華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 壱ノ章 刻の狭間 6

 

 

「……………」

 

「……………」

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

 

し――――――――ん……

 

 

「……………」

 

沙紀は目の前で腕を組み、難しい顔したまま黙りこくってしまった長谷部を見た

やはり、話が飛躍し過ぎたのだろうか……

 

それはそうだろう

いきなり、人の形で呼び出された上に

ここは彼らの生きた時代とはずっとかけ離れた先の未来で

過去に飛び歴史修正主義者との戦いに協力して欲しいなんて話―――……

 

幾らなんでも、虫が良すぎる……

 

鶴丸達の時とは訳が違う

彼らは、元々事情を知っていた その上で付いて来てくれたのだ

だが、長谷部は違う

 

突然呼び出され、こんな話をされ 困惑しているかもしれない

そう思うと、なんだか申し訳ない気持ちで一杯になってきた

 

思わず、俯いてしまったその時だった

 

「おい」

 

突然声を掛けられ、沙紀がびくっとする

 

瞬間、長谷部の紫色の瞳と目が合う

その瞳は驚いた様に、沙紀を見ていた

 

あ……

 

沙紀が怯えた様な反応した事に驚いているのだ

 

「す、すみません……っ」

 

咄嗟に出た言葉は、謝罪の言葉だった

今にも零れそうな涙を必死に堪える

 

ここで泣いてしまっては、長谷部に申し開きが立たない

 

必死に、堪えるも

じわりと、躑躅色の瞳に涙が浮かんできた

 

駄目……

泣いてはいけない……っ

 

そう、自分自身に訴えるが、一度溢れた涙は止まらなかった

次第に、ぽろぽろと零れだす

 

ぎょっとしたのは長谷部だ

それはそうだろう

突然 目の前の沙紀が泣きだしたのだ

 

「……っ、ごめ、……な、さ……」

 

嗚咽を洩らす様に、沙紀がしゃくりを上げる

必死に堪えようとしているのが見て取れた

 

「……………はぁ」

 

長谷部が小さく息を吐いた

瞬間、びくっとまた沙紀が肩を震わせた

 

「……あ~~~~、その、なんだ」

 

長谷部が歯切れが悪そうに、頭をかきながら言葉を洩らす

それから、また小さく息を吐く気配があった

 

ああ……

呆れられているわ……

 

突然、目の前で理由も分からないのに泣かれているのだ

呆れない方がどうかしているだろう

 

だが、必死に止めようとしているのに 涙は止まらなかった

ぬぐっても、ぬぐっても次から次へと溢れてくる

 

と、その時だった

不意に長谷部の手が伸びてきて、そのままぐいっと頭を押さえられたかと思うと

強く抱き寄せられた

 

その行為に驚いたのは沙紀だった

突然の、長谷部からの抱擁に、頭が混乱する

 

「あ、あの……は、せべ、さん……?」

 

一体何が起きているのか

それすらも突然過ぎて、理解出来なかった

 

すると、長谷部が言い辛そうに

 

「~~~~~っ、女が泣いている時にどうしたらいいのか、俺は知らん!!」

 

と、怒鳴られた

反射的に、沙紀が「す、すみませ……」と、謝罪の言葉を述べようした瞬間―――……

 

 

 

 

「主たる者、少しの事で謝るな!!!!」

 

 

 

 

突然、怒られて 沙紀がその躑躅色の瞳を驚いた様に瞬かせる

一瞬、何を言われたのか理解出来なかった

 

だが、彼は今“主”と言った

てっきり、認めてもらえてないと思っていたので、そのことに驚いてしまう

 

沙紀が、唖然としていると 長谷部はその紫色の瞳を一層鋭くさせ ギロリと沙紀を睨んだ

 

「なんだ?」

 

「あ、いえ……その……」

 

言い淀んだのが、さらに長谷部の態度を険しくさせた

 

「はっきりと、物を言え!!」

 

「す、すみません……っ」

 

また、反射的に謝ってしまった

瞬間、「あ…」と思うも時すでに遅し

 

長谷部の眼光が、一層鋭くなるのを感じた

怖くて、顔が上げられない

 

次第に、身体が震えるのが分かった

いけないと思うも、一度感じた“恐怖”が止まらない

このままでは、この“恐怖”が長谷部に伝わってしまう

 

そう思ったその時だった

突然、長谷部が 沙紀の背中を ばんっと叩いた

 

「きゃっ…」

 

あまりにも突然の事に、恐怖よりも驚きの方が勝る

今度こそ何が起きたのか理解出来なかった

 

「あ、の……長谷部…さん?」

 

思わず、顔を上げると…驚いた様な長谷部の瞳を目が合った

それから、突然 長谷部が はぁ~~~と、重い溜息を付いた後、そのまま顔を沙紀の肩にうずめてきた

 

え……?

 

「すまない…俺は物言いがきつい様だ……」

 

「あ、いえ…そんな事は……」

 

無いとも言い切れず、言い淀んでいると…

また、長谷部が重い溜息を付いた

 

「女の扱いなど、やはり俺にはわからん……」

 

ぼそりと独り言のようにそう言うが、耳元で言われた為 はっきりと聴こえてしまった

沙紀は少し考え

 

「あの、無理に女性の扱いされなくとも……」

 

「構わない」と言おうとした時だった

ふと、長谷部が沙紀を見た

一瞬、その紫色の瞳を目が合い、どきりっとする

すると、長谷部はまた はぁ~~~と重い溜息を付いた

 

「……………?」

 

その溜息の意味が分からず、沙紀が首を傾げると

長谷部が徐に

 

「無理を言うな……こんな綺麗な女、今まで見た事ないのに…女扱いしないなど出来る訳がないだろう」

 

「え……?」

 

言われる意味が分からず、一瞬 沙紀がその躑躅色の瞳を瞬かせる

と、長谷部が何か言いたそうにした後

 

「だから! こんな綺麗な女を俺は今まで見た事ないのだ!! 一度も!!」

 

「え… あ、あの…?」

 

「なのにっ!! …………っ、…………っ、……………っ」

 

「えっと…長谷部…さん?」

 

益々 分からないという風に沙紀が首を傾げたものだから

今度こそ、長谷部が悶絶する様に

 

「……つまり!!! その案は却下だ!!」

 

「え……きゃ、っか…?」

 

案とは、どれのことだろうか

もしや、女性扱いしなくて良いという意見の事だろうか

 

それは、つまり……

 

「…………長谷部さん」

 

自然と笑みが零れる

 

「ありがとうございます」

 

あまりにも沙紀が嬉しそうに微笑んだものだから、当の長谷部は一瞬 驚いた様に大きく目を見開いた

が、その後、また はぁ~~~~と溜息を洩らした

 

「…………?」

 

沙紀が不思議そうに首を傾げると、長谷部は「まったく…」と洩らし

 

「貴女は無防備過ぎる…これでは、目が離せないじゃないか……」

 

とぼやくと、小さく息を吐きゆっくりと沙紀から離れた

そして

 

「仕方ない…貴女は俺がお護りますよ、主。 貴女を放っておけば色々と面倒な事になりそうだ」

 

「………?」

 

長谷部の言う意味が分からず、沙紀が首を傾げると

やはり、長谷部は ふっと笑みを零し

 

「自覚がないと見える…まったく、厄介な事この上ないな」

 

「え……?」

 

長谷部の言う意味が、ますます分からない

だが………ひとつだけ言える事は……

 

沙紀はすっと、指を三つ揃えにして

 

「長谷部さん、これから宜しくお願いいたします」

 

そう言って頭を下げたのだった

 

その後、長谷部の「主たる者、無闇に頭を下げない!!」

と、お説教が始まったのは言うまでもない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――翌朝

 

「お前達―――――――――っ!!!」

 

広間に入ろうとした瞬間、長谷部の怒声が響き渡った

何事かと思い、そっと中を覗いてみると……

 

朝餉に既に手を付けている大倶利伽羅と茶を呑気に飲んでいる三日月に向かって

 

「主への挨拶の前に、朝餉を貪るとは何事か!!!」

 

と、怒鳴っていた

が、沙紀にしてみれば大倶利伽羅が先に黙々と食べている風景も、三日月が茶を飲んでいる風景もいつものことで……

さほど気にしてないのだが…

長谷部には違う様だった

 

「いいか! 俺が来たからには怠慢は許さん!! 朝は主への挨拶は絶対だ! 挨拶の前に朝餉を取るなど言語道断!!」

 

「……………」

 

なんだが、入るに入れない

 

すると、長谷部にそれを聞いた鶴丸は にやりと笑みを浮かべて

 

「すると、沙紀への朝の挨拶は万全な俺は問題ない訳だ」

 

鶴丸のその言葉に、長谷部がぴくりと反応したかと思うと…

 

「ほぉ? 鶴丸国永…その話 詳しく聞かせてもらおうか…事と次第によっては…」

 

「いやいや! 既に君の刀が俺に向けられてるんだが!?」

 

と、抗議するも…誰しもが思っていたのか…

誰からの助け船もなく…むしろ

 

「鶴さんは、ちょっと沙紀君への接し方自粛して欲しいくらいだよ」

 

「そうですね…鶴丸殿には丁度良い機会かと…」

 

「鶴丸国永……斬った方がいいか?」

 

などと言われる始末だ

 

「き、君達!! 俺に対して酷くないか!!?」

 

と、流石のこれには鶴丸も抗議したが…

燭台切も一期一振も山姥切国広も、皆して首を振り

 

「「「自業自得」」」

 

と言い放った

山姥切国広に至っては、既に刀に手が回っている

 

それを聞いた長谷部は、「ほぉ?」と声を上げると

 

「鶴丸国永……言い残す事はないか?」

 

ちゃきっと抜身の刃を鶴丸に向けるとそのまま振り下ろした

寸前の所で、鶴丸がばしっと刃を両手で押さえる

 

「は、長谷部! 話し合おう!!」

 

「問答無用!! へし切る!!」

 

「く、国広! 俺を助けろ!!」

 

と、現世で一番長い付き合いの山姥切国広に助けを求めるが――――…

 

「……手伝った方がいいのか? こっちを」

 

とか、山姥切国広が言い出して長谷部の方に行くものだから、鶴丸は慌てて

 

「違ぁう!!」

 

「………………」

 

遠巻きに見ていたが…

何だが収拾がつきそうにないし、それよりもこのままでは本当に鶴丸が斬られかねないので…

流石の沙紀も黙っていられなくなり

 

「あの…長谷部さん。 そのくらいで、りんさんを許してあげて頂けませんか?」

 

そう言って、すっと広間の中に入って行った

沙紀の姿を見るなり、長谷部がはっとして

 

「主! お迎えに上がりましたものを…! しかし、お待ちください。 今、小悪の根源を始末します故…」

 

「長谷部、目が怖い!!」

 

これこそ、本気と書いて“マジ”と読むものではないだろうか

流石の沙紀も困った様に苦笑いを浮かべながら

 

「長谷部さん、お願いします」

 

そう言って、刀を持つ長谷部の手にそっと自身の手を重ねた

 

「ね? 許してあげてください。 りんさんは、何も悪くありません」

 

そう言って、にっこりと微笑んだ

沙紀のその対応に、長谷部が口元を押さえ

 

「主……何とお優しい…っ」

 

と、感動しているが…言われた当の本人は、「え? いえ、そう言う訳では…」と否定するが、どうやら長谷部には聴こえてない様だった

 

すると、長谷部は小さく息を吐くと、すっと刀を収めた

 

「仕方ない。 今回は主に免じて許してやろう…だが!!」

 

ギロリと、長谷部の眼光が鋭く光る

 

「次は…ない!!」

 

一瞬、しーん…と仕方と思った瞬間

 

「ふふ……」

 

「……はは!」

 

突然、沙紀と鶴丸が笑い出した

それにつられる様に、周りも笑い出す

 

驚いたのは長谷部だ

皆が突然笑い出したのだから、無理もない

 

「長谷部さん、面白い方ですね」

 

「そうだろう? 昔から無駄に真面目なんだ」

 

くすくす と笑いながら言う沙紀に同調する様に、鶴丸が言うものだから

最初は驚いていた長谷部に、次第にその口元に笑みを浮かべて

 

「まったく…主には敵いませんね…」

 

そう言って、小さく息を吐いたのだった

 

最初はどうなる事かと思ったが…

なんだか、これから楽しくなりそうである

 

それが嬉しくもあり、楽しみでもあった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長谷部、懐柔されるの回

 

いや、普通に考えて行きなり「主」って認めるのもどうかと思ってな?

一応、ちょっと反発してみたwww

しかし、結局懐柔されるのであった(*’ω’*)

 

2017/03/12