華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 23

 

 

――――― 本丸

 

鶴丸は和紙で刀の刃を拭くと、その和紙を用意してきた角盥の水の中に漬けた

じわり・・・・・・と、何か紋様の様なものが水面に浮かび上がる

 

「なんだそれは」

 

長谷部がそう言うと、鶴丸は「ああ・・・・・・」と小さな声で返事をすると

 

「まぁ、見てろ」

 

そう言って、少し角盥から距離を取った

すると、その角盥の水面が揺れたかと思うと『ギャギャギャ』 と、気持ちの悪い鳴き声と共に黒い鴉が姿を現した

 

ぎょっとしたのは、長谷部だ

慌てて刀に手を掛けかけるが――――鶴丸が素早くその柄を抑えた

 

「しっ」

 

小さな声で、そう言って人差し指を口元に当てる

 

「(おい、鶴―――――!!?)」

 

「(いいから、静かに見てろ)」

 

「(はぁ!!?)」

 

長谷部が思わず鶴丸に食って掛かろうとした時だった

突然、その鴉から声が聞こえてきた

 

『ギャギャギャ・・・・・・契約、ケイヤク・・・・・・主、解カレタ!! 我、ジユウ!!!』

 

不気味な声でそう叫びながら旋回していく

が―――――・・・・・・

 

がん!!! と何かにぶつかったかと思うと、そのまま落下してきた

長谷部が呆気に取られて、それを見ていると

鴉は、『ギャギャ・・・・・・』と弱々しく鳴くと、そのまま ぽて・・・っと床に落ちた

 

「・・・・・・鶴丸、なんだこの阿保鳥は」

 

長谷部が呆れた様にそうぼやくと、鶴丸は「はは!」と笑いながら

 

これ・・か? これは、あのじじいどもの式・・・・・・いや、“元”式だった残骸だな」

 

「残骸?」

 

「ああ、こいつらにはもう主である“三老”との繋がりをさっき断ったからな、後は消えるだけだ」

 

鶴丸がそう話している内に、目の前の不気味な黒い鴉が『ギャ・・・・・・ギ・・・』と、最後の鳴き声を鳴らしたかと思うと、黒い霧になって跡形もなく消えてしまった

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

長谷部が、唖然とする中

鶴丸は結界内に封じていた笙達の方を見た

そして

 

「こんのすけ、もういいぞ」

 

そう言って、結界の核となっていた札をびりっと破いた

 

「終わったのですか? 鶴丸殿」

 

こんのすけがそう言うと、鶴丸は「ん? いや?」と、あっけらかんと答えながら

三つあった結界の核となっていた札を破いた

 

瞬間、笙達を囲んでいた結界が ぱりん・・・・ と、硝子が割れるような音と共に消えていく

笙達はと言うと、何が起きているのか分からないという風に、鶴丸の方を見た

 

「あ、あの・・・・・・」

 

「我々は―――――」

 

笙の後ろいた、紺と碧が声を発しようとした瞬間――――

びりっと、喉に痛みが走ったのか・・・・・・

突然「うっ・・・・・・!」と、喉を押さえて倒れ込んだ

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

笙がたまらず二人の名を呼ぼうとした瞬間―――――

さっと、鶴丸に口元を手で塞がれた

 

「しっ・・・・・・声は出すな、いいな?」

 

鶴丸の言葉に、笙がごくりと息を呑み頷く

それを見た、鶴丸はすっと手を離した

 

「おい、鶴丸。 一体何が―――――」

 

「さっきの“三老”から断った式。 あれが、こいつらの隷属の紋と繋がっていたシロモノだ」

 

「は?」

 

意味が分からん

という風に、長谷部が素っ頓狂な声を上げる

 

「ま、簡単には言うと・・・・・・“三老”が、こいつら“暗部”の隷属の紋への指示――――つまりは、心の蔵を焼くという盟約だな。 それの繋がりを断っただけだ」

 

「・・・・・・・意味が分からん」

 

長谷部が首を傾げてそう返してくる

流石に、そう返されると思わなかったのか・・・・・・

鶴丸は「うーん」と少し唸る

すると、こんのすけが付け加える様に

 

「鶴丸殿は、“三老”様から、かれら“暗部”の方々を お守りされたのです。 それが先ほどの結界です」

 

「つまり?」

 

「“三老”に、笙達の姿は見えていなかった。 だが―――気配は感じていた筈だし、あの程度の結界で騙せるほど“三老”は甘くないんだよ。 もし、気配はあるのに連絡が途絶えた部下がいたとする。 ――――長谷部ならどう思う?」

 

不意に話を振られ、長谷部が唸る

 

「そうだな・・・・・・俺ならば、裏切ったと思うだろうな」

 

「“三老”は笙達が裏切った事に気付いた。 ならば―――やる事は一つだ。 それが――――」

 

「あの怪しい鴉から、信号を送る―――?」

 

長谷部の言葉に、鶴丸がにやりと笑みを浮かべる

 

「ご名答! 現に“三老”はすぐさま例の心の臓に刻まれた紋に信号を送った。 ――――“燃え失せろ”とな。 そうだな? こんのすけ」

 

鶴丸の言葉に、こんのすけが首元の鈴をくりくりっと撫でた

りりん・・・・・っと、音が鳴る

 

「はい、間違いありません。 あの時―――――」

 

目の前で、鶴丸が“三老”の放った術で黒く染まった時――――

その時に感じた“気配”あれは間違いなく

 

「鶴丸殿はあえて、“三老”様方を挑発・・されて、“暗部”の元へ行くはずの信号も全てご自身のお身体でお受けられたのです」

 

こんのすけのその言葉に、長谷部がはっとする

 

「お前・・・・・・まさか、あれを避けなかったのは―――――・・・・・・っ!」

 

「避けたら、笙達の方にまで伝わっちまうだろ? まぁ、苦肉の策だな」

 

あっけらかんとそう言う鶴丸に、長谷部がわなわなと震えだす

そして、キッと鶴丸を睨みつけると―――――

 

 

 

「――――――ふざけるな!!!」

 

 

 

そう叫ぶな否や、鶴丸の胸ぐらを掴み上げた

そして

 

 

「――――お前!! 二度とそんな真似するな!!! 絶対にだ!! いいな!!!?」

 

 

有無を言わさないという迫力で迫られ、流石の鶴丸も一瞬たじろいだ

だが、次の瞬間、声を出して笑い出した

 

「~~~~っ、何が可笑しい!! 俺は真面目に―――――!!!」

 

長谷部がなおも言い募ろうとした瞬間

 

「ありがとな、長谷部」

 

「は?」

 

突然、何故か鶴丸に礼を言われた

だが、言った本人はくつくつと笑いながら

 

「俺の為を思って怒ってくれてるんだろう? ――――安心しろ、沙紀を哀しませる様な事は、もうしないって決めてるんだ。 ・・・・・・あれは、結構堪えたからな」

 

そう言う、鶴丸の瞳が微かに揺れていた

 

過去に、鶴丸と沙紀の間に何があったのかは、長谷部は知らない

だが・・・・・・鶴丸にそう思わせる何か・・・・・・・・があったのだという事は察しがついた

 

「ふ、ふん! 判ればいいんだ! とにかく、主を泣かせるような真似だけはこの俺が許さん!」

 

そう言って、ふいっと顔を背けた

その横顔は、微かに赤くなっていた

 

そんな長谷部の様子がおかしくて、鶴丸はまた笑ってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― 天正7年7月・京 三日月宗近部隊

 

 

日もすっかり落ちた頃――――

 

街道に夜店が並び始めて、駒形提灯に明かりが灯ると辺り一帯に祇園囃子が流れる始めた

その中を色々とりどりの宵山が並んでいる

 

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

「・・・・・・うむ、茶が旨いな」

 

「・・・・えっと・・・・・・」

 

町会所には山鉾の御神体や懸装品が飾られ、子どもたちがわらべ唄を歌いながらお守りを販売する姿もあった

それもそのはず、この時期の京は祇園祭の真っ最中なのである

 

「お兄さん、御守り買わない?」

 

不意に、小さな女の子が燭台切の袖をぐいっと引っ張って話しかけてきた

見ると、その子の手には籠いっぱいの「御守り」が入っていた

 

「えっと・・・・・・、あ、じゃぁ、ひとつ貰おうかな?」

 

燭台切がそう言って笑い掛けると

女の子は嬉しそうに籠の中から御守りを取り出し、燭台切の手に乗せた

 

「はい、どうぞ!」

 

そう言って、三つの御守りを買うと、女の子は「じゃあね!」と、手を振りながらまた何処かに行ってしまった

 

燭台切が手を振り返しながら笑っていると、それを見ていた大倶利伽羅が

 

「光忠・・・・・・あんた、何やってるんだ」

 

「いや、だって・・・・・・なんか、買ってあげないと可哀想な気がして・・・・・・」

 

と、しどろもどろに言い訳をしてくるのを見て、大倶利伽羅が「はー」と重い溜息を洩らした

だが、問題はそこだけではなかった

 

「おい」

 

朱の長椅子に腰かけて、呑気に団子と茶を楽しみながら、宵山の光で都がにぎわっている様子を見ている三日月に業を煮やしたように大倶利伽羅が声を荒げた

 

「あんたらは、何しにここに来たんだ」

 

「ん? どうした、大倶利伽羅。 そなたも、祭りを楽しんだらどうだ?」

 

「伽羅ちゃん・・・・・・、“ら”って 僕も入ってるの!?」

 

二者二様の返答が返ってきて、大倶利伽羅が苛付くまでに時間は掛からなかった

ばんっと、三日月の座る長椅子をその手で叩く

 

「―――――沙紀を探しに来たじゃないのか!!?」

 

流石に、痺れを切らした大倶利伽羅が叫んだ

が―――――――

 

「え? なに? 伽羅ちゃん、聞こえないよ?」

 

「ほぅ、大倶利伽羅も団子が欲しかったと見える、ほれ」

 

と、また とんちんかんな答えが返ってきて、それが大倶利伽羅の苛立ちを更に加速させた

それもその筈

周りの祇園囃子の音がうるさくて、伝わっていないのだ

 

「―――――っ!!!」

 

大倶利伽羅が苛立ったように、三日月の差し出した団子をむしり取ると、そのまま一口で飲み込んだ

そして、その場にある茶をぐいっと飲み干すと、だん!! という、音と立てて盆の上に置いた

 

 

 

 

「―――――いい加減にしろ!!!」

 

 

 

 

流石にこの声は、聴こえたのか・・・・・・

三日月と燭台切が顔を見合わす

 

「――――付き合いきれるか! 俺は俺で沙紀を探す。 あんたらは、そこで呑気に祭りでも何でも、楽しんでればいい」

 

そう言い捨てると、すたすたとどこかへ向かって歩き始めた

 

「ちょっ・・・・・・! どこ行くのさ、伽羅ちゃん!!」

 

燭台切が慌てて後を追おうとするが――――・・・・・・

 

 

 

「――――まぁ、待て」

 

 

不意に、三日月の止められた

 

「でも、三日月さん、伽羅ちゃんが――――――」

 

燭台切がそう切り出すと、三日月は落ち着いたように、ずず・・・・・と茶を吞みながら

微かに、その三日月色の瞳を細め

 

「時が来れば、おのずと判ろう」

 

その言葉は、まるで何かを待っている様な――――

この後の事を知っている様な―――――

 

「三日月さん・・・・・・?」

 

そんな気がした、が・・・・・・

 

「おお、この団子は三つも色が付いておるぞ? 不思議な事だ。 よしよし、俺が味を見てやろう」

 

そう言って、三色団子をぱくっと幸せそうに頬張る三日月を見て

 

やっぱり、さっきのは気のせいだったのかな・・・・・・

 

と、燭台切が思ったのは言うまでもない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― 丹波・亀山城

 

 

「この際だから、はっきり言っておく。 お前らに宛がわれた任務は、新任の“審神者”が宛がわれる様なランクの任務ではない。 これは特Aランクの任務だ――――最低でも、特Aランク以上の“審神者”が担うべき内容だ」

 

「なっ――――」

 

 

「え、それでは・・・・・・」

 

 

「お前たちは、政府の上層部に嵌められたんだよ。 ――――本来、“審神者”就任と同時に行われる“華号”すら与えずに、どこまでやれるのかと――――な」

 

大包平から明かされた事実は、予想に反するものだった

そう―――――まるで、最初から仕組まれていた・・・・・・・・・・・かの様な言い草だ

 

いや、違う

実際に、そう仕向けられていたのだ

 

大包平の言っていた“華号”の授与式がなかったのも

転送装置がロックされていた事も

こうして、この“封鎖されているであろう時間軸”に飛ばされたのも

初任務に“特Aランク”と呼ばれる高ランクの任務が宛がわれたのも

 

すべて――――――

 

沙紀はごくりと小さく息を呑んだ

 

「では・・・・・・」

 

ぐっと握る手に汗がじわりと滲み出る

 

「私、は――――・・・・・・」

 

すべて――――

 

こうして鶴丸や他の皆と、離れ離れになったのも

一期一振や大包平を巻き込んでしまった事も

 

全部・・・・・・

全部、なにもかも・・・・・・

 

 

 

 

   わたし、の・・・・・・せい・・・・・・?

 

 

 

 

私が、石上神宮の“神凪”で

御神体を預かる“隠し巫女”であるが為に――――――・・・・・・

 

 

 

 

 

   皆を・・・・・・巻き込んでしまったの・・・・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてさてさて

じじいwww 呑気に祇園祭堪能中www

※京の祇園祭は7月いっぱいやってます(宵山は毎日じゃないですが)

伽羅ちゃんが、なかなか掴めん

 

 

2022.04.17