華ノ嘔戀 外界ノ章
    大侵寇「八雲」

 

◆ 第十八話 神の真意と華洛の崩壊 

 

 

 

―――――月齢1.9:三日月 不明―――

 

 

意識が沈んでいく――――――・・・・・・

重く、重く 深いところまで

 

全身が、締め付けられるような痛みと、軋むような感覚に捕らわれる

 

これは、誰の感覚?

これは、誰の想い?

 

その時だった

 

『・・・・・・“神凪”・・・』

 

誰かが呼んでいるのが聞こえた

ゆっくりと瞳を開けると、目の前に見知った人・・・・・・

いや、“神”がいた

 

“神代三剣”の一柱

 

「・・・・・・布都御魂大神様・・・?」

 

そう――――

そこにいたのは、先ほど神降をしてその身に降下していた筈の布都御魂大神だった

 

「あ・・・・・・」

 

見ると、沙紀の髪も瞳も本来の色に戻っていた

神降が解除されているのだ

 

だが、普通神降を解いた場合、その神は現世から元の世界へと戻るはずだ

なのに、布都御魂大神が沙紀の目の前にいた

 

という事は・・・・・・

 

「布都御魂大神様、私は今夢見の中にいるのでしょうか?」

 

沙紀がそう尋ねると、布都御魂大神はふっと笑いながら

 

『否、ここは本来人と神が交じり合う場所――――“神凪”、そなたは“目的”があってこの禁忌の場所に足を踏み入れたのではないのか?』

 

そう言われて、ここへ来た理由をはっと思い出す

 

「私は・・・・・・」

 

そうだ

三日月と、その魂が繋がっているあの“折れた三日月の集合体”を分離する為に彼の深層心理へ足を踏み入れたのだ

 

では、ここはその三日月の深層心理の――――心の中なのだろうか?

 

ずっとずっと遠くまで続く深淵――――

暗く、暗く、先の見えない闇―――――――

 

これが・・・・・・三日月さんの心の中だというの・・・・・・?

 

あのいつも、明るくて優しかった三日月の中に眠る “闇”

もしかしたら、それらがあの“折れた三日月の集合体”なのだろうか・・・・・・

 

そこまで考えて、ある事に気付く

 

「布都御魂大神様? あの・・・・・・りんさんと、大包平さんを見かけていませんか? 一緒に来た筈なのですが」

 

二人の姿がないのだ

沙紀がそう尋ねると、布都御魂大神は一度だけその瞳を瞬かせ

 

『・・・・・・なぜだ?』

 

そう問い返して来た

 

「え・・・・・・? あの、それは、どういう――――」

 

『・・・・・・我にはおぬしの考えが理解出来ぬ。 何故、あのような付喪神を心配する?』

 

「布都御魂大神・・・・様?」

 

『・・・・・・解せぬのだ。 あの程度の付喪神など、そなたの存在に比べれば天と地ほどの差がある。 それなのに、何故そなたは危険をおかしてまで助けようとする』

 

そう言って、目の前の布都御魂大神が溜息を洩らした

本当に、理解出来ないという風に

 

何故・・・・・・

 

沙紀は言葉を失った様に、その躑躅色の瞳を一度だけ瞬かせた

 

「・・・・・・分からない、のですか?」

 

声が震える

 

「私が、何故彼らを心配し、助けたいと願いう理由が・・・・・・分からないと――――そう仰るのですか?」

 

“神”に意見するなど、あってはならない

けれど――――

 

沙紀は震える手をぐっと握りしめた

 

「彼らは付喪神であると同時に、もう一人の“ひと”でもあるのです。 ・・・・・・それを助けたいと願う事はおかしい事ですか?」

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

「私は・・・・・・、私は 彼らと一緒にいて、初めて“楽しい”と思う様になりました。 今までずっと感じた事のない感情です。 彼らと共に歩み、進んで、色々な事を知りました。 “楽しい”事も、“嬉しい”事も―――そして、“哀しい”事も・・・・・・それらは、すべて“人”ならば、知っている筈のものでした。 ですが、私は知らなかった―――――」

 

“神凪”として生き

“人”としての感情をすべて捨て

“神凪”として死ぬ

 

ずっと、そうやって自分は朽ちていくのだと思っていた・・・・・・鶴丸に会うまでは

 

鶴丸に会って、初めて世界に色が付いた

今までモノクロに見えていた世界が鮮やかな色となった

 

“嬉しい”事も、“楽しい”事も

そして・・・・・・“哀しい”事も全部教えてくれた

 

そして今―――――

三日月はその身を犯してまで、沙紀を救おうと

何度も何度も繰り返して、そして――――折れていった

 

そんな彼らの助けになりたいと

救いになりたいと思うのは、間違っている事なのか・・・・・・

 

『だが、そなたは“神凪”だ。 他の者とは違う』

 

「ですが―――!!」

 

そこまで反論しかけて、沙紀はぐっと唇を噛みしめた

 

そんな事、分かっている

自分が“神凪”である限り、普通の人の様な感情も心も持ってはいけない事を

 

それでも・・・・・・

それでも、助けたいと・・・・・・願いう事は罪なのか・・・・・・

 

知らず、涙が零れた

ぽろぽろと、溢れ出た涙は沙紀の頬をつたって零れ落ちた

 

『・・・・・・“神凪”、我は――――』

 

と、その時だった

 

「おっと、うちの沙紀を泣かしている奴がいるから誰かと思えば・・・・・・まさか、沙紀に宿る神とはな」

 

不意に、声が聞こえたかと思うと

ぐいっと後ろから抱き寄せられた

 

はっとして沙紀が顔を上げると――――

 

「・・・・・・っ、りんさ・・・・」

 

それは、鶴丸だった

鶴丸は沙紀を見ると、その涙をそっと拭き

 

「悪いが、“神”に理解されなくても、俺は別に構わない。 けどな・・・・・・」

 

ざわりと、鶴丸の纏う空気が変わる

 

「――――沙紀を泣かすやつは、“神”だろうと、許さねえ」

 

鶴丸のその言葉に、布都御魂大神が面白いものを見たかのように、ふっと笑った

 

『ほぅ? たかが刀の付喪神の分際で我に敵うと思っておるのか? 愚かだな』

 

「・・・・・・そんなのやってみなきゃ、分からねえだろう?」

 

そう言って、鶴丸が手に持っていた本体を抜こうとする

瞬間、沙紀が慌てて鶴丸の手を抑えた

 

「駄目です、りんさん!! いくら、りんさんでも布都御魂大神様は―――――」

 

一度抜けば、きっともう鶴丸が消滅するまで止まらないだろう

なにがなんでもそれだけは、避けねばならない

 

「沙紀・・・・・・手を離すんだ」

 

「お願いっ、お願いですから、やめて下さい!!」

 

沙紀がぎゅっと、鶴丸の手にしがみ付く

抜かせてはいけない――――――

抜けばすべてが終わってしまう―――――!!!!

 

「布都御魂大神様!! 私たちは、三日月さんとあの“折れた三日月さんの集合体”を分離する為に彼の中へと来たのです!! お願いします。 ここは引いてください!」

 

「沙紀・・・・・・」

 

「・・・・・・お願いします。 もし、このままりんさんを消滅させるというのならば・・・・・・その前に、私自らこの命を絶ちます! 私が居なくなれば、布都御魂大神様はこの世に顕現出来なくなる―――そうですよね?」

 

「沙紀!? なに馬鹿な事を――――っ!!」

 

「私は、本気です!! だって・・・・だって、りんさんの居ない世界に生きていても――――意味なんてないもの・・・・・・」

 

沙紀がそう言って、鶴丸を見た

そうよ・・・・・・

彼の居ない世界に、未練なんてない

 

「りんさん・・・・・・」

 

つぅ―――・・・・、と沙紀の瞳から涙が零れ落ちた

 

そっと、鶴丸の頬に触れる

その頬はとても冷たかった

 

「貴方のいない世界には色がない。 希望も未来も 全て―――」

 

その時だった、ふわっと優しく抱きしめられた

突然の抱擁に沙紀が大きく目を見開く

 

だが、鶴丸はぎゅっとその手に力を籠め

 

「馬鹿な事を・・・・・・。 俺だってお前が・・・沙紀がいたからここまで耐えてきたんだ。 同じ言葉を返すよ―――希望も未来も全てお前が居てからこそだ。 お前の居ない世界に生きていく気はない」

 

「りんさん・・・・・・っ」

 

沙紀が涙を流しながら、鶴丸の背に手を回した

 

そんな様子を傍観する様に、布都御魂大神は見ていた

と、思った矢先、声を上げて笑い出した

 

突然笑い出した布都御魂大神に沙紀と鶴丸が驚いた様にその顔を見合わす

 

『・・・・・・愚かなだな。 神に近しき“人”と、“ひとならざるモノ”か・・・・・・なかなか、面白い趣向だった。 まぁ・・・・・・“神凪”に免じて、その付喪神の非礼は許してやろう』

 

「あ”!?」

 

鶴丸が、布都御魂大神の言葉に、顔を引き攣らせる

が、慌てて沙紀が間に割って入り

 

「・・・・・・ありがとうございます」

 

そう言って、深々と頭を下げた

それで、満足したのか・・・・・・

布都御魂大神がある一方を指さした

 

『そなたらが捜している“三日月宗近”なるものの魂と呼べるかわからぬが、それらしいものはこの先にある。 ――――行くがよい』

 

「この、先・・・・・・」

 

布都御魂大神が示した方向は真っ暗な闇に包まれていた

沙紀がごくりと息を呑む

 

迷っている時間はない

でも・・・・・・

 

怖い

 

知らず、身体が震える

その時だった、不意にぎゅっと鶴丸に手を絡められた

 

「りんさん?」

 

「大丈夫だ、俺もいる」

 

「・・・・・・はい」

 

そうよ、一人じゃない

りんさんも、大包平さんも――――――

 

と、そこまで考えて、沙紀はぴたっと足を止めた

 

「あの・・・・・・大包平さんはどこに・・・・・・?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――― 月齢1.9:三日月 大鳥居前・最前線防衛ライン――――

 

 

沙紀達が三日月の中の潜ってどのくらい経っただろうか

山姥切国広は落ち着かないのか、少し苛々しながら、うろうろと行ったり来たりしていた

 

幸い、まだ周囲の時間は止まっている

あのバケモノも動く気配はない

 

だが、何故だろう

 

何か、嫌な予感がしてならない

それが、時間が経つにつれてどんどん大きくなってく

 

「何もなければいいが・・・・・・」

 

そう呟いた時だった

 

「あら~~? なんか、一人で暇そうね。 あたしが相手してあげよっか?」

 

突然、聞える筈のない声が後ろから聞こえてきた

山姥切国広が咄嗟に刀を構えて振り返ると―――――

 

審神者らしき女が一人、そこに立っていた

 

誰だ・・・・・・?

 

山姥切国広が訝しげにその女を見る

すると、女は「ああ!」と何か納得いったかの様に、手を叩き

 

「あんたとは初対面だっけ? じゃぁ、自己紹介しなきゃよね。 私はこの国に5人しかいない特SSランクの“審神者”なの。 ふふん、どぉ? あんたの所の“審神者”とは雲泥の差よ」

 

なんだ、こいつは・・・・・・

 

山姥切国広が険しい顔のまま、その女を見た

 

「・・・・・・特SSランクの持ち場は最終防衛ラインだろう。 なぜ、持ち場を離れている」

 

そう問うと、その女は呆れた様に

 

「だって、つまんないんだもん。 敵さん誰も来ないし? ま、幸いあんたの所の長谷部って奴が邪魔だったけど、丁度いなくなってラッキーだったわ」

 

そういって、ひらひら~と、1枚の札を見せる

 

「結界に閉じ込めておくとこまでは褒めてあげる。 でもね、詰めが甘いのよね~。 こ~んな身代わりの人形で騙せちゃうなんて」

 

「・・・・・・ここに来るまでに、長谷部たちがいたはずだ」

 

山姥切国広がそう言うと、女は面白い事を聞いた様にぶはっと吹き出した

 

「あはは! なに言ってんの? 正規ルートなんか通る訳ないじゃん。 直にここに繋いだに決まってんでしょ」

 

直に繋ぐ?

ここは、沙紀がっ張った結界のテリトリー内だ

そうそう簡単に繋げる筈がない

 

だが、女は山姥切国広の考えなどお見通しと言った風に、くすっと笑い

 

「これだから、甘ちゃんは困るのよね~もっとも? あたしはそんな甘くないけどね。 あんたのとこの“審神者”・・・・・・名前は沙紀だったっけ? ま、名乗ってるだけでも襲ってくださいって言ってるようなもんだけど。 彼女、前衛から下がらせた“審神者”の何人かに緊急時用にここへ直結できる札渡してたでしょう?」

 

「まさか、お前・・・・・・っ!」

 

「あら、あたしは、丁寧にお願い・・・・・・したら、あっさり渡してきたわよ? ま、抵抗するだけ無駄だけどね。 だって、あんなレベルの“審神者”があたしに敵う筈ないもん」

 

そう言ってその女は、すたすたとある方向へ歩き出した

 

「おい! 勝手に動く―――――」

 

「あたしねぇ・・・・・・、気に入らないのよね~あの沙紀って女」

 

「は・・・・・・?」

 

「ド新人なのに、初任務で特Aランクの任務をこなした事も、勝手にあたしの大包平を誘惑した事・・・・・・・・・・・・・も・・・・・・何もかも気に入らないのよ!!!!」

 

瞬間、女の持つ気配が変わった

 

それで気づいた

まさか、この女は――――――!!!!

 

「この紋が消えたら、あの女は戻ってこれないのよね? だから――――こうしてやるのよおおお!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や・・・・・・、やめろおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ? 大包平さん??? どこで迷子になってんのwww

後、まんば相手に暴れてる女は察しwww

 

2022.06.04