華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 序ノ章 ”審神者” 11 

 

 

辺りはしん…と静まり返っていた

篝火の火がぱちぱちと音を鳴らす

 

沙紀は、すぅっと持っていた巫女鈴をゆっくりと天高くかかげた

 

しゃん…と、静かな空間に鈴の音が響き渡る

瞬間、ピィーと笛の音が響きだした

それに合わせて、ゆっくりと沙紀が舞を舞い始める

 

次第に雅楽の音が重なっていき、そこは一つの神聖なる空間と化していった

誰しもが、言葉を失って沙紀の舞いに魅入ってしまった

 

今、“儀式”の最中だという事を忘れるぐらい

それほど、沙紀の“舞い”は美しかった

 

刹那、それは起きた

中央に置かれていた燭台切光忠がぽぅ…と青白く光りはじめたのだ

そして、次第にその光が強くなると同時に、カタカタと揺れ始めた

 

いけない……っ

 

沙紀は はっと息を飲んだ

 

このままではあの刀は折れてしまう―――――……

今すぐにでも、中断すべきなのかもしれない

しかし、今止めてしまえばもう二度とあの刀を復活する事は不可能だ

 

どう、すれば――――……

 

そこまで考えて、沙紀はかぶりを振った

 

駄目だわ

私が迷っては、力の方向性を制御出来なくなってしまう――――…

そうなれば、100%あの刀は折れてしまう

それだけは避けなければ……っ

 

瞬間、目の前の鶴丸が視界に入った

 

え……

 

鶴丸の口が何か囁いている

 

なに……?

 

舞いの最中、彼が何か囁いたが雅楽の音の音で聴こえない

聴こえないが――――……

 

“俺達が居る”

 

聴こえる筈ないのに…そう聴こえた気がした

 

そうだ

私は、ひとりではない

 

皆が…りんさんがいる―――――……

 

一人一人の顔を見る

 

鶴丸も、山姥切国広も、一期一振も、大倶利伽羅も

皆、こちらを見ている

 

そう――――ひとりではない

 

「……………っ」

 

そう確信した瞬間、皆の力を感じた

四方から、力が流れ込んでくる――――……

 

沙紀は、しゃん! と巫女鈴を一際大きく鳴らした

刹那、それは起きた

 

今まで飛散するばかりだった力が、中央の燭台切光忠の元に集まってくる

カタカタと酷く揺れていた刀身が、次第に収まっていき一層光を増し始めた

 

沙紀は、すぅっと巫女鈴を刀身に滑らす様に動かすとそのまま、大きく薙いだ

 

しゃぁぁぁん

 

一際大きく、鈴の音が辺り一帯に響いた

 

そのまま祝詞を唱え始める

刀身を清め祓い、まっさらな状態にする

そして、その刀身に宿っていたであろう“神“を”復活“させる祝詞だ

 

沙紀が最後の言葉を発した瞬間それは起きた

突然、ぼぅ! と辺りの篝火の火が蒼く変わった

瞬間、燭台切光忠の刀身が一層光り出したかと思うと、きらきらと輝きだしたのだ

 

思わず、大倶利伽羅と鶴丸が身を乗り出す

 

刹那、光と共にそこに一人の男が姿を現した

漆黒の髪に、燭台の火が灯った様な金目に眼帯の美丈夫な男だった

 

男はゆっくりと、その金目を開けると一度だけ瞬いた

きらきらとした金糸の様な光が男と沙紀の周りで輝いていた

 

「君は……?」

 

不意に、男が沙紀を見て不思議そうに呟やいた

沙紀はゆっくりと巫女鈴を降ろすと、にっこりと微笑んだ

 

「私は、沙紀と申します。 ……燭台切光忠さん?」

 

そう尋ねると、男は自分の姿を今認識したかのように、「ああ…」と小さく答えた

 

「僕は、燭台切光忠。 君は……沙紀くんというのかい?」

 

男―――燭台切のその言葉に、沙紀はにっこりと微笑んだ

 

その時だった

 

「光忠!!」

 

不意に、わっと鶴丸が燭台切に飛びついた

驚いたのは、燭台切だ

 

「え、ええ? 鶴さん???」

 

突然降って湧いた鶴丸に、驚きを隠せないのか…

燭台切が、その金目をぱちくりさせていると、後ろの方から大倶利伽羅も歩いて来た

 

「光忠…無事、なのか?」

 

その問いに、燭台切は自分の身体を確かめる様に手を当て、「そう…みたいだね」と答えた

その答えに、大倶利伽羅が、はぁ…と溜息を洩らす

 

「ったく…人騒がせな……」

 

「はは…もしかして、心配掛けちゃったのかな…?」

 

燭台切が苦笑いを浮かべてそう言うと、鶴丸が「したんだ!!」と叫んだ

 

「ご無事でなによりです、燭台切殿」

 

「……よかったな」

 

一期一振と山姥切国広も、そう言って集まってくる

 

皆、嬉しそうだ

そんな姿を見ていたら、沙紀自身も嬉しい気分になってくる

 

 

成功――――したのだわ

 

 

そう、“成功“したのだ

途中、“失敗”し掛けたのに…あの時の、鶴丸の言葉を思い出す

 

“俺達がいる”

 

ずっと、ひとりだった

でも、今はひとりではないのだわ――――……

 

そう思うと、知らず目頭が熱くなってきた

 

その時だった

突然ぱんぱんと突然手を叩く音が聴こえてきた

 

はっとして、音のした方を見ると

小野瀬が手を叩いていた

 

「いやぁ、お見事です“審神者”殿。 流石は、当代随一の姫巫女殿だ!」

 

そう褒めながら、近づいて来た

そう―――褒められているのに、何故か全然嬉しくなかった

 

沙紀は、真っ直ぐ小野瀬を見ると

 

「私だけの力ではありません。 皆さんの力添えがあったからこそ“成功”出来たのです。 その様な言い方は止めて下さい」

 

沙紀がそう言うと、小野瀬は「おや」ととぼけた様に声を洩らした

 

「これはこれは失礼を。 そうですね、皆の協力あっての”成功“ですね。 何はともあれ、燭台切君を失わずに済んで良かったですよ。 これで、僕も上にどやされずに済む」

 

やれやれと、いう風に小野瀬は溜息を洩らした

 

上……?

 

その言葉に、沙紀は首を傾げる

上とは小野瀬の上司の事を指すのだろうか

てっきり、小野瀬は“上”の人間だと思っていたのだが…違う…という事なのだろうか…

 

そんな疑問が浮かんできた

 

だが、そんな沙紀を余所に小野瀬は辺りを見回した後、「うんうん」と頷きながら

 

「これで…五振目ですね……さて、どうするかな」

 

小野瀬がそう呟きながら何処かへ電話すると言って消えて行ったが、沙紀がその言葉の意味を知るのはまだ先の事になるのだった――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の朝は賑やかだった

朝餉の膳の前には山姥切国広の他に、鶴丸・燭台切・一期一振・大倶利伽羅が揃っていた

勿論、こんのすけもだ

 

「主さま! おはようございます!!」

 

こんのすけが、沙紀の姿を見るなり嬉しそうに尻尾をぱたぱたと振りながらちょこんと座っていた

 

「沙紀、おそかったな! 皆、待っているぞ」

 

鶴丸がそう言うと、他の皆も口々に挨拶をしてきた

それが何だが嬉しくて、沙紀は笑ってしまった

 

「皆さん、おはようございます」

 

深々と頭を下げてそう言うと、「おはよう、沙紀」と鶴丸の声が返ってきた

それが、酷く嬉しく感じる

 

山姥切国広や、燭台切や一期一振・大倶利伽羅がいる事も嬉しいが、何よりもこの場に鶴丸がいる事が一番嬉しく感じた

 

「主さま、主さま! 今日は朝からあぶらあげがあるのです!!」

 

こんのすけの大好物、油揚げが椀の上に乗せられていた

それを見て、沙紀がこんのすけの頭を撫でる

 

「よかったわね。 こんのすけ」

 

「はい!」

 

こんのすけは、沙紀に撫でられて嬉しいのか、更に尻尾をぱたぱたと振った

 

楽しい

そう感じたのは、久方ぶりかもしれない

 

そんな事を思っていたら、不意に鶴丸に手招きされた

 

「?」

 

不思議に思って、鶴丸の傍に近づくと、くいくいっと彼の隣に座らせられた

 

「ここは、お前の席だ」

 

「え……?」

 

言われて座った席をまじまじと見ると、確かにいつも沙紀が座る位置ではあった

ふと、顔を上げると皆が自分を見ているのが分かった

 

瞬間、何だか恥ずかしくなり思わず顔が赤くなる

 

「あ、あの……何か……?」

 

思わず、しどろもどろになりながらそう尋ねると、「いや…」と、燭台切が笑いながら言葉を濁した

 

「???」

 

ますます意味が分からず、首を傾げる

 

すると、一期一振がくすりと笑いながら

 

「いえ、先程から皆で言っていたのですよ。 沙紀殿には何か惹きつけるものがありますね、と」

 

「え……」

 

突然、降って湧いた様な言葉に、沙紀がかぁーと赤くなる

 

え? ええ?

 

一体、今何を言われたのだろうか…?

 

沙紀が真っ赤になって頬を押さえていると、ふと隣に座っていた鶴丸がそっと耳元で囁いた

 

「なんだ、赤くなってるのか? 沙紀、そういうのは“逆効果”っていうんだぞ?」

 

不意にそう言われ、沙紀が益々赤くなりながら

 

「か、からかうのは止めて下さい…っ」

 

そう言って何とか平常心を保とうとするが、まったく保てない

すると、その様子を見ていた大倶利伽羅が不意に くっと笑い出した

まさか、大倶利伽羅にまで笑われるとは思わなかったので、沙紀が更に赤くなる

 

「まぁ、まぁ、沙紀くんも困ってるじゃないか。 からかうのはこれくらいにしようよ」

 

そう言って、その場を制したのは燭台切だった

だが、鶴丸は至極真面目に

 

「む? 俺はからかっている訳ではないぞ?」

 

「あーうん、鶴さんの本気は痛い程分かったから」

 

と、さらっと流すところが大人だ

だが、鶴丸は嬉しそうだった

 

「なぁ、沙紀。 俺は今、嬉しいんだ。 沙紀がいて光忠や大倶利伽羅や一期、国広がいて…楽しいんだ。 こういう気持ちは久しく忘れていた」

 

「あ……」

 

そうだ

鶴丸は今までずっと一人であの広くて寂しいマンションにいたのだ

ずっと…ずっと、七年間ひとりで――――……

 

そう思うと、沙紀はきゅっと胸が締め付けられる気がした

そっと手を伸ばし、鶴丸の腕に顔を埋める

 

「沙紀?」

 

「りんさん……今は、私がいます。 皆さんもいます。 だから、もうひとりではありません」

 

そう――――あの時の鶴丸の言葉

 

“俺達がいる”

 

その言葉をそのまま鶴丸に返す

 

今は、私達がいる―――――……

それを伝えたくて、沙紀は鶴丸の腕にぎゅっとしがみ付いた

 

一瞬、鶴丸が驚いた様な顔をしていたが、次の瞬間「そうだな…」と嬉しそうに微笑んだ

 

と、その時だった

 

不意に「沙紀…」と名を呼ばれたかと思うと、あっという間に唇を塞がれた

 

え……

 

それはほんの一瞬の出来事だったが、驚くには十分だった

まさか、こんな公然と皆の前でされるとは思わなかったのだ

 

沙紀が、ぽかん…としていると、鶴丸はしてやったりという様に にっと笑い

 

「どうだ、驚いたか?」

 

「……………っ」

 

その瞬間、かぁーと沙紀が真っ赤になった

が、それだけでは済まなかった

沙紀以外の四人も口をあんぐりあけて驚いている

 

とりわけ、山姥切国広に至っては今にも鶴丸に斬りかかりそうな勢いだった

 

その様子をみて鶴丸は満足そうに笑っているが

沙紀には、笑い事では無かったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっと…やっと、みっちゃん登場~~~~ヽ(´ー`)ノ

そして、そろそろ鶴が驚きを与えはじめましたよwww

 

2015/09/24