◆ 弐ノ章 出陣 31
――――― 天正7年7月・京 三日月宗近部隊
三日月は、昨日と同じく茶屋の縁台に腰かけたまま、ざわめきだした方に目線だけを送ると
「おお~これが噂の祇園祭か! 活気があっていいのぉ!!」
と、大きな声ではしゃぐ、派手な鎧に兜をかぶった猿の様な男がいた
ひと目見ただけでわかる
この時間軸の後の豊臣秀吉――――今は、織田家家臣の羽柴秀吉と名乗っていだろうか
その横には利発そうな若い青年と、少し小太りの狸の様な男がいた
「ふむ・・・・・・」
三日月は一度だけ、そちらに目線を送ると再び持っていた茶を飲んだ
すると、猿の様な男は当たりをきょろきょろと見回し、目をきらきらさせていた
それを見かねた様に、利発そうな青年が「はぁ・・・・・・」と、小さく溜息を付き
「秀吉様。 物見遊山に来たわけでないのですよ?」
そう戒める様に言うと、秀吉と呼ばれた男は笑いながら青年の背をばんばんっと叩き
「そう言うな、三成!! 丁度よい、あそこの茶屋で休憩にしようじゃないか! のう、家康殿もどうじゃ?」
そう言って、隣の小太りの狸の様な男に語りかける
男は、「は、はぁ・・・・」と、諦めにも似た返答した
おそらく、いつもの事なのだろう
三成と呼ばれた青年が仕方なさげに、茶屋の方に歩いてくる
一瞬、茶屋の縁台に座って茶を飲んでいた三日月を見るが、そのまますっと通り過ぎていき
「この茶屋の主人はいるか!」
そう声を掛けた
すると、茶屋の女主人が慌てて表に出てくる
「私めが、この茶屋を営んでおりますが・・・・・・お武家様は――――・・・・・・」
とそこまで言いかけて、後ろからやって来た秀吉を見て「あ!!」と叫んだ
「我が主人が、この茶屋で休憩を取りたいと申しておる。 席はあるか?」
青年の言葉に女主人は平伏したまま
「は、はい! 直ぐにご用意を!!」
そう言って慌てて、給仕していた娘に奥へ伝える様に指示を出す
そして、女主人はこの茶屋で一番奥の部屋へ案内しようとしたが――――・・・・・・
「こんな天気の良い日じゃ、外の縁台でいいだろう! のう、家康殿も一緒に縁台で茶と団子を馳走になろうではないか!」
そう言って、外の赤い縁台の方にどさっと腰かける
「秀吉様! そこでは警護が――――」
青年がそう言いかけるが、秀吉はひらひらっと手を振って
「硬い事を言うな、三成。 お前もどうだ?」
あっけらかんとそう言いだしたら、もう聞かない事を知っているのか・・・・・・
青年がまた諦めにも似た溜息を洩らした
「私は、遠慮致します」
そう言って、すっと外に一番近い席に座る
そうこうしている内に、茶屋の給仕をしていた娘が秀吉に、茶と団子を運んできた
「おお、うまそうじゃのう!」
そう言って、1本目の串団子を早速頬張りながら、二本目の団子に手を伸ばしていた
その時だった
「ん?」
ふと、秀吉の視界に三日月が入った
三日月を見た瞬間、秀吉が驚いた様に団子をぽろっと落とした
「・・・・・・これは、たまげた・・・」
そう言って、三日月を見る
視線に今気づいたかのように、三日月が秀吉の方を見た
「如何致した? 俺の顔に何かついていたか?」
そう問いかける
が、秀吉は放心したまま、三日月を見ていた
だが、後ろの席にいた青年が黙っていなかった
すっと、腰の刀に手を掛けると
「貴様、この方をどなたと心得る!」
そう言って、今にも三日月に斬りかかってきそうだった
だが、三日月は何でもない事の様に茶を啜ると
「はて、俺の知り合いではないと思うが・・・・・・?」
そうとぼけてみせた
それが青年の癪に障ったのか、刀の鯉口を切る音が聞こえた
「きさまぁ!!!」
今にも青年が刀を抜こうとした時だった
ふいに、秀吉がばっと手で青年を制した
そして、ふらふらとした足取りで三日月に近づくと
「そなた、名を・・・・名を何という?」
まるで、三日月に中てられたようにその視界は定まっていなかった
三日月は、持っていた茶を横の盆の上に置くと
「俺か? 俺は、三日月宗近という」
「三日月、むね、ち、か・・・・・・?」
一瞬、場がしーんと静まり返る
だが、三日月は気にした様子もなく、ゆっくりとした面持ちで微笑んだ
「そうだ――――三日月宗近、それが俺の名だ」
すると、秀吉が面白いものを見たかのように突然笑いだした
「は、はは、ははははは! これは面白い!! あの天下五剣として名高い名刀“三日月宗近”と同じ名か!!」
「そうだな、同じだな」
そう言って、三日月も笑って見せた
すると、秀吉が三日月の横に座り
「おぬし、面白いのう!! なんぞ、ぬしの親御殿はその名をぬしに与えたんだ!?」
「それは、俺の知る所ではないなぁ・・・・・・。 まぁ、今の“主”にはよくしてもらっておる」
「おお、そういえば名を名乗っていなかったな! 儂は羽柴秀吉という! あっちの縁台に座っているのは、徳川家康殿。 そして、そこで血管が切れそうな顔しておるのが儂の腹心の石田三成じゃ」
そう言って、秀吉が二人に来い来いと手招きする
石田三成と呼ばれた青年は嫌々そうに
徳川家康と呼ばれた小太りの狸の様な男は、少し遠慮がちに
それぞれ、秀吉の傍にやってきた
すると、秀吉は目を爛々とさせながら
「あれを、もて!」
そう言って、三成に何か指示を出した
すっと、三成が頭を下げて何処かへ下がっていく
「儂は刀には目が無くてのう、刀は美しい! 最高じゃ!! その中でも天下五剣は名だたる名刀ばかりだ。 その名刀と同じ名の通り、美しいおぬしが気に入ったぞ! ぬし、儂に仕えぬか?」
そう言って、秀吉が楽しそうに笑う
三日月は、一度だけその三日月色の瞳を瞬かせると
「生憎と俺の“主”は既に決まっておる。 俺はこの命続く限り“主”の元を離れる気はない。 羽柴殿の誘いは悪いが辞退させていただこう」
そう言って、にっこりと微笑んで見せる
すると、秀吉は面白いものでも見たかのように
「そうか! ははははは! 振られてしまったのう!!」
言葉ではそう言っているが、全然残念そうに見えなかった
むしろ楽しそうだった
その時だった、下がっていた三成が何かの包みを持って戻って来た
「秀吉様。 こちらを如何な去るおつもりですか?」
そう言って、包みから出てきたのはひと振りの刀だった
「これは・・・・・・」
三日月が一瞬目を細める
「天下五剣の一振“鬼丸国綱”じゃ」
そう言って、秀吉はその鬼丸国綱には触れる事をせずに布を掛け直す
「実は、この刀は“鬼を斬った”といういわくつきでのう・・・・・・。 刀は好きじゃが、なんとなく傍に置いておきたくないんじゃ。 しかし、この刀は儂の主君である信長様から下賜して頂いたものだ。 捨てる訳にはいかぬ」
「ふむ・・・・・・して、羽柴殿は如何様にするつもりで?」
「鬼門よけの意味を込めて京の次郎三郎殿の元に預けようと思っていた」
次郎三郎とは、刀剣の鑑定、研磨、浄拭を家業とする、本阿弥家の長男の本阿弥光悦事を指す
刀鑑定よりも、後世では書家、陶芸家、蒔絵師、芸術家、茶人として名がしれている人物だ
「だが、気が変わった!!」
そう言って、三日月を見ると鬼丸国綱には触れずに三日月の方へと寄せ
「同じ天下五剣の名を持つそなたなら、これを預けるに相応しいと思ったのじゃ! 鬼門除けよりも御利益がありそうじゃろう?」
そう言って、にかっと笑い
「儂がこの“鬼丸国綱”をそなたに譲り渡す! まぁ、これも何かの縁じゃ。 受け取ってくれんか?」
「・・・・・・・・」
三日月は、すっと鬼丸国綱に視線を落とした
そして、すっとその刀に触れる
それから静かに、息を吐くと
「・・・・・・あい分かった。 羽柴殿の申し出、俺で良ければ引き受けよう」
そう言って、そのまま鬼丸国綱をその手に収める
「そうか! 引き受けてくれるか!!」
秀吉が嬉しそうに笑う
「だが、ひとつ――――この刀は俺ではなく、俺の“主”に渡してもよいか? 俺は既に“自分の刀”を持っているからな」
そう言って、腰にはいている「三日月宗近」に触れる
きいいいんと、微かに鬼丸国綱と共鳴していた
しかし、秀吉にはその共鳴はわからなかったらしく
「構わんよ! おぬしの仕えている主君ならば、安全じゃろうて」
その時だった
「秀吉様、そろそろ出立した方が――――」
三成が、秀吉に耳打ちする様に伝える
それを聞いた秀吉が「おお!」と何かに気付いたかのように立ち上がった
「儂は今から信長様の命で南下せねばならぬ! おぬしとの話は楽しかったが、時間が惜しいのでのう、そろそろ行かねばならん」
そう言って、三成に茶屋にお代を払わせると、そのまま「また縁があったら会おうではないか!」と言って手を振りながら人込みの中に消えていった
あれが―――羽柴、いや、“豊臣秀吉”か・・・・・・
まるで、嵐の様な男だった
秀吉が見えなくなったのを確認した後、三日月は渡された鬼丸国綱を見た
「おぬしも、難儀だな」
そう呟いて
◆ ◆
―――――天正7年7月・丹波 山姥切国広部隊
―――山城・小竜寺城
薬研達が城下に行っている頃
山姥切国広は小竜寺城の一室で固まっていた
目の前には、ここの城主・細川忠興の正室の玉子がいた
玉子は少し頬を赤く染めながら、もじもじとしつつ、時折山姥切国広を見てはまた顔を赤くして俯くのを繰り返していた
どう、しろと・・・・・・?
これを、どうしろというのだ!!!
と、山姥切国広が心の中で叫んだのは言うまでもない
「えっと、その・・・・・・あんたは――――・・・・・・」
そこまで山姥切国広が口を開いた時だった
ぱっと、玉子が嬉しそうに顔を上げて
「は、はい! 玉子と申します!!」
「あ、ああ・・・・・・」
別に、名前を聞いたわけじゃないんだが・・・・・・
薬研に「誘惑しろ」と言われたが、相手は人妻な上に、歴史上の重要人物だ
そんなことできる訳がない
そもそも、沙紀以外をなんて――――・・・・・・
と、そこまで考えて山姥切国広は顔を抑えた
何を考えているんだ、俺は・・・・・・
あいつは、沙紀は――――・・・・・・
脳裏に、沙紀の顔が過ぎる
笑っていつもの様に『山姥切さん』と優しく呼んでくれる彼女の顔が――――
今頃、何処にいるのか
いけるものならば、今すぐにでも探しに行きたいのに――――・・・・・・
思う様に動かせないこの身体が憎かった
と、その時だった
玉子が、少し小さな声で
「あの・・・、“沙紀様”というのは・・・・・・国広様の恋人様・・・で、しょう、か?」
「・・・・・・恋っ・・・!?」
まさかそう言う風に尋ねられるとは露とも思わなかった山姥切国広には不意打ちの攻撃だった
瞬間的に、顔がかぁっと赤くなる
そんな様子の山姥切国広を見て玉子が少し、視線を落として
「やはり、恋人様なのですね・・・・・・」
と、切なそうに呟いた
だが、山姥切国広はそれどころではなかった
あいつが・・・沙紀が、俺の・・・・・・?
鶴丸でもなく、三日月でもなく、俺の――――・・・
「・・・・・・・・っ」
考えただけで、顔が一気に熱を持つのが分かる
そんな事あるはずないと、分かっているのに
それなのに、考えてしまう
もし、沙紀が鶴丸ではなく自分を選んでくれたら――――と
そしたら、俺は・・・・・・
「沙紀様が、少し羨ましいです・・・・・・。 こんなに国広様に愛されているなんて・・・・・」
そう言う玉子は、少し寂しそうだった
まるで、自分は違う――――とでもいう様に
なんとなく、その言い方に違和感を感じ取り、山姥切国広が首を傾げた
「・・・・・・あんたは、違うのか?」
その言い方だとまるで――――・・・・・・
山姥切国広の言葉に、玉子が一瞬大きく目を見開いたかと思うと、少し悲しそうに視線を落とし
「・・・・・・忠興様は、優しいお方です。 でも、別に私を愛してくださっている訳ではない。 仕える主君からの命で仕方なく私を奥に入れて下さっただけです」
そう言って、玉子がぎゅっと着物を掴む手に力を籠めた
「私、結婚初夜まで忠興様のお顔を拝見した事すらなかったのですよ・・・・・・? 言葉を交わした事も、文を頂いた事も―――――それなのに、愛されているなんて…思えますか・・・・・・?」
そう言う玉子の声は震えていた
◆ ◆
――――― 丹波・亀山城
水鏡にうつる土蜘蛛の最期を見て、光秀はくすりと笑った
「ああ、存外妖の欠片程度など役に立たないものですね・・・・・・そうは思いませんか?」
そう言って、彼の後ろに立つ枯野色の髪の青年に話しかける
「・・・・・・・・・」
青年は無言だった
光秀はくすっと笑うと
すっと、青年の方に手を伸ばし
「私は、貴方に“期待”しているのですよ・・・・・・? 貴方ならば私の願いを叶えてくれる――――と」
「・・・・・・・・・」
青年の瞳が微かに揺らめいた
それが答えだと言わんばかりに、光秀が笑う
「そう―――それでいいのですよ。 貴方は私の指示にさえしたがっていればいい――――ねぇ? 地蔵行平・・・・・・」
今回、夢主はお休みでーす(名前変換箇所はありますが)
メインはじじいと秀吉の邂逅ですな
鬼丸国綱を手に入れるのが目的ですわww
や、こうやっていかないと全部鍛刀して出すとか無理やし~~~笑
2023.01.13