華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 序ノ章 ”審神者” 15 

 

 

 

 

『歴史修正主義者の刺客と戦闘に赴く際は、私も同行します。 それが条件です』

 

沙紀から出された”条件“に小野瀬も鶴丸も大きく目を見開いた

今、彼女は何と言ったか…?

 

戦場に”同行する“

そう言ったのだ

 

俄かには信じがたいその言葉に、小野瀬は苦笑いを浮かべた

 

「えっと、“審神者”殿? 別に同行しなくとも、刀剣男士達はちゃんとやってくれると思うよ? 傍にいないと力を与えられない訳でもないし……」

 

「そういう意味で言っているのではありません。 分かっていらっしゃるのに、何故はぐらかすのですか?」

 

「それは……」

 

これは困った

まさか、こんな条件を提示してくるなど…誰が思っただろうか

 

現に今まで“審神者”になった者は他にもいるが…

こんな条件を提示してきた者など誰一人いない

実際、今”審神者“として動いている者も戦場には同行していない

 

だが、沙紀は違った

戦場に同行すると言っているのだ

一番、護られるべき存在の“審神者”が

 

小野瀬が困った様に顔を顰めている時だった

案の定、鶴丸が黙っていなかった

 

 

 

「駄目だ!!!」

 

 

 

そう叫ぶと、ずかずかと沙紀の傍までやってきてその肩を掴んだ

 

「沙紀!! お前、言っている事の意味分かってるのか!? 歴史修正主義者との戦いに同行なんて危ない目合わせられる訳ないだろ!!!!!」

 

「それでも……っ!!!」

 

「それでも……皆様だけが傷つくなんて……」

 

つぅ…と、沙紀の躑躅色の瞳から涙が零れ落ちた

 

「いや…です……っ」

 

そう言って、どんっと鶴丸の胸を叩いた

 

「……っ」と、鶴丸が思わず息を飲む

 

「私は……っ! 私には、戦う力があるのに……っ、それを見ているだけだなんて――――不安なまま帰りを待つだけなんて……そんなの、い、や……っ」

 

どんっと、また鶴丸の胸を叩いた

 

「沙紀……」

 

「りんさん……お願い――――……私は……」

 

そう言って、ぽろぽろと涙を流した

その涙をそっと鶴丸が指で拭う

 

「馬鹿、泣くな……」

 

「泣いて…、ま、せん……っ」

 

そう言いながら沙紀が涙を流す

 

心配してくれている―――――………

それが痛い程伝わって来た

 

別に、鶴丸達が負けるとか弱いとか、思っている訳ではなく

ただ、純粋に心配なのだ

 

歴史修正主義者の放つ刺客がどの程度かは分からない

実際、鶴丸も戦ったのはあの一度きりだ

だが、それでも沙紀は痛感したのだろう

 

一筋縄ではいかない相手だと――――……

 

自分達は刀だ

それなのに、彼女は――――……

 

「……………沙紀」

 

彼女が愛おしい

この腕に抱きしめて離したくなくなってしまう

 

その時だった

それまで黙っていた燭台切と一期一振も口を開いた

 

「僕も反対だな。 やっぱり危険すぎるよ」

 

「そうですね…歴史修正主義者の刺客がどの程度かも定かではありませんし………」

 

そう言って、沙紀の元にやってくる

その言葉に、沙紀が小さくうな垂れた

 

「皆さん、反対なのですね……」

 

そう言って、その小さな肩を落とす

それを見た燭台切が慌てて駆け寄った

 

「ああ…そんなに気を落とさないで!  別に、絶対に反対って訳じゃないから」

 

そう言って、沙紀をなだめる様に肩を叩く

 

「ただ、やっぱり鶴さんの言う通り危険だからさ…沙紀くんが僕達を気遣ってくれるのと同じで、僕達も君に傷付いて欲しくないんだ」

 

「それに、心配なのは貴女だけではありません。 貴女が私達を心配してくれる様に、私達も”貴女“が心配なのです」

 

その言葉に、はっと沙紀が息を飲んだ

だが、きゅっと唇を噛み締めると

 

「それでも――――――っ、それでも…一緒に行きたいと言ったらご迷惑ですか?」

 

三人が困った様に顔を見合す

 

ああ…私、皆を困らせているのだわ……

 

それでも、これだけは譲れなかった

どうしても…どうしても、譲る訳にはいかなかったのだ

 

「お願い―――――っ。 足手まといにはなりませんので……」

 

懇願する様にそう願い出る沙紀に、鶴丸達三人がいよいよ困った様に顔を見合わせた時だった

 

「別に、連れて行ってやればいいだろう」

 

「え………」

 

はっとしてその声のした方を見ると、山姥切国広が溜息を洩らしながらそうぼやいた

山姥切国広のその言葉に、鶴丸が溜息を洩らしながら

 

「身勝手な事言うなよ国広。 万が一があったらどうするんだ」

 

「……万が一? そんなもの、あんた達がついているのにか?」

 

山姥切国広のその言葉に、鶴丸達が はっとする

だが、山姥切国広は立ち上がりながら続けた

 

「仮にもあんた達は、名をはせた名剣・名刀…だろ? 揃いも揃ってこいつ一人護るのに、自信がないのか?」

 

そう言って、そっと沙紀の背に触れる

その瞬間、沙紀が山姥切国広を見る

 

それを見た、鶴丸や燭台切が息を飲むのが分かった

煽っているのだ

それがはっきりとわかり、次第に鶴丸や燭台切の表情が険しくなっていく

 

「言うじゃないか、国広。 俺達じゃあ沙紀を護れないって?」

 

「生憎と、そこまで腕が落ちた覚えはないけどね」

 

そう言って、鶴丸や燭台切が笑みを浮かべる

それを見ていた一期一振は、はらはらとしながら

 

「あの、皆様。 今は争っている場合では――――……」

 

そう言い掛けた時だった、不意に大倶利伽羅が立ち上がり

 

「おい、いつまでくだらない事を言ってるんだ。 そいつがついて来ようが、来まいがどうでもいいだろうが」

 

その言葉に反発したのは、他ならぬ鶴丸だった

 

「どうでもよくないさ。 沙紀が危険にさらされるかどうかの問題なんだぞ?」

 

「そうだよ、加羅ちゃん。 加羅ちゃんだって沙紀くんが傷つくのは嫌だろう?」

 

その言葉に、大倶利伽羅がかっと赤くなりながら

 

「なっ……! お、俺は別にそいつがどうなろうとどうでも――――っ!!」

 

 

 

 

 

「…………っ、止めて下さい!!」

 

 

 

 

 

その時だった

沙紀が叫んだ

 

はっと皆が我に返る

沙紀は泣きそうになりながら、それでもそれを堪える様に拳を握りしめた

 

「止めて下さい……っ。 私は……皆さんが護って下さるように、私も皆さんをお護りしたいのですっ! 一緒に戦っていきたいのですっ。 護られているだけの存在なんて…嫌なのです!! それも…駄目…です、か……っ」

 

最後はもう言葉にはならなかった

我慢していた筈の涙が零れ落ちる

 

その言葉に、誰もが言葉を失った

自分達が彼女を護りたいと思うのと同じように、彼女も自分達を護りたいと思ってくれているのだ

 

それが痛い程伝わって来た

もう、「駄目だ」と言う事が出来なくなるくらいに――――……

 

拝殿の中がしん…静まり返る

誰しもが言葉を発するのを躊躇った

 

その時だった

突然、ぱんぱんっと手を叩く音が部屋中に響いた

 

はっとして音のした方を見ると、小野瀬が笑いながら手を叩いていた

 

「はいはい、そこまでー」

 

そう言って立ち上がる

 

「小野瀬……」

 

空気を読んだのか読んでないのか分からない小野瀬の対応に鶴丸が顔を顰める

だが小野瀬は気にした様子もなく、そのまま沙紀の元へ近づくと

 

「“審神者”殿の条件、飲みましょう」

 

突然、そう言いだした

 

「小野瀬!!!!」

 

鶴丸が叫んだのは言うまでもない

だが、小野瀬は気にした様子もなく

 

「それが双方の”向上”に繋がるならその方がいいでしょう。 僕はそう判断したけどな、君達は違うのかい? 彼女は護り護られるだけの存在じゃない…それは重々分かっているとは思うけど…? 少なくとも僕よりはね」

 

「それは……っ」

 

小野瀬のその言葉に、鶴丸が言葉を詰まらせる

 

分かっている

沙紀はただ護られるだけのお姫様ではない

彼女の強い意思と力を考えるならば、彼女の意思を尊重するべきだ

そんなこと小野瀬に言われるまでもなく分かっている

 

分かってはいるが、心が追いつかない

沙紀を傷つけたくない 傷付いて欲しくない

出来る事ならば、自分の手でずっと護っていきたい

 

“人の心”とはかくも厄介な物だと思い知らされる

刀だった時には感じなったものが溢れかえっている

分かっていても、制御が効かない

 

「俺は………」

 

鶴丸が言葉を発しようとした時だった

 

「あーはいはい、鶴丸君の気持ちはよ~く分かってるから!」

 

そう言って小野瀬が鶴丸の肩にがしっと腕を回すと、ぽんぽんと頭を叩いた

 

「お、おい! 小野瀬!!」

 

子ども扱いする様な対応に、鶴丸が叫ぶが小野瀬は気にした様子もなくそのまま沙紀の前まで来ると

 

「ねぇ、”審神者“殿? ”審神者“殿は別に邪魔したい訳でも足手まといになりたい訳でもないんだろう? ただ、彼らと共に戦いたい―――それだけなんだろ?」

 

「………はい」

 

小さく頷く沙紀に、鶴丸がはっとする

 

「沙紀……」

 

「………りんさんや、皆さんが反対するのも理解しています。 無理な事を承知で言っているのも分かっています。 それでも―――皆さんの力になりたいのです」

 

少しでもいい

ほんの少しでも、彼らの力になれたら――――……

 

彼女のその思いが痛い程伝わって来た

 

「ばか、やろう……」

 

鶴丸がその金色の瞳を細めてそう呟いた

 

安全な所にいられるのに

危険のない場所で待つことが出来るのに

 

彼女はそれを望んでいない

自分達と同じ 危険と隣り合わせの場所で共に戦いたいという

力になりたいと――――……

 

沙紀にそう懇願されて断れるほど、鶴丸は強くは無かった

その時、燭台切がぽんっと鶴丸の肩を叩いた

 

「どうやら僕達の負けだよ、鶴さん」

 

「光忠………」

 

「姫のお願いこれ以上無下に出来ないでしょ? 特に、鶴さんは」

 

「……う…、痛いとこ突いてくるなぁ……」

 

そう言って、鶴丸は はぁ…と息を吐くと頭をかいた

 

「ったく……」

 

そうぼやいて、すっと手を伸ばすと突然 沙紀の額を弾いた

 

「!?」

 

いきなり額を弾かれて、沙紀がその躑躅色の瞳を瞬かせる

 

「あ、あの……?」

 

きょとんとしたままその目をぱちくりさせる沙紀に鶴丸はふっと笑みを浮かべ

 

「お前は…ほんと昔からこうっと言い出したらきかないからな……」

 

「りんさん……?」

 

鶴丸が何を言いたいのか分からないのか、沙紀が首を傾げると鶴丸は優しげにその瞳を細め

 

「約束…したもんな。 “護ってやる”って」

 

「あ……」

 

昨日の鶴丸の言葉が蘇る

 

 

 

『俺が沙紀を護ってやる。 どんな危険からも、いや…全ての事からお前を護ってやる。 だから、沙紀は安心して自分のやるべき事をすればいい』

 

 

 

そう言ってくれた

その言葉が今になって身に染みてくる

 

「護ってやるよ。 どんな危険からも、全ての事からお前を護ってやる」

 

あの時と同じ言葉

でも、今日は―――――……

 

「私も…護ります。 りんさんや皆さんを……この“力“はきっとその為に授かったのだと思います。 だから――――」

 

そこまで言い掛けた時だった、ふと燭台切が人差し指を口に当て

 

「その先は僕達の台詞だよ? 女の子にこれ以上言われたら恰好つかないからね」

 

そう言って、軽く片目を閉じる

その様子が可笑しくて、沙紀はくすっと笑ってしまった

 

「沙紀くん、僕達は君が危険にさらされそうになったら何を押しても最優先で護るよ。 だから、君も無理はしない! 約束、出来るよね?」

 

「光忠の言う通りだ。 俺や光忠にとってはお前が最優先だから…その事を忘れないでくれ」

 

「でも……」

 

二人の言葉に沙紀が少し困った様な仕草をみせたが、それを許す鶴丸達ではなかった

 

「沙紀~? 約束出来ないなら、この話は無しだからな!」

 

「そ、それは困ります……」

 

「だったら、守れるよね? 約束」

 

追い打ちを掛ける様に燭台切が念を押してくる

もう沙紀は「はい…」と言うしかなかった

 

その時だった

それまで黙っていた山姥切国広が溜息を洩らしながらぼやいた

 

「俺は、あんたがそう望むならそれに従うまでだ……あんたを護るのは俺の役目だからな…」

 

「山姥切さん……」

 

そう言って、視線を反らす

それを見た鶴丸はにやりと笑みを浮かべ、がしっと山姥切国広の肩に腕を掛けた

 

「ほぉ~? 俺を目の前にして言う様になったじゃないか、国広」

 

「……っ、俺は、別に……」

 

山姥切国広が、眉間にしわを寄せる

それを見た、燭台切や一期一振が笑い出した

 

「山姥切くん、勇気あるね。 流石の僕も鶴さん目の前にしてそれを言う勇気はないなぁ」

 

「山姥切殿は、きっと正直なんですよ。 気持ちだけなら私も同じですから」

 

さりげなくそう言ってにっこりと笑う一期一振を、鶴丸と燭台切が食えない奴だと思ったのは言うまでもない

 

「さ~て、話はまとまったかな?」

 

不意に、小野瀬がぱんっともう一度手を叩いてそう言った

 

「話がまとまったなら進めてもいいかな?」

 

そう言って、遠巻きに輪に入らない様にしていた大倶利伽羅の肩をぐいっと叩く

 

「お、おい!」

 

突然の小野瀬からの行為に、大倶利伽羅が抗議の声を上げるがスルーされる

小野瀬は、そのまま全員を見渡すと

 

「君達には、明日にでも僕達の用意した“本丸”に移転してもらう」

 

「え……」

 

その言葉に、全員が目を瞬かせた

明日とは、また急な話だ

 

「悪いけど、あんまり悠長な事していられる時間ないんだよね。 こうしている間にも、時間遡行軍は歴史を改変する為に動いている訳だから」

 

「……時間遡行軍?」

 

「ああ…歴史修正主義者の放つ刺客の事を僕達は“時間遡行軍”と呼んでいるんだよ。 そいつらが、歴史を改変…つまりその為に“原因”を“取り除く”のを防ぐのが目的だ。 君達にはその為に戦ってもらう」

 

小野瀬の言い方はやんわり言っていたが、簡潔に言うと“原因”となる“障害となる者”を“殺させない”様にするのが目的となる

 

事の深刻さに、沙紀はごくりと息を飲んだ

微かに手が震える

 

その時だった、不意にその手に触れる感触があった

 

はっとすると、鶴丸が優しげに微笑みながらその手を握ってくれていた

 

「大丈夫だ、俺達がいる」

 

「………はい」

不思議だった

鶴丸にそう言われると、何故だか安心出来た

 

この人達となら大丈夫――――

そう思えた

 

「まぁ、君達なら大丈夫でしょ! 最初から難しい任務は回ってこないから安心しなさい」

 

そう言って、小野瀬が笑う

そして――――………

 

 

 

 

          「さぁ、始まりの扉を開けようか」

 

 

 

 

扉は―――開かれた――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ…やっと、ここまで…!つД`)・゚・。・゚゚・*:.。

あと少し! あと少しで序章終わりですよ~~~~~~!!!

 

2016/01/28