華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 37

 

 

―――――天正7年7月・丹波 山姥切国広部隊

 

―――山城・小竜寺城 城下

 

 

髭切は、城下の下町ともいうべきだろうか・・・・・・

華やかな表の道とは違い、廃れた道を歩いていた

幼い少女を見た時も思ったが・・・・・・、とても「いい生活」をしている風には見えなかった

 

道端に住処のない人達が、何人も横になっているし

こちらを見ては、ひそひそと話しをしていた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

髭切は視線だけそちらに向けると、横を歩く少女を見た

ぼろぼろの服に、素足のまま

髪もぼさぼさで、手足もガリガリに痩せていた

 

「・・・・・・ねぇ、おうちはこっちでいいのかな?」

 

髭切がそう尋ねると、少女がぴくっと肩を震わせた

 

「・・・うん・・・・・・」

 

その後、小さな声でそう頷いた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

どうも腑に落ちなかった

この子の行く先は、どんどん裏路地に入って行っている

そう――――まるで、そう誘っている様に

 

髭切が、少女に気付かれない様にもう片方の手を刀の柄にかける

万が一に直ぐに抜ける様に

 

と、その時だった

見知らぬ一人の汚れた年配の男が話しかけてきた

 

「あんた・・・・・・ここの奴じゃないな。 ここは、色男の兄ちゃんが来ていいような場所じゃないぜ? さっさと、去る事を勧めるがな」

 

「・・・・・・ご忠告ありがとう。 でも、まぁ、僕なら平気だよ」

 

そう言って、髭切がにっこりと微笑む

すると、ふと男の視線が髭切の連れている少女に向けられた

 

「お前――――“杏寿楼あんじゅろう”のガキじゃなねぇか。 はっ! なるほどな!!」

 

そう言って、男が笑った

それから、にやりとその口もとに笑みを浮かべると、髭切の肩に手を置き

 

「あんた、そのガキは信用しない方がいいぜ? そいつは、“杏寿楼”のガキだ。 お前、カモ・・にされるぜ? あそこの詞羽しうって言う七十過ぎた業突くばばあには、特に気を付けるんだな」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

――――なるほど、ね

男のその言葉で、何かに気付いた髭切は一度だけその瞳を瞬かせた後

 

「おじさん、情報ありがとう。 おじさん、名前は?」

 

「は?」

 

突然何言ってんだ? という風に男が首を傾げる

すると、髭切はくすっと笑みを浮かべて

 

「名前だよ、おじさんの、な・ま・え」

 

「・・・・・・んなもん知ってどうする」

 

「うん? 別に。 おじさんは信用できそうだなって思ったから。 ああ、勿論、“仕事用”の方だよ?」

 

髭切のその言葉に、その男がぽかーんと呆れた様な顔を見せた後、大声で笑い出した

 

「ははははは! 面白いな、兄ちゃん!! ――――“銀”だよ。 “玄狼げんろうの銀”と言えば分かる」

 

「銀さん、ね。 じゃ、さっそくお願い聞いてもらおうかなぁ~」

 

「・・・・・・は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――“杏寿楼”

 

銀と別れた後、その薄暗い通りを抜けた瞬間――――視界が一気に開けた

表町とは違う――――

もっと派手で、煌びやかな――――どう見ても裏街道にある「花街」というやつだった

 

「まさか、こんな所に抜けるとはね――――」

 

まぁ、この子が「妓楼」とおぼしき店の子だと分かった時点で、ある程度予測は付いたが・・・・・・

すると、少女は髭切の袖を引っ張って

 

「こっち」

 

そう言って、花街の中でも一番大きそうな妓楼の前に連れていかれた

 

「ここが、君のお家なのかな?」

 

そう訊ねると、少女は頷くことはせずに、そのまま髭切の袖を引っ張って店の中に入っていく

中に入ると、赤い柱や、欄干などの他に、煌びやかな提灯や、灯篭、そして、何に使うのかよくわからない、柵まであった

 

「・・・・・・?」

 

髭切が柵に気付いてそちらをじっと見ていると、突然店の奥から綺麗に着飾った女が姿を現した

 

「ああ、由良ゆら 帰ったのかい? またこんな格好して――――」

 

そう言って、由良と呼ばれた少女の頭を撫でると、その女はふと髭切に気付いた

 

「あんたは――――?」

 

すると、髭切はにこっと微笑みながら

 

「君は、由良ちゃんって言うんだね。 ああ、単に道に迷てったようだから送って来ただけだよ」

 

そう言って、髭切がひらっと手を上げて少しその女から距離を取る

すると、その女は少し困ったように

 

また・・、詞羽さんに言われたのかい? 由良、あんたはそんなことしなくていいにんしたえ」

 

「でも・・・・・掬玖きく姐さん、やらなかったら詞羽ババに怒られる・・・・・・」

 

それだけ言うと、由良が髭切を見てしょぼんと項垂れた

その時だった

 

 

 

「――――由良!!!」

 

 

 

突然奥の方から、掬玖と呼ばれた女よりも派手で若そうな女が現れた

 

「お前、三人とも連れて来いって言っただろうが!!!」

 

そう言って、ばっとその女が由良を殴ろうと手を挙げた

だが、髭切がそれを見逃すはずがなく――――

 

「おっと、暴力はいけないと思うよ?」

 

そう言って、その女の腕を掴む

すると、女はふんっと鼻息荒くして髭切の手を跳ね除けると

 

「ふん! ったく、使えない子だね!! 今日の飯は抜きだよ!!」

 

「・・・・え・・・・・・」

 

由良が、その言葉にショックを受けた様に、項垂れる

すると、見かねた掬玖が

 

「詞羽さん!! 幾らなんでも・・・・・・、由良はまだ成長途中なんでありんすよ!?」

 

「だったら、三人雁首揃えて連れてくるんだね!」

 

そう言って、詞羽と呼ばれた若そうな女がじっ~~~と髭切を見る

 

「ふん、まぁいだろう。 一人でも上物だ。 今回だけは許してやるよ。 さ、お前はこっち来な」

 

そう言って、そのまま店の奥へと入っていく

 

「あれ・・・・・・?」

 

そこでふと、髭切がある事を思いだした

先程、銀が言っていた言葉だ

 

『あそこの詞羽って言う七十過ぎた業突くばばあには、特に気を付けるんだな』

 

「・・・・・・あの、あの人が詞羽さん?」

 

恐る恐る、そこにいた掬玖に尋ねる

すると、掬玖は首を傾げながら

 

「はい、この“杏寿楼”の御主人でありんす」

 

「え、でも、確か詞羽さんって七十過ぎてるって・・・・・・」

 

あの姿はどう見ても、二十そこそこだ

すると、掬玖は言い辛そうに

 

「は、はい、そうでありんすが・・・・・・その事には、触れねえ方が良いかと」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

え・・・・・・?

 

ええ~~~~~!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――丹波・亀山城:迷宮廊下内

 

 

 

ぎいん!!

 

凄まじい剣戟の音が廊下に響き渡る

 

「くっ・・・・・・!」

 

一期一振は、その手に持つ「ナマクラの刀」で何とかそれをしのいでいたが、とてもじゃないがこの刀がもちそうにない

だが、そんな一期一振の事情など知った事かと、小竜景光が次から次へと攻撃を仕掛けてくる

 

「ほら! ほらほら! どうしたんだよ!! もう、お終いかい!!?」

 

ぎいいん!!

 

ひと際、大きな剣戟のお音が響いたと同時に、一期一振の持っていた刀が真っ二つに割れる

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

素早く、一期一振が小竜から距離を取ろうとするが――――

それを、小竜が許すはずもなく

 

「――――はっ! そんなしけた刀なんか使ってるから――――折れるんだよ、お前は!!!」

 

「小竜殿!!! もう、お止め下さい!!」

 

小竜がその手の「小竜景光」を大きく振り上げると同時に、一期一振が叫んだ

一瞬、ぴくっと小竜の身体が揺れた

 

「・・・・・・うっ・・・・、ぐ、あ・・・・・・」

 

一期一振の言葉に、小竜が頭を押さえて顔を顰めた

その瞳が、ちかちかと、赤くなったり、紫になったりする

 

だが――――

 

 

「や、やめろおおおおお!!! 俺に指図するなあああ!!!!」

 

 

そう苦しそうに叫ぶと、そのまま一期一振めがけて「小竜景光」を振り下ろしてきた

 

「―――― 一期君!!!」

 

 

ぎいいいいいん!!!

 

 

けたたましい音が廊下に響いた

 

その刀は一期一振には届かなかった

否、届く寸前で燭台切が間に入ってきて、防いだのだ

 

「燭台切殿!?」

 

一期一振が慌てて口を開く

 

「いけません! 今の小竜殿は何かに操られている様で――――」

 

ぎりぎりっと、鍔迫り合いをしながら燭台切がぐっと、刀を持つ手に力を籠める

 

「そう――――みたいだけど、だからって、君が斬られていい道理にはならないよ」

 

「それは――――」

 

燭台切の言う事は正しい

ここで、折れればきっともう沙紀には会えないし、弟達にも会えなくなる

それは、一期一振の望むことではなかった

 

「しかし、我々に小竜殿を解放する力など――――」

 

「そういう事は――――」

 

ぐっと、燭台切が小竜の刀を押し切ると、そのまま弾いた

 

「ちっ」と舌打ちしながら、小竜が少し後方へ飛ぶ

燭台切がそのまま立ち上がると、刀を横に凪いだ

 

「そういうのは、うちの沙紀君なら得意でしょ? だから、少し手荒な真似するけど――――許してもらおうかな」

 

そう言って、「燭台切光忠」を構える

それを見た小竜が、呆れたように「はっ」と息を洩らした

 

「へぇ・・・・・・俺が? 俺は別に誰かに操られてるわけじゃないと思うけど? ま、どうでもいいけどね。 そんな事――――」

 

瞬間、小竜が地を蹴った

と同時に、一気に距離を縮めてくる

 

すかさず、燭台切がその太刀を受け流すと、そのまま小竜の片足をその長い足で引っかけた

 

「うわっ・・・・・・!」

 

突然の事に、小竜が体制を崩す

が――――、素早く地に手を付くと、そのままくるっと反転して着地した

 

「おいおい、足技とか卑怯じゃないのかい? 長船の祖のやる技じゃないと思うけど?」

 

小竜の言葉に、燭台切はにっこりと微笑み

 

「ごめんね。 僕、足が長くて」

 

そう言いながら、魔王の様に微笑む燭台切の背後に般若が見えた気がした

その時だった

 

「小竜殿。 ――――申し訳ございません!!!」

 

そう言うなり、一期一振が背後から小竜が持っていた「小竜景光」を手刀で打ち落とす

すると、まるで相談していたかのように

からん と、地に落ちた「小竜景光」を素早く、燭台切が蹴り飛ばした

 

「――――っ」

 

蹴り飛ばされた「小竜景光」がくるくると回りながら燭台切の背後で止まる

 

「・・・・・・っ、お前らっ!!」

 

「さて、小竜君、ここで選択肢をあげようかな」

 

そう言って、燭台切がにっこりと微笑んだ

 

その時だった

上空にあった“時空の穴”がすぅっと小さくなったかと思うと、跡形もなく消えたのだ

 

「“時空の穴”が――――! 消え、た、だと?」

 

大包平が、何が起きたのかと空を見上げる

そこにあった筈の巨大な“時空の穴”が消滅していたのだ

 

という事は――――

今ここのいる時間遡行軍を殲滅すれば、これ以上沸いて出てこないという事だ

 

「よし! あと少しで――――」

 

そう言って、ざんっ! と、目の前に迫っていた時間遡行軍を一刀両断にする

 

「おい! 燭台切と、一期!! お前らは、その小竜だか何だか知らんが、そいつを押さえておけ! その間に、こっちを大倶利伽羅と片づける!!!」

 

「・・・・・・俺に指図するな」

 

そう言いながら、大倶利伽羅がそのまま刀を振り上げて時間遡行軍を斬り捨てた

 

「ふん、言っている事と、やっている事がちぐはぐだな!」

 

そう言いながらも大包平が次々と時間遡行軍を倒していく

その時だった、“それ”が起きたのは――――

 

突如、あれだけ瘴気に満ちていた廊下が一気に清浄化されたのだ

瞬間、時間遡行軍の動きが鈍くなる

否、動けなくなっていた

 

「この気配――――」

 

大包平が、はっとした

つい先日も、似たような事があった

 

そう――――あれは沙紀が、“三神”と自身を支柱にして、辺り一帯を浄化した時だ

あの時と同じ現象が起こっているのだ 今

 

「まさか、沙紀?」

 

「何?」

 

「多分、間違いない。 沙紀が“三神”の力を使ったんだ」

 

おそらく、上空の巨大な“時空の穴”を塞いだもの沙紀だろう

と、なれば――――

 

「まずは、この木偶の坊になった時間遡行軍をぶっ潰す!!!」

 

そう言うなり、大包平はあっという間に動けなくなった時間遡行軍を全滅させていった

辺り一帯から、赤い瘴気が消えてゆく――――

 

一体残らず消えたのを確認した後、燭台切が押さえ込んでいる小竜に近づいた

 

「で? こいつは何だ?」

 

大包平の冷やかな言葉とは別に、小竜は苦しそうに、胸元を押さえていた

 

「う・・・・・・ぐ、ぁ・・・・・・」

 

「わかりません、突然現れて――――」

 

一期一振が一部始終を説明するが、結局誰が送り込んできたのか、

そして誰が小竜景光を“ひとがた”にしたのか、何もわからなかった

 

燭台切は小さく息を吐くと

 

「とりあえず、また暴れたら面倒だから縛っておく?」

 

「・・・・・・お前、見掛けに寄らず過激だな」

 

と、大包平が突っ込んだのは言うまでもなく――――

そして、何処から出したのは謎の縄で小竜をぐるぐる巻きにしている大倶利伽羅がいた

 

「それで、これは沙紀君が?」

 

と、完全に浄化されている空間をみて、燭台切がぼやくと

 

「ああ、多分、この気配は沙紀だろう。 以前も一度似たような事があったからな、間違いない。 というか、お前ら何処から来たんだ?」

 

聞くのをすっかり忘れていたと言わんばかりに、大包平が燭台切と大倶利伽羅を見て言った

思わず、燭台切と大倶利伽羅がお互いを見る

 

「ああ、僕たちは京の都に三日月さんと一緒に居たんだけど――――」

 

と、事の仔細を話した

話を聞いた後、大包平は「ふむ・・・・・・」と少し考えこみ

 

「つまり、お前らはここと同じ時空軸の“京の都”にいたという事か」

 

「そうみたいだね。 それで、三日月さんが言うには、鶴さんがここに来たからそこを目標地点にすれば飛べる――――って言って、簡易時空装置で、飛んで来たんだけど――――・・・・・・」

 

「降りた先には、沙紀も鶴丸もいなくて、俺達と時間遡行軍が交戦中だった――――という訳か」

 

「そうなんだよ。 僕も分けわからなくて」

 

すると、大包平は少し考え

 

「・・・・・・沙紀はこの城の何処かにいる。 だから、あながち間違ってはいない。 おそらくあの三日月が意図的に着地点をずらしたんだろう」

 

「ずらす?」

 

「多分だが――――まず、鶴丸は沙紀と一緒にいる可能性が高い。 そして、三日月もおそらくそこに着地してるだろう。 後は――――」

 

そう言って、大包平が自分の端末を立ち上げてMAPを開く

 

「今、この城は迷宮化して――――ん?」

 

異変に気付いたのはその時だった

不自然な所で、言葉を切った大包平に一期一振が首を傾げる

 

「どうかなさったのですか?」

 

「いや・・・・・・城の構造が――――元に戻っている?」

 

「え?」

 

「見間違い? いや、これは――――」

 

「大包平殿?」

 

一期一振の言葉に、大包平が信じられないものでも見たかのように口を押え

 

「迷宮化が、解けている・・・・・・?」

 

あれだけ、めちゃくちゃになっていた城の構図が――――正常化していたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回、夢主サイドお休みでーす(名前変換はあるよ)

とりま、次回辺り合流i予定デッス

 

2023.04.15