華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 壱ノ章 刻の狭間 10

 

 

意識が遠のく――――……

まるで、自分のものでは無いような…不思議な感覚……

 

だが、沙紀はこの感覚に“覚え”があった

そう―――石上神宮で“神凪”として“神降”をしていた時と同じ

 

頭の先から、爪の先まで研ぎ澄まされる

“神”が“降りてくる”――――………

 

沙紀が、ゆっくりとその躑躅色の瞳を開ける

すると目の前に、三体の“神”がいた

 

それは、初めて見る“神”だった

その内の一人が、微かにその顔に笑みを浮かべ

 

「あるじ――――」と

 

言われて、「え…?」と沙紀が大きく目を見開いた

今、何と言ったか……

 

かの“神”は沙紀の事を「主」――――……

そう言わなかっただろうか……

 

沙紀の事を「主」と呼ぶのは、“審神者”としての沙紀に関わる者だけだ

では、この“神”達は――――……

 

沙紀が何かに気付いたかの様に はっとして顔を上げる

瞬間、“神”の一人がゆっくりと手を伸ばしてきて

 

「あんたなら、出来るさ――――待ってるぜ」

 

「あ――……」

 

それだけ言うと、すぅ…と三体の“神”が姿を消した

 

「……………」

 

刹那、意識が覚醒する

神経が研ぎ澄まされた感覚――――……

 

頭が自分でも驚くぐらい、はっきりしている

鮮明に浮かぶ一つの“ビジョン”

 

まるで何かに呼ばれるように、沙紀がふらりと立ち上がる

そして、そのまま夜の廊下を歩き始めた

 

し――――ん…と静寂に包まれた廊下に微かに聴こえる鈴の音――……

 

その音が何処から来ているのか……

 

最早、そんなことはどうでもよかった

ただ、その鈴の音が啓示している事はただ一つ

 

沙紀を“呼んでいる”ということだけだった

 

そしてたどり着いたのは、鍛刀部屋の前だった

沙紀が、ゆっくりと手を伸ばし 扉を開ける

静まり返った空間に、扉の開く音が響く

 

中は真っ暗だった

そう―――真っ暗な筈だった

 

だが、“それ”は沙紀が一歩足を踏み入れた瞬間に“起こった“

突然、ぼうっ! と 入り口の両脇に設置されている行燈に灯りがともる

 

また一歩足を進めると、次の行燈に灯りがともる

沙紀が歩を進めるたびにひとつひとつの行燈に灯がともり始めた

 

そして、目の前に開けた儀式用の台座に触れた瞬間―――

ぱぁ…っと、部屋のすべての行燈に灯がともったのだ

 

「……………」

 

 

    …リィ……ン……

 

 

 

鈴の音が響く

 

その音に呼応する様に、沙紀の躑躅色の瞳が揺れる―――……

瞬間、沙紀の足元の儀式用の紋様が光りだした

 

沙紀はそっと目の前に散らばる刀の破片にそっと触れ――……

 

「今、“助けます―――――……”」

 

そう呟いた刹那、それは起きた

部屋中に散らばっていた刀の破片がカタカタと揺れると、光となって集まり始めたのだ

それと同時に、壁や柱に施されていた紋も光りだすと、行燈に灯されていた光が ぼぅ! と、音を立てて蒼く光り始めた

 

光が沙紀の目の前に集約する―――……

そして、三振の刀の姿を現したのだ

 

「……………」

 

沙紀がそのまま祝詞を紡ぐと、祝詞は“言葉の紋”となりその三振に絡まっていった

瞬間、部屋中の紋の光が一層強くなる

その光は、部屋だけにとどまらず 扉の隙間から溢れだしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あいつは、本当に無茶ばっかりしやがって…」

 

初めて出逢った時といい、再会した後も、今回の事も

いつも いつも、鶴丸の心配を余所に 彼女は無茶ばかりする

 

だが…それも仕方ないのかもしれないと、鶴丸は思った

思えば、沙紀はずっと幼き頃より“神凪”として無理ばかりしてきたのだ

 

それは、ずっと見てきた鶴丸には嫌という程 分かっていた事だった

そんな彼女だからこそ、放っておけない

傍にいて護ってやりたい

 

一度は、離れようと思った

“人”ではない自分は彼女には相応しくない

そう思おうとした

 

でも、無理だった

離れれば離れるほど、彼女の事が頭から離れなかった

今、どうしているのか…とか

また、無茶をしていないだろうか…とか

 

気が付けば、沙紀の事ばかり考えていた

都内の自分のマンションに戻ってからも、ずっと……

 

部屋の電気も点けず、おもむろに開いた書物にも目を通さず

ただ、ぼんやりと部屋の窓から洩れる夜の光を見ていた時―――……

 

彼女が現れた

 

小野瀬に連れられて、山姥切国広を伴って鶴丸の前に現れたのだ

 

どうして……

なぜ……

 

そんな言葉ばかり頭に浮かんだ

 

自分がどんな思いで離れたのか……

それなのに、彼女は―――…沙紀は、すべてを受け入れてくれた

 

“人非ざるもの”とか、“モノ”だとかは関係ないと

自分の目の前にいるのは、“鶴丸国永”という“男のひと”であり、ずっと傍にいてくれたのも“鶴丸”自身だと―――……

だから、傍にいさせて欲しいと

離れるなんて言わないで欲しいと―――……

 

そう言って涙を流す彼女を見捨てるなんて―――鶴丸には出来なかった

鶴丸にとっては、最初から沙紀が全てで

沙紀がいなければ、今の鶴丸はなかった

 

そんな彼女からの“願い”を無下にするなんて―――…出来る筈がなかった

 

だから、鶴丸も覚悟を決めた

彼女の為に―――…沙紀の為に全てを捧げようと

全てのものから沙紀を護る―――と

 

そう―――…決めたのに……

 

腕の中でぐったりしていた沙紀を思い出す

 

また…

護れなかった……っ!!

 

ばんっ! と机を叩く

叩いた拳をぎりっと握りしめた

 

「……何をやっているんだ…俺は…っ」

 

護ると決めたのに

それなのに――――……

 

その時だった

本丸の一角から物凄い光が放たれた

 

「………っ」

 

思わず、光の放たれた方角を見る

 

「あそこは―――……」

 

そこまで言いかけて鶴丸は はっとした

その方角は、今日 沙紀が倒れた場所―――鍛刀部屋のある方角だったからだ

 

 

まさか……

 

 

 

「――――沙紀っ!」

 

 

そう叫ぶな否や、鶴丸は部屋を飛び出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****   *****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――意識が引っ張られる

光の渦に呑み込まれる――――………

 

目の前の刀が光り輝く

それに引き寄せられるように、沙紀が一歩足を踏み出した

 

瞬間、そこを起点に沙紀と三振の刀の間に方陣が姿を現す

沙紀が更に祝詞を口ずさむと

それに呼応する様に、方陣に“それ”を描くように文字が刻まれていった

 

 

 

   …リィィ―――……ン……

 

 

 

何処からともなく、鈴の音が響いてくる

 

刹那、どん!!! という音とともに、方陣から眩い光が放たれた

 

 

「――――………」

 

 

ゆっくりと、沙紀がその躑躅色の瞳をあける

その瞳には、“沙紀”ではない“何か”が宿っているようだった

 

“彼女”がゆっくりとその唇を動かす

 

『―――その姿を我が前に顕現せよ』

 

音ではない声が部屋に呼応した瞬間――――……

 

 

 

 

 

 

 

「沙紀……っ!!」

 

 

 

 

 

 

ばんっ!! と、突然勢いよく部屋の扉が開け放たれた

鶴丸だ

 

だが、扉を開けた瞬間 鶴丸は自身の目を手で覆った

それぐらい、部屋の中から光が溢れ出していたのだ

 

おそらく、時間としては数秒

だが、鶴丸にはそれがひどく長く感じた

 

やっとの思いでその金色の瞳を開けると

目の前に、探し人の後ろ姿があった

 

だが、それ以上にその前に“あった”“それら”を見た瞬間、鶴丸は大きくその眼を見開いた

沙紀の目の前に 人のかたちに顕現した刀が三振――――……

 

「―――――……」

 

思わず、言葉を失った

が、それは一瞬だった

 

目の前の沙紀の身体が ぐらり…と揺れたからだ

 

「―――――沙紀っ!」

 

咄嗟に駆け寄ると、後ろに倒れてきた沙紀の身体を抱きとめる

沙紀は完全に意識を手放していた

 

その時だった

こんのすけを連れた山姥切国広が部屋に入ってきた

 

「おい、一体何が……」

 

そう言いかけて、鶴丸の腕の中で目を閉じている沙紀を見て大きくその瞳を見開く

その様子に、鶴丸が小さな声で

 

「大丈夫だ。 気を失ったらしい…それよりも―――……」

 

そう言って、目の前の三振を見る

言われて山姥切国広も彼らを見た

 

三振とも、現状が掴めてないのか…

今、自分がどういう状況なのか分かってないらしく、互いに互いを見合わせた後

 

「……そいつは大丈夫なのか…? えっと、鶴丸の旦那、だよな?」

 

そう一振に声をかけられ、鶴丸が「ああ……」と小さく声を洩らした

 

「…知り合いなのか?」

 

山姥切国広がそう尋ねると、鶴丸は「そうだな…」と答え

“彼”の方を見た

 

そして――――……

 

「久しぶりだな…と、言うべきか…。 薬研」

 

「薬研?」

 

山姥切国広がそう返すと、薬研と呼ばれた“彼”は小さく頷き

 

「俺っちは、薬研藤四郎。 粟田口の短刀の内の一振だ」

 

「粟田口……」

 

そう言われて、ふと一期一振を思い出した

ということは、彼は一期一振の弟の一人ということだろうか……

 

そんな事を考えていると、薬研の後ろにいたもう一振がにっこりとほほ笑んで

 

「僕は源氏の重宝、髭切さ。 ……彼女が今代の主でいいのかい?」

 

そう言って、のほほんとした感じの線の細い男が鶴丸の腕の中の沙紀を覗き込む

思わず、鶴丸の沙紀を護る手に力が籠った

咄嗟に、山姥切国広が鶴丸と髭切と名乗った男の間に割って入る

 

二人の警戒した様子に、髭切は「おっと…」と声を洩らし降参のポーズを取るように両の手を挙げた

 

「やだなぁ~危害を加えたりはしないよ」

 

そう言って、笑う

すると、それを見ていたもう一振が「兄者!!」と叫んだ

 

「兄者はそうやって直ぐ人の顔を覗く! その癖は、やめた方が――――……」

 

「ああ、彼は弟の……う~んと、なんだったかな。 ええと……まあ名前はど忘れしたけど、ともかく弟もよろしく頼むよ」

 

「俺の名前は膝丸だ!!!」

 

「「……………」」

 

なぜか、目の前で漫才もどきを見させられて、鶴丸と山姥切国広が呆れたように顔を見合す

それを見た、膝丸と名乗った弟の方が

 

「ほら見ろ、兄者!! 呆れられたではないか!!」

 

「ええ~僕のせいかい?」

 

心外だと言わんばかりに髭切が抗議するが…

どう見ても、髭切が原因だと思った

 

「こいつらは……」

 

山姥切国広が訝しげに三振を見る

すると、ててて…とこんのすけが、近寄ってきて

 

「解析が終わりました! 多分ですが…どうやら、主さまは昼間失敗して砕けた破片からこれらの三振を顕現させたものだと推測します…」

 

こんのすけのその言葉に、鶴丸と山姥切国広は息をのんだ

特に鶴丸は、昼間の惨状を知っているだけに、俄かには信じ堅かったようだ

 

思わず自身の腕の中で眠る沙紀を見る

 

「……失敗した刀の欠片を集めて、同時に三振も顕現させたっていうのか…? なんて奴だ……」

 

それが、“審神者”として――――というより、“神凪”としての力なのか……

小野瀬の話によると、“神降”の出来る巫はずっと室町時代を最後に以降生まれていなかったという

 

そして――――当代、沙紀が生まれた

“神凪”としては185代目

その身を守る為に身の内に神代三剣と謳われる神剣を持つ―――……

 

それが、“神代 沙紀”

 

鶴丸がこれからの刃生全てを掛けて護ると誓った少女―――……

 

沙紀………

 

鶴丸の沙紀を抱きしめる手に力が籠る

 

俺が、沙紀を護る為にすべきことは……

そう、思わずにはいられなかった―――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――翌朝

 

「紹介します。 昨夜、顕現した薬研殿と髭切・膝丸殿です」

 

こんのすけの説明に、薬研が「よろしく頼む」と答えた

一番に反応したのは、一期一振だった

 

「薬研じゃないか! 久しぶりだな」

 

一期一振がそう声をかけると、薬研が少し嬉しそうに笑った

 

「いち兄……先に来てたんだな」

 

「ああ……沙紀殿が燭台切殿を蘇らす時にな。 でも、こうして弟に会えるのは沙紀殿のお陰だ。 嬉しいよ」

 

そう言って、一期一振が嬉しそうに微笑んだ

なんだか、むず痒いのか…薬研が照れたように苦笑いを浮かべる

 

すると、その会話を聞いていた髭切が「へぇ~」と声を洩らし

 

「君たちは、兄弟刀なんだ? 僕達と一緒だね~。 ええっと……昼丸?」

 

「俺の名前は、“膝丸”だ!! 兄者!!!」

 

と、膝丸の悲痛なまでの叫びがこだました

膝丸のその声に、髭切が「やだなぁ~冗談だよ」と言ったが…

絶対嘘だ…と、皆が思ったのは言うまでもない

 

「それで…沙紀君は……?」

 

燭台切がそう尋ねると、こんのすけがしょぼんっと耳と尻尾を垂れて

 

「鶴丸殿が今は傍におりますが…主さまの意識は今だ戻らず……」

 

そう言って、しゅん…とうな垂れてしまった

こんのすけのその様子に、燭台切が「そっか…」と声を洩らし、ぽんぽんと慰めるように頭を撫でた

 

「それは、心配だね……」

 

「はい……」

 

その時だった

 

「ねぇ……さっきから気になってたんだけど…“沙紀”って言うのは……?」

 

髭切がそう首を傾げながら そう洩らした

おそらく、この度顕現した三振が一番疑問に思っている事だろう

 

すると、長谷部がさも当然のように

 

「我々の主の名だ」

 

「主……?」

 

髭切がきょとんとして、その瞳を瞬かせる

そして、「へぇ~」と嬉しそうに微笑んだ

 

「そっかぁ~昨日の彼女、“沙紀”って名前なんだね~うん、覚えたよ」

 

その言葉に、膝丸が不審がる

 

「本当か…? 兄者…」

 

「うん~沙紀君だろう? ね? 覚えてるだろ?」

 

「じゃぁ、俺の名は!!?」

 

「え? うう~ん……髭丸……???」

 

「ちっがぁぁぁぁぁぁぁう!!! それは兄者の名前と俺の名前が合わさってる!! ああ、でも、ちょっと嬉しい!!」

 

と、ショックを受けているのか、嬉しいのかよく分からない反応を示す

漫才か…と、皆が思ったのは言うまでもない

沙紀がいれば、きっと楽しそうに笑っていただろう

 

そう―――思わずにはいられなかった

 

その時だった

突然、こんのすけがぴんっと尻尾を立てた

 

「政府からの入電です!!」

 

そう叫んだ瞬間、こんのすけが下げている鈴がリリ…と鳴る

こんのすけがそれに触れると、一瞬にしてその場に大きなモニターが現れた

 

「本来は、主さまに見ていただくのですが…今回は例外ですので、皆さんもご覧ください」

 

そう言っている内に、モニターに文字が現れる

思わず、皆がそちらを見る

 

「歴史修正主義者の微弱な干渉を感知。 当本丸はこれを阻止し、歴史を守ってくださいとの事です」

 

「微弱……?」

 

「初めての出陣なので、まずは簡単な任務からといった所でしょう。 部隊編成も指示が来ていますね」

そう言って、こんのすけがその小さな手でモニターを動かす

すると、ブ――…ン と音がして、顔写真付きのデータが出てきた

 

「この度、政府からの指示の編成は――――太刀・鶴丸国永、燭台切光忠、三日月宗近。 打刀・へし切長谷部。 短刀・薬研藤四郎。 そして―――部隊長は、打刀・山姥切国広」

 

こんのすけのその言葉に、山姥切国広が大きくその瞳を見開く

 

「俺が…隊長?」

 

「はい! 貴方が鶴丸殿を覗けば、一番主さまと長く時間を過ごされています。 それも考慮に入ってだと思います」

 

「……それなら、鶴丸や三日月の方が……」

 

「んん~鶴丸殿は隊長にするには、いささか主さまに近すぎるかと……三日月殿は、どうでしょうか?」

 

そう言って、三日月を見る

ずずっ…と茶を飲んでいた三日月が「ん?」と顔を傾げた

そして、くすりと笑みを浮かべ

 

「若い者を育てるのも、年長者の役目だからな。 …それとも、山姥切は自信がないのか?」

 

三日月のその言葉に、山姥切国広がむっとする

そして、ばさっと被っている布を広げ――――……

 

「――――わかった。 その任引き受ける。 ・・・・・・・・・・・・これでいいんだろう?

 

そう言って、三日月を見る

 

すると、三日月は「うむ…承知した。 期待しておるぞ、山姥切」と、頷いた

三日月のその言葉に、山姥切国広が「ふん…」とそっぽを向く

 

「おい、それで場所は……?」

 

そう声を掛けられて、こんのすけがモニターを見る

ぽんっと手でタッチして日本地図を出した

 

デジタル地図の中に赤く光っている場所がある

そこは――――……

 

 

 

    「行き先は―――

 

               天正七年七月……場所は“丹波”の地」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、ついに初任務でーす

 

新たに薬研と源氏兄弟きましたwwww

薬研は決まってたんですが…源氏兄弟は刀帳見てたらなんとなく決まりました

深い意味はない(+・`ω・´)キリッ

 

2017/09/26