華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 壱ノ章 刻の狭間 5

 

 

本丸に来てから、数日が経っていた

その間、沙紀達は慣れる事に手一杯で、時間遡行軍との戦いとか調査とかそれどころではなかった

 

『つまりね、君達がまず 第一にする事と言ったら、仲間を増やす事! これだよ』

 

朝早くから、頭に響く様な金切り声が本丸に木霊した

何事かと、刀剣男士たちが広間に集まってくる

彼らが見たのは、端末の通信からぎゃんぎゃん叫ぶ小野瀬の姿と、それを困った様な様子で聴いている沙紀の姿だった

 

「沙紀? どうしたんだ?」

 

ひょいっと、鶴丸が沙紀の傍にやって来て声を掛けた

それで初めて、皆が集まっている事に気付いたいのか…

沙紀は、「あ…」と、声を洩らすと

 

「皆様、おはようございます…」

 

と少し、元気のない声で挨拶をしてきた

その様子に、流石に様子見していた彼らも心配に思ったのか…広間へ入ってくる

そして、皆して沙紀の見ているモニターを見た

 

そこに映っていたのは、朝から腹ただしい位元気な風の小野瀬の姿だった

それを見た鶴丸が、あからさまに嫌そうな顔をする

 

すると、モニターの向こうの小野瀬は不服そうに頬を膨らませ

 

『あ~! 鶴丸君!! 朝からその態度は酷いなぁ…僕、傷付いちゃうよ』

 

と、まったく傷付いた素振りもなく言うものだから

流石の鶴丸も呆れたよう

 

「よく言うぜ。 朝から一体何の用なんだ? 用がないなら切るからな」

 

そう言って、沙紀の端末の“call discontinue”というボタンを押そうとする

それを見た小野瀬が慌てて『待って、待って~~~!!』と叫んだ

 

寸前の所で、ぴたっと指を止めた鶴丸が、にやりと笑みを浮かべる

 

「だったら、用件だけさっさと言うんだな」

 

鶴丸の行動にはらはらしならが 沙紀は見ていたが、当の本人はさほど気にした様子もなく

 

『まったく…少しぐらい遊んだっていいじゃないか! ……まぁ、いいよ、本題言ってあげるよ』

 

と、渋々という様にやっと切り出した

その話は、仲間を早急に増やせという話だった

 

このままでは、時間遡行軍と戦うにしても、捜査するにしても人員ならぬ刀不足で何も動けないだろうという

痛い所を付かれ、沙紀が思わず黙り込む

 

そうなのだ

何をするにしても、人手が今の人数では回らないのが事実だった

そんな事、言われなくとも分かっていた

だが、どうすればいいのか…いい案が浮かばない

 

色々と考えてみたが、どれも人数が足りなかった

このままでは、埒があかなかった

 

どうしたものかとあぐねていた所、小野瀬からの通信だ

気持ちが一気に沈み込む

 

と、その時だった

突然、小野瀬がその答えを知ってるかのように

 

『“鍛刀”するしかないでしょ!!』

 

と、言い出した

 

「“鍛刀”……ですか?」

 

小野瀬の言葉に、沙紀が首を傾げる

鍛刀とすればいいと安易に言われても、困る

 

沙紀には“鍛刀”の知識はない

刀を作る事はそう容易なものではない

それも、神が宿る刀となると一朝一夕で出来るものではない

それとも、天叢雲剣や燭台切光忠を“復活”させた時の様に“儀式”を毎回行えというのだろうか…

 

困った様に、沙紀が黙りこくってしまうと、小野瀬はふふんと得意気に

 

『安心したまえ! まさか審神者殿に刀を一から造れとは言わないよ。 そんなの無理なのは百も承知してるよ』

 

と、さも当然の様に言い切った

驚いたのは沙紀達だ

 

鍛刀しろと言いつつ、刀は造らなくていいという

まるで意味が分からない

 

思わず、沙紀が鶴丸を見る

が、鶴丸も知らないらしく、首を傾げた

 

「鍛刀しろと言いつつ、刀は造らなくていい? それって、矛盾してないかな?」

 

口を挟んだのは燭台切だった

その通りなのだ

 

“鍛刀”というのは、いわば“刀を造る”ことを指す

それをしなくていいのに、“鍛刀”はしろという

 

小野瀬が何を言いたいのかがまったく理解出来ない

沙紀達が思わず互いに顔を見合わせると、小野瀬は得意気に

 

『刀身自体は既に用意してあるから、審神者殿はその刀身に“神”を降ろしてくれればいい』

 

「……“神”…を、降ろす、ですか?」

 

なんだか、不安を感じ沙紀がそう尋ねると、小野瀬はニッと笑いながら

 

『――――審神者殿には“神降“を行って欲しい。 難しくはない筈だよ? 今までずっと行ってきただろう――――? 自身の身体を媒体に”神降“を』

 

“神降ろし”

 

その言葉に、沙紀の表情がどんどん険しくなる

一般的に、沙紀の立場―――“神凪”というのは、“神の代弁者”として、“神の御言葉”を伝えるのが役目だ

だが、その“手段”は公開されていない

それは、“それ”が“非人道的”だと言われている由縁である

 

その実態は、“神凪”自身の身体に“神”を降ろす――――“神降”なのだ

そして、“神”の言葉を聞く―――――それが“神凪”の実態だ

 

故に、この役目は血と素質、そして“神に認められた”という”資格”がないとこなせない

 

沙紀の家 “神代家” は、はるか昔より代々 神をその身に降ろし御神託を授ける役目を担った“巫”の家柄だった

だが室町時代を最後に、その力は失われていた

 

歴代の“神凪”たちは “神降”を行っても、その“言霊”だけを紡ぐ役目を担っていた

しかし、沙紀は違った

“言霊”だけではなく、その身を依り代とし“神”そのものをその身に降ろすのだ

 

だが――――――……

 

この“事実”を知る者は、ほんの一握りで

石上神宮の巫覡達ですら、一部しか知らない事だった

それを何故、小野瀬が知っているのか――――――………

 

沙紀の表情が益々険しくなる中、当の小野瀬はのほほ~んとしたまま、さも当然の様に

 

『審神者殿? “情報”なんてね 隠し通す事なんて“絶対”は無理なんですよ』

 

そう言って、にっこりと微笑んだ

 

なんとも胡散臭く、油断ならない男だろうか

沙紀以外の皆がそう思ったのは、言うまでもない

 

沙紀は沙紀でなんだか、腑に落ちないのか……難しい顔をしたまま

 

「……他の審神者の方もそうなさっているのですか?」

 

沙紀がそう尋ねると、小野瀬は一度だけ目を瞬かせたまま

 

『ん? 一応ね。 でも、彼らには審神者殿の様な“神降”の力はないから、我々が色々とサポートしてるって訳』

 

「サポート…ですか?」

 

沙紀が訝しげにそう尋ねると、小野瀬は『そうだよ』とあっさり答え

 

『昨今、科学も物理学も発達してるからね、いくらでも、“神降”の“真似事”は出来るんだよ』

 

そう言って、にっこりと微笑んだ

 

『だが、貴女は違う! 紛れもなく“本物”だ。 その身に”神“を宿す事の出来る人間は、今の世の中貴女以外誰にも成しえないことだからね! ―――――頭の良い貴女なら、この”違い“わかりますよね?』

 

「………………」

 

沙紀は答えなかった

 

分かっている

本当は“神降“がどれほど危険を伴うものか

それをその身宿す事が、どういうことか……

 

それをサポート付きとはいえ、他の人達は行っているのだ

だが、所詮は“本当の神降”ではない

いつかは綻びが出る

 

過去の“神凪”になり得なかった“代替えの巫”の様に―――――……

 

それをわかっていて、彼らはその任を行っているのだろうか…

そう思うと、なんだか“鍛刀”というものが危険なものに感じた

 

だが、小野瀬はあっけらかんとしたまま

 

『心配には及ばないよ。 確かに、霊力の乏しいものはやはり限度があるけど、命に関わる事はないから安心したまえ』

 

「……ですが、“神降”は――――……」

 

危険だ

素人が易々と手を出して良い代物ではない

 

その時だった、それまで黙って話を聞いていた鶴丸が口を開いた

 

「ちょっと待て、聞いてると“鍛刀”ってのは、沙紀の身体を媒体に刀身に神を降ろすということだよな?  ―――――それは沙紀にとって危険な事じゃないのか?」

 

「そうだよ、沙紀君に危険が及ぶなら、僕達はその方法は認められないよ?」

 

「そうですね。 沙紀殿の安全が第一です」

 

と、燭台切や一期一振までが口を挟んだ

その様子に、モニターの向こうの小野瀬は苦笑いを浮かべ

 

『やれやれ、ここの刀剣男士達は本当に審神者殿が大好きですねぇ~』

 

と、笑いながら言うものだから、流石の鶴丸が「小野瀬!!」と怒鳴った

鶴丸のその様子に、小野瀬はやれやれと頭をかき

 

『大丈夫だよ、安心したまえ。 審神者殿には傷ひとつ付かない方法だよ』

 

そう言って何かを転送してきた

そのファイルを開くと、“鍛刀”についての詳細が記載されていた

 

『“鍛刀部屋”は、この“本丸”の中で神殿様式にしている造りのふたつの内ひとつの部屋だ。その中央には常に一振りの刀身が顕現している。 審神者殿には、顕現しているその刀身に力を注ぐだけでいいんだよ』

 

「………………」

 

確かに、これだけならば多少の霊力さえあれば可能だろう

だが、何の神が降りて来るかは選べない

 

それはつまり―――――

 

「一歩誤れば、妖の類が降りてくる可能性もあり得るという事ですね」

 

沙紀のその言葉に、小野瀬はうーん、と唸った

 

『そこなんだよねぇ…まだ改良が必要ってことなんだ。 いくら神殿様式とはいえ、悪しき神が降りてこないとも限らなくてね…今の最大の課題だよ。 そこで、なんだけど――――』

 

小野瀬の言わんとする意味が分かり、沙紀は小さく息を吐いた

 

「つまり、私は 私自身で“神降”をし、データを取りたい…と?」

 

『御名答! 頭の回転が速くて助かるよ』

 

と、小野瀬がニコニコ顔でそう言うが、勿論他が黙っていなかった

 

「待て! 沙紀でモニタリングするってのか!!? ふざけるな!! そんな事を――――――」

 

そこまで言い掛けた鶴丸を遮ったのは他ならぬ沙紀だった

 

「……わかりました、そのお話しお受けします」

 

「沙紀!!?」

 

鶴丸が怒るのも分かる

これでは、体の言いモルモットと同じだ

でも―――――……

 

「ごめんなさい、りんさん。 データを取れば、少しでも悪しき神を降ろさなくなるかもしれません。 悪しき神は、周りに影響を及ぼすだけではなく、降ろした者自身にもその影響が振りかかります」

 

そうなのだ

周りへの被害と、本人への負担

それを少しでも減らせるなら―――――………

 

沙紀はにっこりと微笑み

 

「大丈夫です。 私には直接的な害はありません」

 

たとえ、誤って悪しきものを降ろしたとしても、沙紀の身体には三本の神剣が宿っている為、害は及ばないのだ

 

「だから、安心してください」 そう沙紀が言うものだから、鶴丸も燭台切も他の皆もそれ以上何も言えなかった――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――本丸・鍛刀部屋

 

その部屋に一歩足を踏み入れただけで、びりっと身体に何かが走った

張りつめた空間

まるで、石上神宮の拝殿……いや、それ以上の場所だった

 

神の降りる場所―――――……

 

それにこれほど相応しいものはない

造りのひとつひとつが全てを物語っている

 

そして、その中央に描かれた方陣

それは、沙紀が先の折に使った方陣と同じものだった

 

“神の復活”に使う方陣だ

柱にも、天井にも、床にも

びっしりと方陣が描かれている

 

そして、その中央に安置されている

まっさらな白い布の上にむき出しの刀身が一振り――――…

 

沙紀は、そっとその刀身に触れた

とくん…とくん…と脈打っている

 

この刀は生きている

 

そう確信めいたものを感じた

 

本来なら、ここで“神降”のレクチャーをするらしいが…

沙紀には不必要なものだった

 

しゃらん…と、刀身の前に置かれている神楽鈴を手に取る

 

そして、方陣の中央に立った

 

しん………と、辺りは静まり返り、静粛に包まれている

静かな空間、正常な空気、そして――――……

 

しゃん!

 

鈴を鳴らす

瞬間、部屋中に描かれた方陣が蒼く光りはじめた

 

しゃらん…

 

もう一度、鈴を鳴らす

刀身の祀られている中央を護る様に設置されている篝火が赤から蒼へと変わっていく

 

ゆっくりと、祝詞を唱える

それは、“復活の儀”の祝詞とは違う“祝いの嘔” “神を迎える嘔”

 

感じる――――……

 

何かが自身の身体に降りてくるのを

頭の先から爪の先まで、力が伝わってくる

 

その力が、手に持っている神楽鈴に移っていく

その瞬間を待っていたかのように、沙紀はゆっくりとその躑躅色の瞳を開けると、目の前の刀身を神楽鈴で撫でる様に流した

 

ゆっくりと刀身の先から先までいきわたるように動かす

鈴の五色布の先が、刀身の最後を撫でた時、それは起きた

 

それは、燭台切光忠を顕現した時と同じだった

刀身が青白い光を放ち出し

瞬間、パァッ… と部屋中が光り輝いた

 

 

「……………っ」

 

 

沙紀が思わず、袖で顔を隠す

数秒もしない内にその光の波は止み、静粛が戻ってきた

 

しん…… と静まり返った部屋

何お音もしない

 

失敗した……?

まさか、と思うが、初めての装置に霊力が行き届かなかったのだろうか…

そんな心配で不安がどんどん広がっていく

 

その時だった

ふと、誰かの手が伸びて来て、顔を隠していた腕を掴まれた

 

ぎょっとしたのは、沙紀だ

今日は初めてだったので、ひとりでこの“鍛刀”を行っていたのだ

なのに、突然“誰か”に腕を掴まれたのだ

 

「え………っ」

 

思わず顔を上げると、紫色の瞳に端正な顔立ちの青年が不機嫌そうに立っていた

 

え……

だ、誰………っ?

 

頭がパニック状態になる

何が何だか、さっぱり分からない

 

知らない

見知らぬ男の人が……腕を……

 

 

「き………」

 

 

「き?」

 

 

 

 

「きゃ―――――――――っ」

 

 

 

 

 

 

思わず叫んだ瞬間、はっとした

慌てて口を塞ぐが、遅かった

 

 

「沙紀!!? どうした!!」

 

 

沙紀の叫び声に気付いて、近くにいた鶴丸や燭台切、山姥切国広、一期一振が走ってくる

それだけではない

いつもは無関心を装う、大倶利伽羅や、何を考えているのか分からない三日月までもが何事かとやってきた

 

「あ……」

 

最初に反応したのは、山姥切国広だった

持っていた刀に手を掛け

 

「誰だ…その男は……、事と次第によってはそいつに触れているその手を切り落としてやる」

 

「は?」

 

言われて、訝しめに顔を顰めたのは紫色の瞳の男だ

 

「お前こそなんだ? というか、ここは一体 何処だ?」

 

そう言って、男はきょろきょろと辺りを見回した

そして、持っている沙紀の手をぐいっと引っ張ると

 

「おい、女。 ここはどこなんだ? お前は―――――」

 

そこまで言い掛けた時だった

ぱんっ! と思いっきり鶴丸が紫色の瞳の男の頭を叩いた

 

「なっ……」

 

叩かれた本人は、怒りを露わにした様に鶴丸の方を見た

瞬間―――――

 

「何を――――……って、鶴丸国永? 何故、お前がここにいる?」

 

「それはこっちの台詞だ、いいからその手を離せ」

 

そう言って、もう一度男の頭をばしっと叩いた

 

「何度も叩くな!!!」

 

そう抗議しながら、男が沙紀を掴んでいる手をやっと離す

男の手が離れた瞬間、沙紀が思わず鶴丸の袖を掴んだ

 

「り、りんさん…この方…は?」

 

何が起きたのか理解出来ないのか…

沙紀が困惑した様に鶴丸に尋ねる

 

その時だった燭台切が手を上げながら

 

「長谷部くんじゃないか! 久しぶりだねぇ」

 

そう言って、近づいて来た

 

長谷部……?

 

沙紀が首を傾げる

 

長谷部と呼ばれた男は、燭台切を見るなり驚いた様に

 

「燭台切光忠? お前までいるのか…」

 

「……………?」

 

どうやら、燭台切とも知り合いの様だった

ますます意味が分からない

 

沙紀が困惑していると、燭台切が長谷部という男を指さし

 

「彼の名は、へし切長谷部。 織田に一時期一緒に居たんだ」

 

「へし切…は、せべ、さん……?」

 

 

それはつまり―――――……

 

 

「成功したんだな! 沙紀よくやった!!」

 

そう言って、鶴丸が沙紀の頭を撫でた

 

せい、こう―――――?

 

つまり、彼は“鍛刀”にて呼び出された刀剣男士ということになる

 

 

「……………」

 

 

頭の整理が上手くいないのか…

沙紀が放心していると、へし切長谷部と紹介された男は訝しげに鶴丸と燭台切を見て

 

「それで、お前達二人も揃ってこんな所で何をしているんだ?」

 

「何って……」

 

「ねぇ?」

 

と、思わず鶴丸と燭台切が顔を見合す

そして、沙紀を見る

 

すると、見かねた一期一振が苦笑いを浮かべながら

 

「とりあえず、山姥切殿はその刀を仕舞って下さい」

 

そう言って、今にも刀を抜きだしそうな山姥切国広を制すると、沙紀達のところにやってくると

 

「私は、一期一振。 お初にお目にかかります、長谷部殿。 そして、彼女―――沙紀殿は私達の今の“主”。 つまり、長谷部殿の此度の主でもあるのですよ」

 

「は………?」

 

思わず長谷部がまじまじと沙紀を見る

そして、周りの刀剣男士達を見た

 

 

 

 

「あ、あ……あるじぃぃぃぃ―――――――――!!!!?

 

 

 

 

と、その日

長谷部の叫び声が本丸中に木霊していたという

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい、やっときました執事長谷部www

最初の鍛刀は彼しかいないでしょうwww

 

しかも、主認識ない内の扱いは酷いというwww

これこそ、うちの長谷部だわ~~~~(´∀`)

 

2017/01/29