華ノ嘔戀 外界ノ章
    大侵寇「八雲」

 

◆ 第伍話 「大侵寇防人作戦」

 

 

―――月齢27.4:晦 大会議空間 ――――

 

 

 

 

「只今より、“対大侵寇防人作戦”の概要を説明する」

 

 

監査官がガベルを叩いて、そう言った

初めて聞く作戦名だった

 

「時間遡行軍の勢いは未だ衰えず、我ら政府機関は満場一致で“対大侵寇防人作戦”を決行に移すことにした」

 

概要はこうだ

時間遡行軍が本部への跳躍経路への浸食していることを逆手に取るということだ

まず、ルートを一か所だけ解放し、他の全ルートを遮断する

それによって、跳躍経路に入った時間遡行軍がその場所へ誘導するのだという

 

簡単言うと、時間遡行軍の全軍を一か所に集約するというのだ

 

そこに、“審神者”は刀剣男士を配置する

誘導された空間は3層に分け

最前線防衛ライン・中央防衛イン・最終防衛ラインにそれぞれ、“審神者”と振り分けるという

 

兵法でもよく見かける作戦だ

ある意味、時間遡行軍をおびき寄せるのは理に叶っているが・・・・・・

 

問題は―――――・・・・・・

 

「そこで、最終防衛ラインの背後になる――――つまり、おとりの“本丸”をしたい者がいれば、その者の“本丸”にだけルートを解放する。 なければ、こちらで推薦させていただく」

 

その言葉に、“審神者”達がざわりとざわめいた

いたるところから、不安と不信の声が上がっている

 

沙紀は、信じられない言葉を聞いたかの様に大きく目を見開いた

 

おとりとして、ひとつの“本丸”を潰すといっているのだ

とてもじゃないが、許容できる範囲ではなかった

 

てっきり、おとりとなる空間は政府が用意する――――皆そう思っていただろう

沙紀ですら、そう思った

だが、現実は違った

 

既に、存在する“本丸”をそのまま使うというのだ

 

ざわざわと、ざわめきが大きくなる

 

「静かに!! 我々にはもう時間がないのだ。 おとりとなる空間を今から構築していては間に合わない、理解したまえ!」

 

そう言って、また かんかん!とガベルを叩いた

 

政府の言いたい事も分かる

分かるが―――――・・・・・・

 

ぐっと、沙紀は膝の上に置いていた拳を握りしめた

おとりの“本丸”になる―――――それは即ち、最悪の場合その“本丸”は放棄されるという事だ

 

それが分かっていて、立候補するものなどいなかった

監査官もそれを分かっていたのだろう

 

数分後、“待つ”という行為すらほぼなく、3つの“本丸”の華号が発表された

それは、ランクとしてはEの“本丸”だった

 

つまり――――

高ランクの“審神者”は替えが利かないが、低ランクの“審神者”はいくらでも替えが利く

という、合理的な考えから出たのは、明らかだった

 

わっと、その“本丸”の“審神者”達が泣きだすのと、周りの“審神者”達が、動揺するのは同時だった

 

「静粛に!!」

 

監査官がガベルを叩く

 

「これは、“決定事項”である。 指名された“本丸”以外のルートは遮断する! 次に――――」

 

 

 

 

 

 

「――――――お待ちください!!!」

 

 

 

 

 

 

瞬間、大会議空間に声が響いた

本来、“審神者”は発言権を持たない

それは、ランクが低ければ低いほどない

 

だが、沙紀はすっと立ち上がるとボックス席の一番前に出た

それを見た、監査官が訝げに沙紀の方を見る

 

「・・・・・・“竜胆”の“審神者”。 君に今発言権を許した覚えは―――――」

 

すると、沙紀はばっと雑面を取った

素顔を晒すと、叫んだ

 

「・・・・・・その“おとり”役は、私がやります!! 今すぐに、先ほど挙げた方々へのルートは遮断してください!!!」

 

沙紀の言葉に、監査官が小さく溜息を洩らし

 

「それは、許可出来ない。 “竜胆”の方には、他の役目・・・・があるではないか。 君達をおとりにするわけには―――――」

 

「・・・・・・・・・・っ」

 

それは、恐らく小野瀬に以前頼まれた「“審神者”システムへの実験に、日本最高位の巫女である“神凪”としての沙紀に協力して欲しい」という件の事だろう

 

だが・・・・・・

 

「・・・・・・今、その役目は関係ないのでは? このまま時間遡行軍に対抗出来なければ、役目など無意味なものだと―――お判りにならないのですか?」

 

「それは――――・・・・・・」

 

正論からの攻撃に、監査官が押し黙る

と、その時だった

 

ずっと上の方のボックス席から声が聞こえてきた

 

 

 

「いいじゃない、やらせてあげましょうよ! せっかく“立候補”してくれたんだから」

 

 

 

その声には聞き覚えがあった

そう――――以前、助っ人として来てくれた大包平の所有権を保持している“睡蓮”という特SSランクの“審神者”の声だった

 

「“睡蓮”殿、しかし、彼女は―――――」

 

監査官がそう言い掛けるが、“睡蓮の審神者”はくすっと笑みを浮かべ

 

「“立候補”したんだから、いいじゃない。 いざってときは、全責任取ってくれるんでしょう――――? ねぇ? “竜胆”さん」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

彼女が、大包平の件で沙紀をよく思っていないのは知っていた

むしろ、排除出来れば好都合――――と言った所だろう

 

こんな所に、私情を持ち出すなんて―――――・・・・・・

 

だが、沙紀は引かなかった

 

「・・・・・・いいでしょう。 その代わり、全指揮権を頂きますが、宜しいですか?」

 

今は争っている場合ではない――――

勿論、ただの“おとり”になる気もない

 

だが、その言葉に“睡蓮の審神者”がぴくりと反応した

 

「は? 私たちのあんたの指揮下に入れって言いたい訳? 国に5人しかいない特SSランクのあたしたちに!!?」

 

ばんっと、椅子を叩く音が大会議空間に響いた

だが、沙紀は表情一つ変えず

 

「――――言葉の通りです。 監査官様、全指揮権頂いても宜しいですか? それから―――“おとり”の“本丸”は私の所だけにして下さい。 これが条件です」

 

「ちょっと!! 人の話を――――――」

 

“睡蓮の審神者”が切れた様な金切り声を上げた

だが、沙紀はすっと冷たい様な低い声で

 

「―——―—— ランクが何の関係が? むしろ、貴女方が“おとり”役を買って出るのが本来の道理というもの――――この非常時に役に立たない者など必要ありません。 違いますか?」

 

沙紀の言葉に、“睡蓮の審神者”がわなわなと震えだす

 

「はっ!! いい度胸じゃない!! ―――――そこまで言うなら、あんたの指揮下に入ってあげようじゃない、ただし!!!  私たちは最終防衛ラインに配置させていただくわ!!」

 

その言葉に、他の“審神者”がざわりとざわめいた

だが、“睡蓮の審神者”はさも当然の様に

 

「だって、あたしたちが死んだら替えが利かないのよ? それに、最終防衛ラインが一番重要でしょう? ここを突破されたら、あんたの“本丸”は終わりだものね? どう? ―——―—合理的でしょう?」

 

 

 

――――本当に、最低だわ・・・・・・

 

 

 

彼女は何もわかっていない

最終防衛ラインは確かに大事ではあるが――――

戦力を集中させるのは、最前線の防衛ラインだ

 

そこさえ、突破されなければいいのだから

 

結局の所、彼女にとって沙紀が“排除”できればそれでいいのだ

それが、どんな形・・・・であっても

 

沙紀は静かにその躑躅色の瞳を閉ると

 

「――――わかりました。 では、特SSランクの5名様は最終防衛ラインを必ず・・お守りください。 アリの子ひとつ通さずに・・・・・・・・・・・。 その代わり、私の方から一人派遣いたしますので、指示に従っていただきます。 それで宜しいですか?」

 

 

そう言って、監査官の方を見る

監査官は、はぁ・・・・・・と、大きな溜息を洩らし

 

「わかりました。 全指揮権を貴女に委ねます。 そして、特SSランクの5名の方々は最終防衛ラインへ――――他の防衛ラインには今お送りした資料通りにお願いします。 ――――では、健闘を祈る」

 

監査官が、そう言ってガベルを叩いた

瞬間――――視界が来た時と同じく変わる

 

大会議空間にから各々の“本丸”に戻ったのだろう

沙紀も戻ってきたのだが―――――

直ぐに、その異変に気付いた

 

“本丸”が大きな別空間へ変わっていたのだ

空に浮かぶのは巨大な白月が一つ――――――・・・・・・

そして、時間の経過とともに、朔月から満月へと月の陰り・・が動いているのが分かった

 

あの動きが恐らく――――時間遡行軍の浸食速度だろう

 

「沙紀・・・・・・」

 

それまで黙っていた鶴丸の声が聞こえてきた

沙紀は、ぐっと拳を握ると

 

「・・・・・・皆様、勝手に決めてすみません。 でも――――どうしても、黙っていられなかったのです」

 

怒るだろうか・・・・・・

そんな気がして、怖くて振り返れなかった

 

でも、あんな命令きく訳にはいかなかった

きけなかった

 

政府はいい加減で、信用に掛けるとは思っていたが・・・・・・

ここまで腐敗しているとは

呆れて言葉も出ない

 

これでは、他の“審神者”の中でも政府や高ランクの“審神者”への不信感を煽っただけだ

彼らは信用に値しない――――ならば、自分が動くしかない

 

でも、すべて独断だ

単なる自己満足でしかない

 

それに彼らを、私は巻き込むのだ――――――・・・・・・

 

だが、時間もない

後で、他の“本丸”に行きたいという者がいたら、それは叶えてあげよう―――・・・・・・

 

そう、思った時だった

不意に、ぽんっと沙紀の頭に誰かの手が乗せられた

 

はっとして、顔を上げると

それは―――――・・・・・・

 

「りんさ、ん・・・・・・?」

 

鶴丸は、優しく微笑みながら

 

「よく、頑張ったな」

 

そう言って、頭を撫でてくれた

その言葉が余りにも優しすぎて、じわりと涙が浮かんでくる

 

すると、横にいた山姥切国広も

 

「ああ、あんたは正しいから、自分を責めるな」

 

「山姥切さん・・・・・・」

 

「うん! すごくかっこよかったよ!」

 

「そうだねぇ~、惚れ惚れしちゃうぐらいかっこよかったよね」

 

「兄者が言うんだから、間違いない。 自信を持て!!」

 

と、燭台切と髭切や膝丸も言う

 

「皆様・・・・・・」

 

沙紀が皆の顔をひとりひとり見た

皆、「よくやった」と褒めてくれた

 

「・・・・・・怒って、いない、の、で、すか・・・・?」

 

これから、この場所を危険に晒すというのに―――――

誰も、怒りをぶつけてこなかった

 

すると、鶴丸がくすっと笑い

 

「沙紀、俺達は 沙紀――――お前を信じてる。 だから、安心しろ」

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

我慢していた涙が、今度こそぽろぽろと零れだした

 

「皆さ、・・・・・・ありが、とう・・・・ござ・・・ま、す・・・・・・」

 

沙紀が涙を流すのを見て、鶴丸が沙紀の頭を撫でながら、空いている手で抱きしめてくれた

 

「・・・・・・っ、りん、さ・・・・・・」

 

皆の気持ちが使わってくる

信じてくれている―――――それだけで、強くなれる様な気がした

 

大丈夫

誰ひとり折らせたりしない―――――

 

 

 

   絶対に、勝って見せる―――――と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねえ、いいの?』

 

大会議空間から自身の“本丸”に戻ってきた“睡蓮の審神者”の元に、一通の通信が入った

それは、同じ特SSランクの“審神者”の内の一人だった

 

だが、“睡蓮の審神者”は気にした様子もなく

 

「いいのよ、あの女は一度痛い目みないと分かんないのよ。 ま、今回の件で、はっきりするでしょうけど? ――――私たちに逆らったらどうなるか――――ね」

 

そう言って、にやりと口元に笑みを浮かべた

 

『なに? 彼女、貴女になにかしたの?』

 

「んー? ああ、あの女のせいで、超迷惑被ってんのよね~。 いっその事死んでくれないかな、今回ので。 そしたら、清々するのに。 まぁ、もう、“審神者”としては死んだも同然でしょうけど? 全責任取るんだから―――ねえ?」

 

そう言って、きゃはははは! と笑った

 

だから、気づかなかった

その通信の様子を、大包平が見ていたことに――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんか、ド修羅場www

女の恨み怖えええええ

(※理由は本編見るとわかりますwww)

 

次回より本格的に戦闘に入れそうですね!

 

 

2022.05.03