華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 序ノ章 ”審神者” 6 

 

 

――――七年前・石上神宮内

 

その日は四月だというのに真っ白な雪の降る日だった

 

毎年六月に行われる神剣渡御祭に使われる神剣・七支刀が修復中ということもあり、

代りの神剣候補として御物である鶴丸国永・一期一振の二振りが候補に上がっていた

 

二振りは厳重に箱に収められ宮庁を出た後、石上神宮の大鳥居をくぐり楼門に向かっていた

仰々しいまでの行列に近くを通った巫女や巫覡・参拝客も驚く程だった

 

そしてその時、それは起きた

鶴丸国永を運んでいた一人が足を雪に滑らせ体制を崩したのである

皆が驚く間もなく、鶴丸国永の入った箱はそのまま石畳に叩きつけられる形となった

そして、あろう事か中の刀が布の中から転がり出てしまったのだ

 

誰もが青ざめた

 

仮にも、皇室の御物である品を地に落としたあげく、その姿を一般人の前に晒したのだ

それに、もし傷や欠け・最悪折れていた場合責任問題となる

 

ざわざわとざわめく中、誰かが確かめなければと思うも、素手で触る訳にもいかず

又、確認した者の責任を問われるのを恐れ、誰も近づく事も動く事も出来なかった

 

鶴丸国永は、その姿を雪の中晒されたままになってしまったのだ

 

どの位時間が経ったのだろうか…

もしかしたら、ほんの数秒だったかもしれない

 

だが、周りに者たちには酷く長く感じた


その時だった

ふわりとその鶴丸国永に触れる手があった

 

それは、幼いながらもどこか神秘的な雰囲気を持つ美しい少女だった

頭から雪避けなのか、白い着物を羽織った少女は、さらりと黒く艶やかな長い髪をなびかせ首を傾げた

 

一度だけ、その躑躅色の瞳を瞬かせた後、そっと袂からハンカチを取り出し、鶴丸国永に掛けた

そして、そっとその刀を持ち上げたのだ

 

 

「可哀想です」

 

 

その言葉で、周りの人たちが現実に引き戻される

少女は、鶴丸国永をそっと傍にあった白い布の上に置くとそのまま布を掛けた

 

「どうしてどなたも彼を雪の中放置されるのですか? 可哀想です」

 

「あ…いえ、それは……」

 

言い訳がましく運んでいた一人が口を開こうとしたが、何を言っていいのか分からず言い淀んだ

 

「あ、あの! 刀は無事…でしょうか?」

 

恐る恐るそう尋ねると、少女はちょこんと首を傾げ、もう一度その布をめくった

そして、ゆっくりと鶴丸国永に触れる

 

数分間見た後、少女はにっこりと微笑んだ

 

「大丈夫の様ですよ? 特に、傷も欠けもありません」

 

その言葉に、皆がほっとした時だった

それは起きた

 

突然、鶴丸国永が淡い光を放ったと思った瞬間――――――そこに一人の銀髪に白い着物を纏った美しい青年が姿を現したのだ

 

誰しもが言葉を失った

それもそうだろう

 

目の前で、刀であった鶴丸国永が突然人の姿を纏ったのだ

 

目の前の出来事が理解出来ず、皆が皆放心状態に陥った

だが、少女だけは違った

 

一度だけ、大きなその躑躅色の瞳を瞬かせた後、ふわりと微笑んだ

 

「こんにちは もしかして…刀さん…?」

 

そう尋ねてくる

鶴丸国永――――鶴丸は、突然人の形代を与えられ、放心していたが瞬間的に現実に引き戻された

 

目の前の美しい少女の問いに「ああ…」とだけ答えた

すると、少女はくすりと笑みを浮かべ

 

「刀も美しかったですけれど、人の形もとても綺麗なのですね」

 

そう言って、自身の羽織っていた白い着物をふわりと鶴丸の肩に掛けた

 

「そのお姿では寒いでしょう? 私の使っていた物で申し訳ないのですけれど…これを羽織ってください」

 

自身に掛けられた白い着物には鶴と雪の紋様が模られていた

 

「お前は――――……」

 

鶴丸がそう口を開いた時だった

 

 

「沙紀!!!」

 

 

少女を呼ぶ声が聴こえてきた

 

「あ……」

 

沙紀と呼ばれた少女は、その声に反応する様に声を洩らすと、苦笑いを浮かべた

 

「いけない…お父様が呼んでいます。 気付かれてしまったみたい」

 

どうやら、どこからか抜け出してきた様で父親が探しに来たようだった

 

「沙紀! ここにいたのか!!」

 

少女の父らしき人物が向こうの楼門から姿を現す

 

「お父様……」

 

少女は立ち上がると、父と思わしき人物の元に駆け寄った

そして、一度だけ振り返ると鶴丸に向かって手を振って来たのだ

 

「・・・・・・また逢えると嬉しいです」

 

それだけ言い残すと、楼門の向こうへ姿を消して行ったのだった

それが、沙紀と鶴丸の出逢いだった

 

 

 

 

 

 

 

 

そこまで話すと鶴丸は「はは…」と笑い声を上げた

 

「その後は大変だったんだぜ? なにせ、突然刀が人形(ひとがた)になったんだからな。 周りの連中はどうしていいか分からなくてよ、慌てるわ、おろおろするわで、大騒ぎだったな」

 

見ていて面白かったと話す鶴丸に、山姥切国広は静かにその碧色の瞳を瞬かせた

 

「つまり…あんたはあいつが初めて顕現させた刀…という事か?」

 

「ん? まあ、そうなるな」

 

そう言った鶴丸は少しだけ嬉しそうだった

 

「でもよ、問題はその場にあいつが居たって事なんだよなあ」

 

「あいつ?」

 

「ああ…」

 

今思えば、きっとこの時に目を付けられたのだろう

 

「小野瀬だよ」

 

「小野瀬……」

 

ふと、自分をここに運び込んだ男を思い出す

スーツ姿の明らかにうさん臭そうな男だった

 

「あの男か……」

 

山姥切国広がそう呟くと、鶴丸はくつくつと笑いながら

 

「そうそう、そいつだよ。 そいつがいたんだなあ…あの場に。 まあ、逆に小野瀬がいたからあの場は収められたんだけどよ…でも、沙紀が俺を顕現させる場を目の前で見せちまったからな…だから、あいつは沙紀が“審神者”に一番相応しいと思ってやがる」

 

ギリッと、鶴丸は拳を握りしめた

 

他にも“審神者”候補はいた

いたにも関わらず、小野瀬は沙紀を押したのだ

 

それもそうだろう

なにせ、わずか十の少女が鶴丸を顕現させるシーンを目の当たりにしたのだから

しかも、調べるとその少女は石上神宮の隠し持つ“神凪”だという

この日本で最高位の巫女神だ

“審神者”に押さない訳がない

 

だが、事実

小野瀬がいたからあの場は収められたもの確かだ

 

小野瀬の的確な判断があったからこそ、鶴丸はこうして今存在していられる

下手したら、物の怪の類だと思われて処分されかねなかった

 

「…俺には分からない事がある」

 

ぽつりと、山姥切国広が呟いた

 

「…あんたは、あいつが“審神者”になる事に反対なのか?」

 

山姥切国広がそう尋ねると、鶴丸は「ああ…」と小さな声で頷いた

 

「沙紀にそんな危険な事させられねえ。 沙紀には幸せになって欲しいんだ」

 

真っ直ぐ前を見据えてそう言う鶴丸の表情は、いつにもなく険しかった

だが、やはり山姥切国広には分からなかった

 

まるで鶴丸の言い方だと、沙紀は“誰か”と幸せになるのだと言っている様に聴こえる

それは“自分ではない”と

 

だが、彼女は違った

彼女は鶴丸と一緒にいたいと言っていた

鶴丸との幸せを望んでいるからではないのだろうか?

 

山姥切国広は小さく息を洩らした

 

「あいつは……あんたと一緒にいたいと泣いているぞ」

 

「……………っ」

 

山姥切国広の言葉に、鶴丸が息を飲むのが分かった

それでも、山姥切国広は言葉を続けた

 

「あんたと共にありたいと……言っているんだ、あいつは――――」

 

それが、どれだけ鶴丸の心を揺さぶるのか分かっていて

あえてそう口にする

 

ほんの少し

ほんの少ししか見ていないが、それでも分かる

 

沙紀だけじゃない

鶴丸自身も沙紀と一緒にいたいと願っている事に

 

山姥切国広ですら分かる事だ

鶴丸自身がその事に気付いていない訳がない

 

でも、認めたくないのか

それとも、刀である自分がと卑下しているのか

 

どちらにせよ、沙紀の幸せは“鶴丸”が傍にいる事だと

彼女の“幸せ”を願うなら、傍にいてやればいい―――――……

 

そう思うのに、何故そうしないのか山姥切国広には理解出来なかった

 

「なぁ、あんたにはあんたの都合もあるのかもしれないが、あいつに…あいつの傍にいてやる事は出来ないのか?」

 

「それは……」

 

そこまで言い掛けて鶴丸は言葉を詰まらせた

だが、山姥切国広は言葉を続けた

 

「あんたの言う“審神者”になるのに危険があるなら、あんたが傍で護ってやればいい…もし、俺があんたの立場だったら……あいつが、写しの俺でもいいと言ってくれるなら―――俺はそうする」

 

山姥切国広の言葉に、鶴丸は今度こそ息を飲んだ

そして、「は…」と息を吐くとその金色の瞳を揺らして

 

「……簡単に言ってくれるなよ…」

 

と、呟いた

そして、天を仰いでその瞳を閉じる

 

「俺だって……本当は―――――………」

 

その先の言葉は、声にはならなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに、小野瀬には世話になった

現代の―――いや、“人”としてどう過ごすのか、どう接すればいいのか

戦うことしか知らなかった鶴丸に、ありとあらゆる事を教えてくれた

だが、礼は言えど 感謝した事は一度も無い

 

感謝する気にもなれなかった

 

鶴丸が使えると分かると、小野瀬は鶴丸に要人の護衛を依頼して来るようになった

手持無沙汰だった鶴丸は最初それを素直に受け入れたが…

今となっては、それは間違いだったと気付く

 

だが、あの時の鶴丸には他に選択肢はなかった

ただ、小野瀬に依頼されて皇室や要人の警護をする日々

 

そんなある日、久方ぶりに石上神宮に参るという要人の依頼を受けた

最初は乗り気ではなかったが、石上神宮と聞いて気が変わった

 

あの少女に逢えるかもしれない

そんな気がしたからだ

 

だが、彼女には逢えなかった

何度、行っても彼女とは逢うどころか、すれちがう事すらなかった

 

そんなある日、人づてに聞いた

 

神代沙紀という“神凪”の少女が石上神宮の奥深くの屋敷に匿われている――――と

 

彼女だと思った

そして、また数ヶ月後―――――……

 

“神凪”に会うという政府のお偉いさんの護衛に付いて行くことになった

通されたのは、石上神宮の中央に位置する拝殿

そして目の前に現れたのは――――見覚えのある男だった

 

そう――――あの時、彼女が「お父様」と呼んでいた男だった

そして、御簾の向こうに幼い人影が――――

 

「初めまして――――わたくしは、当代“神凪”を務めさせて頂いております」

 

その声を聞いた瞬間――――ああ、彼女だ―――……

そう思った

 

あの時、自分に着物を掛けてくれた幼いながらも美しい面持ちをした少女――――

 

そう思うと、もう衝動を抑えられなかった

彼女が匿われていると言われている屋敷見つけると、そっと彼女に逢いに行った

 

「よ! 久しぶりだな。 驚いたか?」

 

そう言って現れた自分を見て、本当に驚いた顔をした後

 

「あなたは――――、また逢えましたね。 嬉しい」

 

そう言って、とても嬉しそうに微笑んでくれた事を今でも忘れられない

 

「私は、沙紀と申します。 あなたのお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「俺は――――……」

 

流石に、本当の名を言うのは憚られた

何処から、情報が洩れるか分からない

それは、警護の時も同じだった

だから、いつも知っている小野瀬以外には偽名を使う

刀のハバキの部分に竜胆の透かしがあるところから名を取り

 

 

 

            ――――――“りん”と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに明かされました!

って、別に隠してませんけどねww

 

今回は、審神者子はお休みさんです

まんばと鶴の会話と回想のみでお送りしておりまーすv

 

2015/07/05