◆ 壱ノ章 刻の狭間 9
「え……? なんだって?」
小野瀬は自分の耳を疑った
モニターの向こうの鶴丸が、小さく息を吐く
『だから、三日月ならうちの“本丸”にいるって言ってるんだ』
そう言って、鶴丸が沙紀から貰った刀剣男士の一覧のファイルを見せる
そして、“三日月宗近”の黒い文字の部分を指さした
『沙紀の話だと、顕現してる奴は名前が白くなるんだろう? 三日月なら最初からうちにいるぜ?』
なのに何故、名前が黒いままなのか
鶴丸が言わんとする事は小野瀬にも分かる
しかし……
「えっと、ちょっと待ってくれないかい」
頭の整理が追いつかない
鶴丸の話だと、三日月宗近は既にあの本丸で顕現しているという
だが、政府のデータバンクにその記述はないし、今の所確認されていない
だから、彼らの本丸の“三日月宗近”の部分は黒いままだった
その筈なのだが……
顕現している……?
三日月宗近が………?
これは一体、どういうことなのか……
こちらの知らない間に顕現した……?
いや、そんな筈はない
全てのデータを握っているのは、こちらだ
その情報網をかいくぐって侵入するなど不可能だ
では、その“三日月宗近”は“なんだ”?
鶴丸の事と言い、三日月の事と言い…
あの本丸はイレギュラーなことばかりだ
『とりあえず、報告はしたからな。 修正頼むぜ?』
「あ、ああ…わかったよ」
それだけ言うと、鶴丸からの通信は切れた
通話を切った後、小野瀬は小さく息を吐いた
どういうことだ……?
何故、三日月宗近が既に顕現されている
もし、そうだとして 政府のセキュリティをかいくぐって、その“三日月宗近”は“何処から”来たんだ……?
「……少し、調べてみるか」
そう―――……
それからでも遅くはない
その時だった
「小野瀬さん」
不意に、誰かに呼ばれ振り返ると
同僚の一人が呼んでいた
「………?」
通信が終わったとはいえ、プライベートルームに入って来るとは…緊急事態か何かか…?
と、嫌な予感しかしない
「どうした?」
そう尋ねると、同僚の一人は言い辛そうに
「その……三老がお呼びです」
その言葉を聞いた瞬間、小野瀬が顔を顰める
「くそじじいどもか……」
はぁーと重い溜息を洩らし、髪をかいた
「小野瀬さん、三老の方々を“くそじじい”などと……」
「あーはいはい、すみませんねぇ~」
今にも始まりそうな同僚からの説教を、小野瀬は軽くあしらうとそのままスタスタと歩き始めた
「小野瀬さん、謁見室に行ってくださいよー?」
後の方で同僚の声が聴こえるが、小野瀬は「はいはい」と言いながら軽く流してそのままその場を去った
鶴丸の話していた“三日月宗近”の件といい、三老からの呼び出しといい
厄介な事ばかりだ
思わず、チッと舌打ちが洩れる
「面倒くさいな……」
はぁ…と溜息を洩らし、そう呟くのだった
◆ ◆
沙紀は自室の鏡の前で溜息をついた
なんて酷い顔をしているのだろうか……
あの時の小野瀬の言葉が脳裏をよぎる
『いやね、ここの“本丸”はちょっと“刀種”が偏り過ぎてるなぁ…と思ってね』
“刀種”の偏り
言われる通りだった
ここの“本丸”には、太刀と打刀しか存在しない
それでは駄目なのだ……
この先、“任務”に出るときなんらかしら支障が出てくる
出てからでは遅いのだ
「なんとか、しなきゃ…いけない、わ、よね……」
頭では分かっている
書物で調べた限り、他に短刀や脇差
それだけではない、大太刀や薙刀など 色々な刀種が存在する
それらを鍛刀するとしたら、何か条件的なものでもあるのだろうか……
それは、いくら書物を読んでもわからなかった
となると……方法は一つ
沙紀はぐっと唇をかみしめると、まっすぐと鏡に映る自分を見た
それから、小さく頷くと そのまま部屋を後にしたのだった
――――夕方
「なぁ、沙紀を知らないか?」
大広間に鶴丸が姿を現した
大広間には、茶を呑んでいる三日月と傍で本を読んでいた一期一振がいた
どうやら、燭台切と大倶利伽羅は夕餉の支度をしているらしくここにはいないようだった
ふと、本を読んでいた一期一振が顔を上げる
「鶴丸殿? 朝からお二人ともお見かけしてなかったので、てっきりご一緒かと思ったのですが…違うのですか?」
一期一振の問いに、鶴丸は首を傾げ
「いや? 俺はずっと自室で昨日転送してもらった書物を一人で読んでいたからな……」
鶴丸のその言葉に、聞いていないと思っていた三日月が「ほぉ…」と反応し
「鶴丸、そなた書を嗜むのか…? これは、意外だな」
「三日月…俺をなんだと思ってるんだ? 書物ぐらい読むに決まってるだろう? 自慢じゃないが俺のマンションには千冊以上はあるぞ」
「千冊ですか? それはすごいですね!!」
一期一振が目を輝かせながらそう言う
まさに、尊敬の眼差しとはコレの事を言うのだろう
実際は、小野瀬に馬鹿にされるのが嫌で知識を付ける為に 只管読んでいたら貯まっただけなのだが……
「鶴丸殿は、読書家なのですね……素晴らしいです」
「お、おお……」
などとは口が裂けても言えず、苦笑いを浮かべながらそう答えるのが精一杯だった
まぁ、ある意味それが功を奏してか…
小野瀬の馬鹿にされることも少なくなったし、何よりも色々と困らずに済んだ
それに加え、暇さえあれば読むのが習慣になってしまい
今ではもはや、“趣味”と言ってもおかしくないぐらいだ
と、そこまで考えて はっとする
「……俺のことはいい!! そうじゃなくて、沙紀を見なかったか?」
一期一振と三日月が顔を見合わせる
「いや? 主は朝から見ておらぬ」
「そう―――ですね。 私も、今朝からお見かけしていません。 お部屋にはいらっしゃらなかったのですか?」
「部屋にはいなかった」
「……少し席を外されているだけでは?」
「それはないな。 あの様子からして数時間は空けている」
それぐらい沙紀の部屋の中は冷たくなっていた
とても“少しの間だけ”部屋を空けているとは思えない
少なくとも、数時間……もしくは、朝からか部屋にいなかった可能性が高い
沙紀が何か思い悩んでいるのは気付いていた
だが、頼ってこないところを見ると、あまり触れてほしくないのかと思った
だから、そっとしておいた
だが何故だろう……嫌な予感がする
胸騒ぎが収まらない
その時だった
「何を騒いでいる…お前たちは」
廊下の向こうから長谷部が歩いてきた
「長谷部!! 丁度いいところに!!」
長谷部を見つけるなり、鶴丸が叫んだ
驚いたのは他ならぬ長谷部だ
「な、なんだ 鶴丸。 一体何事――――……」
「沙紀を知らないか!?」
急にそう問われて、長谷部が「は?」と顔を顰める
「主? お前は主を探しているのか?」
そう言って、はぁ~~と溜息を洩らす
「主なら、鍛刀部屋で執務中だ」
やれやれという風に、答えた長谷部とは裏腹に
鶴丸の表情が変わる
「……まさか、朝から?」
鶴丸のその言葉に長谷部がぐっと言葉を詰まらす
答えはそれだけで十分すぎるほどだった―――――……
「………………」
鶴丸の表情がますます険しくなる
そしてそのまま長谷部を押しのけてどこかへ行こうとした
慌てたのは長谷部だ
鶴丸が、“どこに向かうか”など明白だったからだ
「鶴丸! お前といえども、主の執務の邪魔をするのは―――――……」
そこまで言いかけて、顔をぎくり…っ と強張らせた
鶴丸の表情が今までにないくらい険しかったからだ
「………どけ」
一等低い声で そう言われるなり、どんっと肩と肩がぶつかった
「………………っ」
そのまま、鶴丸が長谷部の横を通り過ぎていく
「………………」
長谷部が、今までに見たことのない“鶴丸”に言葉を失っていたが…
次の瞬間、はっとして
「ま、待て!! 鶴丸!!」
そう叫んで、慌てて鶴丸の後を追いかけたのだった
その様子を見ていた、一期一振と三日月は思わず顔を見合わせた
「………あんなに怒っている鶴丸殿を見たのは、初めてでした」
一期一振の驚いたようなその言葉に、三日月は茶を呑みながら
「……主の事が心配なのだよ。 仕方あるまい」
「それはそうですが……」
そう呟きながら、一期一振がまた二人が去ったほうを見るのだった
**** ****
目の前が真っ暗になる
闇の中、沙紀は一人立っていた
足元にはボロボロに砕けた刀の破片が散らばっていた
「……………」
沙紀がそっと、その破片を手に取る
だが、破片は沙紀の手の中で粉々に砕けた
ぱらぱらと手の中から零れ落ちていく欠片がキラキラと光を放つ
「…………っ」
“命”が宿るはずだった
本当なら、“命”が宿り、“意志”を持つ筈だった……
だが―――――……
“現実”は違った
こうして、今 自分の前の前に広がっているのは…
“壊れた刀”達だった
「………ご、めん、な、さい……」
ぽつり…と涙が零れ落ちる
その涙が、手の中に微かに残った欠片に降り注いだ
涙に反射して、欠片がきらきらと輝く
「…………っ」
それを見ていたら、次から次へと涙があふれ出てきた
ぽろぽろと沙紀の躑躅色の瞳から涙が零れ落ちていく
堪らず沙紀は、手の中の欠片を握りしめた
その時だった
ふわりと誰かの手が沙紀の手に重ねられた
一瞬、「え…?」と思い、顔を上げる
そこにいたのは――――………
「――――……沙紀!!」
誰かに名を呼ばれ、意識が浮上する
自身を包み込むような温かい感覚に、沙紀がゆっくりとその躑躅色の瞳を開けた
「沙紀……よかった」
そういって、安堵する声が聞こえてくる
そこにいたのは……
「り、ん、さん……?」
それは、鶴丸だった
気が付けば、沙紀は鶴丸の腕の中にいた
事態が把握できない
でも、“分かっている”ことはある
それは……
鍛刀部屋の至る所に散らばった刀の欠片達
それが物語っていることはたった一つ――――………
「……な、さい…」
「沙紀?」
涙がこぼれる
「ごめん、な、さい………」
それだけ言うと、沙紀はそのまま意識を手放した
◆ ◆
「鶴丸殿、主さまは……」
こんのすけが、心配そうに鶴丸を見た
鶴丸は、すこしだけ笑みを浮かべて
「……大丈夫だ。 気を失っただけだ」
その言葉に、こんのすけがほっとしたように安堵の息を洩らした
「そうですか、よかったです。 それにしても――――……」
そういって、辺りを見回す
霊的様式で造られていたこの鍛刀部屋だが、現状は酷いものだった
至る所に施されていた紋様は破損しており、壁や柱などにも斬り跡のようなものもあった
まるで、何かと“戦った”後のように
そして、極めつけが 床に散らばった“壊れた刀の破片”だった
それも一本ではない、何十本という刀の破片が散らばっていた
「状況から察するに……“鍛刀”がうまくいかなかった様に思われます。 もしかしたら、前に主さまが仰っていた“悪しき者”を呼び寄せてしまって、ご自身で封印されたのかも…」
「沙紀が?」
「はい……おそらく、焦る気持ちがあったのかと……」
「………………」
それには思い当たる節があった
ここの所、沙紀が思い悩んだり、突然書物を読みふけったりしていたのはそのせいだろう
焦るあまり、いつものようにいかなかったのだろう
“儀式”とはそういうものだ
焦れば焦るほど、集中が欠け ”失敗“する
それは沙紀もわかっていたことだろう
だが、どうしようもなかったのだ
「馬鹿野郎が……」
鶴丸がぽつりとそう呟き、沙紀の額を撫でた
気を失っていてもわかるほど、沙紀の顔には疲労が出ていた
こうなる前に、自分に頼ってほしかった
相談してほしかった
今となっては、詮無きことだが……
それでも、一言言ってくれれば―――――……こんな無茶はさせなかった
「とにかく、まずは主さまを休ませましょう!!」
こんのすけの提案に、鶴丸が小さく頷く
「ああ、そうだな……」
そういって、鶴丸は沙紀を抱き上げると、そのまま鍛刀部屋を出ようとした
矢先、部屋の前で長谷部が何とも言えない顔で立っていた
「長谷部?」
鶴丸がそう尋ねると、長谷部は少し言い辛そうに
「その…主は無事、なのか……?」
「ん? ああ…少し疲れてるだけだ。 少し休めは良くなる」
長谷部を安心させるように鶴丸がそう答えると、長谷部は少しだけほっとした様に顔を綻ばせた
「そうか…よかった……」
長谷部が安堵したようにそう洩らした
その言葉に、鶴丸が少しだけ目を伏せた
そして、沙紀を抱く手に力を込める
「安心しろ。 こんな無茶…もう二度とさせない」
そう――――……
二度と……させるものか……っ
沙紀は自分が護ると誓ったんだ
どんなことからでも、絶対に護ってみせる
心に強くそう思うのだった――――…………
復帰第一弾です( ・`ω・´)キリッ
大変お待たせしましたwwww
このお話はもう一話ぐらい続きます
ではまた後日──(=゚ω゚)ノ──
2017/09/17