華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 27

 

 

 

――――― 丹波・亀山城

 

 

 

「・・・・・・姫?」

 

琥珀の瞳をした青年が、沙紀に向かって優しげに笑う

 

「・・・・・・・・・・」

 

沙紀は、ごくりと息を呑んだ

どくん、どくん と次第に鼓動が早くなる

 

「・・・・・・ど、なた、です・・・・か・・・・・・・・・?」

 

沙紀の問いに、青年が微笑んだ

 

「僕の名を、お忘れですか? それとも、僕を焦らして気を惹こうとなさっていらっしゃるのかな・・・・・・? 可愛らしい御方だ」

 

彼が何を言っているのか・・・・・・

沙紀には、理解出来なかった

 

本能的に、彼に関わってはいけないと何かが囁く

 

沙紀が一歩後ろへ後退した時だった

それに気づいた彼が、すっと沙紀の手を取ろうと、腕を伸ばしてきた

 

微かに彼が手に触れた瞬間――――・・・・・・

びりりっと、痛みが走った

 

 

「・・・・・・・・・っ、触らないで!!!」

 

 

咄嗟に、その手を払い除ける

 

払われた手を、青年が少しだけ驚いた様にその琥珀色の瞳を瞬かせた

 

「・・・・・・姫?」

 

「・・・・・・・・・っ、わ、私は“姫”などではありません!」

 

そう返すが、青年も周りの侍女も通じないのか

 

「姫様? 姫様は、光秀様のご息女の玉姫様ですよ? どうされたのですか?」

 

侍女が心配そうに尋ねてくる

 

玉姫・・・・・・?

光秀様のご息女って・・・・・・

 

脳裏に、あの「玉子」と呼ばれていた幼い少女が浮かぶ

 

「なにを、仰って――――・・・・・・」

 

意味が分からない

 

「姫君こそ、どうされたのですか?」

 

青年がそう言って、微笑む

まるで、沙紀がおかしな事・・・・・を言っているかのように――――・・・・・・

 

「・・・・・・貴方方こそ、本当の玉子様・・・・・・はどうされたのですか!?」

 

沙紀のその言葉に、青年がくすっと面白いものを見るかのように笑った

 

「可笑しなことを・・・・・・貴女様が僕の婚約者の“明智玉子”様ではありませんか」

 

「――――・・・・・・っ!!?」

 

一瞬、聞き間違えかと 自身の耳を疑った

 

私が・・・・・・玉子様・・・・・・?

 

昨夜の、光秀とのやり取りを思い出す

 

光秀は沙紀に「玉子の代わりに細川家に嫁いでほしい」と言ってきた

そして、沙紀はその申し出に頷かなかった・・・・・・

 

それなのに

これではまるで――――・・・・・・

 

「姫?」

 

青年が一歩こちらへ近づいてくる

 

駄目だ・・・・・・

きっと、何を言っても通じないのだわ・・・・・・

 

彼らの中で、もう「沙紀」は、「明智玉子」なのだ

 

逃げなくては――――・・・・・・

 

咄嗟にそう思った

それなのに、動揺のせいか足が上手く動かせない

 

「さぁ、姫・・・・・・」

 

また一歩、青年が近づいてくる

 

「・・・・・・・・・」

 

だめ、だ・・・・・・

まるで、透明な糸に絡めてられたかの様に、身体が動かない

 

また、一歩青年が近づいてきた

 

お願い、動いて!!!

 

心の中でそう何度も叫ぶのに

身体が言う事を聞かない

 

 

 

「さぁ――――・・・・・・」

 

 

 

その時だった

 

 

 

 

“―――― 沙紀!!!”

 

 

 

 

「――――え・・・・」

 

頭の中に、鶴丸の声が聞こえた様な気がした

刹那、身体から糸が切れたかのように 自由になる

 

沙紀は、すぐさま踵を返すと青年から距離を取る様に走り出した

走り去る沙紀を見て、青年がくすっとその口元に笑みを浮かべる

 

「ああ、“鬼ごっこ”ですか。 いいですよ、お付き合いしましょう」

 

そう言って、侍女たちに何か指示を出した後

ゆっくりと沙紀が走り去った廊下を歩き始めた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― 天正7年7月・京 三日月宗近部隊

 

 

 

朝から、京の都は賑やかだった

祇園祭期間というのもあり、流石に夜の様に祭囃子は聞こえてこないが

いたる所に出店が並び、街はお祭り状態だった

 

昨夜――――

三日月が祭りを目一杯堪能して疲れたのか

宿で寝ていると、大倶利伽羅が何処からか帰ってきていた

 

疲れたかのように、目を抑えると

傍にあった杯に水差しから水を灌ぐと、そのまま一気に飲み干していた

 

まるで、やりきれない気を押し殺したような大倶利伽羅を見て

燭台切は、いてもたっても居られなくなり、そっと声を掛けた

 

「伽羅ちゃん、大丈夫?」

 

そう声を掛けると、大倶利伽羅が「あ?」と、不機嫌そうにこちらを見た

あからさまに、怪訝そうな態度を取る大倶利伽羅に燭台切は手を合わせて

 

「今日はごめんね。 目を離すと三日月さんがすぐどっかいちゃってて・・・・・・。 でも、僕も沙紀君のことがやっぱ気になるし、心配だから・・・・・・明日は一緒に探すよ」

 

燭台切の言葉に、一瞬大倶利伽羅が眠る三日月を見る

 

「・・・・・・明日も、三日月の世話があるんじゃないのか?」

 

「世話って・・・・・・。 三日月さんも何か思う所があるみたいなんだよね。 なんだろう? 何か“待っている”感じ」

 

「待つ?」

 

「うん――――・・・・・・上手くは言えないけれど――――・・・・・・」

 

今日の三日月は祭りを楽しんでいる振りをして

まるで何かを“待つ”様な仕草を度々していたのだ

 

それが何なのか、燭台切には分からなかったが・・・・・・

少なくとも、ただ祭りで「遊んでいる」様には見えなかったのだ

 

燭台切の話をひとしきり聞いた後、大倶利伽羅は小さく息を吐くとその場にごろんっと横になった

 

「伽羅ちゃん?」

 

「・・・・・・明日も早い。 あんたもさっさと休んだ方がいい」

 

大倶利伽羅のそっけないが、燭台切の事を気にしている様な言葉に

燭台切が、嬉しそうに

 

「そ、そうだね! あ、じゃぁ、明日は僕がお弁当作っておくよ!!」

 

「・・・・・・遊びに行くんじゃないんだぞ」

 

「分かってるよ! でも、お昼ごはんとか必要でしょ?」

 

「・・・・・・はぁ、好きにしろ」

 

そんな会話を繰り返していたから気付かなった

三日月が、静かに“聞いていた”事に――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― 丹波・亀山城

 

 

「どうなってるんだ!? この城は!!」

 

大包平が発狂しそうな勢いで叫んだ

流石の一期一振も参っているからか、突っ込みすら忘れ汗を拭った

 

「そうですね、まるで同じ場所をぐるぐると回っている気分です」

 

そうなのだ

地下から地上に上がったまでは良かった

が・・・・・・

 

何故か、大きな巨大迷路に迷い込んだかの様に、先へ進めないのだ

行けども 行けども、同じ風景ばかり

永遠と続く迷宮に入ってしまったかのようだった

 

一期一振は少し考え

 

「・・・・・・大包平殿は、ここは“閉鎖された空間”だと言われましたよね?」

 

「ん? ああ、それがどうしたというんだ?」

 

「もしかしたら、空間が閉じようとしている――――という可能性があるでは・・・・・・と、思いまして」

 

そう――――ここは“放棄された世界”なのは間違いなかった

そこへ意図的に・・・・送り込まれたのだ

 

もし、その空間を“政府上層部”辺りが干渉しているとしたら――――・・・・・・

 

「まぁ、可能性の1つとしてはありかもしれんが――――・・・・・・」

 

果たして、そこまで干渉する力が“政府上層部”にあるだろうか・・・・・・?

何かもっと“別の力”が働いていそうな――――

そんな気がしてならなかった――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・・・・、はぁ・・・・・・」

 

沙紀は当てもなく廊下を走っていた

何処に向かえばいいのか、誰に助けを求めればいいのかすら分からない

 

でも・・・・・・

さっき、りんさんの声が聞こえた気がした・・・・・・

 

それは、鮮明にはっきりとした“音”として

沙紀には聞こえたのだ

 

もしかしたら、鶴丸がこちらの位置を特定して来てくれるのかもしれない――――

 

そんな淡い期待を抱いていた

先ほどまでは

 

だが、時間が経てば経つほど、どんどん不安が押し寄せてきた

もしかしたら、思い違いだったのでは・・・・・・

もしかしたら、彼も巻き込んでしまうのでは・・・・・・と

 

もし、そんな事になったら

自分で自分が許せなくなる――――・・・・・・

 

「はぁ・・・・・・、はぁ・・・・・・」

 

沙紀は、息を切らせながら廊下の曲がり角手前で足を止めて呼吸を整えようとした

普段から、もっと運動をしておけばよかったと

今更ながら後悔する

 

「はぁ・・・・・・」

 

沙紀は天を仰ぐように顔を上げると、そのまま壁に寄り掛かった

流石に、走りっぱなしだったせいで、足にうまく力が入らない

 

でも、こんな所で悠長にしている訳にもいかない

いつ、先ほどの青年が来るかも分からない

それに――――・・・・・・

 

「大包平さんと、一期さんも、探さないと――――・・・・・・」

 

そう思って、顔を上げた時だった

 

 

 

「おや、姫。 もう“鬼ごっこ”はお終いですか?」

 

 

 

後ろから聞こえてきた声に、沙紀がぎくりと顔を強張らせた

 

う、そ・・・・・・

 

いつの間に傍まで来たのか――――・・・・・・

あの青年が、目の前にいたのだ

 

気配など感じなかった

それなのに――――・・・・・・

 

「あ・・・・・・」

 

動揺のあまり足がもつれそうになる

 

「おっと」

 

不意に伸びてきた青年の手が、沙紀の身体を支える様に触れた

瞬間――――びりりっと、先ほどと同じ様に触れられている場所に痛みが走った

 

「・・・・・・・・・っ、は、放してください!!」

 

そう言って、青年の手から逃れようと暴れるも――――

青年の力に沙紀が敵う筈もなく

 

「ふふ、“鬼ごっこ”は、僕の勝ち・・・・・・ですね」

 

と、青年が無邪気に笑った

そして、そっと沙紀の頬に触れ

 

「では、勝利者の僕に“ご褒美”いただけますか?」

 

そう言って、そっと顔を近づけてきた

 

「――――・・・・・・っ、や・・・・・・っ」

 

 

 

いや・・・・・・っ!!!

 

りんさん・・・・・・っ!!!

 

 

 

その時だった、ふっと後ろから影が落ちた

それに気づいた青年が、「おや・・・・・・」と声を洩らした

 

「・・・・・・?」

 

沙紀が、ぎゅっと閉じていた目をゆっくりと開けると――――

そこには、昨夜面会した明智光秀が立っていた

沙紀が慌てて叫ぶ

 

「明智様!! これは一体どう、い、う・・・・・・」

 

そこまで言って、沙紀が大きくその躑躅色の瞳を見開いた

彼の持っていた刀を見て

 

そう――――彼の手には、「大包平」と「一期一振」があったのだ

 

「明智様・・・・・・? その刀をどこで・・・・・・」

 

沙紀に言われて光秀が「ああ・・・・・・」と思い出したように持っていた刀を見た

 

「これかい? これは、少し邪魔だった羽虫を始末しただけだよ」

 

そう言って、にやりとその口元に笑みを浮かべた

 

「し、まつ、って・・・・・・」

 

ま、さか・・・・・・

大包平と一期一振の身に何かをしたというのだろうか

 

どんどん、血の気が薄れていく沙紀を見て光秀が心配そうに

 

「我が娘はやんちゃで申し訳ないね、細川殿。 姫、ちゃんと細川殿にご挨拶なさい」

 

「何、言っ・・・・・・・・・・・・え?」

 

そこまで言いかけて、沙紀は信じられないものを見た様にその瞳を大きく見開いた

光秀の瞳が 昨夜面会した時とは異なり、赤く光っていたからだ

 

「あけ、ち、さま・・・・・・?」

 

「“明智様”? 何を言っているんだい、我が娘は――――いつも通り父上と呼びなさい」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

どう、いう、こ、と・・・・・・

 

大包平と一期一振がここに「刀」としてあって

そして、明智光秀の瞳が赤くなっていて・・・・・・

自分が「玉子」になっていて――――・・・・・・

 

そう――――

まるで、「最初からそうだった」様に――――・・・・・・

 

ふと、光秀が思い立ったように

 

「ああ、どうだろう細川殿。 このまま姫を今宵は傍に置いては――――きっと、心地よいと思うよ」

 

え・・・・・・

 

「・・・・・・義父上が許可して頂けるのでしたならば、願ってもありません」

 

何を、言っているのだろうか・・・・・・?

「今宵は傍に」

それが何を意味するのか――――沙紀にも分かった

 

しかし、今はまだ「朝」で――――・・・・・・

 

 

「・・・・・・う、そ・・・・」

 

 

外を見るといつの間に日が沈み夜に変わっていたのだ

 

いつの間に・・・・・・!!?

 

そう思うも、言葉を発する前に

沙紀を抱き止めていた青年の手に力が込められた

 

「では、姫。 今宵は僕と共に――――・・・・・・」

 

「あ・・・・・・」

 

びりりっと、また身体に痛みが走って動けなくなる

そんな二人をみて、光秀が微笑ましそうに

 

「これは、初孫の顔を拝める日も近そうだな。 ああ――――丁度、そこの部屋は姫の部屋です。 お好きに使われて構いませんよ」

 

そう言って、光秀の指したほうを見ると

そこは、「今朝」自分が連れていかれていた部屋だった

 

そ、んな、筈・・・・・・

 

一体何が起きているのか・・・・・・

先ほどから、「ありえない」事ばかりで、頭が追い付かない

 

「では、姫。 参りましょうか」

 

そう言って、そのまま青年が沙紀を抱き上げる

 

「・・・・・・っ、や・・・・・・」

 

全身に痛みが走る

だが、痛みを気にしている余裕など今の沙紀には無かった

 

 

「明智様!!!」

 

 

必死に、駄目だと分かっているのに

光秀に助けを乞う

しかし、光秀は笑ったまま、見ているだけだった

 

「姫」

 

不意に、首元に青年の声が響く

ぞくりっと背筋が凍る気配がした

 

「や・・・・・・い、や・・・・・・」

 

泣きたくもないのに、ぼろぼろと涙があふれてくる

 

「泣くほど、嬉しいのですか?」

 

にっこりと青年が笑った

 

ゆっくりと閉められる障子戸が、現実をまざまざと見せつけられる

 

 

りんさん・・・・・・

 

 

「・・・や・・・・・・」

 

寝所に連れていかれてそのまま、押し倒される

 

「・・・・・・ぁ・・・・や・・・・・・」

 

 

りんさん・・・・・・っ

 

 

恐怖で声が震える

すると、青年がそっと微笑み

 

「ご安心ください。 最初は痛いだけで――――すぐに気持ちよくなりますよ」

 

 

「あ・・・・ぁ、あ・・・・・・」

 

 

 

りんさん・・・・・・っ!

 

 

 

心の中で、必死に叫んだ

届くはずないと分かっているのに・・・・・・

 

 

りんさん・・・・・・っ

 

 

 

        助けて・・・・・・・・・・・・っ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ガチでヤバ目ですぞwww

鶴丸―――――!!! 早くううううううう!!!

 

 

2022.09.16