華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 壱ノ章 刻の狭間 4

 

 

 

沙紀は、気が付くと桜の樹の下の立っていた

 

「ここは……?」

 

はらはらと桜が舞う中に、ひとり―――――……

その白い花弁がまるで“雪”のように見えて、不思議と“別世界”に囚われている様な感覚にさせられる

 

だが、もう、沙紀はその感覚が不可視のものではない事を知っていた

 

桜と雪が舞う世界――――……

 

それは、今では沙紀の世界で“近しい”ものになっていた

 

 

“本丸”

 

 

そう呼ばれる――――“審神者”として、“任”をこなす場所

沙紀のもう一つの“居場所”

 

石上神宮で“神凪”としてしか、存在価値を認められなかった

ずっと、ずっと、このまま死ぬまでそうだと思っていた

 

だが、今は違う

“審神者”として、“彼ら”と共に戦う――――もうひとつの存在意義

その拠点となる場所

 

刹那、びゅお… っと風が吹いた

思わず、顔を手で覆う

 

「あ…………」

 

そうしたつもりだった

だが、庇いきれずそのまま冷たい風が頬を横切っていった

あまりの突風に目が開けられない

 

そう思っていた時だった

不意に後ろから沙紀の顔を隠す様に、何かが視界を遮った

 

「…………?」

 

不思議に思い、そっと瞳を開けると

目の前に見覚えのある紋様があった

 

蒼い衣に、三日月の紋

それは――――………

 

「大事ないか? 主」

 

そう声を掛けられ、声のした方を見る

そこに居たのは―――

 

「三日月…さ、ん……?」

 

「うむ…、俺だな」

 

そう言って、そこに居た三日月がにっこりと微笑んだ

瞬間、視界が変わった

 

見覚えのある風景――――

桜と雪が舞う世界――――……

 

 

そこに、三日月がいるという事は……

 

「私は……夢を見ているのでしょうか…?」

 

 

“神託“

 

 

ここ数ヶ月、そう呼ばれる夢を見た時と酷似した世界

 

すると、三日月が不意にその手を動かし そっと、沙紀を後ろからだ抱きすくめた

 

「あ………」

 

突然の三日月からの抱擁に、沙紀が困惑の色を示す

だが、三日月はさほど気にした様子もなく

 

「そうだ、主。 ここは“夢の世界”だ――――だから、俺が主にこうしていても誰も咎める者は居ない」

 

そう言って、沙紀を抱きしめる その手に力を込めた

 

「あ、の……」

 

触れている箇所が熱い

強くなった手に、抵抗する事も出来ず 沙紀はますます困惑の色を示した

 

三日月の突然の行為に、どうしていいのか分からない

すると、三日月はくすっと笑みを浮かべ

 

「どうした、主?」

 

そう言って、ついっと沙紀の顎に手を滑らすと、そのままゆっくりと自身の方に向かせた

 

「あ……」

 

三日月の美しい瞳と目が合う

知らず、沙紀の頬が赤く染まった

 

それを見て、三日月は満足気に笑うとそのまま沙紀を更に引き寄せた

 

「――――……っ」

 

ぐいっと腰を引き寄せられ、沙紀がぎくりと身体を強張らせる

だが、三日月はその口元に笑みを浮かべると、ゆっくりと顔を近づけてきた

 

「待っ………」

 

「待って下さい」と言おうとした瞬間、すっと三日月の細い指先が沙紀の唇に当てられた

一瞬の出来事に、虚をつかれる

が――――……

 

「待ったはなしだぞ? ―――主…」

 

それだけ言うと、そのままゆっくりと沙紀の唇に自身の唇を重ねてきた

 

「――――っ、あ……」

 

それは、あっという間の出来事だった

抵抗する間すら与えてはくれなかった

 

「み、か……んっ………待っ………」

 

「待って」と言いたいのに、口を開く先から更に深く口付けられて言葉すら紡げない

 

 

「主――――……」

 

 

自分を呼ぶ 三日月の美しい声音が、脳に響いてくる

感覚が麻痺していく

 

鶴丸のそれとは違う

もっと激しく、そして静かな口付け―――……

でも……

 

思わず、抵抗する様に身体をよじった

しかし、三日月の力に敵うはずもなく そのまま、後頭部を押さえつけられ ぐいっと更に上を向かせられたかと思うと、更に深く口付けられた

 

「やっ……ん、あ………」

 

とん…と、後ろの桜の幹に身体を押し付けられる

そこから覆いかぶさるように、三日月が更に口付けを深くしてきた

 

「主が悪いのだぞ…? 俺の事を忘れ、鶴などにうつつを抜かすなど――――俺が許すと思うか…?」

 

「え――――……?」

 

な、に…?

何の話を言っているのか……

 

「主は…ん、俺の…ものだと、いうのに………」

 

三日月が角度を変え、何度も何度も唇を重ねてくる

抵抗する力さえ奪われ、沙紀は朦朧とする頭でどうしてこんなことになったのかと必死に考えるが、考えがまとまらない

 

その時だった

しゅる…と、嫌な音が聴こえた気がした

 

「―――――っ、あ…」

 

いつの間に解かれたのか、固く結ばれていた帯が解かれていた

胸元が開け、露わになる

 

咄嗟に隠そうと手を伸ばそうとするが、その手は三日月によって遮られた

そのまま、ぐいっと桜の幹に両の手を押し付けられる

 

「やっ……」

 

必死に抵抗の意を示すが、それを三日月が許すはずもなく

そのままぐいっと顎を持ち上げられると、再度 唇を重ねられた

 

「っ……ぁ……や、め……ん…」

 

今までのとは比べものにならないくらい深く口付けられ、戸惑いと困惑以外何も浮かばなかった

そのまま、口付けが、首元から胸元へと下がっていく

 

「あ……ん……ぁ…」

 

抵抗したいのに、動きを封じられて出来ない

拒みたいのに、拒む術すらない

 

そのまま、三日月の美しい指先が沙紀の乱れた着物の隙間から中へと入ってくる

 

「あっ……」

 

その指が、沙紀のふくよかな胸に触れた

 

「主――――……」

 

三日月の口付けが、沙紀の首元をなぞる

 

「このまま、俺の物になってくれ――――………」

 

声が

脳を支配する様に響いてくる

 

この、ままでは………

 

脳裏に、白い衣に銀の髪の彼の人が過ぎる

 

 

「…………っ」

 

 

 

     りんさんっ…………!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間的に、意識が現実へと引き戻される

 

「………………っ」

 

はっとすると、視界に天井が入った

心臓が酷く脈打っている

 

嫌な汗が、額から流れ落ちた

沙紀は、ゆっくりと身体を起こすと、額を拭った

 

ゆ、め……?

 

いや、違う

最初から、“夢”だと理解していた筈だった

なのに……

 

引きずられた

強い、“何か”に引き寄せられた

 

だからと言って……

かぁ…と、瞬間 頬が真っ赤に染まる

 

あ……

あんな、夢を見るなんて………っ

 

どうかしている

三日月が、自分にあんな事をするなんてありえない事なのに……

 

思い出しただけで、恥ずかしさのあまり この身を何処かへ隠してしまいたいぐらいだ

 

頭、冷やそう……

 

そう思って、そのまま起き上がるとゆっくりと障子戸開けた

瞬間、びゅお…っ と冷たい風が頬を横切って行った

見ると、外は雪が降ってい

 

おかしな話だ

“本丸”の外は桜と雪が舞っているのに、内部は一面雪景色だった

 

そうよね……

今、現実の世界は冬だ

この場所が現実の四季に干渉していてもおかしくない

 

吐く息が白くなるのを感じ、沙紀は小さくその場にしゃがみ込んだ

 

頭を冷やすのには丁度いい……

そう思って、ゆっくりと瞳を閉じる

 

どの位、そうしていたのだろうか……

多分、時間にして数分

だが、沙紀にはもっとずっと長い時間に感じた

 

指先がかじかんできて、身体の芯まで冷たくなってくる

このままここで眠ってしまえば、さっきの夢を忘れられるだろうか……

 

そんな事をふと思いながら、うとうととし始めた時だった

不意に、ふわりと何かが温もりが肩に掛かった

 

「………………?」

 

一瞬、え…? と思いながら顔を上げる

すると、肩から着物が掛けられていた

それは、沙紀の着物では無かった

蒼い美しい紋様のある着物―――――……

 

「あ………」

 

はっとして、顔を上げると、その着物を掛けたであろう人物を目が合った

綺麗な三日月色の瞳に、漆黒の髪――――

それは――――……

 

「…三日月、さん………」

 

そこに居たのは、三日月宗近だった

三日月は、優しげに微笑むと

 

「主、こんな所で寝ていては風邪をひいてしまうぞ?」

 

そう言うなり、突然 沙紀をそのまま横に抱き上げた

ぎょっとしたのは、沙紀だ

 

予想外の展開に、思考が追いつかない

 

 

「あ、ああ、あの……っ」

 

 

顔を真っ赤にさせて、思わず口をぱくぱくとさせてしまう

だが、三日月はさほど気にした様子もなく

 

「うん? このまま俺の部屋に来るか?」

 

と、本気か冗談か分からない事を言いだした

沙紀は、慌てて頭を横に振ると

 

「あ、歩けますから……、お、降ろして、くださ、い……っ」

 

何とかそう言葉を絞り出す

だが、三日月は沙紀の言葉を受け入れるどころか、そのまま すたすたと歩き始めた

 

 

「み、三日月さんっ……!!」

 

 

沙紀が、抗議する様に声を上げる

が、三日月はやはり気にした様子もなくそのまま真っ直ぐ歩いて行くと、目の前の部屋の障子戸を開けた

瞬間、視界に入った閨に沙紀がぎくりと顔を強張らせる

 

脳裏に、夢の事が思い出された

 

ああ………っ

 

もう、だめだと思って 沙紀が思わずその躑躅色の瞳をぎゅっと閉じた

 

どのくらいそうしていただろうか

ほんの少しだったのかもしれない

だが、沙紀にはとても長く感じた

 

知らず、身体が強張る

何も思い浮かばない

 

頭の中で、どうしよう…と、そればかり考えてしまう

その時だった

 

不意に、とんっと降ろされたかと思うと、そのまま頭を撫でられた

 

「……………?」

 

予想だにしない、その行為に 思わず沙紀が恐る恐る瞳を開ける

すると、そこは自分の部屋だった

 

あ………

 

三日月は、沙紀の部屋まで連れて来てくれたのだ

己の勘違いに、かぁ…と、沙紀の頬が一気に赤くなる

 

やだ……

私……っ

 

余りの恥ずかしさに、正面から三日月を見る事が出来ず、思わず傍にあった布団で顔を隠した

沙紀のその様子に、気付いてか気付かない振りをしてくれているのか

三日月は、さほど気にした様子もなく

 

「主の身体は、主だけのものではない。 くれぐれも無理はせぬ様にな」

 

そう言って、また頭をゆっくりと撫でてくれた

それが酷く優しくて、涙が出そうになる

 

私は、馬鹿だわ……

 

有りもしない夢に惑わされて、己を見失いそうになっていた

そんな自分が恥ずかしい……

 

すっかり落ち込んでしまった沙紀に、三日月は何を思ったか

突然、ついっと沙紀の髪をすくった

 

「………?」

 

あまりにも、唐突だった為に 一瞬沙紀が反応に遅れる

が、三日月はそんな沙紀に くすりと笑みを浮かべると、ゆっくりとした所作でそのまま沙紀の美しい漆黒の髪に口付けた

 

「……………っ」

 

驚いたのは、沙紀だ

すっかり安心しきっていた為、まったく行動が読めていなかった

が、次の瞬間 どんどんその頬が赤く染まって行くのが分かった

 

「なっ…な、にを………っ」

 

言葉が、動揺のあまりうまく紡げない

すると、三日月はにっこりと微笑むとそのまま、ついっと近づいて来た

 

ぎくりと、沙紀の顔が強張る

目の前に、三日月の美しい顔があって目が離せなi

 

 

「あ、の……」

 

堪らずそう声を上げると、しっと三日月の細い人差し指が沙紀の柔らかな唇に当てられた

 

「主、緊張する事はない。 もっと 身体の力を抜け――――」

 

そう言って、とん…と、沙紀の肩を叩いた

瞬間的に視界が揺れる

 

気が付けば、いつの間にそうなってしまったのか…

沙紀の身体は布団の上に横たわっていた

 

ゆっくりと、その沙紀の身体に触れる様に、三日月の手が伸びてくる

 

さらり…と 髪を撫でられ、沙紀がぴくっと肩を震わせた

 

「主…このまま、“夢”を現実にする気はないか?」

 

「え……」

 

一瞬、何を問われたのか理解出来なかった

が――――………

 

 

脳裏に、あの三日月の声が響いた

 

 

 

『このまま、俺の物になってくれ――――………』

 

 

 

そう言って沙紀に触れてきた三日月の手の感触が一気に蘇る

 

夢って……まさか……

 

そんな筈ない

あの“夢”は沙紀が見たものであり、三日月が知る筈が―――――………

 

そう思うも、思い出しただけで どんどん身体が熱くなっていくのが分かった

どう答えてよいのか分からず、言葉に詰まっていると

三日月はくすっと笑み浮かべ

 

 

「無言は肯定と取るが…よいか?」

 

 

そう言って、ゆっくりと顔を近づけてきた

ぎくりと、沙紀が顔を強張らせる

 

が、次の瞬間

我に返り、慌てて首を横に振った

 

 

「だ、駄目です……っ、 三日月さん、これ以上は――――――」

 

 

「駄目―」と言おうとした瞬間、こつんと三日月の額が沙紀の額に当たった

あまりの突然の行動に、沙紀が驚いた様に大きくその躑躅色の瞳を瞬かせる

 

すると、三日月はやはりくすりと笑みを浮かべ

 

「そうか、残念…」

 

そう言って、身体をすっと避けてくれた

三日月の行動が止まった事に、ほっと安堵している

 

三日月が、また沙紀の頭を撫でながら

 

「そう、安堵されるとはな。 俺はまだまだのようだ」

 

そう言って、もう一度沙紀の頭を撫でるとすっと立ち上がった

そしてそのまま部屋の外へ出て行く

 

障子戸を閉める時、ふと三日月の手が止まった

 

 

「主――――…、もし、鶴だったならばその身を預けたのか?」

 

 

「え……」

 

一瞬、三日月が何を問うてきたのか理解出来ず、沙紀が首を傾げる

それを見た三日月は、微かにその口元に笑みを浮かべ

 

「気にするな、戯言だ。 ―――――おやすみ、主」

 

そう言って、そのまま障子戸を閉めた

三日月の気配が遠くなっていく

 

それに反比例する様に、沙紀の心臓の音が早くなっていった

 

え……、え……?

な、なん、だったの………

 

胸元をそっと抑えると、今頃になって 心の臓が酷く脈打っている

身体にどっと、疲れが押し寄せてきた

 

思わず顔を手で覆う

 

もう、どこまでが 夢なのか現実なのか

それすらも、理解出来なくなる

 

脳裏に浮かぶのは、美しい銀色の髪に白い衣の――――……

 

 

 

「りんさん………」

 

 

 

遭いたい――――………

 

こんな時、鶴丸に逢ったらきっと泣いてしまう

 

でも、それでも今、彼に遭えたら――――――……

 

 

 

         そう、思わずにはいられなかった――――――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然始まって、終わりですwww

何が言いたいかというと、じじいが夢に干渉出来るという事ですな

 

侮りがたし!!

 

私的、じじい=エロ担当www

 

2017/01/29