華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 28

 

 

――――― 丹波・亀山城

 

 

「いや・・・・・・や、めっ・・・・・・・・・」

 

沙紀は青年から逃れようと、何度も何度も叫んだ

しかし、助けなど誰も来ず

それどころか、沙紀が涙を流して叫ぶ度に、青年は嬉しそうに微笑んだ

 

「嬉しいですよ、姫。 そんな僕を求めてくれるのですね?」

 

「・・・・・・っ、ちが・・・・」

 

言葉が通じない―――――・・・・・・

 

そう思った

沙紀が何を言おうと彼には通じないのだ

 

「姫」

 

すっと青年が顔を近づけてきた

ぎくりと沙紀が顔を強張らせる

 

手が・・・・・・

いつの間にか、青年の手が沙紀の乱れて露になっていた白いももに触れていた

 

「・・・・・・・・っ、や・・・・・」

 

沙紀が思わずその手を払おうと手を伸ばすが、その手はあっという間に青年の手によって遮られたかと思うと、そのまま上へと片手で抑え込まれた

 

「だめですよ、姫。 貴女は僕の花嫁に今宵なるのですから――――・・・・・・」

 

「・・・・う、ぁ・・・・・・・・っ」

 

 

ぎりっと手首を抑え込まれて、沙紀が痛みで顔を顰める

しかし、青年はそんな沙紀の表情にうっとりとしながら

 

「そんな顔も、愛らしい・・・・・・」

 

そう言って、沙紀の頬に顔を寄せると,舌で這う様に彼女の頬を舐めた

 

びりっと、痺れるような痛みが頬に走る

 

「や、やめ・・・・・・」

 

なんとか抵抗の意を示すが、青年が触れる箇所から痛みが全身にどんどん広がっていく

まるで“毒”が身体に徐々に浸透していくようで―――――

 

「・・・ぁ・・・・・・・・・っ」

 

こえ、が・・・・・・

 

ふと、それに気づいた青年がにっこりと微笑んだ

 

「ああ・・・・・・やっと、貴女を僕のものにできるなんて――――・・・・・・」

 

そう言いながら、うっとりと顔を恍惚に見入った様に顔を歪ませた・・・・

 

「姫・・・・・・この瞬間を待っていました」

 

「・・・・・・・・・っ、・・・・・・ぁ・・・」

 

上手くでない声を何とか絞り出そうとするが“音”にすらならない

声すら出せないまま、身体も毒が回ったかのように痺れて動かせない

 

このままじゃ・・・・・・

 

この後、どうされるのか――――

最悪の事態を想像して、背筋がぞっとした

 

このまま

こんな見ず知らずの人に・・・・・・私は・・・・・・

 

脳裏に銀髪に金目の彼が、浮かんだ

 

「・・・・・・・・・っ」

 

りんさん・・・・・・っ!!

 

泣きたくないのに涙が溢れ出てくる

 

悔しくて、悲しくて、辛くて―――――申し訳なくて・・・・・・

だが、そんな涙を流す沙紀を、青年が愛おしそうに触れてくる

 

「ああ―――姫、貴女が欲しい・・・・・・」

 

そう言って、顔を更に寄せてくる

 

「貴女の全てが、僕の物になれば――――」

 

口唇が、触れるか触れないかの距離で彼が囁く

 

「貴女は僕を、愛してくださいますか?」 ―――――と

 

瞬間、視界がぐにゃっと崩れた――――気がした

 

え・・・・・・?

なに、が――――・・・・・・

 

その時だった

 

 

 

 

「――――おい」

 

 

 

 

一等低い声が部屋の中に響いた

突然伸びてきた刀の刃が青年の頬をかすめる

 

「・・・・・・・・・っ」

 

その声に、沙紀がはっとして顔を上げた

 

あ・・・・・・・・・・

 

流れる様な銀糸の髪に、鋭い金色の瞳――――

それは――――・・・・・・

 

 

 

「お前、俺の女に手を出すとは・・・・・・死にたいみたいだな」

 

 

 

り・・・んさ、ん・・・・・・っ

 

それは、沙紀が焦れて焦れて止まなかった鶴丸国永

そのひとだった――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――天正7年7月・丹波 山姥切国広部隊

―――山城・小竜寺城

 

 

「・・・・・・は?」

 

この時の山姥切国広は、間抜けにも口をぽかんと開けしまった

目の前には、薬研や髭切、そして膝丸もいた

 

手当をしてくれている薬師が

 

「ですから、この怪我の具合から察するに、三カ月は大人しくしておかないとなりません」

 

「・・・・・・そんな時間はない」

 

きっぱりと言い切る山姥切国広に薬師が困ったかの様に

 

「そう申されても―――貴方は肋骨6本、他に鎖骨、胸骨、脊柱にまでひびが入っているんですよ? こうして普通に動けるだけでも、奇跡に近いんです。 無理をすれば、一生治らないかもしれないんですよ?」

 

「いや、俺は――――」

 

「国広さん・・・・・・だったかしら、無理はしない方がいいわ」

 

と、傍に居た市が心配しながらそう口にした

助けてもらった相手にそう言われると、平気だと言い辛い

 

思わず、助け舟を求める様に薬研達を見た

すると、薬研が少し困った様に

 

「あ~姫さん、ちょっとそこの旦那と話したいから、席外してもらってもいいかい?」

 

そう言って、さりげなく市や薬師たちを部屋から出すと

「はぁ~~~~」と思いっきり大きな溜息を洩らした

 

「山姥切の旦那、少し言葉を選んでくれ」

 

「・・・・・・? 選ぶ」

 

何の事だと、山姥切国広が首を傾げる

 

何を選ぶというのだ

自分はまっとうな事しか言っていないというのに

 

「なら、三カ月もここで大人しくじっとしていろと言うのか?」

 

「そうじゃなくてだな・・・・・・、あ~~~~」

 

と、薬研が言い辛そうに頭をかいた

すると、見兼ねた膝丸が

 

「薬研、こういう事ははっきり言わないと通じないと思うぞ?」

 

思わせぶりな膝丸の言葉に山姥切国広がむっとする

 

「一体何の話を―――――」

 

「はいは~い、そこまで」

 

突然、ぱんぱんっと髭切が手を叩いた

そして、にっこりと微笑み

 

「えっとね、ここのお姫様が助けてくれた君の事を、随分気に入ったみたいなんだよねえ? 分かるかな、さっき市姫さんの後ろに居た子なんだけど~」

 

「後ろ・・・・・・?」

 

市姫と言うのはあの「市」と名乗った女の子とだろうか?

その後ろに誰かいただろうか?

 

と、山姥切国広が首を傾げる

 

山姥切国広のその様子に、髭切が「ありゃ?」と首を傾げた

 

「もしかして、視界にすら入ってない感じかな?」

 

「・・・・・・言っている意味が分からない」

 

「う~ん、これは重症だね・・・・・・」

 

と困った様に、髭切が唸る

その髭切や膝丸の煮え切らない態度に、どんどん苛々が募っていく

 

 

「一体何なんだ!!」

 

 

思わず三人が顔を見合わせる

それから、薬研が確認する様に

 

「旦那・・・・・・昨夜の事は覚えてるかい?」

 

「昨夜・・・・・・?」

 

丹波の街で時間遡行軍に襲われた事だろうか?

覚えていない筈がない

 

あの時、時間遡行軍が無差別に攻撃を始めなければ、今自分がこんな怪我を負う羽目にはなっていないのだから

 

「そうか、襲われた事は覚えてるんだな! じゃぁ、その時助けた女の事は覚えているかい?」

 

「女・・・・・・?」

 

そういえば、時間遡行軍に襲われそうになっていた侍女の様な姿をした女と、確かもう一人――――・・・・・・・

 

「そう! そいつらだ!! 実は、その侍女さんが庇っていたのが―――この城の城主の奥方だったんだ。 で、その奥方が旦那の事をえらく気に入ったらしくてさ、是非当家に仕えて欲しい――――と」

 

 

 

「・・・・・・・・・・は?」

 

 

 

薬研は、何を言っているのだろうか

そんな事を出来るわけがない

 

それぐらい理解出来そうなものを、なぜこうも回りくどい言い方をするのか

理解出来ないという風に、山姥切国広が眉を寄せた

 

「あ~っと、旦那が言いたい事はわかってるんだが・・・・・・」

 

と何やらまた言い辛そうに、口籠もらせた

すると、膝丸が痺れを切らしたかに様に

 

「ええい、回りくどい!! 薬研!! こういうことは、はっきりと言ってやらんとこいつには通じん!!」

 

苛っと山姥切国広が更に眉間に皺を寄せる

 

「だから、それが何だと――――!!!」

 

 

 

「簡単な話だよ、ここのお姫様が君に一目惚れしたらしいんだけど、彼女は旦那の留守を預かる身、そして君は、気を失っている時に何度も沙紀君の名前を呼んでいたのを彼女は聞いてしまったんだ。 それで――――」

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ・・・・・・」

 

山姥切国広が顔を赤くさせ口元を押さえながらそう言った

 

今、髭切は何と言ったか

 

俺が・・・・・・?

意識を失っている間に、彼女の名を呼んでただって・・・・・・?

 

まったく記憶にないそれに、思わず顔が熱を帯びていくのが分かった

 

脳裏に、美しい漆黒の髪に躑躅色の瞳をした彼女の姿が思い出させられる

 

 

沙紀―――――・・・・・・

 

 

彼女は無事だろうか・・・・・・

今すぐにでも駆けつける事が出来るならば、駆け付けたい

 

それなのに、自分はこんな所で何をしているのだろうか――――・・・・・・

 

「あ、やっぱり一目惚れされた事に照れてるのかな?」

 

と、髭切が言うが

 

「いや、あれはそっちじゃないと思うんだが、兄者」

 

と、膝丸は言った

薬研も膝丸の意見に同意だった

 

山姥切国広の頭に中に「自分に一目惚れしてきた人妻」なんて片隅にすらないだろう

ある意味、あの姫様が哀れでもあるが・・・・・・

 

まぁ、山姥切の旦那が大将をどう見てるかなんて――――・・・・・・

 

そんなの一目瞭然だった

少なくとも彼は沙紀に「主」以上の「好意」を抱いている

だが、彼女の隣には常に鶴丸がいた

 

だから、山姥切国広はずっと沙紀から一線を引いて接していた

「名前」もうそうだ

 

自分一人の時には呼べるのに、いざ本人や他人を前にすると呼べない

その事に、山姥切国広自身が気づいているのかは分からないが――――・・・・・・

 

少なくとも、彼にとっての沙紀は、「主」以上の存在なのだ

彼女を護るのは自分だと自負している面もあるだろう

 

ま、傍から見てるとそれがもどかしいんだがな・・・・・・

 

そう思いながら、薬研は小さく息を吐いた

 

だが、今はそれよりも――――・・・・・・

 

「大将の事が心配なのはわかるが――――今は少し自分の身体を治すのに専念して欲しいってのが、俺っちの意見だ」

 

そう言って薬研が、ぽんっと何か包みを山姥切国広に渡した

 

「・・・・・・なんだ、これは」

 

まだ半分顔を赤くしたまま、山姥切国広が薬研からのそれを受け取る

 

「痛み止めさ。 とりあえず、作れる分だけ作っておいた」

 

「ああ、すまない・・・・・・」

 

確かに、この身体で沙紀を探しながら戦うには、痛み止めが無ければ無理だ

完治なんて、どうでできやしないのだから――――・・・・・・

 

「旦那、ここは提案なんだが――――・・・・・・」

 

そう言って、薬研が言い出した意見は―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― 丹波・亀山城

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

突然突き付けられた、白い刃に青年がぎくりと流石に顔を強張らせて、振り返った

そこには、冷たい金色の瞳で青年を見下ろす白い男が立っていた

 

鶴丸国永

 

それは、そのひとだった

 

「り、・・・・・っ・・・」

 

沙紀が思わず信じられないものを見るかのように、鶴丸を見た瞬間――――

その瞳に涙を浮かべた

 

「悪い、沙紀。 遅くなった」

 

鶴丸はそうひと言沙紀に声を掛けると、ギロリと青年を睨み付ける

そして、今までに聞いた事ない様な低い声で

 

 

「――――どけ」

 

 

「くっ・・・・・・」

 

青年が鶴丸の気配に怯んで、思わず沙紀から手を離す

瞬間、鶴丸の蹴りが青年を襲った

 

「ぐあッ・・・・・・!」

 

青年が、蹴り飛ばされて反対の壁にぶつかる

だが、鶴丸は気にした様子もなく、そのまま沙紀の傍までやってくると、そっと自身の羽織っている着物を彼女に掛けた

 

「・・・・・・・・っ、・・・・・・ぁ・・・・」

 

「沙紀、お前声が・・・・・・」

 

そこではっと気づいた、彼女の声だけではない、身体全体に瘴気が纏っていた

沙紀だから、ここまでで抑えられた

普通の人間だったら、既に致死量レベルの瘴気の毒だ

 

「ちっ、あいつか・・・・・・やっぱ、ひと思いに殺っとくんだったな」

 

そう呟きながら、懐から何かの小瓶を出すと鶴丸はそのままその小瓶の中身を口に含めると

 

「沙紀、こっち向け」

 

そう言うと、沙紀を上向きにさせるとそのまま彼女の唇に自身のそれを重ねた

 

「・・・・・・っ、・・・ぁ・・・・・・」

 

鶴丸を介して何かが口の中に流れ込んでくる

 

瞬間、あれだけ苦しくて動かす事すら不可能だった身体がぴくりと微かに動いた

 

「り、んさ・・・・・・」

 

「解毒剤だ。 平気か?」

 

鶴丸の優しい声に、沙紀がその躑躅色の瞳に涙を浮かべて頷く

 

「薬が効くまで少し時間がかかるから、そこでじっとしてろ」

 

それだけ言いのすと、鶴丸が寝所から降りると、「鶴丸国永」を抜いたまま、壁際で咳き込んでいる青年の方へと歩いて行った

 

「な、なんだお前は・・・・・・、僕と姫は――――」

 

 

「――――悪いが、沙紀をお前らみたいな輩の“餌”にされるわけにはいかないんでね」

 

 

絶対零度とも言うべきか

底冷えする声で鶴丸が冷やかに青年を見ながらそう言う

 

鶴丸は、ちゃきっとその手にある「鶴丸国永」を青年の喉元に突き付けると

 

「貴様の正体は分かってんだ――――さっさと、その姿を現したほうが身のためぜ」

 

「・・・・・・・・・っ」

 

青年がぎりっと奥歯を噛みしめた

が、その表情が徐々に変わっていく

 

 

「は、はは、ははははは!!」

 

 

鶴丸を見てあざ笑うかのように笑い出した

 

「愚か! 愚かだな!! 刀の付喪神の分際で――――このワレのショクジのジャマをするとは――――!!!!

 

瞬間、それは起こった

青年の身体全体から ぼこ、ぼこっと骨が無理やり出てくるように波打ち始める

 

 

 

ハハハ、ハハハハハハ!!!!

 

 

 

「――――っ、あ、れは・・・・・・」

 

沙紀が豹変したその青年の姿に耐えられず口元を抑えた

 

彼の背から伸びる大きな斑の足が六本

ばきばきばきと骨を割る様な音と共に、真実の姿が露になる

 

大きさからいって、全長十尺はある巨大な土蜘蛛の姿になったのだ

鶴丸と沙紀を見下ろしながら、土蜘蛛と化した青年の声が響いた

 

 

我の名は“土雲”。 キサマらのようなチイサキモノには理解出来まい。 我こそがオウ! 我こそが、全てをスベルモノ!

 

 

そう叫んだと思うなり、シュ――― と、白い糸が鶴丸の刀を持つ手に絡まる様に放たれた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

だが、鶴丸は微動だにしなかった

ちらりと、刀を持つ手を一度だけ見ると、なんでもない事の様に視線を土雲に戻した

 

「・・・・・・それだけか?」

 

な、に・・・・・・?

 

 

 

「――――“それだけか”って、聞いてやってるんだよ・・・・・・・・・・

 

 

 

ハ、ハハ!! 強気でいられるもの、イツまで、か・・・・・・!!!

 

 

ずずずずず・・・・・・

と、土雲が放つ瘴気が酷くなる

どんどん、部屋中に溢れていく

 

 

どす黒く、真っ黒な闇の瘴気が――――・・・・・・

 

 

「りんさ・・・・・」

 

思わず鶴丸の傍に駆け寄ろうとするが、まだ毒が抜け切っていないのか・・・・・・

上手く身体が動かない

 

だが、鶴丸は余裕がある様な素振りで

 

「大丈夫だ、沙紀。 あいつは――――俺が殺る」

 

そう言って、ぶちぶちぶちっと蜘蛛の糸をぶち破ると、そのまま「鶴丸国永」を土雲に突き付けた

 

 

 

「覚悟するのはどちらか

 

 

      ――—―――思い知らせてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに、鶴が来ましたぞ~~~~!!!

あ~ここまで無駄に時間食ったwww

 

 

2022.10.09