華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 序ノ章 ”審神者” 13 

 

 

 

 

『………沙紀は、“審神者”になりたいのか…?』

 

 

ザァ…と風が吹いた

 

心を――――見透かされた気がした

 

“審神者”

政府が持って来た、歴史修正主義者と戦う 付喪神である刀剣男士達の魂を呼び起こす者

 

そんな大役が自分に務まるのか分からない

でも、皆と触れ合い

そして、鶴丸の心を知り――――気持ちが揺らいだ

 

最初は断る気でいた

だが――――

 

「………分かりません」

 

沙紀は素直な気持ちを答えた

嘘は言ってはいけない気がしたから

 

沙紀のその言葉に、鶴丸が一瞬息を飲む

だが、沙紀はそのまま続けた

 

「初めは――――断る気でいました。 とてもそんな大役務まるとは思えませんでしたし…なにより、“受けてはいけない“―――そんな気がしたので…ですが」

 

そこまで言い掛けて沙紀は言葉を飲み込んだ

 

言っていいのか……

言えばきっと鶴丸は自分のせいだと己を責める

 

だが、沙紀が答えを出すよりも先に鶴丸は目を伏せた

 

「俺の…俺達のせいなんだな……」

 

「…………っ、違います!!」

 

鶴丸のその言葉に、沙紀は咄嗟に叫んだ

 

そんな風に思って欲しくない

鶴丸のせいだとか、皆のせいだとか思って欲しくなかった

 

「確かに、“審神者”に興味を持ったきっかけは皆さまでした…でも…それとこれは話が別です! 私は、私の意思で“審神者”の役を引き受けようって思ったのです!!」

 

沙紀のその言葉に、鶴丸が息を飲むのが分かった

そして、少しだけ寂しそうに目を細め

 

「もう――――決めたんだな……」

 

「………はい」

 

そう言葉にして気付いた

 

ああ…そうだ

私は…決めていたのだわ……

 

心の何処かではもう、決めていたのだ

ただ、言葉にするのが怖かっただけ……

 

言葉には力が宿る

それは、言葉にした途端“現実”となる

 

もう――――引き返せない……

 

そう思った

 

「そうか…なら、俺も覚悟を決めるしかないな……」

 

その時だった、鶴丸がふとそうぼやいた

 

「え……?」

 

一瞬、鶴丸が何の事に対して言っているのか分からず 沙紀が首を傾げる

すると、鶴丸は くすっと笑みを浮かべ

 

「決まっているだろう? 沙紀が“審神者”になるなら、俺が傍に居なくてどうする」

 

傍に……?

 

ますます意味が分からず、沙紀がその躑躅色の瞳を瞬かせた

 

「あの…それは、どういう……」

 

意味か――――と、問おうとした瞬間

鶴丸の手がふいに伸びてきたかと思うと、突然 沙紀の額を弾いた

突如、額を指で弾かれた沙紀は、きょとんとしたまま自身の額を押さえる

その様子を見た鶴丸は、ははっと笑いながら

 

「護ってやるって言ってるんだよ」

 

「え……」

 

鶴丸の言葉に、沙紀が大きく目を見開く

すると、鶴丸はふっと笑みを浮かべ

 

「俺が沙紀を護ってやる。 どんな危険からも、いや…全ての事からお前を護ってやる。 だから、沙紀は安心して自分のやるべき事をすればいい」

 

「りんさん…でも……」

 

鶴丸は、小野瀬からの柵から逃れたかったはずだ

それは、痛い程伝わって来ていた

 

なのに、沙紀を護る役目を担う――――即ちそれは、小野瀬の柵の中に居続けるという事に他ならない

 

沙紀が承諾すれば、鶴丸を縛り付けてしまう…

それだけは嫌だった

 

黙りこくってしまった沙紀に、鶴丸が苦笑いを浮かべる

 

「沙紀~? お前 今、余計な事考えているだろう?」

 

鶴丸のその言葉に、思わず沙紀が柄にもなくむっとした

 

「余計な事ではありません!!」

 

そう叫んだ瞬間、涙が零れた

 

大事な事だ

鶴丸には自由にいて欲しい

それのどこが“余計な事”なのだ

 

「私は…っ、私はりんさんを縛る“枷”にはなりたくない!! りんさんには自由に生きて欲しい…っ!! そう思う事の何処が“余計な事”なのですか!! 私は――――っ」

 

その瞬間、沙紀は息が止まるかと思った

突然、鶴丸が沙紀を引き寄せたかと思うと、その腕に抱きしめたのだ

 

「………っ」

 

まさかの行為に、沙紀が息を飲む

驚きのあまり、声すら出ない

 

すると鶴丸は沙紀を抱きしめる手に力を込めた

 

「沙紀……」

 

甘く囁かれ、沙紀の頬が徐々に赤く染まっていく

 

「…………っ り、んさ………あ…」

 

そのまま引き寄せられたかと思うと、唇を重ねられた

突然の口付けに、沙紀がぴくんっと肩を震わす

 

「ん……り、ん…さ……」

 

「沙紀――――……」

 

名を呼ばれ、堪らず沙紀は鶴丸の衣をぎゅっと握りしめた

すると、更に腰を引き寄せられたかと思うと、更に深く口付けられた

 

「あ…ん…………っ」

 

堪らず、声が洩れる

 

沙紀はもう、どうしていいのか分からなかった

頭の中が真っ白になる

何も考えられない――――……

 

ふいに鶴丸がくすっと笑みを浮かべた

 

「悪い、沙紀。 あんまり沙紀が可愛かったから…抑えられなかった」

 

「か、可愛いって…そんな、こ、と……」

 

言われても困る

だが、鶴丸はさも当然の様に

 

「だって、俺の為に泣いてくれたんだろう? 可愛くなくてなんだっていうんだ?」

 

「そ、それは……っ」

 

確かに、思わず泣いてしまったが…

そんな風に言われると、どうしていいのか分からなくなる

すると、鶴丸は優しげに微笑みながら

 

「分かってるよ。 沙紀は俺以外の相手でもきっとそうして涙を流してくれるんだろう? そんな沙紀だから皆お前に惹かれるんだな」

 

え……?

 

「あの…仰る意味がよく…」

 

分からないのだが……

 

本当に分かっていないのか、沙紀が不思議そうに目を瞬かせたものだから、鶴丸は思わず吹き出してしまった

 

突然 笑い出した鶴丸に、沙紀がますます混乱する

一体、鶴丸は何の事を言っているのだろうか…?

 

誰が? 誰を??

 

鶴丸の言う意味がまったく分からない

 

大きな瞳をぱちくりと瞬かせる沙紀に、鶴丸は今度こそ大笑いし出した

 

「あの……?」

 

沙紀が首を傾げると、鶴丸は、「悪い、悪い」と目じりに溜まった涙を拭きながら

 

「はは、自覚ないのか…あいつ等も可哀想になぁ」

 

そう言って、くつくつと笑いながら

沙紀の頭をぽんぽんと撫でた

 

「いいよ、沙紀はそのままで。 沙紀が俺を想ってくれてる事はよ~~く伝わったからよ」

 

鶴丸のその言葉に沙紀が「え…っ!?」と声を上ずらせた

瞬間、言われた意味を理解したのか、かぁーと真っ赤にその頬を染める

 

「あ、ああ、あの……っ、ちがっ……」

 

しどろもどろになりながら弁解しようと口を開くが、上手い言い訳が思い浮かばない

すると、鶴丸は面白いものを見つけたかのように、にやりと笑みを浮かべ

 

「なんだ? 違うのか?」

 

と、聞いてきたものだから 沙紀は慌てて

 

「ち、違わないですけれど…その、お、想っているとか、その…わ、私は……」

 

ああ、何と言ったらいいのだろうか…

違わないから性質が悪い

でも、鶴丸の事をどう想っているかなんて――――知られるのが恥ずかしい

 

沙紀が真っ赤になりながら、おろおろしていると

鶴丸は、くすっと笑みを浮かべ また沙紀の頭をぽんぽんと撫でた

 

「悪い悪い、からかい過ぎたかな」

 

「うう……」

 

からかわれたのだと分かり、沙紀が真っ赤になる

 

「りんさんの…意地悪……」

 

むぅっとしてそうぼやくと、鶴丸はやはり笑いながら

 

「それは仕方ない。 男ってのは昔っから惚れた女は苛めたくなるもんさ」

 

「え……」

 

鶴丸は今なんと言ったか…

ほ、れた……?

 

聞き間違いだろうか?

自分に都合の良い幻聴を聴いたのだろうか…?

 

確認したくとも、それを蒸し返す勇気など沙紀にはなかった

 

そんな沙紀に気付いてか、気付かない振りをしてか

鶴丸は、ふと笑みを浮かべ

 

「沙紀は俺が護るって昔からずっと決めてたんだ。 その役目を易々と他の誰かに譲る気なんてさらさらないからな」

 

「りんさん……」

 

「だから、沙紀が”審神者“になるなら、俺も話しに乗ってやろうじゃないか。 まぁ、小野瀬の思惑通りになるのは少々癪だがな…それよりも、沙紀を護る役目を放棄する方が重大だ」

 

「でも……」

 

鶴丸は自由になりたかった筈だ

その“自由”になれるかもしれないチャンスを棒に振ってまで自分に付いて来てくれるという…

どうして、そこまで――――……

 

その時だった

沈んだ顔をしていたのか…

突然、鶴丸がぽんっと沙紀の頭を撫でた

 

「俺が決めた事だ。 沙紀は何も気にする事はない」

 

「ですが……っ」

 

「それとも、沙紀は俺と一緒にいるのは嫌か…?」

 

「…………っ、そんな事…!!!」

 

そんな事ない

むしろ、一緒に居られると分かって嬉しかった

でも、それは沙紀の個人的な想いだ 鶴丸に押し付けるのは間違っている

 

「………………」

 

だから、沙紀はそれ以上何も言えなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「沙紀が“審神者”になると決めた」

 

鶴丸のその言葉に、その場に居た山姥切国広・一期一振・燭台切光忠・大倶利伽羅が顔を上げた

中でも山姥切国広は驚いた様に、大きくその瞳を見開いた

 

「……あいつが、そう言ったのか?」

 

俄かには信じられないのか…

山姥切国広が訝しげにそう尋ねる

 

それはそうだろう

山姥切国広は、沙紀がこの話を断っていた事を知っている

なのに、受けるというのだ

 

第一、 鶴丸は沙紀が“審神者”になる事に反対していた筈だ

その鶴丸の口から“沙紀が審神者になる”と聞いたのだ

信じろという方がおかしい

 

すると鶴丸は小さく頷き

 

「まぁ、国広が信じられないのも無理はない。 実際、俺も最初は信じがたかったからな。 でも……」

 

「でも……?」

 

一期一振が、そう口を開く

すると、鶴丸は少しだけ寂しそうに笑みを浮かべ

 

「沙紀がそう決めたのなら、俺は沙紀を全力で護る…そう決めたんだ」

 

「……あんたは、それでいいのか?」

 

山姥切国広の問いに、鶴丸は苦笑いを浮かべ

 

「いいもなにも、沙紀の意思は沙紀自身が決めた事だ。 これ以上、外野があれこれいうのもおかしな話だろう?」

 

「それは、そうだが……」

 

それでも納得し難いのか…

山姥切国広は煮え切らない顔をしたまま口を閉ざした

そんな山姥切国広に、鶴丸はやはり苦笑いを浮かべ

 

「まぁ、一番反対していた俺が言うのも何だが…沙紀がな、俺達の事を知りたいと言ってくれたんだ」

 

「え……?」

 

沙紀は言っていた

“審神者”に興味を持ったきっかけは自分達と関わったからだと

それは裏を返せば、自分達を“知りたい”という事に他ならない

その為には、“審神者”になるのが一番いいと判断したのだろう

だから、この話を受けようと思ったに違いない

 

きっと沙紀の中には歴史修正主義者と戦わなければいけない――――という強い意思は無い

むしろそれは結果論であり、沙紀の中ではさほど大きくないだろう

だが、実際 歴史修正主義者はそう甘くない

否応が無しにその渦に飲み込まれるのは必然だった

 

だから、沙紀をその渦から護らなければならない

その為には、鶴丸一人では無理だ

絶対的に、“戦力”が必要だった

 

「だから、お前等にも“覚悟”して欲しい。 沙紀を護る剣となり盾となって欲しい。―――――頼む」

 

そう言って鶴丸が皆の前に膝を折り頭を下げたのだ

驚いたのは、他ならぬ燭台切と大倶利伽羅だった

あのいつも自信に満ちた鶴丸が頭を下げたのだ

 

「ちょ、ちょっと、鶴さん!」

 

慌てて燭台切が鶴丸に駆け寄る

大倶利伽羅も 「ちっ」 と舌打ちをしながら居心地が悪そうに目を反らした

 

「事情はよく分からないけど…とりあえず、顔上げてよ」

 

「光忠…顕現したばかりのお前等に言うのも酷な話だが…沙紀を護る為なんだ。 沙紀を護れるなら、俺は頭だってなんだって下げてやる」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

燭台切が困った様、一期一振を見た

すると、一期一振も苦笑いを浮かべて

 

「あの、鶴丸殿? 我々は、鶴丸殿と沙紀殿がどういったご関係かも知りませんし…何より、“審神者”の件をよく知らされてないのですが……」

 

「「あ……」」

 

一期一振のその言葉に、鶴丸と山姥切国広が同時に声を洩らす

 

言われてみればそうだ

山姥切国広は知っているから別として、他の三人は事情を知らないのだった

 

「はは…ははは、そうだな、君達にはまだ説明していなかったな」

 

沙紀を護りたい一心でその事を失念していた

 

いや、参った という風に笑う鶴丸とは裏腹に、山姥切国広は呆れた様に溜息を洩らしたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに、”審神者”になる決意をしましたよーヽ(´ー`)ノ

やっと、話しが進むぜ!!

 

と、その前に事情を知らないお三方に説明してあげなされww

 

2015/12/12