華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 序ノ章 ”審神者” 2

 

 

「沙紀! こんな所にいたのか!」

 

一誠にしては珍しく、慌てた様子で駆け込んできた

青年の姿が見られなかったことにほっとしつつも、その姿が余りにも不自然で沙紀はその大きな躑躅色の瞳を瞬かせた

 

「お父様…? そんなに慌ててどうなさったのですか?」

 

まさか、何か良くない事でもあったのだろうか?

一瞬、嫌な予感が浮かぶ

それぐらい、一誠の表情は強張っていた

 

「……とにかく、着替えてから一緒に拝殿の方に行こう。 お前に来客だ」

 

「え……?」

 

お客様……? 私に……?

 

基本的に、沙紀自身に客が来る事はない

何故なら、沙紀が“神凪”である事を知っているのはごく一部の人間だけだからだ

基本的には全て石上神宮に対してか、あっても一誠を通してかしかない

 

だが、一誠の慌て様を見る限り今回は今までとは違う様だった

しかし、沙紀にはその客が誰なのか思い当たる節がまったくない

 

断る…訳にはいかなさそうな雰囲気であるし、ここは行くしかなさそうだった

 

沙紀は、一度だけその躑躅色の瞳を瞬かせて

 

「わかりました、着替えてきます」

 

そう言って、部屋に戻った

素早く来客用の巫女装束に着替えると、そのまま一誠と一緒に拝殿へ向かった

 

拝殿へ着くと、見たこと無い様なおびただしい警備の数だった

 

何……?

 

普通ではないその状況に、一瞬沙紀が不安の色を示す

来客とは一体誰なのか

 

前を歩く一誠をちらりと見る

一誠も、何だか険しい顔をしていた

とても誰なのか聞ける雰囲気ではない

 

りんさん……

 

こんな時、彼が傍にいてくれれば……

きっと、手を握って「大丈夫だ」と言ってくれただろう

だが、彼は今ここにいない

 

あの時、姿は消えていたが彼は無事に帰れたのだろうか…?

誰かに、見られたりしなかっただろうか…

 

その事が気になった

 

どうも、彼は他人に姿を見られたくない様だった

だから、沙紀の元に来る時はいつも、ひと目が無い時に来ていた

 

せっかく五年ぶりに逢えたのに……

 

あまり話すら出来なかった

それに……

 

そっと、唇に触れる

 

私…りんさんに、キス…されたのよ、ね…?

脳裏にあの時の出来事が蘇る

 

甘く囁く様に呼ばれた名

見惚れる程の美しい彼の金色の瞳

そして――――……

 

俄かに、沙紀の頬が赤く染まる

 

やだ、何を考えているのよ……

きっと、りんさんに他意はなかったのよ

 

そうだ

きっと、雰囲気に流されてしまっただけなのだ

そうに決まっている

 

でなければ、彼の様な素敵な男性が自分の様な子供を相手にする筈――――……

 

そう自分に必死に言い聞かせる

そうでもしなければ、“期待”してしまう

 

もしや、彼は自分を想ってくれているのではないか――――と

錯覚しそうになる

 

そんな筈ないのに

 

と、その時だった

 

「沙紀、具合でも悪いのか? 顔が赤いが……」

 

不意に一誠に話し掛けられ、沙紀がはっとする

 

あ、いけない

 

今は来客中なのだ

彼の事も気になるが、今はこちらに集中しなければ――――

 

それでも赤く染まる顔を押さえながら、沙紀は「なんでもありません」と答えた

すぅっと息を吸い目の前の事に集中する

 

拝殿の内側から中に入ると、中も物々しい警備だった

 

いたる所に立っているSPと思わしき黒いスーツの男達

その中央には、一人の男性が座っていた

 

誰……?

 

初めて見る顔だった

 

普段なら御簾の中に入るのだが、どうやら身分のある男性の様だ

それは、周りの警備を見れば分かる

 

沙紀は少し考えた後、御簾の外に出る事にした

瞬間、一誠が止めようとしたが、沙紀はそれを断った

きっと、直接話した方が早い

 

沙紀は、内側から部屋に入らず

表の扉から部屋に入った

 

一瞬、ざわりと周りにいた巫覡たちがざわめく

それもそうだろう

 

基本、沙紀が皆の前に姿を現す事はない

巫覡たちと対話するにも常に御簾越しだ

それなのに、見知らぬ男性の前に本来の姿を晒したのだ

騒がない訳がない

 

「沙紀殿!!」

 

巫覡の一人が叫んだ

 

「御簾に入られよ! その姿を晒すなど―――――」

 

そう言って、その巫覡が近づいてくるが その間に一誠が入った

 

「私が許しました。 沙紀の意思は直接あの方とお話しする事です」

 

「しかしですな!」

 

尚も食って掛かってこようとするが、一誠がギロリとその巫覡を睨んだ

瞬間、その巫覡が「うっ…」と口籠る

 

何か言いたそうにギリッと歯を噛み締めると、一誠を睨んだ

だが、一誠はそんな巫覡を無視すると沙紀に行くように促した

 

沙紀は、お礼を言う代わりに頭を下げると、そのままその男性の前に歩み出た

 

「お待たせして申し訳ございません」

 

そう謝罪の言葉を述べると、男性は気にした様子もなく「いえ、お気になさらずに」と答えた

何だか少し話しにくそうな雰囲気の人だった

 

でも、見た目で人を判断しては駄目よね……

 

そう思うと、沙紀は居住まいを正した

 

男性と目が合う

すると、その男性はにっこりと微笑み

 

「お初にお目にかかります。 私は小野瀬と申します」

 

そう言って軽く頭を下げた

沙紀は、一度だけその躑躅色の瞳を瞬かせると ゆっくりと頭を下げた

 

小野瀬と名乗った男性は、沙紀のその仕草を見ると嬉しそうに笑った

 

「驚きですな。 まさか、当代“神凪”が かように美しいとは! その仕草も、凛とした雰囲気もとても十代の少女とは思えません」

 

そう言って小野瀬は沙紀を褒める様にほのめかしたが、沙紀にはとても褒められている様には聴こえなかった

だが、ここで子供の様に怒るのは“神凪”として相応しくない

 

沙紀は、何でもない事の様に一度だけ目を伏せると「ありがとうございます」と答えた

 

「それで、わたくしにお話というのは?」

 

挨拶もそこそこで、本題を切り出す

そうでもしなければ、この男は本題をいつまでも切り出しそうになかったからだ

 

その反応に、小野瀬は微かに口元に笑みを浮かべると

 

「頭の回転も早そうで助かります。 きっと、今から話す話にも理解を示して頂けるでしょう」

 

「…………?」

 

小野瀬の言う意味が分からない

沙紀が微かに眉を寄せると、小野瀬はゆっくりと口を開いた

 

「単刀直入に申しあげます。 貴女には我々の為に過去へ飛んでいただきたい」

 

「!」

 

小野瀬のその言葉に、沙紀ではなく一誠が俄かに眉を寄せる

沙紀は、その躑躅色の瞳を大きく見開いた後、微かに目を伏せた

 

「……小野瀬様…仰る意味が分かりません」

 

この男は何と言ったか

過去へ飛べ?

それは、自然の摂理に反する

不用意に過去へ飛んでどうしようというのだ

すると小野瀬はにっこりと微笑み

 

「まぁ、話を聞いて下さい。 過去…つまり我々にとって“歴史“と呼ばれる産物は不思議ではありませんか?」

 

「……………?」

 

「たとえば、織田信長。 彼が本能寺で死ななければ? 天下は間違いなく秀吉ではなく信長の手にあったでしょう。 しかし、その信長とて武田信玄が病死していなかったら、既に死んでいたかもしれない。 そうは思いませんか?」

 

沙紀が微かに眉を寄せる

 

「……それは過去の出来事です。 わたくし達から見ればそう見えても、その時は誰にも予想不能な出来事でした。 たとえ、そう思っても今更改変する事は出来ませんし、してはならないのです」

 

そう

それは過去の産物だ

先を知る側から見ればそう見えても、過去は過去

既に起こった事象は変えてはならない

 

それが、自然の摂理というものだ

沙紀の言葉に、小野瀬はにっこりと微笑んだ

 

「流石は“神凪”殿、聡明でいらっしゃる。 そう、過去は過去。 “歴史”は変えてはならないのです。 もし、変えればどうなるか…“神凪”殿ならお判りでしょ?」

 

「………………」

 

過去を変えれば未来が変わる

今現在も、もしかしたら戦国時代が続いていた可能性もある

小野瀬も沙紀も存在しないかもしれない

今が今でなくなるのだ

 

そんな事、子供でも分かる話だ

 

「ですが、全ての人間がそうは思っていないのも事実。 現にいま2205年、過去に飛べる世の中になり、信長が死ななかったら? 信玄が死ななかったら? そう思う人間がいるのが現実です。 事実、過去へ干渉し歴史改変を目論む“歴史修正主義者”なる者達が動き出しているのですよ」

 

歴史修正主義者

噂では耳にした事ある

過去の事象に干渉して、過去を変えようという科学者達だ

 

だが……

 

「無駄な事です」

 

沙紀はそう言い切った

沙紀の言葉に、小野瀬は俄かに目を細めた

 

「ほぅ? 何故そう思われます?」

 

「世界には“流れ”というものが存在します。 たとえ過去を改変したとしてもその力…つまり”抑止力“が作用し、元の歴史の流れにいずれ戻るのです。 その歴史修正主義者なる方々が抗ったとしても、歴史は変わりません。 いずれ信長公も信玄公も死にますし、天下も秀吉公の手に落ちたでしょう。 運命を変える事は不可能なのです」

 

「……………」

 

沙紀の言葉を小野瀬は静かに聞いていた

だが、その口元に微かに笑みを浮かべ

 

「成程…大変興味深い話です。 ですが、果たしてすべてがそうでしょうか?」

 

小野瀬の言葉に、沙紀が微かに眉を寄せる

 

「どういう意味でしょうか?」

 

すると小野瀬はにっこりと微笑み

 

「なに、簡単な事です。 確かに大きな目で見れば流れはいずれ戻るかもしれない。 ですが、それは何年後ですか? 何十年後ですか? 今すぐ戻る訳ではない。 違いますか?」

 

「それは――――……」

 

小野瀬の言葉に、流石の沙紀も言葉を詰まらせた

 

確かに運命の流れに反する事は出来ない

流れはいずれ元の”道筋“に戻る

だが、それは直ぐでは無いのも事実だ

しかし

 

「……似たような出来事が“穴埋め”として発生し、“本来の歴史”に可能な限り近付こうとする何らかの“力”が働きます。 たとえ、場当たり的な変化を起こす事は出来ても根本的・大局的な歴史改変はどうやっても行えないのです」

 

そう―――たとえどれだけ人間が足掻こうとも、“歴史”と言う大きな流れその物に手を加えることは出来ないのだ

それが“運命”というものである

 

小野瀬は、沙紀の言葉に興味深そうに頷いた

 

「そうですね、我々では“運命”には敵いません。 では、考え方を変えましょう。 もし、この瞬間――――――」

 

そう言うなり、小野瀬は突然胸元から銃を取り出すと沙紀に突き付けたのだ

 

ざわりと周りの巫覡たちがざわめく

 

「私がこの引き金を引いたらどうしますか?」

 

そう言って、銃口を沙紀に向けたまま安全装置を外す

これには、一誠が黙っていなかった

 

「お客人! 何をなさいますか!! 今すぐその銃を仕舞われよ!!」

 

今にも食って掛かりそうな一誠に沙紀が小さく首を振る

 

「もし、小野瀬様のその銃に撃たれて死ぬのでしたら、わたくしはそういう“運命”だったのでしょう」

 

「ほぅ? 素直に受け入れますか…ですが…」

 

ちらりと、一誠達の方を見る

 

「彼らはそうは思っていない様ですよ?」

 

言われてそちらを見れば、巫覡や一誠の表情は険しかった

 

「彼らは思うはずです。 何故 私の持ち物を調べなかったのか、何故 私の謁見を許してしまったのか――――と、私と貴女が会っていなければ、貴方は死ななかったのに――――とね」

 

「……今、小野瀬様とわたくしが会っていなくとも、何処かでわたくしは貴方に撃たれて死んでいたでしょう。 “運命”とはそういうものです」

 

沙紀が静かにそう語ると、小野瀬はゆっくりとその目を細めた

 

「ですが、貴女が死なない“運命”もあったかもしれない。 過去を変え本来の歴史とは違う歴史を作る。 つまりパラレルワールドの始まりです」

 

「……何が仰りたいのですか?」

 

「“歴史修正主義者”達はその“パラレルワールド”を作ろうとしているのです。 つまりは、貴女が“死なない”歴史です。 しかし、我々政府はそれを良しとはしません。 そこで、貴女に過去へ飛んでいただきそれを阻止して欲しいのです――――“審神者”として」

 

「審神者?」

 

審神者とは本来、古代の神道の祭祀において神託を受け、神意を解釈して伝える者のことである

いわば、“巫”

今でいう、沙紀の事を一般的に“審神者”と呼ぶのだ

 

「貴女ほど、“審神者”に相応しい方はおりますまい! 現代の神の代弁者、“神凪”殿」

 

「……つまり、わたくしに過去へ飛び“歴史修正主義者”を止めると仰るのですか? 生憎と、わたくしに“彼ら”と“戦う”力はありません」

 

沙紀がそう言い切ると、小野瀬は微かにその口元に笑みを浮かべた

 

「果たして本当にそうでしょうか? 貴女は“神代三剣”という三振の神剣をお持ちでしょうに」

 

ざわりと、周りの巫覡がざわめいた

沙紀が微かに眉を寄せる

 

「……仰る意味が分かりかねます」

 

あえてそう言うと、小野瀬は声を上げて笑った

 

「おとぼけなさるか。 貴女が“布都御魂剣” “天羽々斬剣” “天叢雲剣”の三振を所持しているのは、業界では有名な話ですよ。 まぁいいでしょう“戦う”のは貴女ではありません。 貴女は彼らを具現化し指揮を取ればいい」

 

「………彼ら?」

 

「ええ…“あれ”を持て」

 

小野瀬がそう言うと、小野瀬の後ろに控えていた男が何やら布に隠された長い品を持って来た

 

「これをご覧ください」

 

そう言ってその布を取る

そこには、一振りの刀があった

 

「それは―――――」

 

「安土桃山時代の刀工・堀川国広作中の刀の中で最高傑作として名高い一振りです」

 

「山姥切国広……国の重要文化財と記憶しておりますが…」

 

山姥切国広といえば、国広が作成した「山姥切」の写しである

しかし、その出来があまりにも素晴らしかった為、元の「山姥切」にまで国広に銘を入れさせているほどだ

 

「ええ…しかし、個人所有の品ですからお借りするにはこれが一番簡単だったのですよ。 本来ならば、三日月宗近や鶴丸国永、一期一振あたりをお借りしたかったのですが…生憎と、手続きに時間が掛かり過ぎますからね」

 

三日月宗近・鶴丸国永・一期一振

どれも名刀と名高い一振りだ

だが、二振りは皇室・一振りは東京国立博物館に所蔵されている

 

しかし、この刀をどうしろというのだ

この刀を持って戦えというのだろうか?

いや、それならば神剣を持つ沙紀にあえて別の刀を提示したりしないだろう

 

では、何故?

沙紀には小野瀬の意図が読めなかった

だが、小野瀬はそれも熟知していたかのように、その山姥切国広を持つと沙紀の前に差し出した

 

「“神凪”殿は“付喪神”を信じられますかな?」

 

「“付喪神”…ですか?」

 

付喪神とはその“物”自体に宿る神の事で、長い年月を経て古くなった品や、長く生きた“依り代”に、神や霊魂などが宿ったものの総称を指す

全ての“物”には神が宿っている

 

木や草花、道具や生き物

全てに神は宿る

 

勿論、この刀にも”神“は宿っているのだ

 

「“神凪”殿には刀剣に宿る“付喪神”を具現化して頂きたい。 我々の言う“審神者”とは、眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる技を持つ者を指します」

 

まさか……

 

「刀剣の“付喪神”に戦わせる…と?」

 

「そうです。 与える“霊力(ちから)”が強ければ強い程、“彼ら”は強靭な肉体と身体を顕現する事が出来るでしょう。 この日本で一番の“霊力(ちから)”のある者―――それは“神凪“殿以外におりますまい。 彼らと共に過去へ飛び、”歴史修正主義者“を止めて頂きたい!」

 

「……………」

 

沙紀は一度だけその躑躅色の目を伏せ

 

「このお話……」

 

 

 

 

           「お断りいたします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説明で終わったwww

説明長っ!! とか、思ったりww

 

歴史改変って説明するの大変やなー

しかも、お話断るし えへ(´∀`)

 

やっと刀剣の名前だけでましたよー(ΦωΦ)フフフ…

2015/06/16