華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 序ノ章 ”審神者” 12 

 

そこは、息がつまりそうな位 静寂な空間だった

小野瀬は、その空間の真ん中に立ち静かに目を閉じていた

 

目の前には、数段高い位置に見える空間に三人の人影があった

それらからは、高圧的ともいえる様な威圧感がピリピリと伝わってくるようだった

 

その内の一人が痺れを切らした様に、小野瀬に向かって言い放つ

 

「……それで? 一体、いつになったら神代 沙紀は“審神者”として任に着くのだ、小野瀬よ」

 

その時に、小野瀬は小さく息を吐いた

ゆっくりと瞳を開け、目の前の人物を見る

 

「……近いうちに着任するでしょう」

 

にっこりと微笑みそう答えると、その答えが気に入らなかったのか…

他の二人が問い詰める様に叫んだ

 

「近いうちとはいつだね?」

 

「こちらは、既に五体もの刀をあの娘に渡しているのだぞ!?」

 

「……………

 

「これもそれも、そちがあの娘を押すからだ!! 分かっているのか!!?」

 

「……………」

 

「これで、あの小娘が“審神者”の任を断るなら、そちの責任を問うぞ!!?」

 

「……………」

 

次から次へと…

 

「……煩い」

 

ぽつりと小野瀬の本音が洩れるが

三人とも小野瀬を罵る事で頭が一杯なのか、その事に気付かなかった

 

「聞いているのか! 小野瀬!!」

 

叱咤する様なその声に、小野瀬は小さく息を吐いた

そして、何でもない事の様に

 

「ええ…聞いておりますよ、三老の方々」

 

そう応えると…にっこりと微笑み

 

「ご安心されよ、神代 沙紀は既に“審神者”としての意識を自覚しつつあります。 最早、時間の問題でしょう」

 

小野瀬のその言葉がいまいち信じがたいのか、三老が不審そうに

 

「……それは、まことの話であろうな」

 

「そなたの、思い込みではないのか?」

 

「それならば、何故 神代 沙紀を直ぐに本丸に移送しない」

 

次から次へと、本当に煩い老人どもだった

小野瀬は、また小さく息を吐くと

 

「拠点となる本丸は、現在最終チェックの段階にあります。 ご安心を、彼女はそう遠くない未来、必ず本丸に赴く事になるでしょう」

 

「……だが、あの娘は刀の一人と親しい関係にあるという報告も受けているが?」

 

その言葉に、小野瀬がぴくっと反応する

 

「そうだ、それだけではない! 他の刀とも親しいと聞く! そこの所はどうなのだ!? 間違いがあってからでは済まないのだぞ!!」

 

だんっ! と、何かを叩く音が部屋に響いた

だが、小野瀬は平然としたまま

いや、むしろ面白いものを見たかのように笑い出した

 

それが癪に障ったのか、三老が怒り狂う様に叫んだ

 

「何がおかしい!!!」

 

「やはり何かあるのであろう!!!」

 

三老のその様子がおかしくて、今度こそ小野瀬は声を上げて笑い出した

 

「何か? 何があるというのですか? こちらこそ、それを御三方にお尋ねしたい」

 

「何!?」

 

反発する様なその言葉に、三老の一人が反応する

だが、小野瀬は構う事なく

 

「何の間違いが起きるというのですか? 考え過ぎですよ」

 

そこまで言い切ると、小野瀬はにっこりと微笑み

 

「彼女は、“この私が”選んだ“審神者”ですよ?  間違いなど起きようがありませんね」

 

それだけ言うと、すたすたとその場を後にした

後で叫ぶ三老を無視するかのように――――…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは何度見ても不思議な空間だった

真っ白な雪がしんしんと降る中、満開に咲き乱れる桜の木が沙紀の前で揺れていた

 

そして――――― 一際大きな桜の木の下にいるのは……

 

「あ……」

 

あの人だ…と、沙紀は思った

 

いつも、あそこにいる

三日月の紋の入った蒼い着物を纏った美しい青年

 

そして青年はいつもこういのだ

 

「来てはならぬ――――」

 

 

だが、沙紀にはそれが何を啓示しての言葉なのか、まだ分からなかった

 

今日は、話せるだろうか……

 

そんな事を思いながら、ゆっくりとその青年に近づく

ふと、青年が沙紀の気配に気付いた様に、ゆっくりと振り返った

 

「あ――――………」

 

瞬間、視界に入ったのは青年の美しい三日月色の瞳だった

ゆっくりと、一度だけ青年がその瞳を瞬かせる

そして、静かにそっと自身の唇に指を立てた

 

え……?

 

まるで、静かに――――と言われた様に、沙紀は言葉を失ってしまった

すると、青年はゆっくりと奥の屋敷を眺めた

 

「――――不思議だと思わぬか…?」

 

え……

 

その時、沙紀は初めて青年の声を聞いた様な気がした

そう――――いつもは、頭に響く様に聴こえてきた声が、今――目の前で語りかけてくる

 

「来てはならぬ」

 

そうずっと、言われ続けて来たのに…

今、初めて違う言葉を発したのを聴いた

 

沙紀は言われるまま、青年の見ている屋敷の方を見た

 

雪と桜

決して相容れぬ二つが混同する世界

ありえない世界

 

それが、今、目の前にある

 

「まるで、月と太陽の様だと思わぬか? 俺とそなたの様だな」

 

「え?」

 

私と……?

 

いまいち、青年の例える意味が分からず 沙紀はその躑躅色の瞳を瞬かせた

すると、青年がふっとその口元に笑みを浮かべ

 

「俺は三日月、そなたは太陽……決して相容れぬ代物だ」

 

「……………」

 

それは……

この人は、自分とは絶対に相容れない存在なのだろうか…?

 

そう思うと、何だか少し哀しくなってきた

 

 

拒絶――――

 

 

というのだろうか

そうはっきりと、拒絶の言葉を言われると沙紀自身も沈んだ気持ちになってきた

 

「だが……」

 

その時だった、ふと青年が言葉を続けた

そして、ゆっくりと奥にある屋敷の方を指さす

 

「あそこには、その二つが存在している。 決して相容れないものが存在しているのだ」

 

「…………?」

 

この青年は何を言いたいのか…

沙紀が言われるままに、奥の屋敷を見た

 

相容れない存在

雪と桜

それが混同する世界

 

青年の言う、“その二つ”とは……

それは、あの雪と桜の事なのか…

それとも――――……

 

「あの――――……」

 

沙紀が口を開こうとした時だった

ふと、青年の指が沙紀の美しい黒髪を絡め取った

 

そして、弄ぶ様に自身の指に絡めると、そのままその髪に口付けたのだ

ぎょっとしたのは、沙紀だった

 

しらず、頬が高揚していくのが分かる

 

「あ、ああ、あの……っ」

 

まさか、青年がそういう行動に出るとは思っておらず、沙紀が慌てて口を開こうとした瞬間、しっと青年の長い指が沙紀の唇に触れた

 

「…………っ」

 

思わず、発しようとした言葉を飲み込んでしまう

 

すると青年は柔らかく微笑むと

 

「気にするな、戯れだ」

 

そう一言だけ残すと、すっと沙紀から離れた

そしてそのまま、奥の屋敷の方へと消えて行こうとする

 

 

あ―――……

  行ってしまう―――――

 

 

折角、初めてここまで話せたのに……

“あの人”が“また”が行ってしまう――――……

 

そう思うと、いてもたってもいられなかった

 

「ま…待って……、待って下さいっ……!」

 

慌てて駆け寄ろうとするが、足が縺れて上手く走れない

 

何故だろう……

何故かはわからない

分からないが、“追い掛けなければ―――――”という既視感に襲われた

 

そう、“以前”にも似たような事があった様な気が――――……

 

そう思うのに、それが思い出せない

 

「待って…」

 

 

  行ってしまう

 

「待って下さい……」

 

 

 

  “また”行ってしまう――――……

 

「待っ…て…………」

 

 

  “あの人”が――――………

 

「み………」

 

 

 

 

   『俺か? 俺の名は―――――』

 

 

 

 

 

 

        「三日月……さん………っ!!!」

 

 

 

 

 

 

一瞬、青年がその動きを止めた

そして、ゆっくりと振り返る

その美しい顔に微かに笑みを浮かべると そのまま消えてしまった

 

 

 

  『俺か? 俺の名は―――』

 

 

 

そう…あの人の名前は――――……

沙紀がその場にへたり込む

 

名前は――――……

 

 

「三日月…宗近………さ、ん……」

 

 

 

 

 

 

      『俺の名は―――三日月宗近だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めたら、泣いていた

沙紀は、涙をぬぐうと ゆっくりと身体を起こした

 

どうして、忘れていたのだろう……

 

いつも夢で見ていたあの人

あの人は―――――…………

 

そこまで考えた時だった

不意に、障子戸の向こうから声が聴こえてきた

 

「…………?」

 

不思議に思い、そっと障子戸を開ける

すると、そこには鶴丸が少しばつが悪そうに立っていた

 

「りんさん……?」

 

こんな朝早くから、どうしたというのだろうか…

沙紀が不思議に思っていると、鶴丸はやはり少し困った様に

 

「あー…おはよう、沙紀。 その…少しいいか?」

 

「………?」

 

鶴丸にしては、歯切れの悪い言い方に沙紀はやはり首を傾げた

瞬間、鶴丸が何かに驚いた様な顔をして、慌てて後ろを向いた

 

「………っ、悪い」

 

「え………? あっ…!」

 

言われて沙紀も、自身が寝起き姿だという事に気付き、慌てて後ろを向く

 

「す、すみません! 見苦しい姿をお見せしてしまって……っ」

 

恥ずかしい……っ

よりにもよって、鶴丸に見られるなんて……っ

 

沙紀が顔を真っ赤にしていると、鶴丸も少し困った様に

 

「あ、あーいや、俺も急に来たからな…その…、すまない」

 

「いえ……私こそ……」

 

そう謝られると、何だか居たたまれなくなる

沙紀は、慌てて笑顔を何とかつくると

 

「その、直ぐ支度致しますので…少し待っていてください」

 

「あ、ああ」

 

鶴丸の返事を聞くと、沙紀は慌てて障子戸を閉めた

そして、手早く支度する

 

 

 

 

 

支度し終わると、沙紀は再び障子戸を開けた

 

「お待たせいたしました――――、りんさん……?」

 

おかしなところはないだろうか

そんな事を思いながら開けると、鶴丸はその場にはいなかった

不思議に思い辺りを見回すと、廊下の向こうの縁側に腰掛け庭を見ていた

 

鶴丸がいたことに少しほっとして、もう一度自分の姿を確認する

 

大丈夫…よね?

 

そう思っていると少し悪戯心が湧いて来た

いつも、驚からされているのだから、たまには驚かせてみたいという遊び心だ

 

沙紀はそっと鶴丸に近づくと、気付かれない様にそぉっと手を伸ばす

そして――――……

 

「りんさん」

 

そう名を呼びながら、ぽんっと肩を叩いた

一瞬、鶴丸がびくっと肩を震わせて、慌てて振り返った

 

「あ、ああ…沙紀か……驚い―――――」

 

そこまで言い掛けて、鶴丸は固まった

沙紀はにこっと微笑み

 

「ふふ、驚きましたか?」

 

沙紀のその言葉に、鶴丸は「ああ――…」と大きくその金色の目を見開いたまま答えた

が、沙紀の驚かしに驚いたというよりも、他の事に驚いている様だった

 

「驚いたよ……沙紀、その着物――――」

 

「え?」

 

突然、予想外の反応に沙紀が自身の着ていた着物を見る

それは、白地に鶴と雪の紋様が模られていた着物だった

 

あ――――……

 

それで気付いた

 

あの時、鶴丸に掛けた着物の生地と同じだという事に

あの時と同じ品ではないが、同じ生地で誂え直した品だ

たまたま、近くにあったのを取ったのだが…

 

偶然――――なのか

必然だったのか………

 

「―――懐かしいな。 よく似合っている、綺麗だよ」

 

そう言って、鶴丸が笑った

 

「……………っ」

 

突然の鶴丸からの言葉に、沙紀がどきっとする

なんだが、知らず頬が赤く染まっていく

 

「あ、あの………」

 

沙紀は、火照る頬を押さえながら

 

「り、りんさん……あんまり見ないで下さい…その…恥ずかしい、です」

 

沙紀にそう言われてじっと見つめすぎていた事に気付いたのか、鶴丸がはっとして慌てて視線を反らした

 

「あ、ああ…すまない、つい……」

 

「……………」

 

そういう反応をされると、余計に恥ずかしくなってしまう

黙りこくってしまった沙紀に、鶴丸は言い出しにくそうに

 

「あ―――…その、少し出ないか?」

 

そう声を掛けてきた

鶴丸のその言葉に、沙紀は小さな声で「はい…」と答えたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鶴丸と二人、神宮内の参道を歩く

まだ、朝も早いという事で参拝客も少なく、辺りは静かだった

時折、すれ違った巫女などが頭を下げていくぐらいだ

沙紀の存在自体あまり表沙汰になっていない為、それも少ない

 

不意に、隣を歩く鶴丸の手が沙紀の手に当たった

ぴくんっ と沙紀が反応する

慌てて手を引っ込めようとした瞬間、鶴丸の手が沙紀の手を絡め取った

 

「あ……」

 

そのまま、指を絡められてしまう

 

「……………っ」

 

突然の鶴丸の行動に、沙紀が知らずかぁ…っと 頬を赤く染める

それを見た鶴丸はくすっと笑みを浮かべ

 

「嫌か…?」

 

と、尋ねてきた

鶴丸のその言葉に、沙紀が息を飲む

 

真っ赤になりながら「いえ……そんな事は……」と答えるのが精一杯だった

 

心臓が、早鐘の様に鳴り響いて止まらない

初めて握られた手が、酷く熱い

 

「……あ、あの…っ」

 

たまらず、沙紀が声を上げる

すると、鶴丸は「ん?」と笑みを浮かべながらこちらを見た

 

「あ………」

 

その顔があまりにも優しげで、沙紀はまた言葉を失ってしまった

黙りこくってしまった沙紀に、鶴丸がまた笑う

 

「どうした? 沙紀。 言わなきゃ分からないぞ?」

 

鶴丸がまるで沙紀が言うのを待っている様に、促した

 

「~~~~~~っ」

 

沙紀が何か言いたげに頬を膨らませた

だが、それを見た鶴丸はくすっと笑みを浮かべ

 

「沙紀、そんな可愛い顔したって“逆効果”だぞ?」

 

鶴丸のその言葉に、沙紀が益々頬を赤らめた

 

「も、もう……りんさんが変な事ばっかりするから……」

 

もごもごと、沙紀が口籠りながらそう言うと

鶴丸は、「ははっ」と笑って

 

「なんだ、“へんなこと”って言うのは、これのことか?」

 

と、握っている手をぶらつかせた

 

「そ、それは――――……」

 

沙紀が言い淀むと、鶴丸はくすっと笑みを浮かべ

 

「沙紀は俺とこうするのは嫌か……?」

 

「そ……っ」

 

「ん?」

 

「…そ、そんな事は………」

 

ますます顔を赤らめる沙紀に、鶴丸はやはり笑いながら

 

「そんな事はなんだ? はっきり言わないと分からないぞ?」

 

「~~~~~っ、りんさんの意地悪……っ」

 

沙紀の答えなど分かっているのに聞いてくる

だが、鶴丸はしれっ としたまま

 

「それは仕方ないな、沙紀の反応が可愛過ぎるのがいけないんだ」

 

「な……なに、言って……」

 

鶴丸のその言葉に、沙紀の顔が今までにない位赤くなった

沙紀のその反応に、鶴丸は嬉しそうに微笑む

その顔があまりにも、優しげで…沙紀は恥ずかしさのあまり とうとう俯いてしまった

 

その時だった

ひやりと、頬に冷たい何かが触れた

 

不思議に思い、顔を上げると

空からはらはらと真っ白な雪が降り始めていた

 

「雪か……」

 

鶴丸がぽつりと呟いた

まるで何かを懐かしむ様に――――……

 

「りんさん……?」

 

その様子が、今にも消えそうに見えて沙紀は何とも言えない不安感に襲われた

思わず、握られている手に力が籠る

 

瞬間、不意に鶴丸が空を見上げたまま

 

「あの日も…雪が降っていたな……」

 

「………………」

 

それは、鶴丸と初めて出逢った日を言っているのだろうか……

そう―――あの日も、雪が降っていた 真っ白な雪が

 

「なぁ、沙紀……」

 

「……はい…」

 

 

一瞬、間があった後

 

 

 

 

 

      「………沙紀は、“審神者”になりたいのか…?」

 

 

 

 

 

そう尋ねてきた鶴丸は、どこか寂しそうだった――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに、じじいの名前出てきたww

って、あっれ~~~?知り合い…????(ΦωΦ)フフフ…

 

そして、鶴とは密談回ですという名の、真面目な話が続きます

序章もそろそろ終わりねェ~

 

2015/11/12