華ノ嘔戀 外界ノ章
    大侵寇「八雲」

 

◆ 第参話 夢の「月」と、うつつの「月」

 

 

―――月齢26.4:晦――――

 

 

 

「――――つまり、この“本丸”は完全の他と遮断されてるって事かい?」

 

薬研がそう尋ねてくるが

沙紀は、小さくかぶりを振り

 

「いいえ、完全ではありません。 あくまでも、こちら側・・・・に来るのを遮断しているだけです」

 

そう――――こちらにこられなくしただけで

こちら側・・・・からは時間跳躍は可能にしてある が・・・・・・

 

「・・・・・・今の所は、政府の本指示を待つしかありません。 万が一時間跳躍している最中に時間遡行軍に出合ってしまった場合、亜空間内での戦闘となります。 ――――正直、どうなるか私もわかりません」

 

もしかしたら、一生亜空間を彷徨う事になるかもしれない

もし運よく出られたとして、果たしてその出た先が何処に行くか――――それすら、皆目見当がつかない

 

危険なのだ

 

そんな所に、彼らを送り出したくはない

 

「政府は一体何を考えているんだろうねえ?」

 

「兄者・・・・?」

 

髭切の言葉に、膝丸首を傾げる

すると、髭切はあっけらかんと

 

「だって、おかしいと思わないかい? 時間遡行軍が時間跳躍に干渉してきているなら、政府を守るために、緊急防衛体制に入ってその道を遮断するのは分かるよ? でも、じゃぁ、そのせいで被害に遭う各本丸のことなんて、考えていないって事だよね?」

 

「それは・・・・・・」

 

髭切の答えが、あまりにも的確過ぎて沙紀は言葉を握らせた

でも・・・・・・

 

もしかしたら、今回の件で篩に 掛けられたのかもしれない―――――

おそらく、高ランク“審神者”達は自分で判断し対処出来たであろう

しかし、低ランク―――――つまり、未熟な“審神者”はどうだろうか?

 

考えたくはないが、今の戦力を把握する為・・・・・・・・・・だったとも考えられる

 

まだ、沙紀も新任の域を出ていない

ただ、沙紀の場合“神凪”でもあるから、対応出来ただけだ

元々の知識量が違うのである

 

それに―――――

先ほど全本丸に通達をお願いしたが、高ランクの“審神者”は沙紀からの通信を気に入らないと思った方々も多いと思う

それはそうだろう

自分よりも下のランクを卑下している人たちが殆どだ

 

それなのに、就任したての“審神者”から送られた情報など、誰が信じるというのだ

どちらにせよ―――――・・・・・・

 

「・・・・・・私には、政府の考えは判断しかねます。 今、出来る事をする事しか出来ませんから」

 

それだけ言うと、沙紀はすっと立ち上がった

 

「――――では、皆様。 まだ、事態は把握できていませんが、良くはありません。 休める今のうちに休んでおいてください」

 

それだけ言うと、お願いする様に頭を下げる

そして、そのまま大広間を出て行ってしまった

 

「・・・・・・、沙紀っ!」

 

咄嗟に、鶴丸が立ち上がり沙紀の後を追って出ていく

残されたものは、顔を見合わせると

 

「ま、じゃぁ、俺っちも今のうちに医療品のチェックでもしておく」

 

そう言って、薬研が大広間を出ていく

 

「僕は、今のうちに食事の用意しちゃうね」

 

燭台切もそう言って大広間を出て行った

 

四人が出て行った大広間に、なんとなく気まずい雰囲気が流れる

見かねた山姥切国広が、はぁ・・・・と、小さく溜息を洩らした

 

「とりあえず、俺達も今のうちに休んでおこう。 次いつ、何が起きるか分からない状況だからな」

 

その時だった、三日月が何かに気付いている風にぽつりと呟いた

 

「道連れにするにはいかない――――と言った所か」

 

一瞬、出された“道連れ”という不吉な言葉に、長谷部が顔を顰める

 

「道連れ・・・・・・? それは一体どういう――――」

 

長谷部がそう言い掛けた時だった

三日月はすっと立ち上がり

 

「あちらの状況は芳しくない。 ―――――だが、これで好きなように・・・・・・働ける」

 

「三日月?」

 

三日月はそれだけ言うと、そのまま大広間を出ていこうとする

 

「・・・・・・っ、おい、三日月――――」

 

咄嗟に、山姥切国広が止めようとするが――――

三日月は一瞬だけ、こちらを見て

 

 

 

 

「・・・・・・白き月を、待て」 

 

 

 

 

それだけ言ってそのまま出て行ったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

「沙紀、おい、待てって!」

 

振り変える事無く前を歩く沙紀を呼び止めようと鶴丸が声を掛けてくる

だが、沙紀は振り返らなかった

 

そのまま聴こえてない様に、自室の方へ歩いて行く

 

「沙紀!」

 

その後を、鶴丸が追いかけていく

自室の前まで来た時だった、ぴたっと沙紀がその足を止めた

だが、振り返る事はしなかった

 

自室の柱に添えた手が微かに震えている

 

「沙紀・・・・・・」

 

鶴丸が沙紀に近づこうとした時だった

不意に、沙紀が口を開いた

 

「・・・・・・・・・・・・私、間違っていましたか?」

 

「・・・・・・沙紀?」

 

一瞬、鶴丸が大きくその金の瞳を見開く

だが、沙紀は後ろを向いたまま、微かにその肩を震わせていた

 

「・・・・・・っ、う・・・っ・・・」

 

「沙紀・・・・・・」

 

沙紀は泣いていた

鶴丸には何となくわかってしまった

 

自分の判断が、間違っているのかそうでないのか、不安なのだ

今、この状況で判断を間違えれば、それは命取りになる

 

“審神者”である限り、刀たちは皆彼女の指示に従う

それはつまり、“審神者”が誤った判断をすれば――――皆を危険に晒すことになるという事だ

 

本当ならば、沙紀をこの腕に掻き抱き、その涙を拭ってやりたい

だが、今 彼女はそれを望まないだろう

 

ならば、鶴丸が出来る事は一つだけだった

 

「沙紀―――――、大丈夫だ。 沙紀は沙紀の思った通りにするといい。 もし、間違っていたら俺や他の奴らが正してくれる―――、そうだろう?」

 

それだけ言うと、ぽんぽんっと後ろから沙紀の頭を撫でた

一瞬、ぴくっと沙紀が反応するが――――その後、小さく頷いた

 

それを確認してから

 

「じゃぁ、俺は部屋にいるから、何かあれば来いよ。 ま、なくても来てもいいがな?」

 

後半半分冗談交じりに言うと、沙紀が微かに笑った

 

「・・・・・・ありがとうございます。 りんさん」

 

「ああ」

 

それだけ言うと、鶴丸が去って行く気配がした

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

思わず、沙紀が振り返る

だが、もうそこに鶴丸はいなかった

 

「・・・・・・・・・・・」

 

残念な様な、ほっとした様な、何とも言えない複雑な感じだった

でも、もしあそこで慰めの言葉を貰っていたら、きっと心が折れていただろう

 

それをくみ取ってくれたのか

鶴丸は、そうしなかった

 

大丈夫、まだ・・・・・・

 

ぐっと、沙紀は胸元で手を握りしめた

袖で涙を拭うと、鶴丸が去っていた方に向かって頭を下げたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――月齢26.4:晦 夜――――

 

 

時間遡行軍の襲撃があった日の夜―――――

その後は、沙紀が経路を遮断したおかげか、襲ってくる気配・・・・・・・はなかった

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

三日月は、縁側に座ったまま月を見上げていた

空には、殆ど月の影が薄っすらとしか見えなかった

もう少しで、新月になる

そうすれば―――――・・・・・・

 

と、その時だった

 

「なんだ? 一人で月見とは寂しいねぇ」

 

後ろから鶴丸が手に盆を持ってやってきた

 

「鶴か・・・・・・。 お主も月見に来たのか?」

 

「ああ、あんまり眠れなくてな」

 

そう言って、三日月の隣に座る

 

「ほら、差し入れだ」

 

そう言って鶴丸が差し出したのは、ずんだ餅だった

なんでも、燭台切が気を紛らわす為に大量に作ってしまったのだと言うので、それを少々失敬してきたのだ

 

「ん、馳走になろう」

 

そう言って、三日月が鶴丸の持ってきたずんだ餅を手に取る

その様子を見ながら

 

「で? お前さんは、何をしようとしてるんだ?」

 

三日月の横に座りながらそう言う

 

「ん? 見ての通り月見でもしようと思ってな」

 

「月見? 月も出てないのにか?」

 

今はほとんど月の影は見当たらない

なのに、三日月は「月見」だという

 

だが、三日月は気にした様子もなく

 

「お前も、月の正体を見に来たのか?」

 

彼の言う「月」がどの「月」を指すのか

鶴丸は、ふっと微かに笑みを浮かべ

 

「相変わらず、こっちの“月”は読めないな。 で? 残念だが、言葉遊びをしに来たわけじゃないんでね。 ――――“こっち”の“月”は一体何をするつもりなんだ?」

 

遠回しに聞いても仕方がない

と、判断したのか・・・・・・

 

鶴丸は、三日月を真っ直ぐの金の瞳で見たまま問うた

すると、三日月は一瞬その目を細め

 

「・・・・・・同じよ。 ただ、守りたいだけだ」

 

そう言って、空の月を眺める

 

「ずっと・・・・・・ずっと、こうしてきた。 すべては彼女を守る為だ。 ――――お前も、そうであろう? 鶴丸国永」

 

歴史とか、政府とか

そんなものすべてを捨ててでも守りたいものがある

その為ならば―――――——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を―――見ていた

いつも見る夢だ

 

桜の花弁が雪に混じって舞う

幻想的な世界―――――・・・・・・

 

沙紀は、辺りを見渡した

それから、ゆっくりとした動作で、桜の樹の下に来る

 

樹を挟んだ向こう側に微かに見える、青い衣の影

 

沙紀は、小さく息を呑み そっと彼の名を呼んだ

 

「三日月、さん・・・・・・?」

 

返事はなかった

だが、そこにいるのは紛れもなく三日月宗近だった

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

沙紀は、小さく息を吐くとそっと三日月とは反対の幹に背を預けた

 

「あの・・・・・・」

 

今日の事を切り出そうとしたが、どう言葉を連ねていいのか分からなかった

と、その時だった

 

視界に影がかかった

はっとして顔を上げると―――――

 

いつの間に移動したのか

目の前に三日月が立っていた

 

「三日月、さ、ん・・・・・・?」

 

三日月は何も言わず、ただただその場に立ったままこちらを見ていた

切なそうにその瞳を揺らしながら

 

普段と様子が違う三日月に違和感を覚える

なんだか、嫌な予感が胸の中でくすぶり始めていた

 

「みか―――――」

 

 

 

 

「次は、必ず守る。 主―――――いや、沙紀・・・・・・」

 

 

 

 

瞬間―――――

ざあああああと、桜の花弁が舞った

 

 

「だから―――――、は・・・・・・らぬ――――」

 

 

「え・・・・・・?」

 

何? 聞こえない

 

「三日月さん!?」

 

思わず、三日月の名を呼ぶ

一瞬、桜の花弁の向こうに三日月が見えた気がした

 

優し気に笑っていた三日月が―――――・・・・・・

 

だが、花弁が舞い上がってそれ以上は何も見えなかった

そう、何も――――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――月齢27.4:晦――――

 

 

 

「――――っ、三日月さん!!」

 

 

沙紀は、はっと目を覚ました

どくん、どくんと心臓が早鐘の様に鳴り響いている

 

今、の、は――――・・・・・・

 

 

 

 

「――――――っ」

 

 

 

 

沙紀は、飛び起きると部屋を飛び出した

宛はない、確信もない

けれど――――――・・・・・

 

「三日月さん! 三日月さんっ!!?」

 

沙紀は、三日月の名を呼びながら廊下を走った

何処にもいない

 

大広間にも、自室にも、厨や水場にもいない

まさか・・・・・・

 

嫌な予感がどんどん膨らんでいく

 

あの夢が・・・・・・

桜が三日月を連れて行ってしまった様な、あの夢が――――

 

頭の中で何度も何度も繰り返される

 

彼は何と言ったか

 

 

『次は、必ず守る―――――』 と

 

 

次? 次とは、何と比べての次なのか

それすらも分からない

 

ああ、自分はどうして―――――

 

夢の中の三日月が思い出される

桜の花弁の中に消えていった三日月

 

あの時、手を伸ばさなかったのか―――――・・・・・・

 

そう思った時だった

見覚えのある、後ろ姿があった

 

三日月模様の青い衣に身を纏うあの後ろ姿は―――――

 

 

 

 

「――――― 三日月さん!!!!」

 

 

 

 

沙紀は、今までにないぐらい大きな声で叫んだ

ふと、目の前の彼が足を止めた

 

そして、ゆっくりと振り返る

それは、三日月宗近――――その人だった

 

三日月の姿を確認した瞬間、どっと力が抜けた

思わず、倒れそうになった瞬間―――――

 

すっと伸びてきた長い手が沙紀を支えてくれた

それは三日月だった

 

「どうした、主」

 

そう言って、いつも通り笑っている

三日月がいる

 

その事に、安堵する自分が分かった

 

良かった・・・・・・

夢の中で消えた様に見えたのはきっと――――――

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・すまんな、野暮用だ」

 

 

 

 

 

 

「え・・・・・・?」

 

 

唐突に言われた言葉に、一瞬反応が遅れる

瞬間、三日月の姿が見えなくなった

 

え・・・・・・・・・

 

今の今まで、その手に支えられた温もりすら残っているのに

目の前の三日月が消えたのだ

 

な、にが・・・・・・

 

そう思った時だった

 

 

 

 

 

りり―――――――――――ん

 

 

  りり――――――――――――ん

 

 

 

 

 

 

突然、昨日と同じく外部結界に反応して鳴る鈴が鳴り響いた

それも、昨日の鳴り方よりも酷く

まるで、全身がびりびりする様な鳴り方だった

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

沙紀がその場に崩れる

 

 

 

  行ってしまった・・・・・・

 

 

 

知らず、沙紀の躑躅色の瞳から涙が零れた

 

 

 

   一人で・・・・・・行かせてしまった――――――・・・・・・

 

 

 

 

「ど、して・・・・・・」

 

 

言葉が上手く紡げない

 

 

 

 

 

どうして―――――――・・・・・・っ

 

 

 

 

 

 

鈴の警報音だけが、ただただずっと

 

 

   鳴り響いていた―――――――・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっば・・・・・・今気づいたけど・・・・・・

いち兄、何もしゃべてない!!!!

 

ああああああ~~~~~やらかしたああああ

(はっ! 伽羅ちゃんもやん!!)

 

 

2022.04.29