華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 36

 

 

―――――丹波・亀山城:迷宮廊下内

 

 

大包平と一期一振が時間遡行軍と応戦中、突如現れた時空間の亀裂

そこから現れたのは、燭台切光忠と大倶利伽羅の二振だった

 

「燭台切殿! 大倶利伽羅殿!!」

 

一期一振が、名を呼びながら彼らに迫っていた時間遡行軍に向かって斬りかかる

 

「うわっ・・・・・・! え? 何々!? どういう状態!!?」

 

三日月に強制的に時空移動させられた燭台切と大倶利伽羅

てっきり、沙紀の元へ行くのかと思いきや――――

落されたのは、乱戦中の時間遡行軍の群れのど真ん中だった

 

一体、どういう状態で、なにが起きているのか理解出来ない燭台切とは裏腹に、

大倶利伽羅が素早く抜刀すると、そのまま時間遡行軍に斬りかかった

 

「おい、光忠! ぼさっとするな!!」

 

そう言いながら、大倶利伽羅が燭台切に迫っていた時間遡行軍を一刀両断にする

 

「あ、ありが―――伽羅ちゃん、後ろ!!」

 

燭台切が慌てて刀を抜こうとするが、素早く大包平が動いて、その時間遡行軍を斬り捨てる

 

「話は後だ!! とりあえず、先にこいつらをなんとかいしないと――――」

 

大包平が「ナマクラの刀」を振り上げるとそのまま横に迫っていた時間遡行軍を凪って行く

 

一刻も早く、沙紀の元へ行かなければいけないというのに――――

 

こうも、時間遡行軍が次から次へと湧いてこられたら、先へ進めない

しかも、今持っているこの「ナマクラの刀」だと、限界がある

霊力の消費が激しすぎるのだ

 

やはり、「本体」でないと――――・・・・・・

 

「大包平殿!!」

 

一期一振が、時間遡行軍を斬り捨てながら大包平の背中に自身の背中を合わせてきた

 

「やはり、我らの“本体”を呼び戻すしか――――」

 

「・・・・・・駄目だ! 下手すれば沙紀に危険が及ぶ」

 

こちらが生きていると分かれば、あの光秀が沙紀に何をするか分からない

迂闊な事は出来ないのだ

 

「しかし・・・・・!」

 

「沙紀の安全が確認できない内に呼び戻すのは危険だ!! そんな事、貴様もわかっているだろうが!」

 

「それは――――・・・・・・」

 

大包平の言うことは正しい

万が一にも彼女に何かあっては、ならないのだ

 

今できる事は――――・・・・・・

 

「せめて、あの空の“時空の穴”を塞ぐことが出来れば・・・・・・」

 

その時だった

突然、ばりばりばり! と言う音と共に、何か・・が、一期一振の前に現れた

それは――――

 

「あ、なた様、は――――」

 

滑らかな長い金髪に、赤い紐

黒い衣に、赤や紫・黄緑などの華やかな鎧

黒と水色の派手な外套

 

そして、紫水晶の瞳に、同じ色の耳飾り

極めつけは彼の持つ刀だった

 

ハバキ元に、小振りの倶利伽羅龍(倶利伽羅剣に絡みつく龍)の彫り物

そして、その彫物の竜がハバキの下から覗いているように見えることから、「覗き竜景光」と呼ばれる

 

以前、一期一振が秀吉の元にいた時に一度だけ見掛けたことがあった

 

「・・・・・・小竜景光殿・・・?」

 

それは、鎌倉時代後期の備前国で活躍した長船派の刀工である・景光によって作られた刀であり、

かつて楠木正成の佩刀はいとうであったと言い伝えられる

 

一時期、秀吉の元にあり、徳川家康に贈られたとも言われている

その事実は、否か真かは定かではないが――――

 

少なくとも、一期一振には見覚えのある刀だった

 

「・・・・・・小竜殿? 小竜殿ですよね? 何故、ここに――――」

 

そこまで言いかけた時だった

はっとして大包平が叫んだ

 

 

 

「――――避けろ!!!」

 

 

 

「え?」

 

一期一振が大包平の声に反応して、振り返った時だった

瞬間、今、一期一振がいた場所に、刀が振り下ろされる

 

「・・・・・・ちっ」

 

小さな舌打ちが聞こえた――――気がした

 

その刀を振り下ろしてきたのは、小竜景光だった

 

「・・・・・・小竜殿?」

 

一期一振が信じられないものを見るかのように、小竜を見る

すると、ゆらりと小竜の髪が揺れた

 

「あ~あ、さっさと折れればよかったものを――――」

 

そう言って、小竜が前髪をかき上げる

瞬間、彼の美しかった紫水晶が赤黒く濁っていく――――

 

「こ、りゅう、ど、の・・・・・・?」

 

一期一振が信じられないものを見たかのように、その瞳を大きく見開いた

 

「さて、ここで質問だ。 俺に素直に折られるか、それとも抵抗して破壊して欲しいか――――選べ」

 

そう言った、彼の瞳は赤く怪しく光っていた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― 丹波・亀山城

 

 

 

「・・・・・・“三神”の力を借りろと言うのですね」

 

鶴丸は、あの上空の“時空の穴”を塞ぐために、“神降”の逆をする様に促してきた

しかし、本来“神降”に必要な空間と道具がここにはない

 

ならばそれを補うには、“三神”の力を借りるしかなかった

 

「三柱も呼ばなくていい、せいぜい一柱でいいだろう――――そうだな、可能なら“布都御魂大神”ふつのみたまのおおかみがいいな」

 

“三神”の内、一柱ならそこまで負荷は掛からない

 

「――――わかりました。 やってみます。 しかし、その間結界など張れません。 ですので――――」

 

沙紀が言わんとする事が分かったのか、鶴丸は持っていた「鶴丸国永」を構えると

 

「安心しろ。 蟻の子一匹通させねえよ」

 

鶴丸のそんな半分冗談めいた言葉に、沙紀が思わずくすっと笑う

不思議だった

こんな緊急時なのに、酷く安心する

 

これなら、集中できる

 

沙紀はすぅっと息を吸うと、ぱんっ!と両手を合わせた

そして

 

布都御魂大神ふつのみたまのおおかみ……その力をもって、我が身に宿りし剣にその霊力ちからを顕現させよ」

 

瞬間、それは起きた

 

沙紀の胸元がまぶしい嫌いぐらいに光りだした

ぱぁぁぁぁという、光とともに沙紀の胸元から一振の剣が姿を現した

 

布都御魂剣ふつのみたまのつるぎ

 

沙紀はそのまま目の前に浮かぶ“布都御魂剣”を見据えると――――

すぅっと、息を吐き

 

「――――布都御魂大神ふつのみたまのおおかみ様。 どうぞ、我が身に宿りてその力をお貸しくださいませ」

 

刹那、まばゆい程の光が沙紀と布都御魂剣ふつのみたまのつるぎを覆う

沙紀がゆっくりと瞳を開けると、その美しかった躑躅色の瞳が金色に変わり、漆黒の髪が銀糸の様に変わっていく――――

 

そこにいるのは最早、沙紀では非ず

彼女の身体に降り立った“布都御魂大神”だった

 

 

本物の “神降”

 

 

それが今、鶴丸の目の前で起きていた

 

沙紀はすっと、立ち上がるとその手に召喚した布都御魂剣をふつのみたまのつるぎ持ち、ゆっくりと歩を進めていった

彼女の歩く先から、り――――ん、という鈴の音が響き渡る

 

辺りの空気が一気に浄化されてゆく――――

 

そして、鶴丸の傍までくると、すっと彼の肩に触れて

 

『愚かなる、醜きものよ――――今、ここで滅っするがよい』

 

沙紀の口から沙紀の声でないものが発せられる

 

そして、彼女がどんっ!と、持っていた布都御魂剣ふつのみたまのつるぎを床に突き刺した刹那

そこを中点として、一気に神気が辺り一帯に広がった

 

その神気はとどまる事を知らず、この迷宮化した城全体まで広がっていった

 

瞬間、時間遡行軍の動きが鈍くなっていく

 

それを逃す三日月や鬼丸ではなかった

そのまま次々と時間遡行軍を殲滅していくと、あっという間にあれだけいた時間遡行軍の群れが消えてなくなった

 

後は―――――

 

ふと、鶴丸が上空を見る

 

「沙紀、出来そうか?」

 

そう、沙紀に尋ねると彼女はふっと笑みを浮かべ

 

『誰に申しておる、鶴丸国永――――我に掛かれば造作もない・・・・・・』

 

そう言って、沙紀の身体に降下している布都御魂大神ふつのみたまのおおかみがその剣を天高く上げた

刹那、その剣からすさまじい神力が黄金色となって発現する

 

すると、あれだけ開いていた巨大な“時空の穴”が徐々に収縮していく――――

 

その時だった

ふと、沙紀の身体に降下している布都御魂大神ふつのみたまのおおかみが鶴丸を見て

 

 

『鶴丸国永――――“神凪”を必ず護れ。 さすれば道は開けよう――――・・・・・・』

 

 

それだけ言うと、すぅっと沙紀の瞳が金色からいつもの躑躅色へと戻っていく

刹那 どんっ! という音共に、布都御魂大神ふつのみたまのおおかみの気配が沙紀の身体から消えた

 

そして、そのまま布都御魂剣ふつのみたまのつるぎもすぅ・・・・っと、彼女の身体の中へと消えてく

瞬間、ぐらりと、沙紀の身体が揺れた

 

「おっと」

 

鶴丸が倒れそうになった沙紀を慌てて抱き止めた

 

顔色が微かに悪い

無理をさせ過ぎたのかもしれない

 

そう思って、沙紀の頬に触れた時だった

 

「ん・・・・・・」

 

ぴくっと微かに沙紀が反応した

そして、ゆっくりとその瞳を開ける

 

「りん、さ・・・・・・?」

 

「沙紀、平気か?」

 

そう優しく問いかけると、沙紀は小さく頷きながらなんとか身体を起こし

 

「“時空の穴”は――――」

 

空を見ると、あれだけ巨大に開いていた穴が綺麗に消えていた

どうやら、成功した様だった

 

沙紀がほっした瞬間、足に力が入らずよろめく――――

が、すかさず鶴丸の手が伸びてきたかと思うと、あっという間に横抱きに抱き上げられた

 

「り、りんさ・・・・・・っ」

 

突然の事に、沙紀がかぁ・・・・っと顔を赤くする

 

「立てないんだろう? 仕方ないさ、あれだけの力使えば誰だってそうなる」

 

「で、ですが・・・・・・」

 

「いいから、俺に甘えとけ。 三日月、鬼丸、そっちはどうだ?」

 

沙紀を抱きかかえてそう言いながら、外で時間遡行軍と乱戦していた二人に話しかける

すると、三日月が一度だけ、辺りを見渡した後、その刀を鞘に仕舞った

 

「ふむ、俺はなんともないぞ。 ――――この辺り一帯浄化された様だな。 あれが“三神”の一柱・“布都御魂大神”の力か・・・・・・」

 

一柱であの力なら、全て召喚した場合どうなるのか――――

考えただけで、ぞっとしそうだった

 

「主が敵でなくて、良かったと――――俺は心底思うぞ。 これほどの神力を振るわれては、我らでは敵わんからな」

 

はっはっは、と笑いながらそういうが

言っている事は全然笑える内容では無かった

 

鬼丸はと言うと、小さく息を吐くと持っていた刀を鞘に納め

 

「・・・・・・それで、他に鬼はどこにいる? ――――まだ、鬼の気配がする」

 

そう言って、その赤い瞳を一度だけ瞬かせる

鶴丸は鬼丸の言葉に、少し考え

 

「沙紀、例の“黒い力”の発信源が分かったと言っていたよな?」

 

鶴丸にそう問われて、沙紀が小さく頷く

 

「はい、おそらくあの“黒い力”は奥の間の方から感じました」

 

そう言って、こんのすけに頼んでMAPを広げてもらう

 

「あ・・・・・・」

 

そこである事に気付いた

あれだけ複雑になっていた迷宮化が解けていたのだ

 

まさかの、副反応に流石の鶴丸も沙紀も驚いていた

 

「もっと早く呼び出せばよかったでしょうか・・・・・・?」

 

「いや、剣を召喚するだけでなく、神自身を沙紀の身に降下させるのは、それだけ沙紀の身体への負担が大きくなるから、出来る限りさせたくなかったんだが――――まぁ、結果オーライってやつだな」

 

今回は、あの“時空の穴”を塞がねばならなかった

致し方なかったとはいえ、まさかこんな結果を生むとは誰が思っただろう

 

「まぁ、丁度いい。 今のうちに大包平達と合流しよう。 こんのすけ、あいつらの場所を割り出してくれ」

 

「はい~」

 

鶴丸に促されて、こんのすけが ぺしぺしっとパネルを動かしながら操作していく

MAPを見ると、奥の方に赤黒く大きく光る場所が一つ

そして、そこへ続く道の途中にもう一つ赤黒い光があった

その周りに、4つの竜胆のマークの光が見える

 

「ここか――――誰かと戦っているのか?」

 

「わかりません。 データを照合しましたが巧妙に隠されていて特定できません」

 

こんのすけが、しょんぼりと尻尾と耳を項垂れてしまう

すると、鶴丸がぽんぽんとこんのすけの頭を撫でながら

 

「安心しろ。 こんのすけが気を落とす必要はない。 行って確かめればいいだけだ」

 

「うむ、鶴の言うとおりだな」

 

鶴丸と三日月にそう慰められて、こんのすけが感動したのか、その瞳に薄っすらと涙を浮かべて

 

「鶴丸殿、三日月殿、ありがとうございます~~~」

 

そう言って、ぺこりと頭を下げる

 

「それにしても――――」

 

あのもう一つの赤黒い光が気になった

 

「また、地蔵さんみたいに“黒い力”で操られている どなたかでしょうか・・・・・・?」

 

もしそうだとしたら――――・・・・・・

ぐっと、沙紀が自身の手を握りしめる

 

助けてあげたい――――なんて、おこがましい事は言わない

でも、救えるものなら救いたい

自由に選べるようにしてあげたい

 

そう思うのは、罪な事なのだろうか・・・・・・?

 

「沙紀・・・・・・?」

 

少し思いつめた様な目をしていた沙紀に気付いた鶴丸が、そっと沙紀の顔を覗き込みる

 

「え・・・・・・? あ、いえ・・・・・・なんでも――――」

 

そこまで言いかけて、沙紀が言葉を濁らせた

すると、何かを感じたのか突然、鶴丸が抱きかかえている沙紀の頭を撫でてきた

 

「えっと、あの・・・・・・りんさん・・・・・・?」

 

突然、撫でられる理由が分からず首を傾げてしまう

すると、何故か三日月の手も伸びてきて、頭を撫でられた

 

「ふむ、主は考え過ぎだな。 もう少し物事を楽に考えたらよいぞ」

 

「え・・・・・・」

 

まるで、考えを見透かされたようなその言葉に、沙紀がどきりとする

 

そんな様子を見ていた鬼丸が首を傾げながら

 

「・・・・・・なんの行事だ?」

 

いきなり沙紀の頭なでなで会に、理解が追い付かなかったのだろう

かく言う沙紀にもわからない

 

すると、三日月がとんでもない事を言いだした

 

「うん? お主も撫でたいのなら、撫でたらよい」

 

「・・・・・・え!?」

 

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

両極端な反応を返す、沙紀と鬼丸とは裏腹に、三日月は楽しそうに

 

「なんだ、減るものではあるまい?」

 

そう言って鬼丸の手を取ると、そのままぽんっと沙紀の頭に乗せた

 

「ほら、撫でるとよい」

 

「いや、おれは――――・・・・・・」

 

すると、鶴丸が悪戯するかのような笑みを浮かべ

 

「いいのか? 鬼丸。 今だけだぞ~? 今後は撫でらせる予定はない」

 

そう言って、にやにやしている

いや、その前に沙紀の意思は!?

と、問いたいが、当の本人は 余りの急展開についていけてなかった

 

「・・・・・・・・今回、だけだ」

 

そう言って、鬼丸の手が優しく沙紀の頭を撫でる

それが余りにも優しすぎて何だか涙があふれて来そうだった

 

それを見た鬼丸が、ぎょっとして手を放す

 

「あ、いや・・・・・・い、痛かったのか・・・・・・?」

 

と、狼狽える鬼丸に、鶴丸と三日月が笑い出す

鬼丸にはますますそれが意味わからなくて、首を傾げていた

 

「ふふ・・・・・・」

 

それがおかしくて、思わず沙紀も笑ってしまった

 

「大丈夫です。 痛くはありませんでしたから――――皆様、ありがとうございます。 ・・・・・・少し元気が出ました」

 

それから、鶴丸に合図して下ろしてもらって自身の足で立つと

 

「まずは、大包平さんと一期さんと合流しましょう。 それから、少し今どういう状態なのか整理したいと思います。 その後に、この城の主さんにお会いしましょう」

 

沙紀の提案に、鶴丸たちが頷く

 

「ま、国広から連絡が無いのが少し気になるが、今の俺達じゃこの“放棄された世界”から脱出しない限りどうにもならないからな」

 

「山姥切さんですか・・・・・・?」

 

そういえば、この時間軸の世界では見掛けていない

 

「多分、俺の予想だと、国広の部隊は“正しい任務の時間軸”にいる可能性が高い」

 

「それは――――」

 

「つまり、俺達は国広たちのいる時間軸に行く必要がある。 ここを脱出した後にな」

 

つまり、今やる事は

 

まずは、大包平や一期一振と合流

もしかしたら、ここで戦闘が発生するかもしれない

 

そして次に、現状の情報共有

 

最後はこの時間軸を支配している敵との交戦

それが終われば、おそらくこの“放棄された世界”は崩壊する

それに乗じて時空移動するしかない

 

それらを出来るだけ、短時間で済ませなければならないのだ

立ち止まって、迷っている時間はない

 

沙紀はぐっと、唇を噛み締めると

 

 

「――――行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日も、寝落ちからの~おはようございます

こりゅきた 敵だけど(普通の状態じゃないけどね)

 

2023.04.10