華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 32

 

 

――――― 丹波・亀山城

 

 

走っても 走っても、続く廊下

巨大な迷路のような、出口が見えない

 

「くっ・・・・・・、早く沙紀の元へ行かねば―――――」

 

時間が経つにつれて、嫌な予感がどんどん大きくなっていく

大包平が苛々しながら、あても無い廊下を走っていた

その後へ一期一振も続くが―――――・・・・・・

 

「お、大包平殿、少しお待ちを――――」

 

このまま闇雲に走ってもたどり着ける気がしなかった

何か、「印」の様なものがあれば――――

 

そう思って、必死に沙紀の「印」になる様な物を思い出そうとする

が―――――

 

「ちっ、せめて“華号”授与後なら探しやすいものを――――」

 

大包平がそうぼやいた

 

“華号”

彼の話だと、“審神者”就任時に本来授与される“号”だという

それは、唯一無二の品で同じ華号は存在しないという

つまり、“沙紀だけの印”になるのだ

 

だが、それすら与えずにこんなランクも騙す様な任務に宛がったこと自体“異常”であり、明らかに“政府”への不信感しか抱けなかった

 

その時だった

ふいに、大包平が足を止めた

 

「・・・・・・? 大包平殿? 一体どうし――――」

 

一期一振がそう問いかけようとした時だった

瞬時に、大包平が兵から奪った刀を構えた

 

 

 

「――――くるぞ!!!」

 

 

 

刹那

それは起きた

 

ざざざざざ という音と共に、無数の大きな蜘蛛らしきものが二振を囲む様に四方八方から現れたのだ

 

「これは――――」

 

一期一振も慌てて、兵から奪った刀を構える

 

「はっ! ここはどうやら、土蜘蛛の巣の中の様だな。 だが――――」

 

言い終わる前に、大包平が地を蹴った

そのまま ず・・・ばん!! と、目の前の土蜘蛛を一刀両断にする

 

「こんなもので、足止めをくらっている暇はない!!! 一期一振!! 後ろは無視しろ! 前方の行く手を阻む土蜘蛛だけ殺れ!!」

 

「――――はい!」

 

全滅させている時間はなかった

きっと、この巣を破壊しない限り無限に現れるだろう――――

 

ならば、一点に集中して活路を開いた方が確実だった

いっその事、“本体”を呼び戻したほうが楽なのだが・・・・・・

それをすれば、あの明智光秀に自分達の「生存」を知らせる事となる

それは避けたかった

 

「生存」を知られればそれだけ、不利になるからだ

可能ならば、「死んだ」と思わせておいて、油断を誘いたい

 

だが――――・・・・・・

 

「ちっ! こうも、多いと面倒だな!! これだから、くだらん妖は嫌いなんだ!!」

 

そう悪態付きながら、どんどん襲い掛かってくる土蜘蛛を斬り捨てていく

その時だった

 

ふいに、土蜘蛛の動きが鈍くなった

 

「・・・・・・? なんでしょう?」

 

一期一振が、不審そうに眉を寄せるが

大包平は“何か”の気配に気づいた

 

「これは―――――」

 

間違いない

何度も、政府にいる時に感じていたあの気配だった

 

「――――来たか、鶴丸国永!!」

 

それは、あの鶴丸の気配だった

 

間違う筈がない

何度も、同じ任務で背中を預けた間柄だ

 

「鶴丸殿が、ここに来られたのですか?」

 

一期一振が土蜘蛛を斬り捨てながらそう問うてくる

その問いに、大包平が頷いた

 

「おそらく、沙紀の元に直接降りた可能性が高い。 この気配を辿れば―――――」

 

その先に、沙紀がいる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― 天正7年7月・京 三日月宗近部隊

 

 

「あれ? 三日月さん?」

 

燭台切と大倶利伽羅が沙紀を探して、京の都で聞き込みをしていると

ふと、向こうの方から三日月がやって来た

その手に何かを持って

 

「――――一体どうし・・・・・・」

 

そこまで言いかけた時だった

ふと、三日月がしっと人差し指を口に当てて静かにするように合図を送る

 

「・・・・・・・・・・・・?」

 

思わず、燭台切と大倶利伽羅が顔を見合わす

 

「ついてまいれ」

 

そう言って三日月が歩き出す

なにかあったのか

三日月の纏う空気が少しピリピリしていた

 

 

 

 

燭台切と大倶利伽羅が連れていかれたのは、祇園祭の喧騒から離れた都の端の方だった

すぐそこに、都への朱雀大路へ続く羅城門もあった

 

羅城門の近くは、場所も場所であり、色々な逸話からあまり人が寄り付かない

そんな人気のない場所へ連れて来られたのだ

 

「三日月さん?」

 

燭台切が、三日月に声を掛ける

すると、三日月は持っていた“それ”をまるで二振に見せる様に差し出した

 

「これは――――」

 

それは、沸出来にえでき―――刃文に現れる粒子のうち、肉眼で識別できる大きさの白い結晶に、「小乱れ」のある刀だった

 

小乱れとは、「大互の目おおぐのめ」や「湾れ刃のたれば」といった代表的な刃文に分類することができない小さく複雑な模様のことを指し、その刀には、きらきらと美しく輝くにえと、鋒、切先に向かって描かれる美しい「小乱れ」が現れている美しい刀だった

 

誰が見ても一級品と分かるその刀を見て、大倶利伽羅が顔を顰めた

 

「あんた、それをどこで――――」

 

「譲り受けた」

 

「は?」

 

譲り受けた・・・・・・?

意味が分からず、大倶利伽羅が顔を更に顰めた

 

「でも、そんなすごそうな刀を譲ってもらったっていったい誰に――――」

 

燭台切のその言葉に、三日月が目を細めて

 

「未来の太閤殿下とでも言っておこうかのう」

 

「太閤――――豊臣秀吉か!?」

 

「今はまだ、“羽柴秀吉”殿だがな」

 

「という事はその刀は―――――」

 

秀吉が刀の収集家だった事は有名な話だ

あの「天下五剣」の内、数珠丸恒次以外の4振を所持していたほどだ

 

三日月宗近は正妻の「ねね」

大典太光世は盟友「前田利家」

そして、鬼丸国綱と童子切安綱は、そのいわくつき理由から、刀の鑑定家である「本阿弥家」に預けたのだ

 

秀吉が、鬼丸国綱と童子切安綱の2振を明らかに「冷遇」した理由は「鬼を斬った逸話」に不吉なものを感じていたと言われている

 

だとするとこの刀は――――

 

「これは“鬼丸国綱”だ。 羽柴殿が本阿弥家に預ける予定だった内のひと振りだな」

 

それはわかる

わかるが――――

 

「え? なんでそれを、三日月さんが持ってるの?」

 

すると、三日月が笑いながら

 

「だから、譲り受けたと言ったであろう? 羽柴殿からの直々の申し出だ」

 

「ま、まさか・・・・・・三日月さんがここに拘ってたのって・・・・・・」

 

「うむ、本当ならば童子切安綱も譲り受けたい所だったが・・・・・・、流石に本阿弥家に1振も持っていかぬわけにはいくまい?」

 

「え、でも、だからって・・・・・・これっていいの?」

 

歴史を変えてしまった事になるのではないだろうか

そう危惧しているのだ

 

すると、三日月は袖で口元を押さえ

 

「安心せよ、元々ここ・・は“隔離された世界”。 ・・・・・・つまり既に、歴史改変されて放棄された世界だ」

 

「放棄された、せ、かい・・・・・・?」

 

初めて聞くその言葉に、燭台切が首を傾げる

すると、三日月は小さく頷いた

 

「ああ、そうだ。 政府でも上層部の一部の者しか知らぬ事だ。 この世界は既に、世に見放された世界なのだ。 そして我らの主は、その“放棄された世界”の中に飛ばされたのだ――――“三老”の思惑によってな」

 

“放棄された世界”

“三老”

 

見知らぬ言葉が次々と出てきて、頭が混乱する

 

「ごめん、僕ちょっと頭がこんがらがって来たんだけど・・・・・・」

 

流石の燭台切も理解の範疇を超えているのか

頭を押さえて唸りだす

 

「・・・・・・あんた、何処まで知っていて、気づいているんだ?」

 

大倶利伽羅の言葉に、三日月が微かに笑う

 

「ほぼ、主らが疑問に思っていること全て――――と言ったほうが早いな」

 

「ええ――――と、待って! ちょっと整理させて!!」

 

と、燭台切がストップをかけた

 

「えっと、まず、ここは既に歴史が改変された世界で、修復不可能だった為に政府上層部が“放棄した”って事かな?」

 

「うむ」

 

「で、その放棄された世界だから、三日月さんが鬼丸国綱を秀吉公から譲り受けても、本来の歴史は変わらない・・・・・・?」

 

「そうだ」

 

「え? それって、いいの? っていうか、そんな“放棄された世界”って幾つもあったりするの?」

 

そこが疑問だった

この話から察するに、ここだけとは思えないからだ

 

すると、三日月はひと言

 

「ある」

 

と答えた

 

「この手の話は鶴の方が詳しい。 あやつは政府に7年間いたからな」

 

「え!?」

 

「なに?」

 

まさかのそこで出てきた「鶴丸」の名に、燭台切と、大倶利伽羅が反応する

 

「え、ええ? 鶴さんが7年も・・・・・・? それって、どういう――――」

 

「待て、光忠」

 

混乱する燭台切を遮る様に、大倶利伽羅が一歩前に出た

 

「何故、あんたはそんな事を知っている? そもそも、あんたは何者だ?」

 

「伽羅ちゃん、三日月さんに失礼だよ――――「光忠は黙ってろ」

 

止めようとした燭台切の言葉を、大倶利伽羅がばっさり切り捨てる

 

「最初からおかしいと思っていたんだ。 あんたは、俺達が“本丸”に来た時、既に“本丸”にいた。 何故、あそこにいた? ――――しかも、まるで沙紀を知っている様な口ぶりだったよな。 あんたの目的はなんだ? 沙紀の事は国永が頭を下げたほどだ。 もしあいつに害をなすならば――――」

 

そう言って、大倶利伽羅が刀に手を掛ける

 

「ま、待って! 待って待って!! 伽羅ちゃん、落ち着いて――――」

 

「止めるな、光忠!! こういう事は、はっきりとさせておかないと―――――」

 

と、あわや斬り合いになりそうな雰囲気を、ぶち壊すかの様に突然三日月が笑い出した

 

「――――安心せよ、主には危害が及ばない様にする為に俺はいるのだからな」

 

「・・・・・・“危害”だと?」

 

まるで、これから“危害が及ぶ事が起きる”とでもいう様な口ぶりに、大倶利伽羅が顔を顰める

 

「ここでの目的は達した。 “三老”の思惑も鶴が上手くかわしたようだしな、我らは主の元へ行くとしようか」

 

「は?」

 

まるで沙紀の居場所を知っているかのような口ぶりに、大倶利伽羅が今にもぶちきれそうになる

だが、三日月は気にした様子もなく

 

「ここに長居は無用だ。 下手をすれば“この放棄された世界に閉じ込められる”。 時空を閉じられたら、我らにはもう成す術がない――――時間はこれ以上かけられぬからな」

 

そう言うなり、簡易転送装置を起動させる

瞬間、ぱあああああと、3振の足もとに竜胆の紋の描かれた転送紋が現れた

 

「ちょと、待て! まだ話は――――」

 

「丁度、鶴も主の元へ着いたようだしな。 これで、正確に指針を合わせられる」

 

「おい!」

 

「詳しくは、全てが此度の任務が終わったら話そう。 今は先を急ぐ」

 

「待っ―――――」

 

その言葉を最後に、3振の姿がその場から消えたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― 丹波・亀山城

 

 

 

ふと、鶴丸が顔を上げた

 

「りんさん?」

 

不思議に思った沙紀が首を傾げる

すると、鶴丸は何か気付いたかのように

 

「近づいてくる」

 

「え?」

 

「なにが――――」と、言おうとした瞬間だった

突然、鶴丸の手が伸びてきたかと思うと、そのままぐいっと抱き寄せられた

 

「きゃっ・・・・・・」

 

突然の事に、沙紀が驚くが――――

鶴丸は素早く沙紀を背に庇うと、「鶴丸国永」を抜刀した

 

刹那

 

ぎいいいん!! という、刀と刀がぶつかる音が部屋中に響き渡った

 

「え・・・・・・?」

 

なに?

 

一瞬、何が起きているのか理解できず、沙紀がその躑躅色の瞳を瞬かせる

鶴丸の背の後ろからそっと前を見ると、彼の前に枯野色の髪の青年がいた

 

初めて見る青年だったが、その気配は知っているものだった

あれ、は――――

 

「地蔵行平です!! 主さま!!」

 

こんのすけが、そう叫んだ

地蔵行平と言ったら確か、明智家の短刀の――――

 

「では、あの彼は刀剣から誰かが顕現させた方なのですか?」

 

「そうです――――! ただ、あの地蔵行平殿からは、純粋な霊力が感じられません」

 

「純粋な霊力?」

 

「はい。 もっと別の―――おぞましい感じがします」

 

おぞましいって・・・・・・

聞いていて、気分のいいものではなかった

 

その間も、鶴丸は地蔵の攻撃を受け流しながら

 

「はっ、なるほどな。 ―――こいつは、“審神者”が呼び覚ましたんじゃなくて、無理やり呼び起こされたって訳か」

 

そう言いながら、素早く動く地蔵の攻撃を避けると、そのまま蹴り飛ばした

 

「――――っ」

 

地蔵が、顔を顰めながら後退する

 

「で? こんのすけ、こいつを呼び覚ましたのは例の明智か?」

 

「――――おそらくは、そうかと」

 

「そうか、なら―――破壊してもいいか」

 

そう言って、すっと「鶴丸国永」を構えた

 

破壊?

破壊とは「折る」と言っているのだ

そんな事をすれば、もう彼は――――・・・・・・

 

「ま、待ってください!!」

 

先が今にも攻撃態勢に入ろうとした鶴丸を止めた

 

「あ、あの・・・・・・つ、破壊はしないで刀に戻す事は出来ないのですか?」

 

「沙紀?」

 

「彼は、彼の意思で動いているようには見えないのです。 ですから――――」

 

そこまで言った時だった

ふと、鶴丸の手が沙紀の頭に乗せられた

 

「りん、さん・・・・・・?」

 

「・・・・・・沙紀は、あの地蔵が可哀想だと思うのか? 自分の意思でも無いのに、こうして顕現して勝てる見込みもない俺に立ち向かうのは」

 

「・・・・・・私の自己満足かもしれませんが・・・、出来れば、折らずに保護できないものかと・・・・・・」

 

向こうはこっちを殺す気できているのだ

それを、鶴丸に手加減してくれと頼んでいるのだ

 

難しいのは分かっている、でも――――・・・・・・

敵であっても、折れる姿は見たくない

 

「・・・・・・すみません、こんなわがままを――――・・・・・・」

 

そこまで言いかけた時だった、ふいに鶴丸が沙紀の頭を撫でた

 

「いや、きみが望むならそうしよう。 まぁ、ちょっと痛い目合わさないと刀に戻せないからな、そこは勘弁してくれよ?」

 

「・・・・・・はい」

 

「さて、じゃあさっさと片づけるか」

 

そう言って、鶴丸は抜刀していた「鶴丸国永」を鞘に仕舞う

瞬間、それを狙たかのように地蔵が襲い掛かって来た

だが――――

 

「はっ! お約束通り、ご苦労さん――――ってな!!」

 

鶴丸が素早く地蔵の手首を掴むと、そのまま捻り上げた

 

「・・・・・・っ」

 

地蔵が顔を歪める

からん・・・・・・という音と共に、地蔵の本体が手から落ちた

鶴丸はそれを素早く遠くへ蹴り飛ばすと、そのまま地蔵の腹めがけて拳で殴った

 

「ぐっ・・・・・・!!!」

 

地蔵が、さらに顔を顰める

だが、鶴丸の攻撃はそれだけでは終わらなかった

 

そのまま地蔵を床に叩き伏せると、その腕を捻り上げて身動き取れなくする

 

「沙紀!! 今のうちに地蔵の顕現を遮断しろ!!」

 

「え・・・・・・?」

 

顕現を、遮断・・・・・・?

 

それは、顕現を解くという事だろうか?

しかし、地蔵は沙紀の力で顕現しているわけではない

 

ならば、その力の源を先に見つけなければいけない

 

でも――――

それしか、彼を助ける方法がない

 

「・・・・・・分かりました。 少しだけ時間を稼いでください。 力の元を先に探します」

 

これは時間との勝負だ

ぐずぐず考えている暇はない

 

出来るだけ、早く特定しなくては――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、今回はまんば隊がお休みでーす

その代わり、「隔離された世界」のチームが動いております

とりま、地蔵が襲ってきたが・・・・・・やつの性格がよくわかりません笑

 

2023.02.26