華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 18

 

 

―――――天正7年7月・丹波 山姥切国広部隊

 

 

「明智玉子?」

 

山姥切国広の言葉に、髭切と膝丸が顔を見合わせる

 

「ああ・・・・・・おそらく、時間遡行軍の目的は“明智玉子”だ」

 

「ん~」

 

髭切が少し頭をひねった後、「ああ・・・・・・」と何か思い出したように

 

「確か・・・細川ガラシャ、だっけ? この間 読んだ書物に書いてあったよ。 キリシタンのお姫様でしょ?」

 

「・・・・・・・・?」

 

一瞬、山姥切国広が髭切の言葉に首を捻るが

ふと、彼らが活躍していた時代は、もっと昔なのだと思い出す

 

髭切と膝丸

それは源氏の刀であり、あの源頼朝と義経の兄弟の手にあった刀だ

今、自分たちが来ている戦国時代より、前の平安後期から鎌倉時代に掛けての人物達だ

 

ガラシャを知らなくて当然である

 

髭切と膝丸は戦国の世ではどうしていたのだったか

最終的に二振りとも、源頼朝の手に渡ったはずである

 

その後は・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・」

 

そこまで考えて、山姥切国広は小さく息を吐いた

 

それは、今考えるべき事ではない

今、重要なのは―――――

 

何故、時間遡行軍が明智玉子を狙うかだ

彼女が死ぬのは、確かもっと後の―――豊臣秀吉没後の話だ

 

細川忠興が東軍・徳川家康に従い、上杉征伐に出陣している間に、石田三成の西軍が忠興の妻・ガラシャを人質にする為に細川屋敷を囲むが、ガラシャはこれを拒否している

 

そして、キリスト教で自害は禁じられているために、家老の小笠原秀清がガラシャの胸を突いて介錯した

秀清は、ガラシャの遺体が残らぬように屋敷に爆薬を仕掛け火を点けて自刃したのだ

 

だが、もしここで玉子が死ねば・・・・・・?

 

そこまで考えて、山姥切国広は はっとした

 

そうだ

この事件があったが故に石田三成は妻子を人質に取る事を硬く禁じている

もし、既にガラシャは亡く、三成が妻子を人質に取ることを禁じていなかったとしたら・・・・・・?

 

 

 

「・・・・・・・・関ヶ原の戦いがひっくり返る・・・・?」

 

 

 

そういう事か!!!!

 

西軍では固く禁じていたが、東軍では禁じていない

もし、西軍でも禁じていなければ、状況がまったく異なったものになる!!

 

「髭切! 膝丸!!」

 

山姥切国広が叫んだ

 

「直ぐに――――――・・・・・・」

 

そこまで言いかけて、視界がぐらりと揺れる

 

「お、おい!」

 

膝丸が慌てて倒れ掛かった山姥切国広を支える

 

「無理するな、お前は今 大怪我をしてるんだぞ!?」

 

「そんな、こ、と・・・・・・じゃ、な――――・・・・・・」

 

くっそ・・・・・・

 

視界が霞む

 

 

「山姥切!!!」

 

 

遠くで、膝丸の声が聴こえる

 

脳裏に、彼女の顔が浮かぶ

いつもの様に、こちらを見て微笑んでくれる

 

『山姥切さん―――――・・・・・・』 と

 

 

 

  沙紀・・・・・・

 

 

 

ああ・・・・・・

あんたが、いたから俺、は――――・・・・・・

 

そのまま山姥切国広は、意識を手放した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――― 本丸

 

 

「―——――天正7年7月の“京”ではなく“丹波”。 それも、“隔離された天正7年7月の丹波”だ」

 

 

鶴丸の言葉に、長谷部は耳を疑った

今、この男はなんと言ったか・・・・・・

 

“隔離された”? なんだそれは

 

「どういう、ことだ? 鶴丸。 お前の言う意味が分からん」

 

それが、率直な反応だった

鶴丸もその事を知らなかったら、気づかなかっただろう

 

だが・・・・・・

 

鶴丸は“その世界”を知っていた

この事は、政府でも上層部の幹部クラスしか知らない

 

長谷部の反応は、“当たり前”なのだ

 

鶴丸は、小さく息を吐くと少し考え

 

「丁度いい、来てくれ」

 

そう言って、すたすたと鍛刀の間に向かって歩き始めた

 

「おい、鶴丸!!」

 

長谷部が慌てて鶴丸に続く

残された“暗部”の三人はどうしたものかと、お互いを見合わせる

それを見かねた鶴丸が、視線だけ向けて

 

「お前たちも来い。 時間が惜しい」

 

そう言い残して、ぎぎぎ・・・・・・と、扉を開けて 鍛刀の間へ入って行った

その後に、長谷部が続く

 

“暗部”の三人も顔を再度見合わせた後、二人に続いた

 

全員が鍛刀の間に入ったところで、鶴丸は自身の端末を持ち出した

そのまま、手慣れた手つきでパネルを呼び出す

 

ぶぅ――――・・・・・・ん という音と共に、一枚の大きなパネルが目の前に現れた

そこには、大きな昔の日本地図があった

 

その地図は、何か所かが赤く光っていた

中でも、ひときわ大きく光っている場所がある

本州の真ん中より少し下った所だった

 

鶴丸は、ぱぱぱっとパネルを操作しながら

 

「この、無駄に大きく赤く点滅している所が、一番“歪み”が今発生している所だ」

 

「歪み・・・・・・?」

 

長谷部が顔を顰める

そこは、この度政府からの“任務”として、指定された“丹波国”のある場所だったからだ

 

「ちなみに――――」

 

そう言って、もう一枚のパネルを映し出す

それは、こんのすけが見せた地図と同じものだった

 

“丹波国”の付近が、少しだけ点滅している

 

「こっちが、今回送られてきたデータ。 んで、さっき見せた“歪み”がある方が“本当の今のデータ”だ」

 

「・・・・・・どういうことだ? 第一、お前これをどこから――――・・・・・・」

 

長谷部がそう尋ねたとこだった

鶴丸はけろっとした顔で

 

「さっき政府のデータにハッキングしておいた」

 

 

 

「はぁ!!?」

 

 

 

思わず、長谷部が素っ頓狂な声を上げる

だが、やはり鶴丸は平然としたまま

 

「安心しろ。 跡は残してない」

 

「いや、そういう問題では・・・・・・」

 

そう言い掛けて、後ろにいる“暗部”の連中を見た

彼らは、政府の人間だ

それなのに、彼らの前で堂々と「政府のデータにハッキングしました」と言って、大丈夫なのかと不安になる

 

「ああ・・・・・・」

 

長谷部の不安に気づいた、鶴丸が“暗部”の連中を見て

 

「さっきも言ったが、そいつらはもう政府には戻れない。 “三老”に“捨て駒”にされたも同然だからな。 それとも――――」

 

一瞬、鶴丸の声が低く響く

 

「―――――ここで、“暗部”らしく、自決してもいいんだぜ? お前らは“知り過ぎている”。 政府の上層部や“三老”がそのまま生かしておくとは思えない。 いわば、お前らは“生きたデータ”だ。 外部へ洩れれば―――それは、政府側の弱点にもなる。 万が一にも“敵”手に落ちた時は自決しろ―――そう言われていただろう? “暗部”さんよ」

 

さも、当然の様にそう言う鶴丸に、長谷部が思わず後ろの“暗部”達を見る

一瞬、“暗部”の隊長格風の男と目が合ったが、男は静かにその瞳を閉じた

 

「――――仰る通りです。 我々は、政府機関の闇の部分―——多くの密命を受けてきました。 故に、その情報が洩れれば政府機関の命取りとなる。 万が一・・・の時は、命を絶ちその身が焼くことが絶対条件であり―――、その“紋”も持っています」

 

「紋・・・・・・?」

 

長谷部がいぶかし気に眉を寄せる

すると、隊長格の男はすっと、自身の胸元に手を当てた―――瞬間、それは起きた

 

彼の手のひらに真っ赤な謎の紋様が浮かび上がる

 

「なっ・・・・・・」

 

突然、何もない所から真っ赤な紋様が浮かび上がったのだ

それも、炎で燃えている様な“紋様”が

 

「この“紋”は我々の心の臓と直結しています。 ひと言、あのお方達が唱えれば、我々の意思とは無関係に心の臓は炎と化し我が身を燃やし尽くします」

 

「な、なんだ、その非道徳的なものは!!」

 

曲がりにも彼らは自分たちとは違う“人”ではないのか

それなのに、心臓が燃えるだとか、自決だとか

先ほどから鶴丸も、この“暗部”の男も、長谷部の理解の範疇を超えたことを平然と言っていた

 

とてもじゃないが、頭が追い付かない

 

だが、鶴丸はその“紋”を見ても、表情一つ変えなかった

そのまま すっと立ち上がると、“暗部”の隊長格の男に近づき

 

「―——ああ、これ・・か・・・・・・“例の紋”ってやつは」

 

と、知っていた風にそう言うと、そのまますっと男の手を下げさせた

瞬間、すぅ・・・・・・と何事も無かったかのように“紋”が消える

 

「お前、名前は?」

 

「鶴丸?」

 

不意に、隊長格の男に名を問う鶴丸に、長谷部が困惑した声を洩らす

 

隊長格風の男は、一瞬 躊躇ったものの

静かにその瞳を閉じると

 

「―――――政府機関内では“しょう”と名乗っております。 後ろの二人は、“こん”に“あお”です」

 

そう言うと、深く頭を垂れた

後ろの二人も、彼に続く様に頭を下げる

 

「笙か・・・・・・。 まぁ、真名は明かせないだろうからな、それでいいさ。 俺も政府にいた時は“鶴丸国永”はとは名乗ってないしな」

 

それだけ言うと、鶴丸はすっと立ち上がった

そして彼らを見て

 

「――――お前ら、ここで死ぬか。 それとも生きたいか――――選べ」

 

「おい!!? お前、何言って―――――・・・・・・」

 

流石に長谷部が、鶴丸のその言葉に声を荒げそうになった

が――――・・・・・・

 

鶴丸を見て、はっと口を閉じる

鶴丸が口元に人差し指を当てて、“合図”したからだ

 

まさか・・・・・・

 

長谷部が咄嗟に、持っていた刀を抜きそうになる

が、それは伸びてきた鶴丸の手で止められた

 

そして、長谷部にだけ聴こえる様な声で

 

 

 

“視られている”―――――と

 

 

 

鶴丸のその言葉に、長谷部が息を飲む

すると、鶴丸は長谷部の刀を押さえていた手を離すと、自身の刀に手を掛けた

そして、そのまま鯉の口を切る

 

「で? どうするんだ、笙。 選べ」

 

そう言って、笙と名乗った男に再度 問いかけた

笙は、頭を垂れたまま

 

「―――――我々は、あのお方々を裏切る事は、出来ないのです」

 

「・・・・・・ああ、知ってる・・・・

 

淡々と、そう返す鶴丸に笙は更に同じ様に

 

「・・・・・・出来ない・・・・のですっ」

 

そう繰り返した

同じ言葉・・・・

 

鶴丸が、すぅ・・・・・と、息を吸うと小さく吐いた

そして

 

 

 

「――――そうか、なら」

 

 

 

そう言って、自身の持つ鶴丸国永を抜き――――

 

 

 

 

 

「――――お前らの“意思”、俺が断ち切ってやるよ!!」

 

 

 

 

 

そう叫ぶな否や、そのまま刀を振り下ろした

 

瞬間―――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

  ぱり―――――――ん

 

 

 

 

 

 

何か・・割れる音・・・・が辺り一帯に響いた

それと同時に、鶴丸が叫んだ

 

 

「こんのすけ!! 長谷部!!」

 

 

「はい!!」

 

こんのすけが、待ってましたという風に何かを食わえて持ってくる

長谷部がすかさず、目の前の笙達を引っ張った

 

「急げ!! 長くはもたねぇぞ!!」

 

そう叫びながら、鶴丸がこんのすけが持ってきた“札”を奪うと、そのまま目の前に空いた空間・・・・・・・・・に、胸元から取り出した小刀で札を貫くと、その空間めがけて突き刺した

 

刹那

 

 

 

 

  “ぎゃああああああああ”

 

 

 

 

 

何処からともなく、気持ちの悪い声が部屋中に響き渡った

だが、鶴丸は一切躊躇することなく、今度は自身の持つ鶴丸国永で、その空間を横に凪った

 

ぷつ・・・・ん・・・・・・

 

と、何かが途切れたかのように、空間が閉じる

 

「こんのすけ! 急げ!!」

 

「やっておりまする~~!!」

 

そう叫びながら、こんのすけが笙達の周りに何か石を置いていく

 

「できました!」

 

こんのすけのその声を合図に、鶴丸が残りの札を三本の小刀で貫くと、そのままその石めがけて投げた

 

小刀が石に刺さった瞬間―――――・・・・・・

 

こんのすけがくりくりっと首にかけている鈴に触れた

りいん・・・・・と、音が部屋中に響いた

 

すると、以前見た時の様に鍛刀の間の鈴達が、それ・・に呼応する様に鳴り始めた

 

刹那

ばりばりばり という、音と共に紫色の電気の様なもの走る

 

その音は徐々に小さくなっていき、最後には、ばり・・・・、ばり・・・・、という音と元に静かになった

 

 

 

し――――――ん・・・・・・

 

 

 

辺り一帯に、静寂が戻ってくる

 

「お、終わったのか・・・・・・?」

 

長谷部がそう鶴丸に声を掛けた時だった

鶴丸の金色の瞳が鋭くなる

 

 

 

「―————いや、まだだ」

 

 

 

刹那、それは起きた

 

ずん!!!!!

という霊圧と共に“何か”が目の前に現れる

 

長谷部が初めて見る“それ”に驚き、大きく目を見開く

だが、鶴丸は微かに笑みを浮かべて

 

 

 

「は、・・・・・・お出ましだぜ」

 

 

 

ずずずずずずずずず・・・・・

と、何かを引きずる様な音と共に、三つの“何か”が、空間を無理やり割いてその姿を現した

 

 

それこそが、政府の最高権力者―――——

 

 

 

 

        “三老”だった――――——・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに、三老のじじいと全面対決か!!?笑

え 弐章で???

という、突っ込みは無しの方向でwww

 

あ~名前変換、1か所しかないです

すみません・・・・・・

 

 

2021.12.01