華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 33

 

 

 

――――― 丹波・亀山城

 

 

「沙紀!! 今のうちに地蔵の顕現を遮断しろ!!」

 

「え・・・・・・?」

 

顕現を、遮断・・・・・・?

それは、顕現を解くという事だろうか?

 

しかし、地蔵は沙紀の力で顕現しているわけではない

ならば、その力の源を先に見つけなければいけない

 

試した事はないが――――・・・・・・

それ以外で地蔵行平を助け出す方法はな無さそうだった

 

こうしている間にも、地蔵は鶴丸の手から逃れようと暴れている

それを、鶴丸が体術で押さえつけている状態だ

 

――――時間は、掛けられない

 

「・・・・・・分かりました。 少しだけ時間を稼いでください。 力の元を先に探します」

 

沙紀はゆっくりと、その躑躅色の瞳を一度だけ瞬かせると立ち上がった

そして、そのまま鶴丸と地蔵の傍に行く

 

「主さま! 危険です!!」

 

こんのすけが、止めようとするが――――沙紀はまっすぐに地蔵の傍までやってくると

 

「りんさんは、そのまま地蔵さんを押さえておいてください」

 

そう言って、すっと地蔵の方へ手を伸ばした

そのまま彼の力の流れを読み取る

 

本来、“神降”とは、神と対話し、神をその身に降ろす技だ

その逆を行いえば、必然的に神はこの身より離れていくのだ―――――

 

つまり、この地蔵に降りている“神”とおぼしき代物をその刀身から弾き出すのだ

 

「・・・・・・ヤ、メロ・・・・」

 

片言の言葉を発しながら、地蔵が鶴丸の手から逃れようと暴れる――――

苦しいのだ

 

半強制的に解除するのだから、苦しくない筈がない

でも――――・・・・・・

 

「・・・・・・地蔵さん、ごめんなさい」

 

そう言って沙紀が地蔵に触れた瞬間――――・・・・・・

一気に、沙紀の中に地蔵の“記憶”と呼べるものが入って来た

 

「――――っ」

 

鎌倉時代の刀工・豊後国行平

そして、室町幕府6代将軍足利義教の所有物であったが、北条氏綱へと伝えられ

氏綱の代にハバキへ地蔵菩薩が彫られたことから地蔵行平と名付けられた――――

そして、氏綱から細川忠興へ

 

そう――――本来であれば細川忠興の手になくてはならない代物だった

 

でも、この力の源は・・・・・・

もっと違う、別の――――

 

地蔵の中に今ある力は、もっと黒く澱んだものだった

この黒い力をたどれば――――地蔵を顕現させた人物が分かる筈

 

その時だった

地蔵が鶴丸から逃れようと更に激しく暴れ出した

 

「う、ああ、あああああ!」

 

叫び声をあげ、抵抗する

が、鶴丸は平然としたまま、更に地蔵腕を捻り上げる力を強くする

 

「おっと、それ以上暴れてくれるなよ? 加減が出来なくなるからな」

 

そう言いながら、まだ余裕そうな鶴丸だったが

彼なりに、かなり加減しているのだろう

 

沙紀は、地蔵の中に眠る黒い力を追う事に専念しようとするが

苦しむ地蔵を見ていると、気が逸れそうになる

 

時間が、ないのに・・・・・・っ

 

早く、力の源を辿らなければ、地蔵にも鶴丸にも負荷が掛かってしまう

早く・・・・・・早くしなければ――――・・・・・・

 

そう思うのに、焦れば焦るほど 分からなくなっていく

 

「りんさん・・・・・・、わたし、の・・・・・・」

 

そこまで言い掛けて、沙紀は はっと口を手で押さえる

 

今、私は彼に何を言おうとしたの・・・・・・?

 

感情がどんどん、黒い力に侵食されていく様な――――

もしかしたら、未だに力の源を見つけられない沙紀に、鶴丸は呆れているかも知れない

もしかしたら、彼は押さえている地蔵の手を放すかもしれない

 

そんな黒い思いが、どんどん膨らんでくる――――

 

はや、く・・・・・・

はやく、しない、と・・・・・・

 

 

ナニ、を――――?

 

 

わ、たし、は・・・・・・

 

その時だった

不意に伸びてきた手が沙紀の視界を遮る様に後ろから添えられた

 

「あ・・・・・・」

 

瞬間、自然と心が穏やかになっていく

まるで、真っ黒な闇の中に光が差し込んだような――――

 

「――――大丈夫だ、沙紀。 きみなら出来る」

 

鶴丸の優しい声が、沙紀の身体に広がっていく

 

脳裏に、燭台切を“復活の儀”にて復元した時の事が浮かんだ

沙紀一人では、成しえなかった

皆の力添えがあったから・・・・・・

彼が――――鶴丸がいたから――――・・・・・・

 

 

そうだわ・・・・・・

あの時も、今も

 

 

 

 

   私は、一人ではない――――っ

 

 

 

 

刹那、視界が大きく開けた

 

真っ白な空間にある、一筋の“闇”

 

 

   ―――――見つけた!!

 

 

「りんさん・・・・・・っ! 地蔵さんから離れてください!」

 

このまま顕現を解いた場合、下手をすると鶴丸まで巻き込みかねない

それだけは、絶対に避けねばならなかった

 

「見つけたのか?!」

 

鶴丸の言葉に、沙紀が小さく頷く

 

「直ぐに、祓詞で動きを封じますので――――」

 

言うか早いか、沙紀は素早く沙紀がぱんっと両の手を叩いた

そのまま、地蔵の動きを封じる為に紋と祓詞を唱え始める

 

 

掛けまくも畏き(かけまくもかしこき)

伊邪那岐大神(いざなぎのおほかみ)

筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に(つくしのひむかのたちばなのをどのあはぎはらに)

禊ぎ祓へ給ひし時に(みそぎはらへたまひしときに)

生り坐せる祓戸の大神等(なりませるはらへどのおほかみたち)

諸々の禍事・罪・穢(もろもろのまがごとつみけがれ)

有らむをば(あらむをば)

祓へ給ひ清め給へと(はらへたまひきよめたまへと)

 

 

ここまで唱えた瞬間

地蔵が胸元を押さえて苦しみだした

 

あそこだわ

 

おそらく、例の黒い力の源はあの胸元に集中しているのだろう

 

 

白すことを聞こし召せと(まをすことをきこしめせと)

 

 

沙紀はそのまま、続けて祝詞を唱える

 

 

「アアアアアアアア・・・・・・、や、メロオオオオオオ!!!」

 

 

地蔵の悲痛なまでの叫び声が、部屋一帯に響き渡る

だが、沙紀は止めなかった

 

そのまま、祓詞の最後の詞を唱えきる

 

 

恐み恐みも白す(かしこみかしこみもまをす)

 

 

瞬間――――

 

 

 

ぱり――――――ん

 

 

 

何かが割れる音が聞こえた

 

「あ、ああ・・・・・・ち、ちう、え・・・・・・」

 

すぅ・・・・・と、地蔵の瞳から一滴の涙が零れ落ちた

そして、そのまま “ひとがた”から本体の刀へと変わると、からん・・・・・・という音と共に、床に落ちた

 

成功、した、の・・・・・・?

 

そう思った瞬間、どっと緊張の糸が切れたかのように沙紀の視界が揺れた

 

「・・・・・・沙紀っ!」

 

倒れる――――

そう思ったが、素早く伸びてきた腕に抱きかかえられる

 

「りん、さ・・・・・・ん?」

 

それは、鶴丸だった

鶴丸は、沙紀を片手で抱きしめるとそのまま、その瞼に口付けを落とした

 

「頑張ったな、沙紀」

 

そう言いながら、沙紀の頭を撫でる

それがなんだか少し恥ずかしくなり、沙紀は慌てて口を開いた

 

「あ、あの・・・・・・っ、地蔵さんは――――」

 

沙紀にそう問われて、鶴丸が開いている方の手でそっと床に落ちた「地蔵行平」を拾った

それから、刃などを確認して

 

「・・・・・・大丈夫だ。 もう変な力は感じられない」

 

そう言って、布で包むとその地蔵行平を沙紀に渡した

 

「地蔵さん、どうしましょう?」

 

この場に置いていくのは、少し可哀想な気がした

それに―――彼が最期に残した言葉

 

『あ、ああ・・・・・・ち、ちう、え・・・・・・』

 

彼は確かにそう言っていた

だが、地蔵行平は元々北条氏綱の刀で、そのまま細川家へ伝来されたはずだ

彼の言う「父上」とは誰の事なのか――――・・・・・・

 

「とりあえず、“本丸”に持ち帰って一度綺麗に“浄化”掛けた方がいいだろうな」

 

「え・・・・・・?」

 

まさか、鶴丸の方から“本丸”に持ち帰るという言葉が出るとは思わず、沙紀がその躑躅色の瞳を瞬かせる

 

「よ、宜しいのですか・・・・・・?」

 

「ん? 何がだ?」

 

「あの・・・・・・、地蔵さんを“本丸”に持ち帰ってもよいのかと思っていたので――――」

 

「ああ、まぁ、暫くは“浄化”させておくのが条件だがな」

 

「あ、そう―――ですよね」

 

今まであの黒い力で無理やり顕現させられていたのだ

今は一時的にその力を遮断した為、刀の姿に戻っているが

そのまま再顕現させた場合、再び、あの黒い力が発現しないとも限らない

 

それを清めるのも含め、“浄化作業”を行うのが妥当だろう

 

「まぁ、それにもう一個別の物の“浄化”を頼むつもりだったしな」

 

「・・・・・・・・? 別の物・・・・・・ですか?」

 

「ん? ああ、今はまだ必要だからあれだが――――流石に、気持ち悪くてな」

 

「???」

 

鶴丸の言う意味が分からない

沙紀が首を傾げていると、「はは」っと笑った鶴丸に頭をぽんぽんっと撫でられた

 

「ま、それも全部片付いたらの話だ」

 

鶴丸が何を“浄化”して欲しいのかよくわからないが――――

 

「わ、わかりました」

 

とりあえず、頷く事にした

すると、鶴丸が「ああ・・・・・・」と、何かを思い出したかのように

 

「後、沙紀に会って欲しいやつもいるんだ」

 

「会う・・・・・・ですか?」

 

「ああ・・・・・・、悪い奴らじゃない。 まぁ、あいつらの処遇は沙紀に一任しようと思っていたからな」

 

「えっと・・・・・・」

 

話が見えない

“あって欲しい方々”とは一体誰の事なのか――――

 

「まぁ、そっちも全部片付いてからでいい」

 

「あ、はい・・・・・・」

 

ますます謎が出来たが、今は出来るだけ早くここから脱出する事の方が先だ

それに、大包平ら一期一振も探さないといけない

 

「沙紀、立てそうか?」

 

不意に鶴丸にそう問われて、まだ自分が鶴丸に抱き止められたままだという事を思い出す

 

「あ・・・・・・、す、すみませんっ」

 

沙紀がかぁっと顔を真っ赤にして、慌てて鶴丸から距離を取る

 

は、恥ずかしい・・・・・・っ

 

ほのかに熱くなった頬に手を当てて、なんとか火照りを消そうとする

そんな沙紀に、鶴丸は笑いながら

 

「いや? 役得だったから気にするな。 本当ならいつまでも抱きしめてやりたいんだが――――まぁ、今は緊急時ってやつだからな」

 

“本当ならいつまでも抱きしめてやりたい”

の言葉に、沙紀がますます顔を赤くして口をぱくぱくさせた

 

「な、なな、何を仰って――――」

 

顔が熱い

いつもそうだ

鶴丸には、驚かされてばかりだ

 

心臓がこのままでは、彼に聞こえてしまうのではないかというぐらい早鐘の様に鳴り響く

 

お、落ち着かなくては――――・・・・・・

 

今はそんな事を考えている場合ではないというのに

早く、止まって・・・・・・っ!

 

なんとか必死に、心を鎮めようとする

その時だった

 

突然、辺り一帯の時空がぐにゃりと歪む

ばりばりばり! と言う音と共に、何かが時空の壁を捻じ曲げようとする気配が起こった

 

 

「――――沙紀っ!!」

 

 

鶴丸が慌てて沙紀の腕を引っ張ると、その腕に抱き寄せた

そして、今まで抜いていなかった「鶴丸国永」を抜刀する

 

「何かが・・・・・・」

 

 

「――――来るぞ!!!」

 

 

一気に辺り一帯に緊張が走る

こんのすけも警戒する様に毛を逆立てた

 

瞬間、それは起こった

この閉鎖された空間の上空に幾つもの時空転移時に起こる“時空の穴”が発生したのだ

それも、ひとつではなく、幾つもの“時空の穴”が開く

 

そして、稲妻の様にその“時空の穴”から、“何か”が降臨する

――――それは・・・・・・

 

赤い瞳に、ぼろぼろの鎧と武器

そしてただならぬ程の瘴気と殺気

 

間違いない

やつらは―――――

 

 

「――――時間遡行軍!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――天正7年7月・丹波 山姥切国広部隊

 

―――山城・小竜寺城 城下

 

 

「髭切、膝丸!!」

 

薬研が、集合場所に決めていた城下の外門の近くで待っていた二人を見つけ駆け寄てくる

 

「あ、薬研こっちだよ~」

 

と、手をひらひらさせながら髭切が薬研を呼んだ

 

薬研は汗を手で拭うと

 

「悪い、待たせた」

 

「大丈夫だよ~、手ぬぐい使う?」

 

そう言いながら、髭切が懐から手ぬぐいを差し出す

 

「ああ、悪いな」

 

薬研がその手ぬぐいを受け取ると、額に汗を拭った

 

「そっちはどうだったんだ? 薬研」

 

膝丸がそう尋ねると、薬研は「ああ・・・・・・」と声を洩らしながら

 

「ちょっと気になる噂があったな」

 

「気になる・・・・・・」

 

「噂?」

 

髭切と膝丸が顔を見合わせる

すると、薬研が周りを少し見て

 

「ちょっと、ここでは・・・・・・」

 

「なんだ? 言いにくい事なのか?」

 

膝丸の言葉に、薬研が「ああ・・・・・・ちょっと、な」と答えた

 

「とりあえず、城に戻る?」

 

「それがいいかも―――――しっ」

 

薬研が言い掛けた言葉を遮って、二人に静かにするよう促す

それで、髭切と膝丸も気づいたのか――――・・・・・・

 

「兄者・・・・・・」

 

「うん、分かってる」

 

そう言って。二振りが腰の刀に手を掛けた

 

「・・・・・・まいて来たと思ったんだが――――」

 

はぁ・・・・・・と、薬研が溜息を洩らすと、そちら・・・の方を見た

それから、その手に「薬研藤四郎」を握ると

 

「おい! いるのは分かってるんだ!! さっさと出て来い!!」

 

誰かに向かって叫んだ

だが、辺りはしーんとしたまま、誰も姿を現す気配がない

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

薬研が手に持っていた「薬研藤四郎」を構えた

 

「・・・・・・十数えるうちに出て来な。 でなければ――――」

 

そこまで言いかけた時だった

 

「ま、待ってっ!!」

 

そちら・・・の方から声が聞こえたかと思うと――――

おずおずと、その人物が姿を現した

 

それは

 

 

「え・・・・・・」

 

「女の、子・・・・・・?」

 

 

それは、小さな女の子だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、なんか時間遡行軍来たらしいꉂ🤣𐤔

一方、まんば隊の別動隊は謎の女の子と接触中~

 

 

2023.03.29