華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 序ノ章 ”審神者” 7 

 

 

「…………」

 

鶴丸と話した翌朝、山姥切国広は悩んでいた

まさか、鶴丸と沙紀がそんなにも前から関わりがあったなどと誰が想像しただろうか

てっきり自分よりも先に顕現したぐらいにしか思っていなかったのだ

 

だが、沙紀の鶴丸に対する想いも

鶴丸の沙紀に対する想いも、もっと深いものだった

 

気になるならば、逢いに行けばいい

 

単純にそう思うも、鶴丸にはそう簡単な話ではないらしい

 

沙紀の事情は、この一ケ月でよく分かった

彼女は、外には一切出る事はない

常に、この屋敷内にいるか

もしくは、拝殿にいるかどちらかだ

 

どうやら、本人の意思というより

そう周りが仕向けている傾向がある

それに、沙紀自身外に出たいと言う意思はもうあまりない様だった

 

いや、違う

本当は出たいのだ

だが、“出てはいけない”と言われており、それに従っている節がある

 

一度、沙紀に何故この屋敷から出ないのか聞いた事がある

だが、沙紀はただ苦笑いを浮かべただけだった

 

“聞かないで欲しい”―――そう言っている様だった

だから、山姥切国広はそれ以上聞けなかった

 

だが、鶴丸は違う

沙紀とは異なり、外へは自由に出入りしている様だった

ただ、鶴丸が今何処に住んでいるのか、何をしているのかは分からなかった

 

それに、鶴丸の沙紀に逢えない理由も山姥切国広には分からなかった

 

俺が写しだからか?

だから、鶴丸の気持ちが理解出来ないのだろうか

 

そんな事を思いながら山姥切国広が小さく息を吐いた時だった

 

「山姥切さん」

 

不意に呼ばれ、はっと顔を上げると

そこには、沙紀が少し困った様な顔をして立っていた

 

「…………っ」

 

山姥切国広は、慌てて立ち上がると沙紀に駆け寄った

 

「……どうした?」

 

そう尋ねると、沙紀はどうしていいのか分からないのか…

その躑躅色の瞳を泳がせ

 

「その……小野瀬様が……」

 

「小野瀬?」

 

今、彼女は“小野瀬”と言わなかっただろうか

小野瀬が一体どうしたというのだ

何故、沙紀が小野瀬の名を口にするのか分からなかった

 

すると、沙紀はやはり困った様に俯いて

 

「今、ここには山姥切さんしかいなくて…お父様がいらっしゃれば対応のし様があるのですが……」

 

「……………? どういうことだ?」

 

いまいち彼女の言いたい事が分からない

山姥切国広が首を傾げた時だった

 

「やぁ、お揃いだね」

 

突然、廊下の向こうから当の小野瀬が姿を現したのだ

驚いたのは、山姥切国広だけでなく沙紀もだった

 

沙紀が「どうして…っ」と小さく声を洩らして傍にいた山姥切国広の袖をぎゅっと握った

それで察したのか、山姥切国広はさっと沙紀を自分の背後に隠すと、目の前の小野瀬を睨みつけた

 

利き手で腰の刀の鯉口を切る

 

それを見た、小野瀬はおどけた様に両の手を上げた

 

「おっと、斬らないでおくれよ? 僕は話をしにきただけなんだから」

 

そのおどけた様子が、更に癪に障った

山姥切国広はギロリと小野瀬を睨むと、刀から手を離さずに

 

「ここは、一般人は立ち入り禁止の筈だ。 用があるなら面会の旨を通達者に伝えて拝殿で待つべきじゃないのか?」

 

そういう山姥切国広を小野瀬は面白いものを見る様にぱちぱちと手を叩いた

 

「やぁ、すっかり“神凪”殿の護衛の役が板についている様だね」

そこまで言いかえて、「いや…」と小野瀬は声を切り

 

「ここは、“審神者”殿の近侍…とでも言うべきかな?」

 

そう言って、にやりと笑みを浮かべた

 

「………? 何を言っているんだ、あんたは」

 

小野瀬の言う意味が分からない

沙紀は審神者になる件は断ったと言っていた

なのに、小野瀬は沙紀の事を“審神者”殿と呼ぶ

 

理解し難かった

 

その時だった

突然小野瀬は山姥切国広が使わせてもらっている部屋にずかずかと入って来たかと思うと、そのままその場に堂々と座り込んだ

 

「……………」

 

余りの小野瀬の横柄さに流石の山姥切国広も眉をしかめた

すると小野瀬はまるで自分の部屋の様に二人を呼んだ

 

「とりあえず、座ったらどうだい? それとも立ったまま話をしようってのかな?」

 

「……………あんた、何しに来たんだ」

 

山姥切国広が睨んだままそう尋ねると、持参した茶を飲みながら小野瀬は一言

 

「ん? 単なる様子伺いだよ」

 

そう言って、そのまま茶菓子まで広げだした

呆れる山姥切国広の後ろから、沙紀がそっと顔を覗かせる

 

「あの……お話は何でしょうか?」

 

恐る恐るそう尋ねると、小野瀬はにやにやと笑みを浮かべ

 

「いや~“審神者”殿は話が早くて助かるね。 どこかの刀とは大違いだよ」

 

そう言って、沙紀達を手招きした

沙紀と山姥切国広は顔を見合わせた

 

このまま立っていても埒があかないのも事実ではあるし、何より小野瀬は用件が終わるまで帰りそうになかった

 

「………座りましょう」

 

少しだけ考えて沙紀は、山姥切国広の袖を引っ張るとそう呟いた

山姥切国広は小さく息を吐くと「…分かった」と言って、部屋に入った

 

小野瀬と少し距離を取り座る

警戒する様に座る二人に、小野瀬はやっぱりにやにやと笑みを浮かべ

 

「まぁ、そう警戒しなくても宜しいではありませんか、“審神者”殿。 我々はもう貴女の協力者だ」

 

小野瀬のその言葉に、沙紀は静かに息を吐いた

 

「恐れ入りますが、審神者になる件はお断りした筈です。 こんのすけも小野瀬様にお返ししなければと…思っておりました」

 

沙紀のその言葉に、小野瀬はおどけた様に

 

「おや、こんのすけが貴女に不手際でも?」

 

「……そうではありません。 こんのすけは“審神者”に仕える身だと申しておりました。 私は審神者では―――――」

 

沙紀がそこまで言い掛けた時だった、突然小野瀬がぱんっと手を叩き

 

「そうですか! それはよかった!!」

 

突然大きな声でそう言いだしたものだから、思わず沙紀が言葉を詰まらす

すると、小野瀬は笑いながら

 

「もし、こんのすけが不手際を犯していたのなら、“廃棄”しなければいけない所でした!」

 

軽そうにそう言う小野瀬に、沙紀が「え…」と声を洩らした

 

「“廃棄”などと…そういう言い方は止めて下さい。 仮にも命あるものですよ…」

 

沙紀が不愉快そうにそう言うと、小野瀬は微かにその口元に笑みを浮かべ

 

「そうは言いますが、こんのすけも“憑き物”ですからねぇ…“審神者”殿が要らぬと仰られるなら“廃棄”するだけです」

 

「………………っ」

 

流石の沙紀もその言葉には、言葉を詰まらせた

それを見た小野瀬はやはり にやりと笑みを浮かべ

 

「こんのすけをどうするかは、“審神者”殿次第ですよ」

 

二者一択

まさにこの状態だった

 

審神者である事を認め、こんのすけを受け入れるか…

それとも、認めずこんのすけを“廃棄”処分するか

 

きっと、優しい沙紀にはこんのすけを“廃棄”処分する選択は出来ないと、山姥切国広は思った

実際、沙紀はこんのすけと一緒にいてとても楽しそうだった

そんな沙紀を見ている山姥切国広には、沙紀がこんのすけを“廃棄”する選択肢を選べない事は手に取る様に分かった

 

「私は………」

 

沙紀が今にも泣きそうな声で呟く

 

まずいな…と、山姥切国広は思った

これでは小野瀬の思惑通りだ

 

もう――――見ていられなかった

こんな風に泣きそうな沙紀を放っては置けなかった

 

「おい、これ以上こいつを悲しませるなら、俺はあんたを斬る」

 

そう言って、山姥切国広は鞘をしたまま刀を腰から外すとそのまま小野瀬に突き付けた

鶴丸がいたならばきっと同じことをした筈だと思った

 

鶴丸は沙紀が悲しむ事を絶対に許さないだろう

たとえそれが、誰であろうと…だ

 

すると小野瀬はおどけた様に両の手を上げ

 

「おっと、それは反則じゃないかい? 言っただろう? 僕は君達の“協力者”だって」

 

そう言って小野瀬はすっと、片手で山姥切国広の刀を避けると、沙紀に一歩近づいた

そして

 

「“審神者”殿、貴女が一言頷いて下されば、我々は全力で貴女を支援しますよ? ―――勿論、鶴丸君の事も…ね」

 

「え……」

 

突然降って湧いた様な“鶴丸”と言う言葉に、沙紀がぴくりと反応する

驚いた様にその躑躅色の瞳を見開き、小野瀬を見た

 

「どう…し、て……」

 

沙紀と鶴丸の関係は公然ではない筈だ

なのに、まるで小野瀬は二人の関係を知るかのごとく話しだした

 

「どうして? 知っていますよ。 鶴丸君が“りん”と名乗って貴女の元に通っていたでしょう? 七年前のあの日の貴女が彼は忘れられなかったらしい」

 

「七…年前……?」

 

「そう――――憶えていますか? 七年前の神剣渡御祭の神剣の代わりに一期一振と鶴丸国永がこの石上神宮に運ばれてきた日―――貴女は、今まで誰も成しえなかった刀剣に宿る付喪神たる彼を顕現させた事を―――」

 

「それ、は………」

 

「ふむ…まぁ、貴女が十の頃の話です。 覚えていなくとも無理はありません。 人の記憶ほど曖昧なモノはありませんからね。 実はね、僕もいたんですよ…あの場に」

 

「え………」

 

「やはりお気付ではなかったようだ。 目の前で鶴丸君を顕現させる貴女は大変美しかった…僅か十の少女が神を具現化させる―――――調べれば、その少女はこの石上神宮の隠し持つ“神凪”だという…貴女ほどこの日の本で“審神者”に相応しい者はいないんですよ…ご理解いただけますかな?」

 

「………わ、たし………」

 

「ああ、覚えていない事は仕方ないですよ。 僕だって今十歳の頃の事を話せと言われても殆ど覚えていませんから。 さほど気にする事ではないです」

 

七年前

石上神宮の神剣渡御祭

鶴丸国永

 

全てのピースが繋がる気がした

 

そうだわ……あの日は、四月なのに雪が降っていて……

父である一誠に連れられて初めて石上神宮の大鳥居をくぐって

 

そして、出逢ったのだ――――真っ白な雪の似合う綺麗な男の人に

 

それが―――鶴丸だ

 

どうして忘れていられたのだろうか

大事な事なのに……

 

「りんさん………っ」

 

沙紀は嗚咽を洩らす様にそう呟いた

 

沙紀のその様子に小野瀬は微かに口元に笑みを浮かべた

 

「そう―――その“りんさん”ですよ。 彼ともう一度逢いたくないですか?」

 

「……え…」

 

小野瀬のその言葉に、沙紀がその躑躅色の瞳を大きく見開いた

すると、小野瀬はにっこりと微笑み

 

 

 

      「この僕が、逢わせてあげましょう」

 

 

 

そう言ったのだった

 

     まるで、甘い誘惑の様に――――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに、小野瀬暗躍しだすwwの回

だってーさっさと序章終わらせないと…ね?

 

今度は、鶴丸がお休みでーす

仕方ない!

 

2015/08/13