿と何かあったのかな?」
と、さらに突っ込んできたものだから、山姥切国広は更に布を引き寄せて
「俺は……っ!」
「俺は?」
「俺、は――――……っ」
それだけ言うと、黙りこくってしまった
それを見た三日月は「ふむ…」と少し、顎に手をやり
「何やら、いも殿とあったと見える」
と、その時だった見かねた鶴丸が
「三日月、その辺にしてやれ。 国広は顕現した経緯が経緯だからな…小野瀬にはいい印象は―――まぁ、無理だろうよ」
いや、多分山姥切国広だけじゃない
燭台切や、大倶利伽羅など…ここにいる半数は良くは思っていないだろう
勿論、鶴丸も小野瀬への印象がいいかと問われると、悩む
だが、今はあれこれ言っている場合ではない
手段を選んでいる場合ではないのだ
その時だった
「おい」
少し苛ついた声音で大倶利伽羅が声を出した
「あんな男の事などどうでもいい、さっさと話しを進めろ。 国永、あんたはどうやって政府に行った」
言われて、鶴丸が「ああ…」と声を洩らす
「それは簡単さ、この本丸の転送装置を使っただけだ」
「は?」
素っ頓狂な声を上げたのは、他ならぬ、大倶利伽羅だった
何故なら、たった今、本丸の転送装置は“審神者”が支柱となっていると説明を受けたばかりだ
なのに、鶴丸はこの装置を使って、政府に行ったという
意味が分からないという風に、大倶利伽羅が首を傾げた
流石の燭台切も疑問に思い
「鶴さん、一体どういうことだい? 今、この装置は沙紀君がいないと使えないと―――」
と、そこまで言いかけた時だった
鶴丸が「ああ…」と声を洩らし
「正確には“使えない”訳じゃないんだ。 沙紀がいなくとも装置自体は“使える”んだよ」
「…………????」
ますますもって意味が分からない
すると、鶴丸はさも当然の様に
「まぁ、基本“任務”以外などで使うのはご法度なんだがな。 今回は緊急事態だから、仕方ない」
「鶴さん??」
いまいち、鶴丸の言わんとすることが理解できず、燭台切が首を傾げる
すると、鶴丸は手を上げて
「要は、“行き先”―――つまり着地点だな。 それが、“審神者”が干渉しない場合は限定されるんだ。 例えば、政府機関のみ――――とかな」
そう言って、にやりと鶴丸が笑った
「だが、元来“本丸”預かりになっている刀剣男士は、“審神者”の許可なく歴史に干渉するような行動は厳禁だ。 政府の刀解リストに下手すると上げられる。 だが、今回の事態は想定外だ。 だが、万が一にも刀解リストに上げられると困るんでね。 沙紀が悲しむ―――それだけは、避けたい」
「つまり……?」
「つまり、今回の件には“政府も容認している”という証が必要だ。 ま、簡単に言えば、その証さえあればいい――――そういうことだ」
そこまで言い終えて、鶴丸が簡易転送装置の一部を指さした
「ここに、“竜胆”の華紋があるだろう? これは、沙紀に―――ここの本丸の“華号”になる華紋だ」
「“華号”?」
聞きなれない言葉に、山姥切国広が首を傾げる
すると、鶴丸は
「まぁ、言うなれば沙紀が授与される筈の“華号”だがな。 ――――“華号”についてはおいおい説明するとして……」
と、軽く流すと、とんとんとその“華号”を叩いた
「つまりはこの紋は“この本丸”の証だ。 そう思ってくれていい―――今は、な」
「おい、ちゃんと説明を――――……」
山姥切国広が尚も言い募ろうとすると
すっと、鶴丸が手で制した
「説明は、この件が片付いたらしてやる。 今は時間が惜しい」
「………それは…っ」
正論を突き付けられて、山姥切国広が押し黙る
すると、三日月がわざと話を折るように
「それで、鶴丸。 この簡易転送装置とやらは、どうするんだったかな?」
と、素知らぬ顔でそう尋ねた
「さっきも言ったとおりだ。 転送先になるポイントをまず、選ぶ。 そして、霊力を送るだけだ。 だが――――」
「ここに、補助装置も“審神者”もいない」
「そうだ。 流石に沙紀の代わりは俺には出来ない。 だが……」
「補助装置程度の役割ならお主が出来る……と?」
三日月の言葉に、鶴丸がにやりと笑う
「ま、簡単に言うとそういう事だ。 俺が補助装置の役割のホストをする。 そして、お前たちをポイントに送る―――と言うわけだ」
「ふむ……なるほどな。 して、そのポイントとは?」
三日月のその言葉に、鶴丸が「あー」と声を洩らす
「問題はそれなんだよな」
「鶴さん???」
疑問に思った燭台切が首を傾げた
確か、あの後、即 鶴丸が転移装置の解析をしていた筈だ
なのに、鶴丸はその送る先のポイントを迷っている様だった
「確かに、沙紀達の着地ポイントは“天正7年7月の京”になっていた。 だがな、そのデータは正しいのか?」
「……どういうことだい?」
「………ここだけの話だがな、今回の出陣は“微弱な干渉”なんかじゃない。 もっとずっと“大きな干渉“なんだよ。 間違っても初任務にあてがわれていいレベルじゃない。 もっとずっと上のクラスの“審神者”が対処すべき内容なんだ」
「なっ………」
山姥切国広が大きくその碧色の瞳を見開く
「……そうだよな? こんのすけ」
それまで、大人しくしていたこんのすけに話を振る
すると、こんのすけは尻尾を一回だけ振ってしょんぼりとした
「すみません……わたくしも、何も聞かされてなくて――――でも、たしかにデータを頂いた時、おかしいなっとは思ったんです。 ただ―――」
「まぁ、こんのすけに拒否権はないからな。 仕方ないさ」
そう言って、鶴丸がこんのすけの頭を撫でた
すると、こんのすけは、その瞳に目いっぱい涙を浮かべて
「わたくし、皆様を全力でサポート致しますので!!」
こんのすけのその言葉に、鶴丸がぽんぽんとこんのすけの頭を叩いた
「おう! 頼むな」
「はい!!」
そう言って、するするっとこんのすけが、鶴丸の肩に昇る
「そういうわけだ。 だから、顕現して間もない奴らには悪いが…今回の任務は気を引き締めて掛かってくれ。 何が起きるかわからないから」
そう言って、鶴丸が転送装置の中央に立つ
「今から、三部隊に分けて送る。 編成は―――そうだな」
鶴丸が少し考えてパネルを開いた
そこには
第一部隊:隊長 山姥切国広 髭切・膝丸・薬研藤四郎
第二部隊:隊長 三日月宗近 燭台切光忠・大倶利伽羅
第三部隊:隊長 鶴丸国永
「悪いが、勝手に決めさせてもらった。 それから、それぞれ別のポイントに送らせてもらう」
「は?」
と、素っ頓狂な声を上げた山姥切国広とは裏腹に
燭台切がこの編成を見て
「ちょっと待ってよ、鶴さん!! これじゃ、鶴さんの負担が大きすぎる―――――!!」
そう抗議するのはもっともな話で――――……
誰しもが思った事だった
だが、鶴丸は
「沙紀が着地したポイントはあの後 更に解析して3か所までには絞れた。 だが、どこかまでかは絞れなかったんだ。 だから、部隊を3つに分けるしかない」
「だからって――――」
「連携を考えての編成だ。 これしかないんだ。 俺は―――1人で任務に当たることは何度もやっているから問題ない。 後の二部隊には負担を掛けるが―――許してほしい」
そう言って、深く頭を下げたのだっ
「……………っ」
あの時と一緒だ
沙紀を護るために、一緒に本丸へ来てほしいと言った時と同じ――――……
「……ずるいよ、鶴さん…」
そういう風に、お願いされたら断るものも断れない
燭台切は少しだけ考えると、「はぁ…」と、ため息を洩らした
「鶴さんって、そういうとこ頑固だよね」
その言葉に、鶴丸が笑い
「沙紀を護るためだ。 その為なら――――なんだってしてやる」
そして周りを見て
「そういうわけだ。 どの部隊が沙紀の着地点に当たるかはわからない。 当たったやつは、沙紀を護ることを最優先にしてくれ」
そう言うなり、鶴丸が転送装置内で一気に結界を展開した
瞬間、自分たちの足元に転送用の竜胆の紋様が現出する
「第一部隊は、天正7年7月の丹波!! 第二部隊は、天正7年7月の京!! いくぜぇ!!!」
鶴丸がそう叫ぶな否や、彼らの足元の紋様が光った
「くっ……!」
瞬間、ズン…!っと、鶴丸に重圧が圧し掛かる
しかし、ここで負けるわけにはいかない
鶴丸は、両手で自身の身体を支えると、一気に装置にその霊力を注いだ
刹那、ぱぁ……!!と、光が放たれる
「いっけえええええ!!!」
ドン! という、音と共に、二つの光が一気に飛んでいく
その光は本丸上空まで飛ぶと、二方向へ飛散した
「――――はっ…!」
ガクッと鶴丸が、その場に膝をつく
「鶴丸殿!!」
こんのすけが、心配して駆け寄ってくる
が、構っている暇はなかった
すぐさま、鶴丸は二部隊の着地点を確認する
ブブブブ……と、少しノイズが入った後、二部隊の着地点が表示された
第一部隊は、丹波
第二部隊は、京
時は同じく天正7年7月
そこまで確認した後、鶴丸は力が抜けた様に、どさっとその場に倒れた
「鶴丸殿!!!」
こんのすけが、駆け寄ってくる
「…沙紀………ま、ってろ………かな、ず――――……」
そこまで言いかけて、
そのまま鶴丸の意識は途切れたのだった―――………
やっと、出陣しましたwwww
鶴以外だけどな~~~~
さてさて、かなりオリジナル入ってますが…
仕様ですwww
2020/05/30