華ノ嘔戀 外界ノ章
    大侵寇「八雲」

 

◆ 第二十話 晄の道しるべ 

 

 

―――――月齢1.9:三日月 不明―――

 

 

 

「―――――っ!!」

 

沙紀が、声にならない悲鳴を上げた

それは火を見るよりも明らかだった

 

顔を上げた三日月の瞳の色がいつもの三日月色ではなく

まるで、獲物を狙うかのように赤く、怪しく光っていたからだ

 

これと同じ、ものを沙紀達は知っていた

しかし、誰も“それ”を口にしかなかった

否、出来なかった

 

それを口にすれば、“それ”が事実だと決定付けてしまうからだ

 

思わず、震える手で背に庇ってくれている鶴丸の袖を握りしめてしまう

それに気づいた鶴丸が、優しく沙紀の手を握り返してくれた

 

「・・・・・・大丈夫か?」

 

そう問われて素直に「はい」とは答えられなかった

ごくりと息を呑み、もう一度目の前の三日月を見る

 

一瞬、赤い目の三日月と目が合った気がした

思わず、ぎくりと顔が強張る

 

すると、焦点の合っていない目の三日月がゆらりと動いた

 

・・・・・・沙紀・・・、何故・・・・ああ、沙紀・・・・・・

 

ぶつぶつと、そう呟きながら一歩、また一歩と近づいてきた

咄嗟に、鶴丸と大包平が沙紀の前に護る様に出る

 

それが、三日月の癪に障ったのか

三日月の纏っていた空気が一変する

 

 

 

じゃま、を・・・・・・するなアアアアア

 

 

 

三日月の声とは思えない声に乗って、瘴気が鶴丸と大包平に襲いかかってきた

 

「りんさん!!! 大包平さんっ!!!」

 

沙紀が咄嗟に、後ろから防御結界を展開させる

だが、一層しか展開していなかったからか、その瘴気が徐々に結界内に浸食し始めた

 

だめ・・・・・・っ!!

 

このままでは、2振とも瘴気に侵されてしまう

沙紀は更に4層の防御結界を展開させる

それでも、三日月の放つ瘴気が優っているのか・・・・・・

徐々に外側から、浸食され破壊されていく――――――・・・・・・

 

その都度、その都度、沙紀は防御結界を展開するが

 

これでは、イタチごっこだわ・・・・・・

 

時間だけが無情にも過ぎていく―――――・・・・・・

一体、どうすれば・・・・・・

 

あの三日月から感じる瘴気は、あの時の椿寺で感じたものと同じだった

ならば――――

あの時同様、“三神”を呼べば浄化出来る筈――――

けれど・・・・・・

 

今呼べば、きっと私の霊力ちからがもたない

 

先ほどまで2柱神降をしていたのだ

その上の「大祓詞」の全文までも唱えている

 

他に、何か・・・・・・

彼からあの瘴気を消す方法は―――――・・・・・・っ

 

「・・・・・・りんさん、大包平さん、少しの間この場をお任せしてもいいですか?」

 

そう言って、沙紀が一歩後ろへ下がる

 

「沙紀? お前、まさか―――――」

 

鶴丸が沙紀を止めようとしたが、沙紀は小さくかぶりを振った

 

「―――時間がありません。 これしか・・・・・・方法がないのです」

 

そう言って、すぅ・・・・・・と、沙紀が大きく息を吸った

それで、気づいたのか

大包平が慌てて止めに入る

 

「待て!!! まだ無理だ!! さっきの事を忘れたのか!!?」

 

「ですが―――――!!!」

 

忘れてはいない

先ほど無理をして、死にかけた事は今でも身体が嫌という程覚えている

 

でも・・・・・・これしか方法がないのよ・・・・・・

 

沙紀は祈る様に手を合わせた

そして、静かに

 

 

掛けまくも畏き(かけまくもかしこき)

伊邪那岐大神(いざなぎのおほかみ)

筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に(つくしのひむかのたちばなのをどのあはぎはらに)

禊ぎ祓へ給ひし時に(みそぎはらへたまひしときに)

生り坐せる祓戸の大神等(なりませるはらへどのおほかみたち)

諸々の禍事・罪・穢(もろもろのまがごとつみけがれ)

有らむをば(あらむをば)

祓へ給ひ清め給へと(はらへたまひきよめたまへと)

白すことを聞こし召せと(まをすことをきこしめせと)

恐み恐みも白す(かしこみかしこみもまをす)

 

 

瞬間、ざああああと辺り一帯の空気が変わる

それでも、三日月の放っている瘴気は一向に収まる気配はなかった

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

やはり、祓詞だけでは駄目ね・・・・・・

 

沙紀は、続けてそのまま大祓詞を唱える

瞬間、三日月が苦しみだした

 

思わず、唱えるのを止めてしまいそうになる

が、ここで止めたら全て意味のないものになってしまう

沙紀は、ぐっと堪えるとそのまま唱え続けた

 

 

ぐ・・・・・・ああ、グアアアアアアア

 

 

三日月が苦しそうに頭を抑え込む

それでも、沙紀はそのまま唱え続けた

 

後・・・・少し・・・・・・・・

 

徐々に、三日月の身体から黒い靄の様な瘴気が浮き出てくる

あれを切り離せれば・・・・・・

 

その時だった

突然、三日月の瞳が赤く光ったかと思うと『があああああああ!!!!!』と叫びながら襲い掛かってきた

 

三日月の爪が沙紀の目の前までくる

 

「・・・・・・・・・っ」

 

沙紀が、一瞬びくっと肩を震わせた

だが、鶴丸と大包平が咄嗟に間に入る

 

「・・・・・・っ、三日月!!! 目を覚ませ!!」

 

鶴丸がそう叫ぶが、三日月には聞こえていないのか

沙紀に向かって、ひたすら手を伸ばしてきた

 

「・・・・・・・・・・・」

 

その手が、まるで助けを乞う様に見えて、沙紀は言葉を失った

苦しいのだわ・・・・・・

きっと三日月さんも今戦っている・・・・・・

 

そう思うと、不思議と恐怖心が消えていった

 

沙紀は、そっと鶴丸と大包平の背を叩くと、二人の前に出た

 

「ばかか! 沙紀!! そいつは、今――――――」

 

大包平がそう言い募るが、沙紀はすっと手で制すると

真っ直ぐと目の前でもだえ苦しむ三日月を見た

 

そして、大祓詞の続くきを唱え始めた

 

う、あ、あああああ

 

三日月が苦しそうに頭を押さえる

瞬間、ぎんっと、赤い血の様な目が沙紀を捕らえた

 

あ、ああ・・・・・・沙紀。 沙紀――――――

 

三日月が、沙紀の方へその牙を向ける

 

 

 

「「沙紀!!!!」」

 

 

 

鶴丸と、大包平の声が重なった

だが、沙紀は足を止めなかった

 

ゆっくりと、大祓詞と唱えながら三日月に近づく

 

「や、めろ・・・・・・」

 

 

沙紀・・・・・・お前、が・・・・・・ホシィ・・・・・・・・・

 

 

「違う、俺は・・・・・・」

 

 

オマエが・・・・・・テにハイる・・・・・・なら、ば・・・・・・

 

 

「来るな・・・・・・来るなあ!!!」

 

 

相反する三日月の意識が、入り混じって交差する

沙紀は、ゆっくりとした動作で、そっと三日月に触れた

 

瞬間、びくっと三日月が反応する

 

 

今日の夕日の降の(きょうのゆうひのくだちの)

 

 

そのまま詞を続ける

三日月の赤い瞳が、点滅する様にちかちかしだす

 

 

大祓に祓へ給ひ・・・・・・(おおはらへにはらへたまひ・・・・・・)

 

 

そのままそっと、三日月を優しく抱きしめた

 

「――――――――・・・・・・っ」

 

三日月と、もう一人の三日月が交互に出てくる

 

「やめろ・・・・・・離れ、て、くれ・・・・・・っ」

 

 

沙紀・・・・・・はは、はははははははは!!!!!

 

 

そう笑いながら、三日月が沙紀の背に爪を立てた

びりっと背中に痛みが走る

 

それでも沙紀は手を離さなかった

そのままゆっくりと、なんとか詞を続ける

 

 

清め給ふ事を(きよめたまふことを)

 

 

瞬間、沙紀の身体から淡く優しくて暖かい光が放たれ出す

その光は、まるで沙紀と三日月を包み込む様にきらきらと光を帯びていた

 

沙紀・・・・・・が、あ、ああ、アアアア

 

もう一人の三日月が苦しげな声を上げる

だが、沙紀は構わず大祓詞の最後の文字を紡いだ

 

 

諸々聞食せと・・・・・宣る(もろもろきこしめせと・・・・のる)

 

 

そう唱え終わった後だった

光に包まれた三日月の身体が大きく叫び声を上げた

 

彼の瞳が赤色になったり、三日月色になったり

何度も繰り返していく――――――

 

その度に、三日月の身体が抵抗する様に暴れた

三日月の爪が、沙紀の背や腕を襲っても、その手は離さなかった

 

「三日月さん・・・・・・っ」

 

ぎゅっと、抱きしめ彼の名を呼ぶ

 

アアアア・・・・・・イヤだ・・・・・・。 セッカク手に入れタ、のに・・・・・・っ

 

 

クルしい・・・・・・沙紀・・・・、ナゼ、オレを・・・・キョゼ、ツ・・・・・・するナアアアアア

 

 

沙紀・・・・、沙紀・・・・・・・・っ、沙紀――――――!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぴちゃ―――――ん・・・・・・

 

静かな空間に、どこからか水滴の音が聞こえてきた

三日月はふと、ゆっくりとした動作で辺りを見渡した

 

だが、そこには誰もおらず、自分一人だけが水面に立っていた

それでわかった

 

ああ、俺はまた・・折れたの、か・・・・・・ と

 

だが、本来の目的は達成できた

“本丸”を守り、“沙紀”を護る

 

やっと、やっとここまで来た―――――――

これでもう、思い残すことは――――・・・・・・・・・・・・

 

そう思って、静かにその三日月色の瞳を閉じようとした時だった

 

 

 

 

“三日月さん・・・・・・”

 

 

 

 

どこからか、よく知っている声が聞こえた気がした

そうだ―――この声は、彼女・・の・・・・・・

 

不思議な感覚だった

誰もいないのに、彼女が――――沙紀がまるで傍に居るような感覚

 

ずっと、温かい彼女の温もりを感じている様な感覚―――――

だが、それと同時に、己の中に眠っていたどす黒い「欲望」が彼女を犯そうとしている

 

「駄目だ・・・・・・」

 

それだけは・・・・・・

 

「主、離れてくれ・・・・・・」

 

彼女を穢してはならない

 

 

「沙紀・・・・・・っ」

 

 

その時だった

 

 

 

 

“みつけた”

 

 

 

 

その声を同時に、三日月の目の前に彼女が―――沙紀が姿を現した

 

「あ、るじ・・・・・・」

 

三日月が、震える声でそう呟く

すると、沙紀はにっこりと微笑み すっと、片手を差し出してきた

 

「―――――戻りましょう」

 

「戻る・・・・・・?」

 

そう問い返すと、彼女は小さく頷き

 

 

 

 

「ええ、皆の待つ“私たちの本丸”へ ――――――」

 

 

 

 

まばゆい光が彼女の中から溢れ出す

 

ああ、この光は・・・・・・

 

三日月がゆっくりと目を閉じる

浄化されていく――――――・・・・・・

 

ざああああああと、三日月を覆っていた「邪悪なもの」が次第に身体の中から消えていく

 

許されない事をした自覚はある

それなのに、それすらも消えていく様な錯覚を覚える

 

俺は・・・・・・

 

沙紀がにっこりと笑い

 

彼女の―――沙紀の傍に、居てもよいのだろうか・・・・・・?

 

 

 

 

 

そのまますべてが光に包まれた――――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――― 月齢1.9:三日月 大鳥居前・最前線防衛ライン――――

 

 

「この紋が消えたら、あの女は戻ってこれないのよね? だから――――こうしてやるのよおおお!!!!」

 

その女がそう叫ぶなり、沙紀達の身体がある紋の方へと“何か”を投げ飛ばした

紋を破壊しようとしているのだ

 

 

「や・・・・・・、やめろおおおおおおおおお!!!!」

 

 

山姥切国広が止めようと駆けだす

だが、その女の方が早かった

 

無残にも、山姥切国広の目の前で、紋の一部が弾け飛んだ

 

「――――――っ、 貴様ぁ!!」

 

一瞬にして頭に血が上り、沸騰しそうになる

それを見た、女はまるで面白いものを見たかのように笑い出した

 

「あははははははは!!! これで、あの女はもうこっちの世界には戻ってこれないわね!!! あ~~精々する! これ以上に楽しい事ってないわ!!」

 

そして女は、山姥切国を見て、ふんっと鼻で笑うと

 

「なに? 刀剣男士程度・・で、あたしに敵うと思ってんの? しかも、あんたの大事な大事な“審神者”はもういない――――。 その状態化で、よくそんな態度取れるわね。 まぁ、いいわ。 ―――――服従なさい」

 

高圧的とも取れるその言葉に、山姥切国広がぴくりと眉を寄せる

だが、女は構わずに

 

「あたしに服従するなら・・・・・・あんたは、あたしが引き取ってあげる。 悪い話じゃないでしょ? “審神者”が続行不可能と上が判断された“本丸”は解体よ。 つまり、ここは“解体”されるの。 そしたら、そこの刀剣男士達は、別の“本丸”へ異動がされるのよ」

 

この女は何を言っているのだ・・・・・・?

 

「だから、あんたをあたしが使ってあげるって言ってんの・・・・・・・・・・・・・。 光栄に思いなさい! この特SSランクの“審神者”である、あたしの元へこれるんだから!!!!」

 

山姥切国広がわなわなと震える手に力が籠もる

 

「・・・・・・もし」

 

「ん? なあに?」

 

ゆらりと、山姥切国広が揺れる

その手に本体を持つと、目の前の女に向けて刃を抜き切った

そして―――――

 

 

 

 

「・・・・・・もし、あいつが・・・・沙紀が、戻らなかったら――――貴様を殺してやる!!!」

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・」

 

一瞬の沈黙

時間にしてほんの数秒だろうか

 

だが、それでも山姥切国広にとっては十分長すぎるほどだった

目の前の女が何を言われたのか分からないという風に、その瞳を瞬かせると―――

 

「はあ? “殺す”? 刀剣男士ごときが? あたしを? 殺す・・・・・・?」

 

 

 

「ぷっ・・・・・あはははははははは!!!! ばっかみたい!!! あんた程度でこのあたしが! 殺せるわけないでしょ!!!!」

 

 

 

そう言って、ぐっと何かを持つ手に力を籠めた

瞬間、そこから物凄い大量の霊力ちからが凝縮されていくのがわかる

 

「ふふ・・・・・・言って分からない子には、身体で教え込まないと・・・・・・ねえ?」

 

ばりばりばりと、彼女の手に稲妻が走る

 

 

 

「さて・・・・・・お仕置きの時間・・・・・・・よ」

 

 

 

そう言って、女はにやりと笑ったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ~~あと少し、あと少しやああああ

今度こそ本当にもう少しで終わるぞ―――――(*´艸`*)

 

 

2022.06.11