華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 38

 

 

――――― 丹波・亀山城

 

 

こんのすけを肩に乗せて、鶴丸がMAPを見ながら先頭を走る

三日月と鬼丸がその後に続いていた

 

沙紀はというと――――・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

肩で息をしながら、必死に付いていこうとするが――――足が棒の様に痛くて走るのにも限界が来ていた

それはそうだろう

 

ずっと、石上神宮の奥の宮で、大人しくしていたのだ

神楽舞の稽古である程度の体力は付けていたが、全力疾走となると話は別である

 

男の体力に付いて行けるわけもなく

ただでさえ「女」というハンデがある上に

しかも、先ほどまで走って逃げていた挙句、土蜘蛛の毒に侵されていたのだ

 

「沙紀!」

 

ふと、それに気付いた鶴丸が、慌てて沙紀に駆け寄った

沙紀がなんとか息を整えようと、胸元を抑える

 

「す、すみません・・・・・・」

 

こんなの足手まといと同じだ

自分で自分が情けなくなる

 

でも、今、ここで立ち止まっている訳にはいかない

時間は一刻の猶予もないのだ

 

「あ、あの・・・・・・直ぐ追い付きますので、皆様は先に――――きゃぁ!」

 

「先に行ってくれ」と言おうとした時だった

突然、鶴丸の手が伸びてきたかと思うと、そのまま横抱きに抱き上げられた

 

「あ、ああ、あの・・・・・・っ」

 

突然の事に、沙紀が かぁ・・・・・・っと頬を朱に染めた

だが、鶴丸はそんな事気にした様子もなく

 

「悪い、気付けなくて――――俺の責任だ。 沙紀はこのまま俺が抱えていくから――――」

 

「え・・・・・・っ!?」

 

まさかの鶴丸からの言葉に、沙紀がぎょっとする

 

「あの・・・・・・っ、自分で走りますので――――」

 

「駄目だ」

 

そう言ったのに、ぴしゃりとその言葉は却下された

すると、見かねた鬼丸が

 

「・・・・・・おい、そこまで過保護にする必要はないだろう。 こいつは、自分で走ると言っているんだ」

 

そう言うが――――

 

「いや、さっきまで沙紀は土蜘蛛の毒に侵されて身体動かすどころか、言葉も発せない状態だったんだ。 ・・・・・・一応、解毒はしたが、今下手に激しく動くとまた解毒できてない土蜘蛛の毒が身体に回る可能性がある。 だから、このまま抱えていく」

 

そう言って、鶴丸は頑として譲らなかった

 

「で、ですが、それでは りんさんに負担が――――」

 

ひと一人抱えて走るなど、この急いでいる状態でお荷物もいい所だ

ただでさえ、鶴丸は“この時空間”にきて戦いっぱなしなのだ

きっと、疲労も溜まっているだろう

 

だが、鶴丸はそんな事気にした様子もなく――――

ぽんぽんっと、沙紀の頭を撫でると

 

「沙紀、落ちない様に俺の首に手を回しておけ。 こんのすけは反対の肩に――――」

 

「は、はい!」

 

鶴丸が言い終わる前に、こんのすけが ひょいっと鶴丸の肩に再度乗るとMAPを開いた

 

「・・・・・・ふむ、なんなら俺が主を抱えてもよいが?」

 

「――――それだけは絶対駄目だ」

 

三日月からの提案を、鶴丸のひと言が一刀両断する

 

「おお、これは手厳しいな」

 

そう言って笑う三日月を余所に、鶴丸はMAPを沙紀の前に展開させると

 

「それなら、沙紀は道案内してくれ。 俺達は、その指示に従う」

 

「・・・・・・わかりました」

 

もう、何を言っても降ろしてくれそうにないので

沙紀は、せめて少しでも役に立てる様にとMAPを見た

 

この、赤い点が密集している所が、多分 大包平さんと一期さんがいる所よね・・・・・・?

 

すっと、手を伸ばしMAPの詳細を出す

 

「赤い点が4つと・・・・、黒い点が1つ・・・・・・」

 

もしかして、地蔵行平の様な敵と交戦中なのかもしれない

 

「このまま真っすぐ進んだ後、分かれ道に出ます。 そこを右へ――――」

 

「わかった」

 

鶴丸がそう返事をすると、再び走り始めた

直ぐに分かれ道に差し掛かる

 

「曲がった後、2つ先の分かれ道で更に右です」

 

そうしていくつかの角を曲がって進んだ時だった

前方に、見覚えのある後ろ姿があった

 

「あれ、は――――」

 

それは大包平と一期一振だった

しかしなんだか様子がおかしい

 

彼らの持っている刀が、全く見覚えのないものだったのだ

そうだわ・・・・・・「刀本体」は確か、明智様が・・・・・・

 

先程、目の前に現れた明智光秀が手に持っていた刀を思い出す

あれは、間違いなく「大包平」と「一期一振」だった

 

そして、彼は何と言っていたか・・・・・・

 

『少し邪魔だった羽虫を始末しただけだよ』

 

始末――――確かにそう言っていた

でも、あの二振がそう簡単にやられる筈がない

 

だが、今彼らの持っている「刀」は「本体」ではなかった

 

どういう、こと・・・・・・?

 

「本体」は光秀が持っていて、でも“ひとがた”の彼らはここにいる

それはつまり――――

 

ぐっと、沙紀が鶴丸の衣を掴んだ

それに気づいた鶴丸が、後ろの二振に聞こえないぐらいの小さな声で

 

「どうした?」

 

「あ・・・・・・いえ、その・・・・・・」

 

どう説明すればいい・・・・・・?

もしかしたら、あの大包平と一期一振は光秀が送り込んできた可能性も十分ある

でも――――・・・・・・

 

あの二振りからは、“黒い力”は感じない

では、この今感じている“黒い力”は何処から――――?

 

その時だった

こちらに気付いた大包平が「あ!!」と叫んだ

 

「沙紀!!!」

 

そう叫びながらこちらに駆けよってくる

 

「・・・・・・大包平さん・・・・」

 

「良かった、無事だったか!!」

 

沙紀の姿を見て安堵したかのように、大包平がほっとする が――――

ふと、鶴丸の存在に今気づいたらしく

 

「鶴丸? やっと来たのか!! 遅いぞ!!」

 

「おいおい、出会い頭にぶしつけな事言うなよな。 こっちにだって色々事情があったんだ。 まぁ、思たよりも元気そうだな。 “焔”と言ったほうが分かりやすいか?」

 

「ふん、どうやら本当に“あの鶴丸”らしいな」

 

そう言って、大包平がにやりと笑う

その二人のやりとりに、沙紀が首を傾げる

 

「・・・・・・お二人はお知り合いなのですか?」

 

大包平が“本丸”に現れた時、その場に鶴丸はいなかった筈だ

だが、この二人のやりとりはどう見ても――――

 

すると、それに気づいた鶴丸が「ああ」と声を洩らし

 

「言ってなかったな。 7年前に沙紀の霊力で顕現した後、俺は政府に厄介になってたって言っただろ? その時、コードネームは“竜胆”。 で、お偉いさんのSPやら護衛やら色々やらされてたんだが――――こいつが、政府上層部に立て付いて“刀解”されそうになってたから、俺が拾たんだ」

 

「え・・・・・・“刀解”!?」

 

物騒な言葉に、思わず沙紀がぎょっとする

 

「・・・・・・鶴丸、変な誤解を生む説明はするな。 単に、意にそぐわない異動を言われたから却下しただけだ」

 

「同じだろ? 結局、それを俺のサポート役として使うっていう条件で引き取ったんだ」

 

「――――誰が、引き取られただ!! お前に付いていく方がマシだと判断したから従ったまでだ!!」

 

「はいはい。 で、その時のこいつのコードネームが“焔”なんだよ。 ところで、今の“本丸”は――――あ~“睡蓮”の所か。 上手くやってるのか?」

 

「は? ンな訳あると思うのか!? あの強突く張りの女は最悪だ!!」

 

「でも、“睡蓮の審神者”と言ったら、業界じゃトップクラスのランクの“審神者”だろ?」

 

「だったら、お前が行け!」

 

「・・・・・・生憎と、俺は沙紀以外に仕える気はないんでな」

 

と、ぎゃいぎゃい言い合う二人に、思わず沙紀がくすっと笑う

 

「仲が宜しいのですね」

 

 

「「よくない!!」」

 

 

声が見事にハモった

それが息ぴったりで、沙紀はやっぱり笑ってしまった

 

と、その時だった

 

「・・・・・・おい、今はそんな話している場合なのか?」

 

と、鬼丸が背後から 若干怒気の混じった声で言ってきた

 

「あ~悪い、今はそれ所じゃないな。 とりあえず――――」

 

鶴丸がそう言い掛けた時だった、大包平が後ろの二振に気付いた

 

「なっ・・・・・・!! 三日月宗近と、鬼丸国綱だと!? なんで、天下五剣が二振もいるんだ!!?」

 

三日月の存在は沙紀の“本丸”に来た時に、気づいていたが・・・・・・

あの時、鬼丸国綱は居なかった筈だ

 

なのに、何故か当たり前の様にここに鬼丸国綱がいる

 

キッと大包平が鶴丸を睨んだ

 

「どういうことだ!? 鶴丸!!」

 

「・・・・・・なんで、俺に怒鳴るんだよ」

 

理不尽だと言わんばかりに、鶴丸がぼやいた

 

「じゃぁ、なんで鬼丸国綱までここにいるんだ!!?」

 

「しらねーよ。 三日月が持ってきたっぽいがな」

 

「は?」

 

「だから、知らないって言ってるだろ? 仔細は聞いていないんだ」

 

なんだか、不穏な雰囲気に思わず沙紀が口を開いた

 

「あ、あの・・・・・・鬼丸さんでしたら、三日月さんが“未来の太閤殿下から譲り受けた――――”と」

 

「未来の・・・・・・」

 

「太閤殿下?」

 

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「「・・・・・・は!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――天正7年7月・丹波 山姥切国広部隊

 

―――山城・小竜寺城

 

 

玉子に忠興の事で相談を受けた

婚儀の後、どうやらまともに会話も、顔を合わす事もしていない様だった

 

そこで、山姥切国広は文を送ったらどうかと提案した

方法に関しては色々と言ってみたが、玉子は何を言っても「無理」だと答えた

 

挙句の果てには

男に文を送ったことがないので、山姥切国広に練習相手になって欲しいと言ってきた

 

青天の霹靂とは、まさにこの事である

真っ先に浮かんだのは「何故に、俺が?」だった

 

沙紀へならいざ知らず、何故こんな見知らぬ女の為に恋文の練習相手をしなくてはならないのか――――

いや、沙紀だといいという訳でもないが・・・・・・

 

そもそも、山姥切国広だって「文」など書いた事はない

それも「恋文」ときた

 

無理だ

絶対、無理に決まっている

 

だが、こちらから「文」を提案した手前、はっきり言って 断り辛い

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

玉子を見ると、顔を真っ赤にしているが

なんだか、期待に満ちた瞳でこちらを見つめていた

 

いやいやいや

その眼差しはこっちじゃなくて、「細川忠興」に向けるべきだろう?!

と、突っ込みたいが、突っ込めない

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

どれだけ考えても、答えないど浮かばなかった

 

「・・・・・・あー、文の件だが――――・・・・・・」

 

悩みつつ、山姥切国広がそう言葉を洩らした時だった

突然廊下の方が騒がしくなったかと思うと、ばたばたと人が走る音が響いた

と、同時に

 

「いけません! 今は、奥様が――――」

 

「離せ!! 急を要する話があるんだ!!!」

 

「!?」

 

この声、は――――

薬研?

 

山姥切国広がはっとしてそちらを見ると、薬研が慌てた様子で部屋に駆け込んできた

 

「山姥切の旦那!!」

 

「・・・・・・なにかあったのか?」

 

偽名を使う事すら忘れている

それだけ、緊急事態だという事だ

 

山姥切国広はすぐさま起き上がると、何か言い掛けた薬研の言葉を遮るかのように、手でさっと薬研の口元を押さえ

 

「――――悪いが、連れに何かあった様なので、少し席を外してもらえないだろうか?」

 

そう玉子に向かって言葉を放った

一瞬、玉子がびくっと身体を震わすのが分かった

 

「あ・・・・・・」

 

言葉に詰まったかのように、玉子がしゅんっと項垂れて

 

「わかり、ま、した・・・・・・」

 

そう言って、そのまま部屋を出ていく

玉子の姿が見えなくなったのを確認した後、山姥切国広は薬研の口を押さえていた手を放した

 

「・・・・・・はぁ、薬研。 偽名を使うんじゃなかったのか?」

 

そう言って溜息を洩らすと、無造作に前髪をかき上げた

薬研も焦っていたので、その事を失念していた事に気付く

 

「・・・・・・悪い、手間・・・・かけた」

 

「まぁ、過ぎた事はいい。 それで? 城下に情報収集に行っていたんじゃないのか? 髭切と膝丸はどうした。 姿が見えないが――――」

 

山姥切国広のその言葉に、薬研がはっとする

 

「そうだ! 大変なんだ!! 髭切が――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は、切り悪かったので少し短めです。 ゴメンナサイ。

さて、早く進めてよ 私!!

 

2023.04.25