華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 34

 

 

 

―――――天正7年7月・丹波 山姥切国広部隊

 

―――山城・小竜寺城 城下

 

 

 

薬研が手に持っていた「薬研藤四郎」を構えた

 

「・・・・・・十数えるうちに出て来な。 でなければ――――」

 

そこまで言いかけた時だった

 

「ま、待ってっ!!」

 

そちら・・・の方から声が聞こえたかと思うと――――

おずおずと、その人物が姿を現した

 

それは小さな女の子だった

 

「・・・・・・子供?」

 

薬研が訝しげに目を細める

すると、その女子はびくっと身体を震わせた

 

「薬研、そんなに睨んだらこの子怯えちゃうよ?」

 

そう言うって、髭切が女の子の目線に会う様にしゃがんむと

 

「ねぇ、君。 お兄さんたちに何か用かな?」

 

そう言って、にっこりと微笑む

すると、女の子はおずおずと

 

「あ、あの・・・・・・おにいちゃんたち、あの“噂”のことをしらべてる、の・・・・・・?」

 

「噂・・・・・・?」

 

髭切が首を傾げる

そういえば、先程薬研が「気になる噂が――――」と、言いかけていたのを思いだす

 

その言葉に、いち早く反応したのは薬研だった

 

「何か、知っているのか!?」

 

身を乗り出してそう言うと、女の子がまたびくっとした

そんな薬研に、髭切が苦笑いを浮かべながら

 

「薬研~? ほら、そんな怖い顔してたら、この子怯えちゃうって」

 

「あ、悪い・・・・・・」

 

はっと、我に返り薬研が謝ると、女の子に近づいた

そして

 

「なぁ、何か知ってるなら教えてくれないか・・・・・・?」

 

そう優しく尋ねるが・・・・・・

女の子は薬研にすっかり怯えてしまったようで、髭切にぎゅっとしがみ付いて口を噤む

 

どうやら、完全に嫌われてしまった様である

薬研は「はぁ・・・・・・」と溜息を洩らしながら

 

「髭切、頼む」

 

そう言って、女の子から離れた

すると、髭切はにっこりと笑って

 

「じゃぁ、この子送るついでにちょっと話聞いてくるよ」

 

そう言って、女の子の頭を撫でると手を繋いで歩き始めた

その様子を見ながら、また薬研が溜息を洩らした

 

「俺、そんなに怖いか?」

 

薬研のその言葉に、膝丸が「う~ん」と唸りながら

 

「まぁ、先程の薬研は少し幼子には怖かったかもしれん」

 

「・・・・・・そうか。 まぁ、後は髭切に任せるしかなさそうだな」

 

そう言って、髭切達が向かったほうを見る

何事もなければいいが――――と、願いつつ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――天正7年7月・丹波 山姥切国広部隊

 

―――山城・小竜寺城

 

 

 

山姥切国広は目の前で、今にも泣きそうな玉子にどう言葉を掛けてよいのか困っていた

 

玉子は言っていた

忠興とは、結婚当日まで言葉も、文ひとつ交わした事がないのだと

しかも、彼女と忠興は主君の名のよる「命」により婚姻しただけで、好き合っていたわけではないと

 

自分は「刀」だ

「人間」の色恋沙汰などよくわからないし、理解も出来ない

 

言葉が大事なのはわかる

だが、文が必要とか、主君の命だから、「愛されていない」などと判断するのはどうかと思った

 

だが、それを玉子の言い聞かせられる程、山姥切国広も分かっている訳ではない

 

「・・・・・・今からじゃ駄目なのか?」

 

考えて考え抜いて出た言葉はそれだった

玉子が「え・・・・・・?」と理解出来なかったのか、声を洩らす

 

「あ――、だから、その、細川殿と今から会話なり、文なりして、心を通わせればいいんじゃないのか?」

 

単純な事だ

二人の間に足りないのは、「会話」であり、それさえ解消されれば問題ない気がした

 

すると、玉子は少し考えて

 

「今から、忠興様と・・・・・・?」

 

そう呟いた後、寂しそうに眼を伏せ

 

「・・・・・・それは・・・・、無理、ですわ」

 

「無理? 何故だ」

 

玉子の言う事が理解出来ない

なぜ、無理とやらない内から決めつけるのか―――――

 

だが、その疑問は直ぐに返って来た

 

「私、結婚してからずっと・・・・・・忠興様とはその時以降お会いできていませんもの・・・・・・」

 

「・・・・・・は?」

 

会っていない?

忠興と?

 

確か、玉子が忠興と結婚したのはもう約一年前の話の筈だ

その間、ずっと会っていない・・・・・・?

 

「・・・・・・結婚、してるんじゃないのか? あんた達は――――」

 

「しておりますが・・・・・・、いつも忠興様は留守にされていてお会いできていないのです」

 

「それは――――」

 

流石に、結婚一年目で会話どころか、会う事すらないのなら、落ち込むのも分からなくもない

もし、自分が沙紀にそんな仕打ちされたら、きっと耐えられないだろう――――・・・・・・

 

山姥切国広は少し考え

 

「・・・・・・それなら、こちらから会いにいったらどうだろうか?」

 

「え・・・・・・?」

 

きっと、玉子にはそれは思いもよらない提案だったのだろう

きょとんっとした様に、その大きな瞳を瞬かせ

 

「私から、忠興様へ――――?」

 

「・・・・・・無理か?」

 

そんなに難しい話ではない筈だ

だが、玉子の反応はいまいちだった

 

少しだけ目を伏せて

 

「・・・・・・私は、忠興様が今どこで何をされているかも知りません。 会いに――――といっても、何処へ会いに行けばいいのか・・・・・・」

 

「・・・・・・知らない?」

 

それはおかしな話だと思った

玉子は知らなくとも、城内の誰かは知っている筈だ

 

忠興が誰にも告げず雲隠れしたわけではいのだから

城主が、行き先も告げずに城を留守にするとは思えない

 

だが、それを玉子に問うのは酷に思えた

まるで、彼女だけが取り残されているようだったからだ

 

山姥切国広は少し考え

 

「・・・・・・それなら、文ならいいんじゃないか?」

 

「文・・・・・・? ですか?」

 

また、玉子が首を傾げた

やはり、ぴんと来ないのだろう

 

「とりあえず、信用のおける侍女に渡してくれるように頼めばいい――――」

 

玉子付きの侍女がいる筈だ

その者ならば、知っているかもしれない――――忠興のいる場所を

 

だが、玉子は気が進まないのか・・・・・・「でも・・・・・・」と零した

 

「・・・・・・それも、無理なのか?」

 

正直な話、山姥切国広は少し呆れていた

会うのも無理、文さえも無理と言われれば、これ以上何を言っても「無理」と返って来そうな気がしたからだ

 

山姥切国広は玉子に気付かれないように、小さく息を吐くと

 

「それなら、細川殿への文を書いて箱に仕舞っておけ」

 

「え? あの・・・・・・それはどういう――――」

 

単純な話だ

 

「いつ渡せるか、いつ会えるかわからないなら、その時の想いを文にしたためて、箱に仕舞って大事にしておくといい。 いつか細川殿へ渡せるときがあるかもしれないだろう? ・・・・・・そういうのは無理か?」

 

届かない手紙をいつかの為に箱に仕舞っておく

よくある話だ

 

今の玉子には、せいぜいこのくらいが限度だろう

まぁ、これも無理と言われたらお手上げなのだが――――・・・・・・

 

すると、玉子は少しもじもじとしながら

 

「あ、あの・・・・・・その・・・・・・、私、殿方相手に文をしたため事がなくて・・・・・・何を書いたら良いのか分からないのですが・・・・・・その・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・?」

 

なんとも、歯切れの悪い言い方だ

彼女は何を言おうとしているのだろうか・・・・・・?

 

山姥切国広が首を傾げていると、玉子が顔を真っ赤にしながら

 

「そ、その・・・・・・! 国広様さえよろしければ、あの、れ・・・・・・練習相手になってもらえませんか!?」

 

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― 丹波・亀山城

 

 

瞬間、それは起こった

この閉鎖された空間の上空に幾つもの時空転移時に起こる“時空の穴”が発生出現したのだ

それも、ひとつではなく、幾つもの“時空の穴”が――――開く

 

刹那

稲妻の様にその“時空の穴”から、“何か”が沙紀達の前に降って来た

 

「――――あれはっ」

 

沙紀がはっとして鶴丸を見る

何度も目にしたわけではないが――――

 

あの、赤い瞳に、ぼろぼろの鎧と武器

そしてただならぬ程の瘴気と殺気

 

鶴丸がぎゅっと沙紀を抱きしめる手に力を込めた

 

「は・・・・・・っ! 新たな敵さんのお出ましってか」

 

そしてその手に「鶴丸国永」を構えると

 

「こんのすけ!!」

 

「は、はい」

 

毛を逆立てていた、こんのすけがきりっと返事をする

鶴丸は一度だけ沙紀とこんのすけの方を見て、微かに笑い

 

 

「――――沙紀を、頼んだ」

 

 

そう言うなり、鶴丸は沙紀を後ろへ突き飛ばすと、一気に時間遡行軍めがけて斬りかかった

 

「りんさ――――っ!」

 

無理だ

ざっと見ただけでも五十体は超えている

あの数を一人で対処するなんて、無謀にも程がある

 

「いけません、主さま!!」

 

鶴丸の元へ行こうとした沙紀を、こんのすけが袖を銜えて止めようとする

 

「でも――――」

 

「主さま! 鶴丸殿は私に主さまをお任せされました!! 故に、主さまは 私の後ろへ――――」

 

そう言って、こんのすけが威嚇する様に毛を逆立てる

 

そうしている内にも、鶴丸は押し寄せてくる時間遡行軍を次々と斬り捨てていっているが

多勢に無勢である

 

しかも、開いたままの“時空の穴”からは、新たな時間遡行軍が次々と現れている

 

このままでは、鶴丸の方が先に体力に限界が来てしまう

せめて、あの開いたままの“時空の穴”だけでも防がなくては――――

 

でも、どうやって・・・・・・?

どうすればいいのか、沙紀はその術を知らなかった

 

本来であれば“華号”を授与されていれば、その術も出来たのかもしれない

だが――――

自分には、まだ“華号”は授与されていない

故に、あくまでも“神凪”としても力の行使しか出来ないのだ

 

空間を閉じる術式など、存在しない――――

出来る事と言ったら、“ひとつ”しかない

 

それは――――

 

その時だった

 

 

 

「――――沙紀っ!!!」

 

 

 

突然、鶴丸の声が響いた

はっとして沙紀が顔を上げると、すぐそばまで時間遡行軍の一体が迫っていた

 

「――――っ」

 

沙紀が慌てて防御壁を展開しようとするが――――間に合わない

 

斬られる・・・・・・っ!

 

そう思った沙紀は、咄嗟にこんのすけを護るように抱きしめると、ぎゅっと目を瞑った

 

「主さ―――――」

 

 

 

 

「沙紀―――――っ!!」

 

 

 

 

こんのすけと、鶴丸の声が木霊する

 

それと同時に、生々しい斬撃の音が

 

 

 ――――部屋一帯に

 

 

 

 

          響いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は短めです・・・・・・スミマセン

どうしても、終わりをここで切りたかったので💦

 

2023.04.01