華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 16

 

 

 

 

―――――天正7年7月・丹波 山姥切国広部隊

 

 

 

 

ぱちぱち・・・・・・

 

 ぱちぱちぱち・・・・・・

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

微かに聞こえる、焚火の音に山姥切国広は薄っすら目を開けた

目の前にぼんやりと誰かの背が見える

 

だれ、だ・・・・・・?

 

疲労のせいか

はたまた、血を多く失ったせいか・・・・・・

 

考えが上手くまとまらない

 

ぼぅ・・・・とする、頭で何とか考えようとするが

何度考えても、意識を失う前の光景しか浮かばない――――・・・・・・

 

 

「・・・・沙紀・・・・・・・・・・・・」

 

 

ぽつりと小さな声で、最後に浮かんだ彼女の名を呼んだ

 

俺は、折れた、のか・・・・・・?

 

そんな考えが脳裏を過る

まるで、走馬灯の様に沙紀との想い出が頭に溢れてくる

 

初めて箸の使い方を教えてもらった時

初めて、彼女に触れた時

そして―――――初めて、彼女の名を―――――・・・・・・

 

 

ずきんっ・・・・

 

 

瞬間、割れる様な痛みが脳裏に走った

 

「・・・・・・っ、う・・・・」

 

思わず、こめかみを抑える

その時だった

 

「旦那! 気が付いたのか!!?」

 

不意に、聞き覚えのある声が聴こえてきた

痛みを堪えてなんとか、声のする方を見ると―――――

 

そこには、心配そうにこちらに駆けってくる薬研藤四郎の姿があった

 

「や、げん・・・・・・?」

 

よくよく周りを見れば、髭切や膝丸の姿もあった

薬研は山姥切国広の傍までやってくると

 

「悪い、戻るのが遅くなった」

 

そう言って、申し訳なさそうに頭を下げた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

一瞬、薬研の行動に違和感を覚えるが・・・・

山姥切国広は頭の中を整理する様に

 

「・・・・・時間、遡行軍、は――――」

 

ゆっくりと薬研に支えられながら、木の幹に寄り掛かりそう尋ねる

すると、城下の人の避難を頼んでおいた髭切が、こちらにやってきて

 

「僕たちが城下に戻った時は、もういなかったよ? てっきり、山姥切くんが全滅させたのかと思ったけど、違ったのかな?」

 

全滅・・・・・・

 

「・・・・・・おれ、は・・・・・・・・・・・・」

 

確かに、数は減らした

しかし、結局 最後に自分は意識を失った

その後の事は、分からない

 

山姥切国広が押し黙ると、髭切と薬研は顔を見合わせた

薬研達が城下に戻った時、時間遡行軍はもう、何処にもいなかった

 

ただ、酷い戦いの跡と、一人壁にもたれて意識を失っている山姥切国広を見つけた

てっきり、山姥切国広が全滅させたのかと思ったが・・・・・・

 

もし、違うのだとすれば、奴らは何処に・・・・・・?

 

そんな考えが脳裏を過るが

今はともあれ、山姥切国広の怪我の様子が気になった

 

発見したときはひどい傷だった

勿論、今もそれは変わらないが―――――

 

薬研が、手持ちの医療品で簡易的に治療しただけに過ぎない

可能ならば、山姥切国広だけでも、本丸に帰還させたかった

 

だが―――――

 

沙紀が本丸にいない状態で、果たして治療が可能なのだろうか?

そんな疑問が浮かぶ

 

それに――――――・・・・・・

 

その事を口にしても、山姥切国広がその案に素直に従うとは思わなかった

 

今できる事といったら、少しでも痛みを和らげる為に、痛み止めの薬湯を飲ませることと、無理をしない様に言うことだけだった

 

「髭切の旦那、山姥切の旦那を見ていてもらえるか? 俺っちは痛み止めに効きそうな薬草を探してくる」

 

それだけ言うと、薬研は灯りひとつで山の中に入っていった

 

「気を付けてね~、薬研くん」

 

そう言って、ひらひらと髭切が手を振る

その後ろ姿を、何とも言えない面持ちで山姥切国広は見ていた

 

「はぁ・・・・・・」

 

思わず、自分が情けなくて溜息が出る

部隊長なのに、皆に迷惑をかけてばかりだ

 

ぱちぱちと、目の前でほのかに燃える焚火を見る

 

この後、どうすればいい・・・・・・?

 

沙紀を一刻も早く探したい気持ちはある

だが―――――

 

何故、時間遡行軍は自分にとどめを刺さずに撤退した?

あの瞬間、彼らにとっては山姥切国広を討ち取る、絶好のチャンスだった筈だ

なのに、奴らはそれをしなかった

それは何故か

 

何か、重要な事を見逃している―――――

 

そんな気がしてならなかった

 

俺は、何を見落としている?

よく思い出すんだ

 

あの時、城下にて無差別にも思えた時間遡行軍の攻撃

果たしてそれは、本当に無差別だったのか?

 

もっと、他に何か「理由」があって奴らは攻撃してきたんじゃないのか・・・・・・?

そう――――もっと別の―――・・・・・・

 

 

「・・・・目的・・・・・・・・・」

 

 

不意に、ぽつりと傍に居た髭切が呟いた

 

「髭切?」

 

あまりにも唐突なその言葉に、山姥切国広がいぶかし気に首を傾げる

すると、髭切が「ん~?」と声を洩らしたかと思うと

 

「今回襲ってきた時間遡行軍の目的ってなんだったのかなぁ~って」

 

「それは・・・・・・」

 

そこまで口を開きかけて、山姥切国広が押し黙る

 

時間遡行軍

それは、歴史修正主義者からの攻撃を担っている異郷の者たちだ

彼らの目的は、一貫して「歴史の改変」である

となるならば・・・・・・

 

その時、ふとあることを思い出した

 

そういえば、あの時・・・・・・

 

時間遡行軍は逃げ遅れた訳あり風の女たちを狙っていた

それは、何故だ?

無差別にも見えたあの襲撃

もしそれが、あの女たちを狙ったものだとしたら・・・・・・

 

「・・・・・・髭切」

 

「んん~? 何だい?」

 

もしそうだとしたら――――――・・・・・・

 

「薬研が連れてきた女たちがいただろう? 今、どこにいるんだ?」

 

今回の時間遡行軍の攻撃は・・・・・・

 

「あ~なんか、いたね。 外套被った若めの身分高そうな女性と、お付きっぽい人でしょう?」

 

「お付き?」

 

山姥切国広の言葉に、髭切は「うんうん」と思い出しながら言った

 

薬研が自分たちを呼びに来た時、二人の女性を伴っていた事

その内の「お付き」の様な人が只管もう一人の女性を庇っていた事

その庇われていた女性は深く外套をかぶっていて顔は見えなかったという事

そして、その「お付き」の人がその外套の女性を「お嬢さま」でははく、「姫様」と呼んでいた時が合った事

 

髭切のその言葉に、山姥切国広は大きく目を見開いた

 

「姫・・・・・・?」

 

「うん~確か、何度かそう呼んでいたよ? まぁ、どこかのお姫様がお忍びで城下に来た感じかな?」

 

彼女たちが襲われた時、守るので精一杯でそこまで考えが浮かばなかったが―――――

もし、時間遡行軍の「目的」が「彼女達」で、その内の一人がどこかの「姫」だとしたら・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

生死で歴史の変化を起こす「姫」など限られている

そして、ここは「丹波」

現在、明智光秀が「丹波攻略」の最終段階に入っている時期-――――・・・・・・

 

そして、「姫」の存在

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

明智玉子か!!!!!

 

 

 

 

 

明智玉子・・・・・・後の細川ガラシャ

あの「姫」は「細川ガラシャ」だった・・・・・・?

 

いや、待て

 

そこまで考えて、山姥切国広はかぶりを振った

 

史実通りなら、玉子は1年前に細川家に嫁いでいるはずだ

ならばここにいる筈が―――――――・・・・・・

 

だが、もし時間遡行軍の目的が「細川ガラシャ」ならば―――――

 

 

 

 

この「攻撃」は、まだ終わっていない―――――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――丹波・亀山城

 

 

「うう~~~~~む」

 

大包平が、なんだか納得いかないという風に唸っていた

どうも、この湯帷子というのは性に合わないのか・・・・・・

沙紀の懇願に負けて着ては見たものの、こう身体に張り付く感じになんとも違和感を覚える

 

風呂というものは、もっと開放的になるものではないのか?

そんな事を呑気に考えている、衝立の向こうから沙紀が恐る恐るこちらを覗き込んできた

 

「あの・・・・・・着てくださいました?」

 

確認する様に、大包平にそう尋ねてくるが・・・・・・

当の本人はまったくその衝立の後ろから出てこようとしない

 

大包平は首を傾げつつ

 

「着たぞ? どうした、なのに何故出てこない」

 

「え・・・・・・っ、そ、それは・・・・・・」

 

沙紀がしどろもどろになりながら、大包平から視線を逸らす

その顔は、ほのかに朱に染まっていた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

なにかに、ピ――――ンときたのか・・・・・・

大包平が少し考えた後、ずかずかと沙紀が隠れている衝立に向かって歩いて来た

ぎょっとしたのは、他でもない沙紀だ

 

慌ててどこかに隠れようと、辺りを見回すが――――

そんな所、どこにもなかった

 

そうこうしている内に、大包平が問答無用で沙紀を隠してくれていた衝立に手を掛けた

 

「あ・・・・待っ・・・・・・」

 

「待ってください」という言葉は音にならなかった

あっという間に、衝立をどけられてしまう

 

そこには、湯帷子を着ているが恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている沙紀がいた

華奢な身体に、白い湯帷子姿が一層彼女を羞恥にさせていた

 

「ほぅ・・・・・・」

 

上から下へとまじまじと大包平が見てくる

その大包平行動に、沙紀が真っ赤になって

 

「そ、そんなに見ないで下さいっ・・・・・・」

 

かぁぁ・・・・・・と、頬を真っ赤に染めてそう抗議する彼女の姿は、なんともそそられた

それでは、逆効果だという事に気付いていないのも、また良いとさえ思ってしまう

 

まさに、「役得」というやつだった

 

大包平はにやりと笑みを浮かべ

気分良さそうに、沙紀に手を伸ばしてきた

 

「あ・・・・・・」

 

あっという間に、大包平の大きな手が沙紀の腰に回される

 

「あ、あああ、あの・・・・・・っ」

 

流石に、それは予想していなかったのか・・・・・・

沙紀が困惑と、恥ずかしさで真っ赤な顔を更に赤くする

 

「お、大包平さん・・・・・・っ」

 

沙紀がなんとか離れようと抵抗するが、力で敵うはずもなく

そのまま大包平の方に引き寄せられる

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

密着する四肢に、沙紀が顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせた

だが、それすらも可愛く見えてしまう

 

今まで抱いた事のない、“悪戯心”がくすぐられた

 

大包平はわざとらしく、そっと沙紀の耳元に顔を寄せ

 

「誰が見てるか分からんぞ? 沙紀・・・・・・」

 

そう耳打ちすると、そのままひょいっと沙紀を横に抱き上げた

 

「きゃっ・・・・・・」

 

突然、抱きかかえられ、落ちそうになる

沙紀が慌てて大包平にしがみ付いた

 

それで気分を更によくしたのか、大包平は嬉しそうに

 

「では、いざ行かん! 湯殿へ」

 

そう言って、沙紀が制止する間すらないまま、湯殿へと続く扉を景気よく開けた

 

中は広く、中央にある檜で作られた湯船の浴槽から湯気が上がっていた

そして、大きく開かれた欄干から、外の景色が一望できた

 

「ほぅ・・・・・なかなか、絶景ではないか」

 

大包平が満足そうに笑うが、沙紀はそれどころではなかった

 

「あ、ああの・・・・・・、大包平さん、降ろし――――――」

 

「降ろしてください」と言おうとするが、大包平は上機嫌でそのままずんずんと歩いて行くと、沙紀を抱きかかえたまま、湯殿に入っていった

 

ばしゃん・・・・・・

 

小さく、水しぶきが上がる

思わず、沙紀がぎゅっと目を閉じた

 

瞬間、じわりと身体に温かいお湯が染み渡ってきた

 

「あ・・・・・・」

 

疲れた身体をまるで癒すかのように、お湯が溶かしていく

ふと、沙紀が顔を上げると、何故か大包平が大きく目を見開いてこちらを見ていた

 

「・・・・・・? あの・・・・?」

 

何だろうと、沙紀がその躑躅色の瞳を瞬かせる

すると、大包平が「何か」をじっと見つめたまま

 

「沙紀・・・・・・」

 

「え・・・・・・? あ、は―――――」

 

「はい」と応えようとした瞬間、にゅっと突然大包平の手が伸びてきたかと思うと、沙紀の胸をその手で鷲掴みにしてきた

 

え・・・・・・?

一瞬、沙紀には何が起きているのか理解出来なかった

すると、大包平の手が微かに沙紀の胸に触れる手を動かした

 

「あ・・・・・・っ、や、ん・・・・・・」

 

突然の、行為に沙紀が思わず声を洩らす

が、慌てて手で口を塞いだ

 

だが、大包平はまるで確かめように

 

「沙紀、お前着やせするタイプだな。 思ったより胸が大きいし、感度もなかなか―――――――」

 

 

 

「い・・・・・・」

 

 

 

「い?」

 

 

 

 

 

 

 

 「いやあああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 どがしゃ―――――――ん

 

 

沙紀が叫ぶのと同時に、傍に合った桶で大包平の頭をかち割ったのはいうまでもなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は、鶴はお休みの回です~~

ここの所、連続でしたからね!!( ˙꒳​˙ )スンッ

というわけで、あいも変わらず大包平が面白いwww

うぐが観察日記を付けるわけだwww(この本丸にはいませんけどね?笑

 

2012.06.11