華ノ嘔戀 外界ノ章
    大侵寇「八雲」

 

◆ 第十七話 波乱と狂気 

 

 

 

―――― 大鳥居前・最前線防衛ライン――――

 

 

 

「では、まずバケモノの動きを少しでいいので鈍らせてください。 その間に、結界の用意をします」

 

「了解! いくよ、伽羅ちゃん」

 

「・・・・・・言われなくても―――――」

 

言うが早いか、燭台切よりも先に大倶利伽羅が飛び出した

そして、そのまま目の前のバケモノに斬りかかる

 

不意を突かれたバケモノが「グアアアアアア」と、大きな声で叫んだと思った瞬間――――

ぶんっ!!! っと、大振りの一撃が大倶利伽羅を襲った

すぐさま、大倶利伽羅はその一撃を流すと、横から急所を狙う様に斬りかかった

 

「ちょっ、伽羅ちゃん飛ばし過ぎだって!」

 

燭台切がそう言うも、大倶利伽羅はすぐさま反転すると、そのまま刀を器用に回転させて背後にいたバケモノに突き刺した

 

 

 

 

 

 

グオオオオオオオオオ!!!!!

 

 

 

 

 

耳を塞ぎたくなる様な禍々しい雄叫びが、辺り一帯に響き渡った

聞いているだけで、肌がびりびりと悲鳴を上げる

 

知らず、身体が震えそうになる

だが、沙紀は小さくかぶりを振ると、真っ直ぐに前を見据えた

 

一分でも無駄には出来ない

すぐさま沙紀は両の手をぱんっと合わせる

 

瞬間―――――

沙紀の銀糸の髪が揺れた

彼女の周りに霊力ちからが集まってくる

 

ゆっくりとその瞳を開けると―――――

金ではなく、金と紅が混ざり合ったその瞳が紋の中にいる三日月とその延長線上にいるバケモノを捕らえた

そのまま沙紀が「ひふみ祓詞」を唱え始める

 

 

ひふみ

よいむなや

こともちろらね

 

しきる

ゆゐつわぬ

そをたはくめか

 

うおえ

にさりへて

のますあせゑほれけ

 

 

瞬間、それは起きた

沙紀を中心とした、霊力ちからが ざざざざっと音を立てて、三日月とバケモノの方へと伸びていく―――――

 

一瞬、痛みが走ったのか

三日月が顔を顰めた

 

「すみません、少し耐えられますか?」

 

沙紀の問いに、三日月は「ああ・・・・・・」と答えた

沙紀は静かに頷くと、再び祓詞を唱え始めた

 

それが進むにつれて、三日月の身体に紋様が現れていく

それは、あのバケモノも同様だった

あの巨大な身体に徐々に三日月に出ているものと同じ紋様が現れ始める

 

「あれは――――」

 

山姥切国広が息を呑んだ

あのバケモノの動きが先ほどよりもずっと遅くなっている

 

術が効いているのか

だが―――――

 

三日月を見ると、何故かバケモノと同じ個所に傷が出来ていた

まるで、同じもの・・・・の様に―――――・・・・・・

 

同じ・・・・・・?

 

そこで、はっと気づいた

先ほど、沙紀は何と言ったか・・・・・・

 

『あのバケモノと繋がっている三日月の魂を分離』

 

そう言わなかっただろうか

その言葉が指す意味は即ち――――

 

まさか、あのバケモノの正体は――――――・・・・・・

 

思わずあのバケモノと三日月を見る

山姥切国広のその視線に気づいたのか・・・・・・

三日月がふっと微かに笑った

 

そういう、こと、な、のか・・・・・・?

だから、あいつは俺達を遠ざけようとしたのか

 

この事を他言無用というはずだ

これが万が一にも政府などに伝われば、三日月の処分は免れない

それに、もしあのバケモノが三日月と同等のものならばすべてが説明付く

 

椿寺で沙紀が“三神”の力で無理やり開けた跳躍経路を使えるのも

あのバケモノから感じる気配がどことなく、見覚えがあるのも

 

すべては、それが三日月宗近だから―――――

 

だが、分からない事が一つあった

今の三日月宗近は紋の中にいる彼だ

では、あのバケモノは?

どの三日月宗近なんだ?

 

その時だった

とんっと、不意に誰かに肩を叩かれた

 

はっとして顔を上げると、そこにいたのは鶴丸だった

そして、彼を見た瞬間、山姥切国広は分かってしまった

 

「鶴丸・・・・・・、お前は知っていたのか?」

 

山姥切国広の問いに、鶴丸は小さな声で「ああ・・・・・・」と答えた

 

「だが、俺達の“本丸”の“三日月宗近”はあいつだけだ。 あのバケモノになった“三日月宗近”は、別の次元の折れた“三日月宗近”の集合体だ」

 

「別の、次元・・・・・・?」

 

「そうだ、感じないか? あの“三日月宗近”は泣いている。 助けて欲しいと――――あの“三日月宗近”が守りたくても守れなかった彼女・・を」

 

「かの、じょ・・・・・・?」

 

一瞬、鶴丸と目が合った

そして、ゆっくりと沙紀の方を見る

 

「そう、“彼女”・・・・・・」

 

「まさか・・・・・・」

 

あいつ、な、のか・・・・・・?

もう一人の、あの“三日月宗近”がバケモノになっても護りたかった人――――・・・・・・

それは―――――

 

その時だった

 

 

 

 グアアアアアアア!!!!!

 

 

 

凄まじい、雄叫びが辺り一帯にまた響き渡った

沙紀は直ぐに印を結ぶと、その手に持つ布都御魂剣をどん!!!と、地に刺した

そして

 

 

吾是、天帝所使執持金刀(われはこれ、てんていのしゅうじしむるところのきんとうなり)

非凡常刀、是百錬之刀也(ぼんじょうのかたなにあらず、これひゃくれんのかたななり)

 

一下(ひとたびくだせば)

何鬼不走何病不癒(なんぞおにのはしらきるや、なんぞやまいのやわらかさるや)

 

千妖万邪、皆悉済除(せんようもまんじゃも、みなことごとくさいじょす)

 

 

沙紀がそこまで唱えた瞬間――――

それは起きた

 

それまで暴れていたバケモノが苦しみ出したのだ

だが、沙紀は止めなかった

 

周囲に、きらきらと霊力ちからら欠片が光り輝く

 

 

 

「―――― 急々如律令!!!!」

 

 

 

瞬間、それは起こった

まるで、周りの時間が止まったかの様に自分たち以外のすべての動きが止まったのだ

 

あのバケモノも、風も何もかもが静止している

 

沙紀は一度だけ小さく息を吐くと、すっと地に刺さったままの布都御魂剣を置いて、三日月が倒れている方へと向かった

 

そっと彼に触れる

三日月は目を閉じたままだった

 

「今、あのバケモノの動きを封じていますが、力が強すぎる為、もって30分ぐらいです。 それ以上は、三日月さんに負荷が掛かり過ぎるので。 この30分の間に今から私が彼の深層心理に潜って、あのバケモノと三日月さんの繋がりを断ってきますので、皆様は―――――」

 

「ちょっと待て」

 

突然、鶴丸に言葉を遮られた

 

「えっと・・・・・・、りんさん?」

 

何故、止められたのか分からず沙紀が首を傾げる

だが、鶴丸は険しい顔でつかつかと沙紀の傍に来ると

 

「沙紀、正直に答えろ。 三日月の中にお前が潜って、お前に・・・危険はないのか?」

 

「・・・・・・それは・・・」

 

まさか、そこを突かれるとは思わず、一瞬沙紀は返答に詰まってしまった

これでは、肯定しているも同じだ

 

「あるんだな?」

 

「・・・・・・・・・・・・ない、とは言い切れません」

 

ここまで言われたら、隠し通せない

沙紀は正直に答えた

 

だが、ここで時間を食っている暇はない

事は一刻を争うのだ

 

「りんさん、お話は後で聞きます。 今は――――「だったら、俺も連れて行け」

 

 

 

 

「・・・・・・え?」

 

 

 

 

一瞬、言われた意味が分からず沙紀がその瞳を瞬かせる

だが、はっとすると、慌てて口を開いた

 

「だ、駄目です!! それでは、りんさんまで巻き込むことに―――――」

 

そこまで言いかけた瞬間、突然鶴丸に抱きしめられた

 

「あ、あの・・・・・・?」

 

鶴丸の突然の行動に、一瞬沙紀が動揺する

だが、鶴丸はその手を緩めるどころか、更に力を籠めてきた

 

「巻き込めよ」

 

「え・・・・・・?」

 

「俺を巻き込めって言ったんだ」

 

「で、でも・・・・・・」

 

これは、賭けなのだ

下手をすれば、戻ってこられないかもしれない

そんな危険に鶴丸を巻き込む訳にはいかなかった

 

すると、それも全て察したのか、鶴丸が沙紀を見てふっと笑った

 

「いいから、お前は三日月を助ける事だけ考えておけ」

 

「り、りんさん・・・・・・っ! 待っ・・・・・・」

 

「今から、俺達が三日月の深層心理に入る。 おそらく入っている間この身体は無防備になるだろう。 身体に万が一何かあったら戻れなくなるからな。 国広達に俺達の身体を守っていて欲しい」

 

「りんさんっ!!」

 

「それから―――そうだな・・・・・・大包平、お前も一緒に来い。 お前なら沙紀の盾ぐらいにはなれるだろう」

 

 

「はっ・・・! 盾どころが、剣になってやるよ」

 

と、やる気満々で大包平が沙紀達にいる紋の所へやってくる

 

 

 

「ちょっ、ちょっと待ってください!!!」

 

 

 

沙紀が慌てて叫んだ

 

「そんな、大包平さんは他の“本丸”の方なのですよ?! これ以上巻き込む訳には――――」

 

と、そこまで言いかけた時だった

突然伸びてきた大包平がついっと沙紀の顎を指で持ち上げた

 

「なんだ? 俺では不服か? 俺とお前はもう裸の付き合いもしたというのに―――」

 

一瞬、周りが「は!?」という表情に変わる

が、沙紀が慌てて

 

「ご、誤解を招くような言い回しはやめて下さい!!」

 

「誤解? 誤解ではなく、事実だろう? 忘れたとは言わせないぞ? お前のその身体も顔も、火照った様にピンク色の染まっていたよな? なぁ、沙紀?」

(本編 「華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~」 弐ノ章 参照)

 

そう言って、すっと顔を寄せてくる

が、そう易々と鶴丸が許すはずもなく―――――

沙紀と大包平の間に、手を伸ばした

 

そして、怖いくらいの満面の笑みで

 

「大包平、詳しくは後でじ~~~~~くり聞かせてもらおうか」

 

顔は笑っているが、声が笑っていない

 

「も、もう! 時間がないのです。 その話は後にして下さい!!!」

 

そう言って、なんとか二人を引き離す

今は、少しでも時間が惜しい

 

誤解を解くのはとりあえず後回しにして、沙紀は素早く空中に紋を描く

瞬間、そこからぱたぱたぱたと、沙紀の式神である神鳥が姿を現した

そして、すぅ・・・・・・と三日月の胸元に出現している紋様の中に吸い込まれていく

 

「行きましょう」

 

それだけ言うと、沙紀が鶴丸と大包平の手を握った

そして静かに祓詞を唱える

瞬間、身体からふっと力が抜けて三人が倒れた

 

「お、おい!」

 

山姥切国広が慌てて駆け寄ろうとするが、突然こんのすけが慌ててそれを止めてきた

 

「いけません! 山姥切殿!! 今、主さま達はあの紋によって身体を維持しているのです!」

 

よく見ると沙紀達の周りにある紋様に気付いた

 

「万が一、あの紋の一部でも消してしまったら主さまは戻ってこれません!!」

 

「・・・・・・っ、わかった」

 

それだけ言うと、傍にあった木にだんっと拳を叩きつけた

 

なんて、無力なんだ・・・・・・

鶴丸の様に彼女を助ける事も、大包平の様にはっきりと言う事すらできない

 

 

 

「・・・・・・俺には、祈る事しか出来ないのか・・・・沙紀・・・っ」

 

 

 

だから、気づかなかった一部始終を見ていた“それ”に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――月齢1.9:三日月 最終防衛ライン―――

 

 

「ふぅん・・・・・・」

 

“睡蓮の審神者”は“それ”が視てきた一部始終を見ながらにやりと笑みを浮かべた

 

「これって、あの生意気な女を消すチャンス到来ってやつじゃない?」

 

そう言って、ばっと立ち上がるとくるりと一回転した

 

「あはははははは!!! これであの女が消えたら、あたしの大包平・・・・・・・が返ってくるじゃん!!! 最高!!!!」

 

高らかに狂気を放つように笑う

 

「ねぇ・・・・・・、そうでしょう・・・・・・? 大包平」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに、次回はみかちの深層心理編です

これ終わったら、後はバケモノ対峙するだけ~~~

 

 

2022.06.02