◆ 弐ノ章 出陣 14
――――丹波 亀山城
「――――失礼します」
不意に、廊下の方から侍女らしき女が一礼して現れた
「城主・明智十兵衛光秀様がお呼びでございます」
侍女からの言葉に、沙紀達が顔を見合わす
大包平が渋い顔で、舌打ちをした
「やられたな・・・・・・」
ここで、断れば不敬にあたる―――――そう取られても反論出来ない
その為に、わざわざ先触れに息子の十五郎をこちらへ寄こしたのだ
その上で、玉子がここに残ることを想定し、逃げる隙を与えないようにした
すべては、光秀の掌の上なのだ
さて、どうする・・・・・・?
このまま、明智光秀に会うべきか―――――
それとも、強行突破すべきか―――――
その時だった
沙紀がすっと、大包平の心を読んだかのように一歩前に出て
「申し訳ございません。 城主さまにお会いするのは明日では駄目でしょうか? 本日は色々とあり過ぎましたので・・・・・」
沙紀のその言葉で侍女は察したのか、それともそれも予想されていたのか
まるで、そこにマニュアルがあるかの様に――――
「では、湯殿とお食事の用意を先にいたします。 そちらで休まれた後に、必ず城主とお会いになられますように―――――」
それだけ言うと、その侍女は玉子と連れてその場を去っていった
「・・・・・・・・・・・・」
沙紀は、一度だけ立ち去る侍女に頭を下げた
そして、ゆっくりと顔を上げると、小さく息を吐き
「すみません、時間をあまり作れませんでした・・・・・・」
そう言って、申し訳なさそうに大包平に謝罪してきた
だが、大包平は小さくかぶりを振り
「いや、充分だ。 助かった、礼を言う――――沙紀、だったか? 名前」
「はい」
大包平のその言葉に、沙紀が小さく頷く
「・・・・・・お前は、随分と変わった“審神者”だな」
「え・・・・・・?」
沙紀が、大包平の言葉に不思議そうに首を傾げる
それから、少し考えたそぶりを見せた後
「そう、で、しょうか・・・・・・?」
沙紀としては、“他の審神者”を知らないので、そう言われてもよく分からなかった
だが、大包平は違う―――――
散々、“嫌な審神者”を見てきた
今の自分の主になっている“審神者”もそうだ
皆、我が強く、自分こそ“ふさわしい”と思っている―――――
それは、特に、上位クラスの“審神者”に多い傾向だった
だからだろうか―――――
目の前の沙紀にひどく惹かれた―――――
こんな“審神者”がいるのか―――――と
それはかつて、大包平が唯一主と認めた“彼”を思い出させた
彼は最後に言っていた
『次は、優しい人に使ってもらいなさい』――――と
そんな“審神者”はいないと思っていた
そう――――「彼」以外の、“審神者”など、皆 傲慢で利己的で我の強い、最低な奴らばかりだと思っていた
政府の人間も、“審神者”も、すべて――――
実際、今の主になっている“審神者”の女も、大包平を見せびらかすように、常に付き従う様に近侍から絶対外さない
そして、どこへ行くにも大包平を伴った
大包平に拒否権などはなく、もはや単なる“見世物”の気分だった
行く先々で「大包平は自分のもの」をアピールする その“審神者”に嫌悪感すら抱いていた
もう――――大包平の中で、“審神者”と言う存在が「煩わしいモノ」に変わるのに、時間は掛からなかった
だから―――気になっていた
どの“審神者”からの要請にも応えず、政府に留まる事を七年もの間続けた刀――――鶴丸国永
その鶴丸が唯一 心を許し“審神者”と認めた人物――――
それが――――
沙紀を見る
――――――石上神宮の隠し巫女であり、この日ノ本最高位の姫巫女―――第185代 “神凪”
――――――神代 沙紀
ごくりと、大包平は息を飲んだ
いや、まだそうとは決まっていない
第一、鶴丸の姿がないのがおかしい
そう考えると―――――彼女ではないのか・・・・・・?
という、疑問が浮かんでくる
だが、あの時の巫術といい、神道術といい
普通の“審神者”がすらすらと、祝詞を唱えられるはずがない
今は、“華号” 授与後なら、ひと言、ふた言で、術が完成する様にシステムが構築されている
しかし、沙紀は違った
“華号”の授与がされていない
つまり、略式の巫術も神道術も使えないのだ
しかも、本来であれば鍛刀も不可能である――――が、彼女既に鍛刀を可能としている
それはつまり――――――
彼女こそ、石上神宮の隠し巫女――――“神凪”であるという証拠ではないだろうか
「・・・・・・・・あの・・・?」
じっと、こちらを見つめたまま微動だにしない大包平に、沙紀が少し困った様に声を掛ける
その声に、大包平がはっとする
「あ、ああ、いや、少し―――――・・・・・・」
そこまで言いかけて、大包平は言葉を切った
もし・・・・・・
もし、彼女が――――沙紀が、鶴丸の言う“彼女”だったならば――――・・・・・・
俺は・・・・・・
知らず、大包平の手が沙紀の方に伸びてくる
と、彼女の漆黒の美しい髪をひとすくいした
もし、彼女が・・・・・・
「・・・・・・お前だったら、俺は・・・・」
違っていたのか・・・・・・?
「大包平、さ・・・・ん?」
沙紀の声が、ひどく心地よい
これが、鶴丸の言っていた“彼女”の持つ、魅力なのか
あの鶴丸を七年も政府に留まらせ“理由”なのか
もしも、本当に神様がいて、刀剣である自分の願いも叶えてくれるならば――――・・・・・・
その時は――――――・・・・・・
「あー、こほん!!」
突然、一期一振の咳払いが聴こえてきた
その声で、大包平がはっとする
「大包平殿? 今、為すべきことはわかっていますよね?」
にっこりと、今にも刺してきそうな笑顔で訴えられ、大包平も流石にたじろいだ
笑顔が怖い
「お、おお・・・・・・」
そう、誤魔化す様に答えると、さっと沙紀の髪に触れていた手を離した
そうだ、今は―――――・・・・・・
「明智光秀・・・・・・我々が会って問題ないのでしょうか?」
一期一振がそう尋ねてくる
確かに、それも懸念の内の一つだが・・・・・・
大包平は、腕を組み少し考えると
「そうだな、会わずに済むならそうしたいが――――おそらく、それは厳しいだろうな。 向こうは、こいつが・・・・・・沙紀が対応した侍女の反応からしても、何が何でも“こちら”に用がある様に思えた」
そう言って、沙紀の方を見る
そう―――
あれは、自分たち――――と言うよりも“沙紀”自身に会いたがっている様にも感じ取れた
こちらが、政府側の者――――つまりは自分たちにとって“敵”とみなしたのであれば、まず彼女が一人の時を狙うはずだ
だが、向こうはあえて“面会”の手段を取っている
という事は、もっと別の思惑がある様に感じとれた
それに、“この時空”の開いている残りの時間も気になる
だが、今、それを考えても無駄なだけだ
とりあえずは――――――・・・・・・
「明智光秀・・・・・・か」
一時は織田信長の右腕すら担っていた男だ
おそらく、一筋縄ではいかないだろう
まずは、相手の思惑を見極めるのが先決だ
その為には、気は進まないが会うしかない
その時だった
「失礼いたします」
すっと、障子戸の向こうから侍女らしき声が聴こえてきた
一瞬、沙紀が大包平と一期一振の方を見ると、すっと立ち上がり障子戸に近づいた
そして、膝を折るとゆっくりとした動作で障子戸を開けた
そこには、頭を垂れた侍女が一人いた
「お客様方、湯殿の用意が整いましたので、どうぞこちらへ――――ご案内いたします」
その言葉に、にっこりと沙紀は微笑み
「ありがとうございます。 少し、待っていただいて宜しいですか?」
「はい」
そう言い残すと、沙紀は一度すっと障子戸を閉める
そして、大包平達の方に音を立てない様に歩いてくると小さな声で
「湯殿・・・・・・どうしたらいいでしょうか?」
とてもじゃないが、湯に浸かってゆっくりした気分ではないが――――
朝から、ばたばたしていたし、時間遡行軍との戦闘で疲労も溜まっているのも事実だ
沙紀としても、湯を使えるのなら使って身を清めたい
が・・・・・・
敵陣の真っただ中で、一人で湯殿に向かうのは少し危ない気もした
思わず、大包平と一期一振を見る
が、流石に付いてきてくださいというのは、気が引けた
どうしようかと考えあぐねていると、その視線に気づいた一期一振が
「沙紀殿、先にどうぞお使いください。 我々は後でも―――――」
そこまで言いかけた一期一振の頭を、突然大包平が叩いた
突然叩かれた、一期一振が理不尽だと言わんばかりに、大包平を睨んだ
「いきなり、何をなさいますか――――大包平ど――「貴様は、あほうか!!?」
が、言い終わる前に大包平の罵声が飛んできた
「こいつの心境もよく考えてみろ! 湯に一人で向かわせる方が危険だろうが」
「で、ですが――――」
それは、一期一振も思った
しかし、自分は男の身で、彼女は女性だ
同じ湯に護衛とはいえ浸かる訳にはいかない
流石の一期一振も、それを申し出るのは憚られた
すると、見兼ねた大包平がとんでもない事を言い出した
「よし! なら、こうしよう!! お前は、こいつの兄。 そして、俺は―――こいつの婚約者だ!!」
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げて反応したのは沙紀ではなく、一期一振の方だった
沙紀に関しては、何を言われたのか理解出来なかったのか、言葉を失っている
え・・・・・・?
大包平さんが、こんやく、しゃ・・・・・・???
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「え・・・・・・・」
瞬間、ぱっと沙紀の顔が赤くなる
それを見た、大包平はにやりと笑みを浮かべ
「そういうことだ、義兄上殿。 沙紀との湯殿の権利は俺様にあるのだ。 さ、行くぞ 沙紀」
そう言って、沙紀の肩をぐいっと抱き寄せた
突然の大包平からの行動に、沙紀が困惑の色を示す
「あ、ああ、あの・・・・・・っ」
思わず、声を発しようとするが、すっと伸びてきた大包平の人差し指が沙紀の唇に触れた
そして、小さな声で
「しっ・・・・・・、見張りがいる」
「・・・・・・・・・・・・っ」
大包平のその言葉に、沙紀がぎくりと身体を強張らせる
「いいから、今は俺にその身を預けろ」
見張り――――そう言われてしまっては、反論出来ない
沙紀が、小さく頷き大人しくなると、大包平は満足げに沙紀の頭を優しく撫でた
「いい子だ」
そう言って、障子戸を開けると待っていた侍女に向かって
「待たせたな、案内頼む」
最初は、大包平に抱き寄せられる形で出てきた沙紀の姿に驚いたようだったが、その侍女はその事には何も触れずに「こちらです」とだけ告げ前を歩き始めた
ぱたん・・・・・・と、沙紀と大包平が出ていくと障子戸が閉められる
一期一振は、未だにぽかん・・・・・・としたまま、放心していたが・・・・・・
次の瞬間、はっと我に返り―――――
「お、お待ちなさいいいいい!!!!」
と、慌てて二人の後を追いかけたのだった
◆ ◆
―――――天正7年7月・丹波 山姥切国広部隊
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・
呼吸が荒れる
手足が鉛の様に重い
視界がかすむ
刀を持つ手が痺れて、少しでも気を許せば落としそうだ
どのくらい、自分はこうしているのだろうか・・・・・・
斬っても斬っても、終わりが見えない時間遡行軍――――――・・・・・・
俺は・・・・・・このまま、ここで、折れる・・・・の、か・・・・・・?
彼女の―――沙紀の事も何もわからず
護る事も、会う事とも叶わず
ただただ、彼女の見えない姿を目で追うだけの・・・・・・
そんなの――――――・・・・・・
いや、だ・・・・・・
俺は・・・・・・
おれ、は 彼女を――――――・・・・・・
「沙紀・・・・・・・・・・・・」
そこで、意識が途絶えた
さてさて、今回は夢主側の話です
湯殿ですってwwww
一緒に入るのか笑 まぁ、ここは大包平に美味しい展開にしようかなぁ~~笑
いち兄は、お兄ちゃんポジから抜けられないと思いますウン(*-ω-)(-ω-*)ウン
2021.03.08