華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 1

 

 

鳥の囀りが聞こえる

ふと、優しい感触が額に触れた

 

優しく、慈しむように沙紀の額に触れる感触――――……

 

私はこの手を知っている……

 

そう、いつも沙紀を護ってくれる優しい手……

それは――――……

 

ゆっくりと瞳を開けて、その手の先を見る

そこにいたのは

 

「りん…さ、ん……?」

 

小さな声で そう呟くと、そこにいた鶴丸が優しく微笑んだ

 

「沙紀……気が付いたか?」

 

そう言われて、気づいた

 

ああ…そうだ

昨夜、不思議な“神託”を受けて…それで――――……

 

あの後、顕現したはずの三振はどうなったのだろうか?

そこだけ記憶がおぼろげで覚えていない……

 

まさか、また“失敗”してしまったのだろうか……

 

そんな不安が脳裏を過る

すると、それに気づいたかのように

ふと、鶴丸の手が沙紀の頭を撫でた

 

「…………? りんさん……?」

 

突然のその行為に、沙紀が不思議に思い その大きな躑躅色の瞳を瞬かせる

すると、鶴丸はくすっと笑い

 

「安心しろ。 ちゃんと三振とも顕現してるから」

 

「あ………」

 

まるで沙紀の心を読んだかのような鶴丸の言葉に、沙紀が恥ずかしそうに顔を赤らめる

そして、もそっと掛けてあった毛布を手繰り寄せた

 

「沙紀?」

 

鶴丸が不思議そうにそう名を呼ぶ

だがその声音がひどく優しくて、余計に恥ずかしさが込み上げてきた

 

「………りんさんは、何でもお見通しなのですね…」

 

そう少し口元を膨らませてそう言う沙紀に、鶴丸はくすっと笑みを浮かべると

 

「沙紀の事なら、な。 そうやってふてくされてる顔も可愛いが…俺はお前の笑った顔が一番好きなんだ」

 

「…………っ」

 

 

 

“好き”

 

 

 

思いがけない鶴丸からの言葉に、沙紀が言葉を詰まらす

顔がどんどん高揚していくのが分かる

 

多分、鶴丸は深い意味があって言ったわけじゃない

ただ、純粋に笑顔の方がという意味で言っただけに過ぎない

そう分かっているのに、意識が引っ張られる

 

ただ一言

ただ一言“好き”という“言葉”に引きずられる

 

やだ…私………

 

きっと、今の自分の顔は真っ赤だ

それが感覚で分かるぐらい、顔が熱い

見られたくなくて、思わず顔を手で覆ってしまう

 

すると、それを見た鶴丸はふっと優しく笑みを浮かべ

 

「沙紀…顔を見せてくれ」

 

そう言って、そっと顔を覆う沙紀の手に自身の手を添える

それに抵抗出来る筈もなく…

沙紀の手がそっと顔から離される

 

恥ずかしさのあまり、鶴丸の顔を見ることが出来ない

思わず顔を逸らしてしまう

 

だが、鶴丸にはお見通しだったのか……

逸らそうとした瞬間、「駄目だ」と声で制された

 

「沙紀…俺に顔を見せてくれないのか?」

 

「そ、それは……その……」

 

そう言われて、背けられる筈もなく…

沙紀が、恥ずかしそうに視線を鶴丸の方に向けると、鶴丸が嬉しそうに微笑ん

 

「…………っ」

 

鶴丸のその嬉しそうな顔を見た瞬間、沙紀の顔が更に熱くなるのを感じた

すると、鶴丸がくすっと笑みを浮かべて

 

「沙紀、顔 真っ赤だな。 可愛い」

 

そう言って、すっと沙紀の顔に手を伸ばしてくるとそのまま顔が近づいてきた

 

「あ………」

 

そのまま口づけが降り注いでくる――――……

触れるだけの、優しい口づけ―――

 

ゆっくりと瞳を開けると、鶴丸の美しい金色の瞳と目が合った

 

「りん、さ…ん……」

 

「沙紀……」

 

不意に、こつん…と、額と額が触れた

そして、鶴丸がまるで何かのまじないの様に、ゆっくりと瞳を閉じ

 

「お前の事は、絶対 俺が護ってやるから……」

 

そう呟いた

 

りんさん………?

 

鶴丸のその言葉が何を意味しての“言葉”なのか……

その時の沙紀は知る由もなかった――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうかしている!!

 

小野瀬は、早足で廊下を歩きながら 込み上げてくる怒りを何とか堪えていた

 

煩わしい三老から解放されたのが、つい今しがたの話

しかも内容が最悪ときた

 

一体、三老は何を考えているのか

就任早々、彼女を潰す気か!!?

 

そうとしか思えない、彼らのふざけた“提案”にはらわたが煮え繰り返しそうだ

初任務を決行するのはいい

いずれは通らなくてはいけない道だ

だが、その内容が悪すぎる

 

よりによって――――……

 

「あ――――! 小野瀬!!!」

 

その時だった、不意に後ろから声を掛けられた

誰だ? と思いつつ振り返ると…

顔に布を掛けた、巫女装束の少女が後ろに一人の刀剣男士を伴って手を振ってきていた

 

どうみても、どこかの本丸の審神者だった

 

「君は確か……」

 

さて、どこの本丸だったか……

そんな事を思いつつ足を止めると、少女はふふんっと少し偉そうに胸を張り

 

「やだわ、忘れたの? この国で5人しかいない特SSランクの審神者のあたしを!!」

 

そこまで言われて、「ああ…」と思い出した

 

「君は“睡蓮の本丸”の審神者か」

 

華号で呼ばれて気分を良くしたのか…少女は、「ふふ…」と笑みを浮かべる

ちらりと少女の後ろを見ると、いつも彼女が連れている刀剣男士が小さく息を吐いていた

彼の名は・大包平

平安時代の古備前派の刀工包平作の太刀だ

現存する全ての刀の中で最高傑作として知られており、童子切安綱と並び称されて「日本刀の東西の両横綱」と例えられる

 

彼は、彼女の自慢の刀剣男士なのか…彼女は必ずと言っていいほど、この大包平を伴って本部に出入りしていた

 

「ところでさ、ちょっと小耳に挟んだんだけど…」

 

彼女がちょいちょいと、耳に髪を掛けながら口を開いた

 

「最近、小野瀬が目を掛けてるとかいう新任の審神者に初任務で特Aランクの任務をさせるとかなんとか……」

 

「……どこでその話を…?」

 

早いな……

 

小野瀬でさえ、先ほど三老から聞いた話だというのに…

彼女は一体どこでその話を聞いたのか…

 

すると彼女はさも当然の様に

 

「うちの情報網を侮ってもらっては困るわ。 それくらい、直ぐ入ってくるわよ」

 

不意に、そこまで半分冗談交じりに言っていた彼女の雰囲気が一変する

 

「本気? 潰れるわよ?」

 

「…………三老の意向だ。 自分の力ではどうにも出来ないよ」

 

“三老”という言葉に、少女がぴくっと反応する

 

「なにそれ、あのじーさん達も注目の期待の新人って訳? 気に入らないわね」

 

後ろに控えている大包平を見ると

 

「そう思わない? 特SSランクの私達なら、そんな任務あっという間に片づけてきてあげるのに…ねぇ? 大包平」

 

そう言って、大包平の腕に自身の腕を絡めた

 

「………………」

 

大包平は無言だった

腕を振りほどくでもない、声を返す訳でもない

ただ、無関心の様に小さく息を吐くだけだった

 

どうやら、この少女があからさまに大包平に“好意”を示すのに対し、大包平の方は少女にはあまり興味が無いようだった

というか、どちらかというと不快そうだった

 

というのは、傍から見れば一目瞭然なのだが…

少女は大包平に熱を上げていて気付いていない様だった

 

まぁ…この審神者の少女の高飛車な性格が好かれるとは…小野瀬ですら思ってない

だが、実力は本物なだけに、刀剣男士との仲を仲裁するにはいささか憚られた

 

「ねぇ、その新人の子、何ていう華号なの? 是非ともご挨拶したいわ」

 

明らかに好意からの挨拶ではないことは一目瞭然だった

出来る事ならば、会わせたくないと小野瀬ですら思ってしまう

 

だが、審神者からの質問に答えない訳にもいかず…

小野瀬は小さく息を吐きながら

 

「まだ華号はないよ。 任命がまだだからね」

 

幸い、沙紀にはまだ“華号”を与えていなかった

これなら、おそらく彼女に特定はされないだろう

 

今のところは…だが……

 

だが、それを聞いた少女は「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げた

 

「華号がまだない? 本気で言ってんの? あたし達にとって“華号”が何を意味するのか…小野瀬なら分かってんでしょ!? ……本当に潰れるわよ…その子」

 

“華号”

各本丸には、審神者が就任すると“華号”という花の名称が与えられる

“審神者”に就任した者は、基本 本名ではなく“華号”で呼ばれるのが通例だった

そして、それは単に“本丸の名称”というだけではない

“華号”とは、“審神者”としての本来の力を発揮する為に必要不可欠のシロモノだった

“華号”を受けることにより、“審神者”としての眠っている自身の力が“覚醒”すると言っても過言ではない

それによって、力を行使する事が出来る様になるのだ

 

だが、沙紀にはまだ“華号”は与えられていない

それはつまり、“審神者”としての力は顕現していない事に他ならない

“審神者”としての資質は備わっていても、“華号”を与えられて初めて力が行使出来るのだ

 

今まで、刀剣からひとがたに顕現できているのは、“審神者”としての力ではなく

本来 沙紀の持つ“神凪”としての力の成せる業だった

 

だからこそ小野瀬は沙紀に注目した

“華号”を与えていないのにもかかわらず、目の前で鶴丸を顕現させたあの瞬間から――――……

 

彼女だけが持つ“特別”な力

 

それが当代最高位の姫巫女・“神凪”の持つ力―――……

 

だからこそ、三老も注目している

故に、“華号”ですらまた与える許可を出さない

 

本当ならば、遅くとも初任務前にでも与えたいのだが……

 

許可…出さないだろうなぁ……

 

いきなり、新人に特Aランクの任務をあてがう鬼畜どもだ

小野瀬が先に沙紀に“華号”を与えたいと言っても、許可しないのが手に取るようにわかる

 

その時だった

少女がとんでもない“提案”をしてきた

 

「ふふん、なんなら“あたしの大包平” 貸してあげよっか? いないんでしょ? それにどんな注目株か知らないけど、ド新人に特Aランクの任務はキツイでしょうし? ……なーんて、ジョーダン……」

 

「あ、ほんと? 助かるよ!!」

 

彼女的には冗談で済まそうとした話を、小野瀬がすかさずキャッチする

 

「いやぁ~本当にどうしようかと思ってたから、助かるよー! 睡蓮の審神者殿はなんて心根が深いんだろう!!」

 

「え…っ!? いや、だから、冗談……」

 

「ほんと! ありがとう!!!」

 

尚も畳み掛ける様に、小野瀬が少女の手を取ってぶんぶんと振った

 

「ちょ、ちょっと小野瀬っ……!!」

 

これはやばいと思ったのか…少女が焦り出す

だが、小野瀬がこのチャンスを逃すはずもなく…

 

有無を言わさずぐいっと少女の隣にいた大包平を掴むと

 

「じゃぁ、大包平君を少し借りるね~」

 

と、大包平の承諾も受けずに、小野瀬が問答無用で連れ去っていった

少女が後ろから「いやぁ~~~~!!!! かえしてぇ――――――!!!」

と叫んでいたのは言うまでもない

 

 

 

 

 

 

 

 

****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おい」

 

半ば無理やり審神者から離された形となった大包平が、彼女が見えなくなるくらい離れた瞬間声を発した

すると、小野瀬はすべて分かっているかのように

 

「なんだい? 大包平君。 内心、あの子から解放されてほっとしてるんだろう?」

 

「……………っ」

 

見透かしたような小野瀬の言葉に、大包平が言葉を詰まらす

それもそうだろう

彼女の大包平への執着は、異常なまでと言ってもいいほどだった

本丸で優遇されていると言えば言葉はいいかもしれないが…

あれでは単に、自分のものだと誇示して自慢されるおもちゃの様なものだった

実際の所、彼女は大包平に“それ以上”の感情を抱いていたかもしれないが……

大包平が彼女を“審神者”としてすら見てないのは、誰の目から見ても明らかだった

 

すると、大包平は「はぁ…」と溜息を洩らし

 

「どうせ、今から行かされる本丸の審神者もあの女と変わらないんだろ? どこにいったって一緒だ」

 

半ば、自分の扱われ方に諦めているのか、自虐的な言葉が出来る

 

彼の今までの“経緯”を思えば仕方ないのかもしれない

彼を顕現させた最初の“審神者”は何十年も審神者を務めた年配の男性だった

だが、数年後…その審神者が公式発表では引退とあるが、心を病んで病に伏せてしまったため、その本丸は閉鎖

そして、刀剣男士達はそれぞれ新たな本丸に配属された

だが、大包平だけ違った

 

大包平だけは、その審神者への思い入れが強く

他の本丸に行くことを拒否した為、一時的に政府預かりとなっていた

そして、数年後…今の審神者である少女が大包平に目を付けた

何度断っても、拒絶しても、政府に大包平を自分に本丸に欲しいと言ってきた

あまりにも執拗だった為、警戒もされたが…相手が特SSランクの審神者だった為、政府も無下には出来ず、結果 大包平は彼女のもとへ行く羽目となった

 

大包平にとっては不本意

しかし、政府の決定に従うしか道はなかった

刀解されるか、行くか

その二択で、迫られては行くしかない

 

それから、数年後の今

彼女は自分の物と誇示する様に、大包平を常に従えていた

 

だから、大包平はもう諦めていた

最初の“審神者”の様な人物にはもう会えないのだと…

 

その経緯をすべて知っている小野瀬としては、今回はいい機会だと思った

彼女なら……沙紀なら、きっと大包平をいい方向へ導いてくれる

そんな気がしたからだ

 

半ば、心を閉ざしている大包平の中に、指す一陣の光になってくれればいい

 

そんな思いもあった

勿論、初任務に特Aランクということで、助っ人としても期待している

だが、それ以上に大包平にいい影響があればいい――――

そんな思いが強かった

 

大包平の言葉に、小野瀬がふふふっと笑う

いきなり笑われたのが不愉快だったのか……大包平がむっとして

 

「何故 笑う。 不愉快だ」

 

そう言葉を洩らしたものだから、小野瀬はますます面白くなって今度は声を出して笑い出した

小野瀬のその反応に、大包平が苛っとしそうになった時だった

 

「その考えはすぐに変わるよ。 これからいく本丸の“彼女”は、そこらの子らとは違うからね」

 

「…………? どういう意味だ?」

 

小野瀬の言う意味が分からない

大包平が首を傾げた

 

すると、小野瀬がにやりと笑みを浮かべ

 

「なにせ、“彼”がいる“本丸”だからね」

 

「彼?」

 

「そう―――きみと一時来一緒に“仕事”していた“彼”だよ」

 

そこまで言われて、大包平がはっとする

一緒に仕事をしていたといわれて、思い当たるのは一人しかいない

 

「まさか……っ」

 

小野瀬がその口元に笑みを浮かべる

 

「……鶴丸国永。 彼が全てを投げ打ってでも護ると誓っている少女の“本丸”だよ」

 

噂には聞いたことがある

大包平よりも前に顕現したにも関わらず、鶴丸は何年も他の審神者からの申し出も断り続けて政府に留まっていたその“理由”を

 

その“理由”の少女が“審神者”を務める“本丸”―――――……

 

小野瀬が、転送装置の前まで来て行き先を指定する

瞬間、中央の方陣がぱぁ…と青く光を放った

 

「君は、もう縛られることはないよ。 ―――――行っておいで、“彼女”の元へ―――…… そして、“自分”を取り戻してくるといい」

 

「………………っ」

 

小野瀬がそう言うのと、大包平を光が包むのは同時だった

まばゆい光が、部屋中を照らす

 

彼女なら…沙紀ならきっと大包平に“自我”を思い出させてくれる

 

「頼んだよ……“神凪殿”」

 

小野瀬のその言葉は、そのまま光に飲まれたのだった――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久方ぶりの更新です

ついに、大包平登場(*ノ∀`)ノ

大包平は、他の本丸からと決めてしましたwwww

色々、難のありそうな子ですけどねー

 

※華号(かごう)とランクはオリジナル設定ですよん

 

2018/01/08