華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 序ノ章 ”審神者” 3

 

 

沙紀は日課の課題を終わらせた後、ぼんやりと庭を眺めていた

 

小野瀬は、沙紀の一言で「そうですか」とあっさり引き下がった

あまりにもあっさり過ぎて不気味なほどだった

 

それから一週間、特に音沙汰は無い

いつもと変わらない日常

 

外の出る事もなく、部屋で大人しくしている日々

つまらない日常が続くと思っていた

断っておきながら、本当は小野瀬の話に少し興味があった

何よりも、この“囲い”の外へと行ける事への興味が大きかった

でも、何かが引っかかった

 

この話は“受けてはいけない”と、沙紀の中の何かが囁いた

受ければ、後戻りは出来ない―――――と

 

ふと、脳裏にあの夢の桜の木の下にいた美しい青年が過ぎる

何故、その青年が過ぎったのかは分からない

分からないが、何故か夢とこの話は繋がっている様な気がした

 

青年は言っていた

 

『来てはならぬ』――――――と

 

それは、あの世界へ?

それとも、過去へ?

 

 

あの青年は、過去の人なのだろうか……?

 

ふと、小野瀬が置いて行った山姥切国広が目に入った

何故か、置いて行かれてしまった

 

「きっと必要になるでしょう」と意味深な言葉を残して

 

沙紀はそっと山姥切国広に触れてみた

美しい刀剣だった

とても、これが「写し」とは思えない

 

これを具現化する……?

それは、どのような形で現れるのだろうか…

でも、どのような形でもきっと美しいに違いない

 

ふぅ…と小さく息を吐くと、沙紀は山姥切国広に布を掛けた

その時だった

 

「こんにちは」

 

「え……?」

 

一瞬、何かの声が聴こえた

沙紀が慌てて振り返る

 

辺りを見回してみるが、誰もいなかった

 

「気の…せい……?」

 

今、この部屋には自分しかいない筈だ

基本、巫女たちも食事と就寝の時ぐらいしか訪ねてこない

何よりも先触れも無しに誰かが来る事などあり得ない

 

だが、確かに声が――――……

 

もう一度辺りを見回す

その時だった 柱の向こう側に何か動く気配があった

 

沙紀は立ち上がると、そっと柱の陰に隠れているであろうそれを覗き見た

 

ひょこん

 

ふわふわの白いしっぽの様なものがひとつ

 

「……………」

 

そこにいたのは、顔に赤い模様のある小さな……

 

「たぬき?」

 

「きつねです!!!」

 

それが喋った

沙紀は、その躑躅色の瞳を瞬かせて、まじまじとその白いきつね?を見た

 

「お前…付喪神ね」

 

沙紀の言葉に、そのきつね?は笑った

 

「流石は、主さま。 はい、わたしはこんのすけと言います」

 

そう言って、こんのすけと名乗ったきつねの付喪神が白い尻尾を振った

その姿が愛らしくて思わず気を許してしまいそうになるが、今こんのすけは何と言ったか…

 

「主…さま?」

 

沙紀が聞きなおすと、こんのすけは「はい」と笑いながら答えた

 

「貴女様は、わたしの主さまです。 審神者様の補佐をするのがわたしの役目でございます!」

 

「……審神者って……」

 

それは、一週間前小野瀬が言っていた事ではないだろうか?

確かに、はっきりとその件に関しては断った筈だ

なのに、なぜこのきつねは自分を「主さま」と呼ぶのだろうか?

 

沙紀は少し戸惑いながら、こんのすけに優しく語りかけた

 

「えっと…こんのすけ? 申し訳ないのですけど…私は審神者になる件はお断りしたのですよ? ですから、あなたの“主”ではないの」

 

諭す様にそう語りかけると

こんのすけは、その小さな顔をぷるぷると振った

 

「いいえ、貴女様はわたしの主さまです」

 

これは困った…

どうやら、こんのすけは完全に沙紀の事を「主」と思ってしまっているらしい

 

話しが通っていないのかしら…?

 

沙紀が困った様に、考えあぐねている時だった

突然、こんのすけがピンッと背筋を伸ばしたかと思うと

 

「主さま! 敵です!! お気を付け下さい!!」

 

「え?」

 

敵……?

 

こんのすけの言う意味が分からない

敵とは何を指しているのか

と思った刹那だった

 

 

 

 

 

  ドオオオオン

 

 

 

 

突然、屋根の方から轟音が響いた

「え!?」

 

流石の沙紀もそれには慌てて立ち上がろうとした

が、こんのすけが朱の袴を引っ張った

 

「立ち上がってはなりませぬ、主さま! あぶのうございます!!」

 

言われて、慌てて身を縮める

瞬間、ドゴオオンという音と共に、屋根の上から何かが突き破って降りてきた

 

「な……っ」

 

そこにいたのは異形の姿をした“化け物”だった

 

「“歴史修正主義者”が放った刺客です!! 主さま、刀剣の具現化を!!」

 

「え…で、でも……っ」

 

具現化と言われても分からない

そもそも、具現化する刀剣がここにはない

 

いや、ある

小野瀬が置いて行った、山姥切国広が

 

だがあれは国の重要文化財

下手に扱えば、大変な事になる

 

どうすれば――――――

 

そう思うも、“化け物”は待ってはくれなかった

ボロボロに刃こぼれした刀を構えると、一気に沙紀めがけて斬りかかって来た

 

「主さま!!」

 

こんのすけが叫ぶ

 

間一髪でそれを横に避ける

だが、“化け物”は荒い息を吐くと、ギラリと赤い瞳を沙紀に向けた

完全に、沙紀を殺す気なのだ

 

仕方…ない

 

「こんのすけ、下がっていてください」

 

「主さま!?」

 

こんのすけが叫ぶのと、沙紀が手を合わせるのは同時だった

 

「顕現せよ! 天羽々斬剣!!」

 

沙紀がそう叫んだ瞬間、沙紀の手の中から三剣のひとつ“天羽々斬剣”が姿を現した

それは、神々しいまでに美しい剣だった

 

刹那、沙紀が天羽々斬剣を横へ薙ぎ払った

“化け物”が人の声とは思えない様な叫び声をあげる

 

だが、浅かった

致命傷にはならない

 

沙紀は、天羽々斬剣を横に構えると、“化け物”を睨んだ

“化け物”が警戒した様に唸る

 

どうする……?

 

沙紀はごくりと息を飲み、考えた

きっとこれは闇落ちした人間だ もしかしたら付喪神かもしれない

 

元に戻せれば……

 

そう思うも、方法が分からない

沙紀が悩んでいるのに気付いたのか、“化け物”がオオオオオオオと叫び声を上げた

瞬間、物凄い速さで沙紀に襲い掛かって来たのだ

 

慌てて天羽々斬剣を構えるが間に合わない

 

ギイイイイン!!!

 

「くっ……」

 

刃と刃がぶつかり合った瞬間、力で勝てるわけがなく

沙紀は後方に吹っ飛んだ

 

「主さまぁ!!」

 

こんのすけの叫び声が木霊する

 

壁に叩きつけられる……!

そう思った時だった

 

とんっと、何かに支えられた

 

「え……」

 

一瞬何が起きたのか分からず、沙紀がその躑躅色の瞳を瞬かせる

その時だった

 

「あ~あ、ったく、こういう時は俺を呼べよ。 こんなんで驚かされても俺は嬉しくないぜ?」

 

「え……りん…さ、ん……?」

 

そう―――沙紀を支えたのは、あの銀髪の青年だった

何故―――――と思うと同時に、“化け物”が襲い掛かってくるのが見え、慌てて青年を庇うように手を伸ばす

 

「りんさん! 危な―――――っ」

 

「バカ、庇う相手が違うだろうが!」

 

そう言うが早いか、青年はぐいっと沙紀の肩を抱き寄せるとそのまま自分の背に回した

瞬間、腰にはいていた刀を抜く

 

ギイイイン!!

 

刀と刀がぶつかり合い、けたたましい音が部屋中に響き渡る

刹那、青年の刀が“化け物”を一刀両断にした

 

“化け物”が声にならない叫び声を上げる

そして、そのまま煙のように消えたのだ

 

「りんさん……」

 

「沙紀、怪我はないか?」

 

彼の言葉に、沙紀はこくりと頷いた

 

青年が来てくれた

その事が嬉しくて、沙紀は今にも泣きそうになった

 

だが、青年は緊張した面持ちで辺りを見渡した

 

「安心するのはまだ早いぜ、敵さんのお出ましだ」

 

「え……」

 

青年がそう言うのと、こんのすけが「来ます!!」

と言うのは同時だった

 

瞬間、あの“化け物”と同じ異形の者がザンッという音と共に、庭に十数体現れた

それを見た青年は「ちっ」と舌打ちをして

 

「ざっと数えて十五体か…もう一人いればな……」

 

そう言って、ちらりと沙紀の部屋を見渡した

 

「あの、私が―――――」

 

沙紀が戦うと言おうとした瞬間、それは青年によって止められた

 

「駄目だ! 沙紀を危険な目には合わせる訳にはいかねえ!」

 

「でも……」

 

一人で十五体を相手にするなんて無謀だ

いくら、青年が強くとも限度がある

しかも相手は、こちらを殺す事に躊躇いが無い

 

沙紀は慌てて部屋の奥のあれを見た

あの刀を具現化させれば――――――……

 

でも、人型にするのにどうすればいいのか分からない

だが、このままでは青年まで傷付いてしまう

そんなのは嫌だった

 

一か八か

 

沙紀は、青年の背後から部屋の隅に置いていた山姥切国広の元に走った

 

「沙紀!?」

 

青年がはっとして振り返る

だが、沙紀には構っている余裕はなかった

 

要は、顕現させればいいのだ

小野瀬は何と言っていたか、“霊力(ちから)”を与えると言っていた

それは、沙紀が“神代三剣”を顕現するのに似ていた

沙紀は、山姥切国広から布を外すとその刃に触れた

そして、一気にその手に“霊力(ちから)”を送り込む

 

「顕現せよ、山姥切国広!!」

 

その瞬間、それは起こった

刀の在った場所に、ボロ布を纏った金の髪に碧色の瞳をした美しい青年が姿を現したのだ

そして、その手には依り代となった山姥切国広が握られていた

 

この時、沙紀は間抜けな顔をしていたかもしれない

まさか、本当に人の姿で現れるとは―――――……

 

「山姥切…国広…さん?」

 

恐る恐るそう尋ねると、金髪の青年は沙紀を見るなり一言

 

「あんたが、俺を呼び起こしたのか?」

 

「………………」

 

沙紀が茫然としていると、それを不快に思ったのか

 

「山姥切国広だ。……何だその目は。 俺が写しだというのが気になると?」

 

山姥切国広と名乗った青年は、そう言いながら顔を顰めた

その言葉に、沙紀は小さく首を振った

 

「いえ、少し驚いているだけです……」

 

まさか、刀が本当に具現化…しかも人型で現れるなど――――誰が予想しただろうか

 

その時だった

 

「沙紀!!!」

 

青年の声が響いた

 

はっとして振り返ると、“化け物”の1体が青年の間をすり抜けて、こちらへ向かって来ていた

沙紀が慌てて天羽々斬剣を構える

が、山姥切国広がすかさず前に躍り出ると、その“化け物”を斬り捨てた

 

「……なんだここは…。 敵に囲まれている」

 

辺りを見渡して、そう呟くと青年の方を見る

それを見た瞬間、大きく碧色の目を見開く

 

「あんたは――――」

 

それを青年が切った

 

「話は後だ! 先にこいつらを片付けるぜ!! 手伝え、山姥切!!」

 

その呼び名に不服だったのか、山姥切国広は少しだけむっとして

 

「化け物切りの刀そのものならともかく、写しに霊力を期待してどうするんだ?」

 

そう言って、青年の横に立って刀を構えた

 

「へぇ、そう呼ばれるのはお気に召さないかい?」

 

「山姥切は、俺の名前じゃない。 元の刀の名前だ」

 

その言葉に、青年がニッと笑った

 

「そうかよ、なら国広だな」

 

「そういうあんたは…何でこんな所にいるんだ? あんたもあいつに呼び出されたのか?」

 

そう言って後ろにいる沙紀をちらりと見る

すると青年は、「さぁね。 あっさりばらしちゃ驚きがないだろう?」と答えた

 

「それより今は目の前の敵を倒す事に集中するんだな! 言っておくが、沙紀に傷一つ付けたらお前とはいえへし折るからな!!」

 

「ふんっ、言っているがいい。 相手がなんだろうが知ったことか、要は斬ればいいんだろ」

 

そう言って、刀を構える

そこからは乱戦だった

だが、2人になった事で圧倒的に数で勝っていた“化け物”達が次々に煙に還る

 

気が付けば、その場には青年と山姥切国広とこんのすけ

そして、沙紀の姿しかなくなっていた

 

青年が当たりをもう一度見渡した後、持っていた刀を仕舞うと沙紀に駆け寄ってきた

 

「沙紀! 怪我はないか!?」

 

「え、ええ…ありがとうございます…お二人とも…」

 

沙紀一人では死んでいただろう

かけつけてくれた青年にも、顕現してくれた山姥切国広にも感謝の言葉しか思い浮かばなかった

 

ほっとしたのもつかの間、突然青年に抱きしめられた

ぎょっとしたのは、沙紀だ目の前に、山姥切国広もいるというのにまさか、抱きしめられるとは誰が思っただろうか

 

「あ、ああ、あの、りんさんっ」

 

たまらず、沙紀が叫んだ

それではっとしたのか、青年が「悪い…」と言いながら、やっと解放してくれた

 

「お前が襲われてるって聞いて、生きた心地がしなかったぜ」

 

「りんさん……」

 

それで飛んできてくれたのか

ぎゅっと胸が締め付けられる思いだ

 

たまらず、沙紀はりんにしがみ付いた

 

「沙紀?」

 

沙紀からの行為に青年が声を洩らす

それでも、沙紀はぎゅっと青年にしがみ付いた

 

「ばか、お前が危険な目に合ってたら助けてやるに決まってるだろう」

 

そう言って、沙紀の頭を撫でる

その言葉に泣きそうになりながら、沙紀はこくこくと頷いた

 

「あり、が、とう…ござい、ま、す……」

 

ボロボロと泣きだす沙紀に、青年がそっとその涙を拭ってやる

 

「ばか、泣くな」

 

「だって……」

 

恐かった

恐かったのだ

 

青年が来くれなかったら…生きた心地がしなかった

そんな二人を山姥切国広は言い辛そうに口を開いた

 

「取り込み中悪いんだが……なんであんたがここにいるんだ? あんた、鶴丸国永だろう? 今は皇室の所蔵じゃなかったのか?」

 

 

 

「え………」

 

 

 

その言葉に驚いたのは、青年ではなく沙紀だった

 

鶴丸国永って……

 

言われて青年を見る

 

「りん…さん?」

 

すると、青年は言い辛そうに「あー」と声を洩らすと

 

「黙ってて悪かったな。 俺は人じゃない、刀―――付喪神なんだ。 銘は国永、号は鶴丸。 皇室の御物扱いされてる鶴丸国永。 それが俺の本当の名だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに、刀剣男士が出てきましたー

初期刀でまんばでっす

 

でも、実はその前に既に顕現してたっていうなww

やっと、りんさん=鶴という図式が書けましたww

正体は鶴でしたw バレバレ?( ̄ー ̄) 

 

2015/06/16