華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 25

 

 

―――――天正7年7月・丹波 山姥切国広部隊

 

 

 

「一体・・・・・・ここはどこなんだ」

 

山姥切国広がもう一度、辺りを隈なく見るが・・・・・・

やはり、何処をどう見ても初めて見る場所だった

 

雰囲気から察するに、それなりに力のある武家に近い気がした

どことなく、“本丸”を思い出す

 

あいつは無事だろうか・・・・・・

 

まだ、ほんの少ししか時間は経っていないのに

もう何か月・・・・・・

いや、何年も会っていない気分だった

 

いっその事、今まであった事は全部夢で、

起きたら沙紀が「おはようございます」と言って笑って待っていてくれるのでは――――

 

そう、思いたくなる

 

だが・・・・・・

全身の軋むような痛みが、現実に引き戻す

 

全ては夢ではなく現実だと――――思い知らされる

 

「・・・・沙紀・・・・・・」

 

あんたは、今どこにいるんだ・・・・・・

 

外を見ると、東の方から朝日が昇り始めていた

眩しいぐらいのその朝日は、酷く美しかった

 

その時だった、侍女らしき女性が遣戸を開けに来たのか

山姥切国広が起きていることに「あら」と声を洩らした

 

「もうお目覚めでしたか、お客様。 おはようございます」

 

そう言って、遣戸を開け始める

全部開けた頃には、部屋の中が明るくなっていた

 

「・・・・・・ここは、何処なんだ?」

 

山姥切国広がそう尋ねると、侍女は動かせる襖なども片しながら

 

「ここは、小竜寺城でございます」

 

「小竜寺城・・・・・・?」

 

この時代、「小竜寺城」といえば―――――細川忠興!!?

 

山姥切国広が驚いたように がたんっ! と身を乗り出したが

次の瞬間

 

ずきん・・・・・・!

 

「・・・・・・・・・っ!」

 

山姥切国広が身体を押さえてうずくまった

どうやら、薬研が調合してくれていた「痛み止め」の効果が薄れ始めた様だ

だが、今、それをどうこう言っても仕方ない

それよりも――――――

 

「・・・・・・俺の、仲間が3人いた筈なんだが・・・」

 

山姥切国広がそう尋ねると、侍女はにっこりと微笑み

 

「まだ皆様、休まれておいでです―――――」

 

確かに、まだ朝も早い

皆、寝ていてもおかしくない時間だ

 

だが、場所が場所なだけに、あまり長居はしたくない

万が一、この時代の細川忠興に会ったら後々、面倒な事になるかもしれない

 

幸い身体は痛み止めさえ効いていれば、動けない事はない・・・・・・たぶん

 

「後程、姫様が皆様と朝餉と一緒にと申しておりましたので、用意が出来次第お迎えに上がります」

 

そう言って、侍女が下がっていくが――――

 

「・・・・姫・・・・・・?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― 丹波・亀山城

 

 

 

「・・・ん・・・・・・」

 

沙紀は、誰かに呼ばれた様な気がして、目を覚ました

起きると、部屋は暗く時間の感覚が掴めなかった

 

今、何時なのかしら・・・・・・

 

そんな事を思いながら、閉まっている戸を開けた

すると、そこから朝日が差し込んでくる

 

ふと、鏡台が視界に入った

恐る恐る、自分の顔を見る

 

「・・・・・・酷い顔ね」

 

結局、昨夜泣き続けて眠ってしまったせいか、目が赤い

明らかに、泣き腫らしましたという目元に、思わす苦笑いさえ浮かんできた

 

昨夜―――――

自分のせいだと言って泣いてしまった

それなのに、やはり誰も沙紀のせいでこうなったのだと責めてくれなかった

いっその事、責められればどんなに楽だったか・・・・・・

 

沙紀は小さく息を吐く

と、その時 部屋の外から侍女らしき女性の声が聞こえてきた

 

「おはようございます。 もし、起きていらっしゃいましたら――――」

 

そこまで言いかけて、沙紀を見るなりその侍女は慌てた様に駆け寄ってきた

 

「姫様、目が腫れております。 ・・・・・・昨夜、何かありましたでしょうか?」

 

「あ、えっと・・・・・・まぁ、その・・・・・・」

 

なんとも言い辛い問いに、沙紀がしどろもどろになる

が、すぐさまその侍女は ぱんぱんっと手を叩いた

すると、何処に控えていたのか――――三人の新たな侍女が駆けてくると

 

「姫様を直ぐに、湯殿へ―――――」

 

と、その侍女がそう言うと、三人の侍女は「畏まりました」と頭を下げ、すぐさま二人は何処かへ行ってしまった

 

そして、もう一人の侍女は、そっと沙紀に近づき

 

「さ、参りましょう、姫様」

 

そう言って、沙紀の背にそっと手を添える

なんだか、ここまでされるのが恥ずかしくなり、沙紀が慌てて断ろうとするが―――――

 

「殿より、姫様の事をよくするように仰せつかっております。 気にする事は御座いません」

 

そう言って、否応が無しに湯殿に連れていかれた

湯殿までたどり着くと、既に檜の浴槽にあたたかな湯がはられており、気持ちよさそうな湯気も出ていた

 

「あの・・・・・・」

 

「では、失礼致します。 姫様」

 

そういうなり、沙紀がここまで来るのに羽織っていた着物を脱がされる

ぎょっとしたのは、沙紀だ

 

「ま、待ってくださ―――――」

 

慌てて手で身体を隠そうとするが、慣れている侍女の方が一枚も二枚も上手だった

あっという間に、湯帷子姿に着替えさせられる

 

「さ、姫様。 こちらへ――――」

 

そう言って、抵抗する間もなく湯殿の中へと連れて行かれる

中で待っていた侍女はさも当然の様に、桶を手に持ち

 

「足下、お気をつけくださいませ、姫様」

 

「え・・・・・・あ、あの・・・・・・」

 

もはや、ここに抵抗は無駄だと言われている様な気分だった

だが、湯殿はありがたい

目も腫れているし、何よりも昨晩の光秀の提案のせいで殆ど眠れていない

頭をすっきりさせるには、朝湯が一番効果的だった

 

の、だが・・・・・・

 

「あの・・・・一人で入れますので・・・・・・」

 

と言ったのだが・・・・・・

 

「ご安心下さい。 私たちは姫様付きの侍女ですので、遠慮は無用でございます」

 

言っている意味が、まるで分からない

それに先ほどから、「姫」「姫」というが・・・・・・

 

沙紀は、“神凪”であり、“巫女”ではあったが、「姫」ではない

それに、昨晩の「明智の姫」として――――の話は、まだ承諾していない

にも拘わらず、この対応

 

なんだか、嫌な予感がしてならなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― 本丸

 

 

 

夜が明けた

 

鶴丸は昇る朝日をみながら、ぼんやりと縁側に片膝を立てて座っていた

その手には、眠気覚ましなのか濃い目の茶を持ってはいたが、吞む気配はなかった

 

ただじっと、昇る朝日を見つめたまま動こうともしなかった

 

「・・・・沙紀・・・・・・」

 

ぽつりと、愛しい彼女の名を紡ぐ

沙紀が飛ばされてから、一日が経過しようとしていた

たった一日なのに、酷く長く感じる

 

この一日の間に、色々あり過ぎて

未だこの身は、沙紀を追いかける事もままならない

 

本当なら、今すぐにでも彼女の―――沙紀の元へ行き、この手に抱きしめたい

抱きしめたら、もう二度と離す気はない

 

こんな思い、二度としたくはなかった

 

それなのに―――――・・・・・・

 

ぐっと思わず拳を握りしめる

この手は彼女には届かず、彷徨っている

 

ぐしゃっと、鶴丸が前髪を手で掴んだ

 

「・・・何をやっているんだ、俺は・・・・・・」

 

必ず護ると―――――

何があっても、どんな危険からも―――全ての事から護ってやると

そう――――誓ったのに

 

現実はどうだ

 

何一つ、護れてやしない

自分で自分が情けなくなる

 

俺は、この先どうすればいい?

どう動けばいい・・・・・・?

 

どうしたら、沙紀を――――――

 

その時だった

ふと、人の気配を感じ 顔を上げると、昨夜その血の盟約を解いてやった笙達がいた

 

鶴丸は、一度だけそちらを見ると、またふと視線を外した

笙達はそれに気付きつつも、すっとその場に膝を折ると

 

「鶴丸殿、昨日はありがとうございました。 貴方様のおかげで我々は“自由”の身を初めて得ました。 しかし、この先どうすればいいのか・・・・・・」

 

まるで、その答えを欲している様に聞こえた

それはそうだろう

 

彼らは最初から“自由”などなかった

“希望”すら持てなかった

“選ぶ”権利すらなかったのだ

 

それがいきなり、今日から自由にしていいと言われれば、誰でも戸惑うだろう

 

だが、その答えをこちらに求められても困る

鶴丸は、一度だけ息を吐くと

 

「・・・・・・好きにすればいいんじゃないのか? 何処へ行くでもいいし、好きな事をするでもいい。 お前達はもう“自由”なんだ」

 

鶴丸がそう言った時だった

笙達が、突然鶴丸に向かって頭を垂れた

 

「―――でしたら、我々をここに置いてもらえませんか?」

 

「・・・・・・どういう意味だ」

 

間者として置けというのか

それとも―――――・・・・・・・

 

「鶴丸殿は、我々の“自由にしていい”と仰いました! でしたら、我々の望みは貴方様にお仕えしたいのです!!」

 

一瞬、言われた意味が分からず鶴丸がその金の瞳を瞬かせた

 

「俺に? だって?」

 

そう問うと、笙は はっきりと「はい」と答えた

 

「・・・・・・おいおい、俺は人間じゃないんだぜ。 単なる“鶴丸国永”という刀だ。 それなのに、人間であるお前さん達が俺に仕えるなんて――――」

 

「――――人であるか、ないかなど、関係はありません。 我々は貴方様のお力になりたいのです」

 

「・・・・・・・・・・」

 

まさか、こうくるとは予想していなかったのか、鶴丸が困った様に頭を抱える

確かに、行き場が決まるまでならこの“本丸”に居させる気でいたが

それはあくまでも、一時しのぎに過ぎないつもりだった

 

なのに、彼らはこれから先も“ここ”に居たいという

しかも、鶴丸に“仕えたい”のだという

 

「・・・・・・・・・・」

 

だが、ある意味仕方ないのかもしれないとも思った

彼らは、それ以外の生き方を知らないのだ

 

なら、もう答えはひとつしかない

 

鶴丸は、真っ直ぐに彼らの方を見据えると

 

「――――お前らの気持ちは分かった。 けどな、俺はあくまでもこの“本丸”の“審神者”である彼女・・を第一にしか考えられない身勝手なやつだ。 あいつの為なら、お前らだって切り捨てるかもしれない。 それでもいいのか?」

 

「――――構いません」

 

「・・・・・・決意は固いようだな・・・・」

 

そこまで言って、また鶴丸が「はぁ・・・・・・」と溜息を洩らした

 

「わかったよ」

 

鶴丸がそう答えると、笙達がぱぁっと顔を明るくさせて

 

「では・・・・・・っ!」

 

「ただし! 俺にじゃない。 お前らが仕えるのは、俺がこの命よりも一番大事にしている、この“本丸”の“審神者”にだ。 ――――勿論、あいつが了承したら、だがな」

 

鶴丸のその言葉に、笙達がごくりと息を呑んだ

 

「・・・・・・そのお方の、お名前は・・・・」

 

 

 

「―――― 沙紀」

 

 

 

「神代 沙紀。 ――――それが、この“本丸”の“審神者”であり、俺が刀生の全てを掛けて護ると誓った名だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――― 丹波・亀山城 地下

 

 

 

「―――――おい!!!」

 

がしゃん!!! という音と共に、鉄格子を叩く音が地下に響いた

 

「誰かいないのか!!?」

 

そう声が木霊するも、人の気配ひとつしなかった

 

「ちっ」

 

大包平は舌打ちをしながら、大きな溜息を洩らし岩壁に背を預ける

 

昨晩、沙紀を寝かしつけた後、宛がわれた部屋まで戻った記憶はある

しかし、そこからがあやふやだった

そして、気付けば、このありさまだ

 

手と足には鎖の錠が掛けられ動きを完全に制限されている

そして、この鉄格子の部屋

 

そこは明らかに、罪人などが運ばれる地下牢の様な場所だった

そして、それは大包平だけではなかった

一期一振も同じ様に錠で手と足を繋がれ、同じ地下牢に入れられていた

 

「大包平殿、怒鳴るだけ体力を消耗するかと・・・・・・」

 

「はぁ!? これが怒鳴らずにいられるか!!」

 

しかも、彼らの本体である刀もない

完全に、裏を掛かれた

 

おそらく、刀が本体という事には気づいてはいないだろうが――――

なによりも、沙紀の存在がこの場に無い事が気になった

 

昨夜―――あの男、明智光秀は沙紀になんと言ったか

 

『明智の姫として、細川家に嫁いでほしい―――――』 と

 

そう言っていた

ならば、おのずとこの状態に説明がつく

 

あの男は沙紀を―――――・・・・・・

 

その時だった

かつん、かつん、と地下に足音が響いた

 

それも一人ではない

複数の足音だ

 

大包平がはっとして鉄格子の方を見ると――――そこには昨夜会った、明智光秀がいた

 

「――――お前っ!! 沙紀をどうした!!?」

 

大包平が詰め寄るように、鉄格子を叩いた

がしゃん!! という音が木霊する

 

それを見た、光秀はすっと、手を上げる

すると、彼の後ろにいた兵達が、持っていた槍を交差させて大包平の首に突き付けた

 

「――――っ」

 

一瞬、大包平が息を呑む

それを見て、光秀はにやりと笑みを浮かべ――――

 

「沙紀殿は、先ほど“明智の姫”となる事を御承諾なされた」

 

「な、に・・・・・・!?」

 

沙紀が承諾した・・・・・・?
そんな事、あり得ない

あるはずがない!!!

 

なのに、何を言っているんだ? この男は

 

大包平が困惑したかの様に顔を顰める

それは、一期一振とて同じだった

 

鶴丸と沙紀のやり取りをずっと見てきた

なのに、彼女が承諾するとは思えなかった

 

「日向守殿、何かの間違いでは―――――」

 

そう言おうとするも、一期一振の言葉を遮るように兵たちが槍を突き付けてくる

すると、光秀は面白いものを見たかの様に、その顔に笑みを浮かべ―――――

 

 

 

 

 

「よって、君たちは邪魔だ。 ――――― この場で死んでもらう」

 

 

 

 

 

そう言った、光秀の瞳は赤く光っていた――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おやおやおやwwww

光秀ついに、本性現す・・・・・・???

 

 

2022.07.11